魔国で囚われの身になった女騎士。
オークから経理の知識を教わった彼女は、
人間国の小さな銀行で働き始めるのだった──。
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▽プロローグ
▽第1話「フライド・コカトリス」
▽第2話「ガバメント・オブリゲーション」
▽第3話「リテラシー」
▽第4話「ウェル・シェイプト・カップ」
▽第5話「プライス・オブ・ライフ」
▽第6話「エクイティ」
▽第7話「ブラック・スワン」
▽第8話「ローン・オブ・ザ・リング」
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■■■登場人物紹介■■■
女騎士(本名:シルヴィア・ワールシュタット)
剣に強く数字に弱い。頼まれたら断れないタイプ。
ダークエルフ(本名:ルカ・ファン・ローデンスタイン)
簿記と商売に詳しい。女騎士の奴隷。
司祭補(本名:セラフィム・アガフィア)
精霊教会の聖職者。ちょっとした魔法が使える。
銀行家(本名:ロレンツォ・グリマルディ)
美術品の研究が好き。女騎士の雇い主。
幼メイド(本名:マリア)
銀行家の邸宅で奉公していた。
▼帝都・監獄塔──。
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
老看守「どうか相手の見た目に騙されませぬよう…。外見だけなら、やつは栗色の髪をたたえた愛らしい少女です。年齢で言えば7~8歳に見えますが…」
司祭補「…実際は50歳近いのですね。心得ておりますわ」
老看守「さよう、やつはブラウニー族。人間ではありません」
司祭補「寿命は人間に近いと聞いていますが…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
老看守「ええ。100歳まで生きるブラウニーは滅多におりません。やつらは一生を子供の姿のまま過ごすのです」
司祭補「それで、彼女はどちらに?」
老看守「3番独房です。異端審問の被告とはいえ、教会の要職者でしたからな…」
▼3番独房──。
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
カチャカチャ…ガシャン!!
司祭補「お邪魔しまぁす♪」
栗髪少女「…なんじゃ、貴様は?」
司祭補「初めまして。セラフィム・アガフィアと申します。今回の宗教裁判で審問官に任命されましたわ」
栗髪少女「つまり、わらわが異端かどうかを貴様が裁くわけじゃな?」
栗髪少女「ふん!こんなケツの青そうな小娘に宗教裁判を任せるとは、精霊教会も落ちたものじゃ!」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「あらあら、まあまあ…。わたしでは力不足でしょうか…?」
栗髪少女「それを言うなら知恵不足じゃ。精霊様がお造りになったこの世界について、ろくすっぽ知らない…知ろうともしないくせに」
栗髪少女「貴様のような小娘に審問官を任せるところを見ると、教会の上層部は考えを固めているようじゃな」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「どういうことでしょう?」
栗髪少女「どうせ、わらわに異端の烙印が押されることはすでに決まっているのじゃろう?形ばかりの宗教裁判を開いて、火あぶりにするのじゃろう?」
司祭補「そんな──!」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
栗髪少女「能書きなど聞きとうない!裁判など時間のムダじゃ。さっさと煮るなり焼くなり、好きにするがよい」
司祭補「そうはいきませんわ。わたしには真実を見極める義務があります」
栗髪少女「真実じゃと?」
司祭補「はい。わたしにはどうしても納得できないのです…」
司祭補「…あなたは立派な天文学者であり、誰よりも信心深い教会の要職者でした。教会が新しい暦を作ることができたのは、あなたの緻密な天体観測があったからだと聞いています」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
栗髪少女「教会の上層部に頼まれたから調べてやっただけのことじゃ。星の動きなど、夜空を見れば誰でも分かる…」
栗髪少女「わらわは夜空を眺めて、精霊様の偉業を知ろうとしただけじゃ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「そんなあなただからこそ納得できないのです。あなたの著した『天空の回転について』という本…。あの本の内容は、教会の教義からかけ離れていますわ」
栗髪少女「その教義を作った者たちは観測不足だったようじゃな」
司祭補「教義では、宇宙の中心にはわたしたちの大地があり、その周りを太陽や月、星々が回っているとされています。しかし、あの本には太陽こそが宇宙の中心で、大地がその周りを回っていると書かれていました。…なぜ、そんなことを?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
栗髪少女「決まっておろう。観測結果に当てはまるからじゃ」
栗髪少女「精霊教会の人間はみんな同じじゃ。うつむいて古い本ばかり読み、羊皮紙に書かれたことを鵜呑みにしておる。精霊様のお造りになった夜空を見上げようともしない」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「わたしは天文学者ではありません。ですから、この宇宙がどんな形をしているか、簡単に判断を下すつもりはありません」
栗髪少女「ほう?頭の凝り固まった大司祭たちに比べれば、少しは見所がありそうじゃな」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「納得できない点は、まだありますわ。あの本の書きぶりです。教義を信じる者を『愚か者』と書き、あえて教会を挑発するような文体でした」
栗髪少女「ふんっ!あれは、一般向けの本じゃからな」
司祭補「たとえば単なる『仮説』だと書くこともできたはずです。観測結果に当てはまる、算術的な仮説にすぎないと…。そう書けば、教会から敵視されずに済んだはずですわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
栗髪少女「…」
司祭補「なのに、なぜ…あんな攻撃的な文体で書いたのですか。あれでは教会の上層部が激怒するのも当然です」
栗髪少女「言ったじゃろう、あの本は一般向けじゃ。…算術的な仮説じゃと?そんな退屈なものを誰が読む?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「少なくとも、あなたを尊敬する学者たちは読みますわ」
栗髪少女「学者連中が読むだけではカネにならん。実際、あの本は飛ぶように売れた。あの文体で書いて正解だったのじゃ」
司祭補「ですが…あなたには教会からお給金が支払われています。お金には困らないはずですわ。異端に問われる危険を冒してまで、売れる本を書こうとした理由が分からないのです」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
栗髪少女「…わ、わらわもカネは好きじゃ」
司祭補「あらあら、まあまあ…。本当に?」
栗髪少女「ほ、本当じゃあ!」
司祭補「教えてください、なぜあんな本を書いたのですか。わたしは真実を知る必要があるのです。どうか事情を話していただけませんか…ティコ・ケプラー博士」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
栗髪少女「かはは!また『真実』と申したな」
司祭補「お、可笑しいでしょうか…?」
栗髪少女「うむ。やはり貴様はケツの青い小娘じゃ」
栗髪少女「長年の天体観測で、分かったことが1つある。それは、あらゆるものには観測の誤差があるということじゃ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「誤差…」
栗髪少女「どんなに正確に観測しようとしても…いいや、正確に観測しようとするほど、誤差が出るのじゃ。正確な星の位置は、誤差を平均して推測するしかない」
栗髪少女「観察者が変われば、観測結果も変わる。あらゆる物事は、観察者ごとに誤差が出る。わらわの見ている世界と、貴様の見ている世界は違うのじゃ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「では、真実など無いとおっしゃるのですか?」
栗髪少女「少なくとも…誰が見ても変わらない絶対の真実など、ありえん」
司祭補「わたしはただ、ティコ博士があの本を書いた理由を知りたいだけですわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
栗髪少女「…知ったところで、異端の疑いが晴れるわけではなかろう。時間のムダじゃ、帰ってくれ!」
司祭補「あらあら、まあまあ…」
栗髪少女「…」ツーン
司祭補「…分かりました。今日のところは失礼します」
栗髪少女「ふん!分かればいいのじゃ、分かれば…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「ですが、必ずまた来ますわ♪」
栗髪少女「来なくていい!」プイッ
司祭補「いいえ!ティコ博士があの本を書いた理由を突き止めて…必ず、また戻ってきますわぁ~」
栗髪少女「来るなと言っておるじゃろうがぁ!」ジタンダ
▼精霊教会・聖櫃の間──。
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(上座)「つまり、ティコ博士は自らの主張を撤回しなかったのだな?」
大司祭(中座)「なんということだ…」
大司祭(下座)「精霊教会の威信に関わるというのに…」
司祭補「すぐに答えをお持ちできず申し訳ありません。もう少し時間がかかりそうですわ」
大司祭(上座)「時間だと?いったい何に時間がかかるというのだ…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「ですから、真実を──いいえ、事実を確認するための時間ですわ」
大司祭(中座)「事実の確認?」
大司祭(下座)「なぜそんなことを?」
司祭補「なぜって…正しい審判を下すには、事実の確認が必要ではありませんか」
司祭補「ティコ・ケプラー博士は信仰心の篤いブラウニー族です。教会から重要な仕事を依頼されるほどの実力者であり、彼女を慕う学生も少なくありません。そんな方が過激な内容の本を書くなんて…きっと何か事情があるに違いありませんわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(上座)「なるほど、たしかに事情があるだろう」
大司祭(中座)「その事情とやらを調べるために時間が必要だ…と、申すのだな?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(下座)「事情が分からなければ正しい審判を下すこともできない、と?」
司祭補「え?…ええ、おっしゃる通りです」
大司祭(上座)「ハァー…。どうやらお前は思い違いをしているようだな、セラフィム」
司祭補「思い違い、ですか?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(上座)「さよう、思い違いだ」
大司祭(中座)「とはいえ、お前は異端審問官に任命されてから日が浅い。理解していなくても無理はなかろう…」
大司祭(下座)「いかにも。無理なきこと…」
司祭補「どういうことでしょう?仕事の進め方に、何か問題が…?」
大司祭(上座)「異端審問官の役目は、事情を調べることではない」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(中座)「事情など知る必要もない」
大司祭(下座)「お前の役目は、精霊様への信仰心を守ること。揺るぎないものにすることだ」
司祭補「事情も分からないまま審理を進めろとおっしゃるのですか?調べる必要もないと?」
司祭補「もしも、それで誤った審判を下してしまったら…?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(上座)「その心配は無用だ」
司祭補「え?」
大司祭(中座)「なぜなら、お前には精霊様がついているからな」
大司祭(下座)「お前の脳裏に浮かんだ判断は、精霊様の思し召し。お前が間違った判断を下すはずがないのだ」
司祭補「それは、つまり…。わたしの思いつきで審判を下していいとおっしゃるのですか?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(上座)「お前だけではない。我ら精霊教会の聖職者は、精霊様のお力を分け与えられている」
大司祭(中座)「お前の思いつきは、ただの偶然ではない。精霊様が与えてくださった必然のものだ」
大司祭(下座)「事情の調査など不要。被告人の顔を見つめれば、おのずと正しい答えを出せるはずだ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「そんな…」
大司祭(上座)「むしろ忌むべきは、審理に余計な時間をかけること」
大司祭(中座)「時間をかけるほど、人々の信仰心に陰りが増す」
大司祭(下座)「世界が闇に包まれる」
大司祭(上座)「知ってのとおり、ティコ博士は高名な天文学者だ。その影響力は計り知れない」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(中座)「このままでは、教義に反した考え方が広まってしまう」
大司祭(下座)「一刻も早く、正しい教義の何たるかを人々に知らしめるべき。かの本に書かれていることは間違いだと宣言すべきだ」
司祭補「ティコ博士は、あの本に書かれた内容のほうが観測結果にうまく一致すると言っていましたわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(上座)「観測結果に?」
大司祭(中座)「ははは!夜空を見つめすぎて、おかしくなってしまったと見える」
大司祭(下座)「観測結果がどうであれ、少し考えれば分かるではないか」
司祭補「考えれば分かる…?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(上座)「さよう。我らの立っているこの大地が動くだと?」
大司祭(中座)「あまつさえ、太陽の周りを回っているだと?」
大司祭(下座)「考えてもみろ。いったいどんな力が、この大地を動かしているというのだ!ははは!滑稽、滑稽!」
司祭補「…」
大司祭(上座)「繰り返しになるが、本件は速やかに審理を終えるべきだ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(中座)「正しい審判を下すべきだ」
大司祭(下座)「精霊様の教えに疑いを差し挟むなど、言語道断」
大司祭(上座)「お前の働きぶりに期待しておるぞ、セラフィム」
司祭補「…かしこまりました…ですわ」
▼帝都・大図書館──。
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「司祭補さま、資料を持ってまいりました」ドサドサッ
司祭補「あらあら…ありがとうございます♪」ぴらっ
侍女「すごい量の書物ですね。議事録、契約書、裁判の記録…」
ドッサリ
司祭補「ティコ博士についてわずかでも書かれているものを探しましたわ」
侍女「大司祭さまは、調べる必要はないとおっしゃったそうですが…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「ええ。これはわたしのワガママです」
侍女「わがまま?」
司祭補「わたしの判断には、ティコ博士の命がかかっていますわ。たとえ精霊様はすべてをご存じでも、わたし自身が何も知らないまま審判を下したくないのです」
侍女「それで、何か分かりましたか?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「資料に書かれたことをまとめると…。ティコ博士は、東部山脈の麓の寒村で生まれたそうです。算術の才能を認められ、7歳のときに地方の大学(アカデミー)に入学しています」
侍女「7歳で…」
司祭補「当時は見た目と年齢が一致していたはずですわ」
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