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顎ひげ老人「ささ、どうぞこちらへ。司祭補さまからお先に駒を動かしてください」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「お言葉に甘えて…えいっ」スッ
顎ひげ老人「ほう、そう来ますか…。では、こうです」スッ
灰髪老人「それにしても、なぜ司祭補さまがこの酒場に?」
丸禿老人「ごっつ古いぞのご学友ではないんでしょう?」
司祭補「じつは、ティコ博士について調べていますの」スッ
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
顎ひげ老人「ティコ博士…って、あのティコぼうですか?」スッ
侍女「かつて博士が白麦屋という穀物商の屋敷に住んでいたこと。そして、黒麦屋に汚い手を使われて白麦屋が潰れたことなどが分かりました…」
灰髪老人「ははあ、汚い手ね…」
丸禿老人「たしかにあいつは儲けのためなら手段を選ばないからなあ…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
顎ひげ老人「とはいえ、あいつも根っからの悪人というわけじゃないだろう」スッ
灰髪老人「そうだな。たしかに黒麦屋との競争も激しかったが…白麦屋が傾いたのは、あの六代目の商才不足だろうなあ」
丸禿老人「うんうん」
司祭補「黒麦屋さんが…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「…根っからの悪人ではない?」
顎ひげ老人「もちろん、やつは国宝級の強突く張りだよ」
灰髪老人「カネが絡むと本当に汚い豚野郎になる」
丸禿老人「うんうん、やつは豚野郎だ」
顎ひげ老人「でもね、やつは悪魔じゃない。混じりっけなしの悪人じゃないんだよ」
灰髪老人「黒麦屋が悪し様に言われるのは、ねたみも混ざってんだ。やつの店があんまり成功したもんだから」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「ですが、黒麦屋さんは複利でお金を貸すのでしょう?」
丸禿老人「そこは弁護の余地がない」
顎ひげ老人「豚野郎たるゆえんです」
侍女「そんな黒麦屋にも褒められた点があると?」
顎ひげ老人「たとえば、大商店街では年に一度のお祭りでパレードをするんですがね…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「ええ、存じておりますわ」
灰髪老人「…ああ、あのときのことか。みんながティコぼうを子供たちの列に並ばせようとしたんだ」
丸禿老人「パレードの準備会で、黒麦屋が怒ったんだよなあ…」
顎ひげ老人「見た目はともかく、ティコぼうの中身は大人だ、子供扱いするな──。と、やつは怒ったんです」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
灰髪老人「わしらはもちろん、白麦屋さえそのことを忘れていた」
丸禿老人「あんときはハッとさせられたもんだ。準備会には、大商店街の大人はみんな出席することになっていましてね…」
顎ひげ老人「…ところが、ティコぼうはその場に呼ばれていなかった。それでは道理が通らない、今すぐティコぼうを呼んでこいと、黒麦屋は怒ったわけです」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
丸禿老人「案外、骨のあるやつじゃないかと思ったよ」
灰髪老人「ま、迷惑そうな顔をしている連中も一人二人ではなかったけどね」
顎ひげ老人「鶴の一声というやつですな。黒麦屋のひとことで、ティコぼうは準備会に呼ばれるようになり、パレードでは大人の列で行進しました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「そんなことが…。人に歴史あり、ですわ…」スッ
顎ひげ老人「っと、その一手は…困りましたな…」
灰髪老人「あはは、司祭補さまはお上手だ」
司祭補「そうかしらぁ~嬉しいですわ~♪」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「と、ともかく!調査を重ねた結果、私たちは白麦屋を探すことになったのです」
灰髪老人「六代目の?」
侍女「ティコ博士を居候させていた当事者であり、なおかつ指輪を盗んだのかもしれませんから。ぜひ見つけ出さなくてはなりません」
???「──白麦屋を、探していらっしゃる!?」ドサッ
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「!」
司祭補「あらあら、あなたは…?」
丸禿老人「おう、ごっつ古いぞじゃないか!」
灰髪老人「だからゴットフリートだってば」
顎ひげ老人「ちょうどいいところに来た。こちらのお2人がお前をお待ちだったんだよ」
若手学生「そうですか、白麦屋さんを…。指輪のことまで、調べがついているのですか…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「何か、わたしたちに話し足りないことがありますの?」
若手学生「そう、ですね…。はやり司祭補さまに隠し立てすることはできませんね…」
侍女「どういうことです。ハッキリおっしゃってください」
若手学生「分かりました。ですが、僕の口から話すよりも、あの方から説明してもらったほうがいいでしょう」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「あの方?いったいどなたです!」
若手学生「…白麦屋さんです」
司祭補「説明するとおっしゃるのは、何について…?」
若手学生「決まっているではありませんか。もちろん…」
若手学生「…ティコ博士が『天空の回転について』を書いた理由です」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「!」
侍女「!」
若手学生「僕が、白麦屋さんのところまでご案内します──」
▼帝都、商業区の外れ──。
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
ボロッ
司祭補「あらあら、これは…」
侍女「…廃墟ですか?」
若手学生「いいえ、貧しい老人が何人か暮らしています」
侍女「壁の石はひび割れているし、扉は腐りかけ…。とても人が住んでいるとは思えません」
若手学生「お待たせしました。この部屋です」
コンコン…ギィッ…
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
若手学生「白麦屋さん、失礼します」
司祭補「お邪魔しますわ~」
???「おお、その声はゴットフリート爵ですね。いつもありがとうございます…」
若手学生「いいえ、ティコ博士に頼まれたことですから。窓を開けますよ」
ガタッ
白麦屋「そちらのご婦人がたは?」
司祭補「…司祭補のセラフィム・アガフィアと申します。ティコ博士の宗教裁判で、審問官の任を拝命いたしました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
白麦屋「なっ!審問官!?…ゲホッ…ゴホゴホッ」
司祭補「ああっ、驚かせるつもりはなかったのです!」
若手学生「こちらの司祭補さまはお優しい方です。どうか落ち着いてください」
白麦屋 ゴホゴホッ
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「もしや、お体が悪いのでは?」
白麦屋「し、失礼いたしました。おっしゃるとおり、胸の病を患っておりまして…。ゴホッ…ゲホッ…」
司祭補「かなり、お悪いのですか?」
白麦屋「ええ、まあ…。ですが、咳は治まりました。ご心配をおかけし恐縮です…」
白麦屋「…それで、司祭補さまがどういったご用件でしょう?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「ティコ博士が『天空の回転について』という本を書いたことはご存じでしょうか」
白麦屋「え、ええ…」
司祭補「わたしたちは、博士があのような本を書いた理由を調べているのです」
白麦屋「はあ…。さ、さようで…」
若手学生「白麦屋さん、やはり隠し通すことはできないと思うんです」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
白麦屋「しかし、ティコぼうは何も喋るなと…」
若手学生「大丈夫です。きっと司祭補さまなら、ご理解のあるご審判を授けてくださるはずです」
侍女「そうです。すべて打ち明けなさい!」
白麦屋「ですが…うう…」
司祭補「あらあら、うふふ♪」じっ
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
白麦屋「…へ?」
司祭補「深いしわの刻まれた、立派なお顔ですわ」ニコニコ
白麦屋「顔、ですか?」
司祭補「その顔を見れば分かります。あなたは、もう充分に罰を受けています。これ以上、罪の意識を背負う必要はありませんわ」
白麦屋「つ、罪の意識など…」
司祭補「このままでは、ティコ博士は火あぶりに処されてしまいます」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
白麦屋「う…うぅ…」
司祭補「あなたは、きっと後悔するのではありませんか?」
白麦屋「うう…ぐすっ…。ええ、きっと後悔します。私なんぞのために…ティコぼうが…。想像するだけで、身が張り裂けそうで…!!」
司祭補「…話してくださいますね?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
白麦屋「はい…ぐすっ…すべてお話しします。すべて私が悪いのです。私が不甲斐ないばかりに…たくさんの人を傷つけました…」
侍女「ティコ博士は、あなたのお宅に居候をしていた…。間違いありませんか?」
白麦屋「はい。彼女は私たちの家族も同然でした…」
白麦屋「ティコぼうが帝都に出てきたときから10年ほど、一緒に暮らしました。妻は体が丈夫ではなく、うちには娘が1人しかおりませんでした。まるで子供が増えたようで、妻も喜んでおりました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「当時の白麦屋さんは、とても繁盛していたと聞いていますわ」
白麦屋「はい…」
白麦屋「…ですが、それは先祖が店を残してくれたおかげです。私自身は商才が足りなかったようで、毎月、入ってくるのと同じくらいカネが出ていっておりました。月末には買掛金を支払うためのカネを方々から借りて、なんとかつじつまを合わせている始末でした」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「あらあら、まあまあ…」
白麦屋「忘れもしません。あれはティコぼうが精霊教会の仕事を与えられて、帝都を発つことになった年のことです。ある日、黒麦屋が私の店に来ました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「当時の黒麦屋というと…」
白麦屋「まだ小さな店でした。やつは500Gを貸してほしいと言ったのです。月末の帳尻がどうしても合わないと」
白麦屋「自分の店の資金繰りも汲々(きゅうきゅう)としているのに、私にも老舗の主人という見栄がありました。同じ麦を扱う商人同士のよしみです。契約書もサインも求めず、利子なしでカネを貸しました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「利子なしで…」
白麦屋「当時の私には、500Gなど大した金額ではなかったのです」
司祭補「黒麦屋さんは、そのお金をどうなさったのでしょう」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「踏み倒したのでは?」
白麦屋「いいえ。やつはカネにがめつい男ですが、そのぶん自分のカネ勘定にも厳しい人間でした。少なくとも、あのころは」
司祭補「あのころは?」
白麦屋「翌月には500Gを耳を揃えて返してくれました」
白麦屋「その次の月、黒麦屋は1,000Gを借りたいと言ってきました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「お貸ししたのですわね」
白麦屋「ええ、契約書も利子もなしで。今度は2週間と経たずに返してくれました。さらに翌月は3,000G、その次は5,000G…。金額は増えましたが、いずれもきちんと返済されました」
白麦屋「そして、やつはついに1万Gを貸して欲しいと言ってきたのです」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「1万Gといえば大金ですわ」
侍女「まさか、貸したんですか?」
白麦屋「さすがの私も迷いましたが…。それまで返済が滞ったことはありませんでしたから。無利子、無書面で、黒麦屋に1万Gを渡しました」
白麦屋「…ところが1ヶ月過ぎても、2ヶ月過ぎても、黒麦屋から返済はありませんでした」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「さもありなんです!」
白麦屋「とはいえ、そのころにはティコぼうの仕事も決まり、うちの店はちょっとしたお祭り騒ぎでした。旅の支度やら何やらで、貸したカネのことはすっかり忘れていたんです」
白麦屋「帝都周辺で蝗害が発生したのも、ちょうどそのころです」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「近隣の農村で麦が全滅したのですわね」
白麦屋「うちの店は遠方にも仕入先がありましたから、なんとか商売を続けられましたが…。それでも麦の値上がりに頭を痛めていました。だから、ティコぼうは指輪を貸してくれたんです」
侍女「龍玉の指輪!」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
白麦屋「10年も世話になったお礼に、何かお返しがしたいと彼女は言いました。ティコぼうは、私たちのことを家族同然に想ってくれたのです。大切な指輪を、私たち一家に預けてくれました。この指輪を質に入れれば、商売の苦しさをしのぐことができるだろう、と…」
司祭補「質屋さんの帳簿には、あなたが10万Gを受け取ったと書かれていましたわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
白麦屋「それだけのお金があれば、どんなに麦が値上がりしても当座は安泰なはずでした。…旅の支度は着々と進み、いよいよティコぼうが帝都を出発する日──。その日、またしても黒麦屋が店に現れたのです」
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