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▼帰路の馬車──。
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
ガタガタ…
侍女「信じられません!あの学生、地動説に肩入れしているばかりか…司祭補さまの前で嘘をつくなんて!」
司祭補「嘘を?」
侍女「図書館で調べた資料には、ティコ博士が指輪をしているとハッキリ書かれていました。なのに、指輪を見ていないなんて…」
司祭補「あらあら、うふふ♪嘘とは限りませんわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「え?」
司祭補「わたしたちが図書館で見つけたのは、古い資料です。ティコ博士が天体観測を始める以前のものですわ。彼女が帝都に出てきたばかりのころは、たしかに指輪をしていたのでしょう。しかし…」
侍女「…どこかで指輪を外した?」
侍女「つまり、天体観測を始めてから帝都に戻るまでのどこかの時点で、指輪を手放したということですか?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「そう考えるのが妥当だと思いますわ。ゴットフリート爵が嘘をついているようには見えませんでした。彼が弟子入りしたときには、ティコ博士はすでに指輪を持っていなかったのでしょう」
侍女「今までの話をまとめると…。帝都に来たころ、まだ無名だったティコ博士は指輪を持っていたわけですよね。ところが帝都を離れて天体観測の旅に出たころ、指輪を手放した。当時からつい最近まで、博士は篤い信仰心を持っていた。そして帝都に戻ってきたとき、博士は信仰を捨てて過激な本を書いた」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「何度も言いますが、博士が信仰心を捨てたとは限りませんわ。博士ご自身はお金のために書いたとおっしゃっていました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「ですが、肝心のカネは無かったのですよ。それどころか、お屋敷に金目のものはなく、質素な生活を送っていたそうではないですか」
司祭補「不思議ですわ~」ニコニコ
侍女「不思議のひとことで済ましていいのでしょうか…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「それから、侍女さん。今のあなたのお話には重要なキーワードが出てきますわねえ…」
侍女「キーワード?指輪ではなくて…?」
司祭補「ええ。指輪のほかに、もう1つ重要な単語がありました。分かるかしら?」
侍女「さ、さあ…?」
司祭補「それは、『帝都』ですわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「!」
司祭補「ティコ博士が指輪を手放したのは、おそらく帝都を離れたころです。そして、過激な本を書き始めたのは帝都に戻ってきたときです」
侍女「この街そのものが、博士の行動を変えたというのですか?」
司祭補「わたしにはそう思えます」
侍女「この街のいったい何が、博士を変えてしまったのでしょう」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「分かりませんわ」ニコニコ
侍女「この街と博士の間に、いったいどんな関わりがあると言うのですか…?」
司祭補「それも分かりません」ニコニコ
侍女「そんな…。お言葉ですが、分からないことづくしではありませんか!」
司祭補「分からないからこそ、調べるのですわ」
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侍女「調べる?どうやって──」
司祭補「決まっていますわ。帝都とティコ博士との関わりを知っていそうな人に訊けばいいのです♪」
▼帝都、大商店街──。
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
ワイワイ…ガヤガヤ…
若旦那「…ティコ博士がいたころ、ですか?」
司祭補「図書館で見つけた資料には、ティコ博士は穀物商の屋敷に居候していたと書かれていましたわ」
侍女「帝都で老舗の穀物商といえば…」
若旦那「…私ども『黒麦屋』というわけですね」
若旦那「しかし困りましたね。ティコ博士が帝都に出てきたのは、私が生まれるよりも前のことです。父が──この店の大旦那がいれば、何か知っているかもしれませんが…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「大旦那さまは今どちらに?」
若旦那「得意先の挨拶回りに出かけています。もう戻ってきてもいい頃合いなのですが…」
司祭補「黒麦屋さんのお得意先には、貴族や王族が多いと聞きましたわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
若旦那「うちの小麦粉は高品質だというご評判をいただいております。大変ありがたいことです」
侍女「では、挨拶回りというのは…」
若旦那「あまりお客様のお話はできないのですが…さる名士のお宅にお邪魔しています」
若旦那「それにしても、うちの店でブラウニーを居候させていたなんて話は聞いていませんねえ。もしも若い頃のティコ博士を住ませていたなら、父や使用人頭が話してくれそうなものですが」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「よく思い出してください。一度も聞いたことがありませんか?」
若旦那「ええ、お役に立てず残念です…」
司祭補「ダークエルフほどではありませんが、ブラウニーもかなり珍しい一族です。もしも居候していたら、ご近所でウワサになりそうなものですわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
若旦那「ですが、本当に聞いたことがないんです」
侍女「ということは…ティコ博士が住んでいたのは、黒麦屋さんではないのかもしれませんね」
侍女「他のお店に住んでいたのかも…?」
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若旦那「ありうる話だと思います。というのも、私ども黒麦屋は昔からこんな大店(おおだな)だったわけではありませんから。私が生まれたころは、まだ間口の狭い小さな店だったんですよ」
司祭補「お父さまのご手腕で、お店をここまで大きくしたのですわね」
若旦那「はい。私どもの店が成功したのは、ある年の蝗害がきっかけだったと聞いています」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「こうがい?」
司祭補「イナゴの害のことですわ」
若旦那「大量発生した飛蝗が、帝都周辺の麦畑を荒らしたそうです」
侍女「ひこう?」
司祭補「空を埋め尽くすようなイナゴのことですわ」
司祭補「飛蝗の害は凄まじいと聞きますわ。イナゴの群れが通った後には、緑色のものは一切残らず、茶色い荒野だけが残るのだとか」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
若旦那「その年は麦がまったく取れず、帝都は深刻な飢饉に直面したそうです。パン屋はパンを焼けず、馬の飼い葉を食べて飢えをしのぐ人もいたのだとか…」
侍女「でも、それが黒麦屋の転機になった…?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
若旦那「父は遠方まで出かけて、麦を買い付けることに成功しました。そして帝都の人々を飢えから救い、財を成したのです」
侍女「必要なときに必要なものを必要な場所に届ける…。商人の面目躍如といったところですね」
若旦那「ははあ…。光栄です」
若旦那「今お付き合いのあるお得意先も、みんなその時にお取引きが始まったと聞いています」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「王族や貴族のお客さんですわね」
若旦那「そういうお宅ではたくさんの使用人を雇っておいででしょう?一度にご購入いただく穀物の量も多く、私どもとしては安定した商売を営むことができるのです」
司祭補「では、黒麦屋さんの転機になった年というのはいつ頃なのでしょう?蝗害が起きたというのは」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
若旦那「そうですね…。私がまだ赤ん坊だった頃ですから、20年ほど前のことですねえ…」
司祭補「20年前…!?」
侍女「…ですか!?」
若旦那「へ?そ、それが何か…?」
司祭補「申し訳ありませんが、蝗害の起きた年についてもう少し詳しくお話を──」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
富豪(?)「これはこれは…珍しいご来客でらっしゃいますなあ」
司祭補「!」
富豪(?)「その香炉に刻まれた模様…。失礼ですが、精霊教会の司祭補さまでは?」
侍女「…あなたは?」ジトッ
富豪(?)「おっと、申し遅れました。この黒麦屋の当主でございます」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「では、あなたが若旦那さんのお父さまなのですね?」
黒麦屋「さようでございます。店先で立ち話もなんです、ぜひ上がっていってください。ささ、遠慮はご無用です!」
司祭補「い、いえ…わたしたちは…」
黒麦屋「こらっ、お前も気が利かないね。司祭補さまに飲み物の1つもお出ししないとは…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
若旦那「失礼しました。だけど、お父さん。じつは司祭補さまは──」
黒麦屋「何だその口の利き方は!お客様の前では『大旦那さま』と呼べと言っているだろう!」
若旦那「わ、分かりました。大旦那さま…」
黒麦屋「それで、どういったご用件でしょう?いやはや、司祭補さまに当店をご利用いただけるとは…鼻が高い!」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「いえ、わたしは…」
黒麦屋「私どもとしても、精霊教会の方との販路を広げたいと考えていました。ぜひ何なりとお申し付けください。小麦、大麦…何でも取り揃えておりますよ!」
司祭補「今日は、とくに買うものがあって来たわけではないのです」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
黒麦屋「さすがは司祭補さま、お買い物がお上手でらっしゃる!もちろん今日すぐに買って帰れなどとは申しません。まずは品定めが必要でしょう。しかし、必ずや品質にご満足いただけるかと──」ニコニコ
司祭補「」
侍女「」
若旦那「お父さん、司祭補さまは相談があっていらっしゃったんだよ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
黒麦屋「だから大旦那と呼べと言っているだろう!…それで、どのようなご相談でしょうかな?今ならライ麦がお安くご提供できますが…」
司祭補「いいえ、わたしたちはティコ博士について調べているのです」
黒麦屋「は?」
黒麦屋「ティコ博士というと、あのティコ・ケプラーですか?ブラウニーの?」サァッ
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「博士は若い頃、この街の穀物商の屋敷に居候していたそうです。当時のことを何かご存じではありませんか?」
黒麦屋「い、いいえ。知りませんな。当時、この店は小さく、日々の商売に追われていましたから」
黒麦屋「当時のこの店に、ブラウニーを住まわせる余裕などありませんでした」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「やはりティコ博士が住んでいたのは、別の穀物商のようですね」
司祭補「では、ウワサなどは聞きませんでしたか?どこかのお店にブラウニーがいるというお話は──」
黒麦屋「さ、さあ?心当たりがありませんね…」
黒麦屋「なにぶん昔のことですから、覚えておりません!」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「どんな小さなことでもかまいませんわ。何か思い出しませんか?」
黒麦屋「ええ、まったく記憶にありません!失礼ですが、お買い物のご用件でないのなら、お引き取り願えませんか…?」
侍女「司祭補さまに向かって、帰れと?」
黒麦屋「い、いえ…。ご興味がおありでしたら、どうぞごゆっくり商品を眺めていってください。私は書類仕事が残っておりますので、これにて失礼いたします」ソソクサ
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「あっ、ちょっと待ちなさい!話はまだ終わっていません!」
司祭補「あらあら、まあまあ。黒麦屋さんはお忙しいようですわ~」
若旦那「すみませんね、無愛想なもので。今日の父はなんだか変だったなあ…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「まったくです!司祭補さまを差し置いて、お店の奥に引っ込んでしまうなんて──!」
司祭補「もしかしたら、ご挨拶回りに行った先でイヤなことでもあったのかもしれませんわ。日を改めましょう」ニコニコ
若旦那「わざわざご足労いただいたのに、本当に申し訳ありません。父には私のほうからキツく言っておきます」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「ぜひお願いします!」プリプリ
司祭補「あらあら、うふふ♪では、またの機会にお邪魔しますわ~」
▼帝都、大通り──。
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
ワイワイ…ザワザワ…
侍女「司祭補さまはお優しすぎます!」プンスカ
司祭補「あらあら…そうかしら♪」
侍女「そうです!聖職者に対しての不敬な態度…火刑に処されてもおかしくありません。あんな豚みたいな男、ジュウジュウ焼かれてしまえばいいんです!」
司祭補「あまり剣呑なことを言うものではありませんよ。仮にも精霊教会に仕えている身なのですから」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「ですが──」
???「おーい!待ってくれ!司祭補さまぁ!」
司祭補「?」
侍女「!」
???「ああ、よかった。追いついた…。この歳になると、ちょっとした駆け足でもしんどいね…」
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