──────────
▼最初から読む
▼前回
▼次回
──────────
司祭補「やがて、その大学で教鞭を執るようになりましたが…。18歳のときに、帝都の大学に転学したようです」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「この街に来たのですね」
司祭補「当時は、商家の屋敷に間借りして暮らしていたそうですわ。その頃のティコ博士は、まだ無名だったのでしょう。大学の寮に入ることができず…」
司祭補「…資料によれば、20歳のときには奨学金も却下されています」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「十で神童、十五で才子と言いますが…」
司祭補「…二十(はたち)過ぎればただの人、ですわね。無名時代の博士には、その言葉が当てはまったかもしれませんわ」
侍女「でも、やがて教会から仕事を任されるのですよね?」
司祭補「ええ。帝都で10年ほど勉学に励み…、今からぴったり20年前、精霊教会の職を得ました。以降、世界中の天文台を巡り、天体観測を重ねてきました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「新しい暦は、その観測結果に基づいている、と…」
司祭補「ティコ博士の功績に報いるため、教会は帝都郊外の屋敷を与えました」
司祭補「しかし帝都に戻ってからほどなくして、ティコ博士は『天空の回転について』を出版。本はよく売れました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「そして、宗教裁判を受けることになったのですね。たしかに司祭補さまのおっしゃるとおりです。なぜ博士は、そんな…教会への恩を仇で返すようなことをしたのでしょう」
侍女「いったい、いつ頃から信仰心を失ってしまったのでしょう」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「あらあら、まあまあ…。ティコ博士が信仰心を失っているとは限りませんよ」
侍女「ですが、精霊教会の教義とはかけ離れた内容の本を書いたのですよ。それも、聖職者や信者たちをあざ笑うような書きぶりで」
司祭補「どんな本を書くかと、書いた本人の信条とは、必ずしも一致しませんわ。現に、ティコ博士は『売れる本にするために、わざわざ過激な文体にした』とおっしゃっていました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「では、博士は心にも無いことを書いたというのですか?お金のために?」
司祭補「その可能性は否定できません」
侍女「でしたら、なおさら理解できません。博士がお金に困っていたとは思えないのですが…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「理解できないからこそ、調べるのですわ。あなたも何か気づいたことがあれば教えてくださいな♪」
侍女「はあ、かしこまりました…」ぴらっ
司祭補「何ごとにも先入観は禁物ですよ」ニコニコ
侍女「…それにしても、立派な指輪ですね」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「指輪?」
侍女「ティコ博士の指輪です。こちらの日記をご覧ください」
司祭補「ある貴族の日記ですわね。帝都に出てきたころのティコ博士の姿がスケッチされていますが…」
侍女「ここです。大きな指輪をしているでしょう?」
司祭補「まあ!」
司祭補「わたしとしたことが…こんな大事なものを見落とすなんて!」ぺらぺら
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「どうなさったのですか?」
司祭補「…やはり思ったとおりです。ティコ博士は『龍玉の指輪』を身につけていると、こちらの資料にも書かれていますわ!まあ、なんてことでしょう…」
侍女「それが…?」
司祭補「ブラウニー族を居候させると、その家には幸運が訪れる…。この言い伝えはご存じですね」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「え?ええ…。だからこそ、ティコ博士は初めて帝都に出てきたときに、商家に間借りできたのでしょう。商人たちは縁起を担ぐのが好きだと聞いています」
司祭補「その通りですわ」
司祭補「龍玉の指輪は、ブラウニー族が1人1つ身につけているものです。赤ん坊が生まれたときに、ドワーフの職人に作らせるそうですわ。そして、この指輪こそが彼らの幸運の源だと言われています」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「マジックアイテムなのですか?」
司祭補「いいえ。龍玉の指輪に魔力はなく…」
司祭補「…ブラウニー族の幸運は、あくまでも言い伝えにすぎません。しかしそれでも、指輪が大切なものであることには変わりません」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「生涯に渡って肌身離さず身につけるのなら、そうでしょうね」
司祭補「ところが、わたしが面会したとき、ティコ博士は指輪をしていなかったのです!」
侍女「逮捕されたときに、取り上げられたのでは…?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「今のティコ博士は教会の要職者ですわ。そんな身ぐるみをはがされるような扱いを受けるはずがありませんわ」
侍女「では、お屋敷はどうでしょう。たとえば寝室で指輪を外しているときに、そのまま逮捕されてしまったのでは…」
司祭補「大切な指輪なら、ベッドに入るときも外さないと思いますが…。でも、可能性はありそうですわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「それでは──」
司祭補「ええ、馬車を呼んでくださいな。ティコ博士のお屋敷に行ってみましょう♪」
▼帝都郊外・博士の屋敷──。
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
馬車 ガラガラ…
司祭補「この辺りは森に囲まれていますわね…」
侍女「司祭補さま、見えてきました」
ワイワイ…
ガヤガヤ…
司祭補「あら、あの武装した方々は…」
侍女「…教会の修道兵のようです。博士のお屋敷を取り囲んでいます」
司祭補「お屋敷と言っても、それほど大きくありませんわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「2階建てのこぢんまりとした建物ですね」
修道兵「…待て待てー!馬車を止めろ!」
司祭補「あらあら、まあまあ」
修道兵「この屋敷には何人たりとも近づけるなと、大司祭さまより仰せつかっている!貴様たち、ここに何の用だ?」
侍女「口の利き方には注意なさい。この方は──」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「いえいえ、うふふ。いいのです」チャラ…
修道兵「そ、その香炉は…まさか…!?」
司祭補「精霊教会の11人の司祭補の末席を預かっております、セラフィム・アガフィアですわ♪」
修道兵「そ、そうとは知らず…とんだご無礼を!」
修道兵「たしかティコ博士の宗教裁判は…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「わたしが担当することになりましたわ。お屋敷の中を拝見したいのですが」
修道兵「そうでしたか!いやはや、ご案内したいのは山々なのですが…。たとえ司祭補さまであっても、お通しするわけにはいかないのです」
侍女「あなたという人は──!」
司祭補「いえいえ~、無理強いはできませんわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「で、ですが…」
司祭補「屋敷に見張りが立っていることは充分に想像できることでした。それを思いつかなかったのは、わたしたちの落ち度です。大司祭さまに話を通してから来るべきでしたわ」
修道兵「そう言っていただけると助かります…」
司祭補「その代わり、1つお尋ねしてもよろしいかしら?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
修道兵「私にお答えできることでしたら何なりと…」
司祭補「この屋敷で指輪を見かけなかったかしら~?」
修道兵「指輪ですか?」
司祭補「大粒の宝珠が埋め込まれた、金の指輪ですわ。もし見かければ、きっと目を引くはずなのですが…」
修道兵「指輪なんてあるはずありませんよ。それどころか、この屋敷には金目のものは一切ありません」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「?」
侍女「泥棒でも入ったのですか」
修道兵「いえ、使用人たちにも話を聞きましたが…博士はずいぶん質素な生活をしていたようです。食器はすべて木製。馬は持たず、老いたロバだけ…」
侍女「待ってください!博士は『天空の回転について』で、かなり儲けたはずです!」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
修道兵「そうでしょう。じつは我々も、そのカネを差し押さえるために来たのです。ところが──」
司祭補「では、屋敷の中を調べたのですね」
修道兵「はい。勝手ながら、戸棚の隅々までくまなく調べました…」
修道士「…しかし、金貨1枚出てきませんでした。もしも金の指輪などあれば、必ず気がついたはずです」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「変ですわ。いったいどういうことかしら…」
侍女「稼いだカネを、博士はどこに隠したのでしょう?」
修道士「我々も気を揉んでおります。とりあえず、裏庭を掘ってみるつもりですが…」
司祭補「裏庭を?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
修道士「金貨のぎっしり詰まった木箱でも出てくればいいのですがね。ははは!」
司祭補「ええ…。そうですわね…」
▼帝都・大学の研究室──。
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「初めまして、あなたがゴットフリート爵ですわね。お忙しいところ失礼いたしますわぁ」
若手学生「こちらこそ、おいでくださり大変光栄です。散らかった部屋で恐縮なのですが…」
侍女「今日は3人の方とお目文字いただける約束です。他の2人は?」
若手学生「アイザック君とロバート君ですね。申し訳ありません、声はかけたのですが…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「いらっしゃらなかった、と」
若手学生「あの2人は犬猿の仲でして…。こちらがロバート君の置き手紙です」ぴらっ
侍女「アイザックの顔など見たくもない、くそ食らえ…と書かれていますね」
司祭補「では、アイザックさんは?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
若手学生「あいつは根っからの引きこもりです。大学に来るかどうかは気分次第ですよ」
侍女「はあ…?」
若手学生「たぶん今日も約束のことなんて忘れて、自室で変な本を書いてるんじゃないかな。林檎がどうとかいう内容の」
司祭補「林檎ですか…」
若手学生「それで、ティコ博士のことでしたね」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「ええ、そうですわ。博士が信仰心を失っていたのかどうか、もしも失っていたとしたらいつからなのか。それを調べているのです」
若手学生「…つまり、例の本について?」
司祭補「はい。ご存じの通り、博士には異端の疑いがかけられています」
若手学生「正直なところ、僕たちも驚いているのです。まさかティコ博士があんな本を書くなんて…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「どういうことでしょう」
若手学生「博士は、誰よりも信仰心に篤かったからですよ。学生の誰かが精霊様の教義をバカにしたようなことを口走れば、烈火のごとく怒り狂う…。そういう方でした」
若手学生「何より、僕の知るかぎり…ティコ博士は地動説の熱烈な反対者でした」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「地動説?」
若手学生「大地が太陽の周りを回っているという説です。世界中の天文台を巡って天体観測をしていたころ、ティコ博士は地動説を頑として認めようとしませんでした」
司祭補「あらあら、まあまあ…」
若手学生「司祭補さまの前でこれを言うのは気が引けるのですが…。じつのところ、観測結果だけを見れば地動説のほうがつじつまが合うのです」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「なっ!滅多なことを言うものではありません!」
司祭補「いいえ、気にせず続けてください。今日は何をおっしゃっても不問に付しますわ」
若手学生「そ、そうですか…。ですから、ティコ博士ご自身も相当に悩んでいたはずです。信仰心に従えば、地動説などありえない。しかし観測すればするほど、地動説を裏付けるような結果が出てしまう」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「さぞかしおつらかったでしょう…」
若手学生「もしかしたら、その反動かもしれませんね」
若手学生「可愛さ余って憎さ百倍…と言うじゃないですか。精霊様の教義を深く愛していたからこそ、その信仰が揺らいだときに、憎しみをぶつけるような文章を書いてしまったのかもしれません」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「なるほど…」
司祭補「…」
若手学生「こんなお話で、お役に立てるでしょうか…?」
司祭補「ええ、大変参考になりましたわ。最後に、指輪についてお尋ねしたいのですが…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
若手学生「指輪?」
侍女「ティコ博士の指輪です。ブラウニー族が身につけている『龍玉の指輪』ですよ」
若手学生「失礼ですが、いったい何の話でしょう」
侍女「え…」
司祭補「指輪をご存じではない…?」
若手学生「ティコ博士が指輪をしているところなんて、見たことがないなあ…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「そんなはずありません!大きな宝珠が埋め込まれた、派手な指輪です。見落とすわけがないのに…」
若手学生「だったらなおさら、たしかですよ。そんなに目立つ指輪をしていたら、僕だって気づいたはずです」
若手学生「間違いありません。僕の知る限り、ティコ博士は指輪なんてしていませんでした──」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
──────────
▼最初から読む
▼前回
▼次回
──────────