充分に発展しモノであふれた先進国では、モノを売るのではなく体験を売らなければ商売にならない、みたいなことを偉いマーケティングの先生がゆっていた。ここ数年のマーケティング業界の通説になっているんじゃないだろうか。そして自動車業界も例に漏れない。日本で商売を続けるならば、「クルマという体験」を提供しなければならない。しかし、この「体験を売る」というのが具体的にどういうことか、どのメーカーもまだ理解しておらず、暗中模索している――。
これが私の東京モーターショーの感想だ。自動車業界は典型的な製造業だ。日本だけではない、どの国のメーカーも「モノを売る」という発想を捨てられずにいる。
情報化した社会とは、極論すれば移動の必要がなくなった社会だ。たとえば米国ではインスタントフードが発達した結果、手料理をする必要がなくなった。そして今では、手料理は趣味的な嗜好品・高級品になっている。これと同様に、未来では「移動」そのものが贅沢な嗜好品になっていくはずだ。
実際に、嗜好としての「移動」は増えている。旅行やドライブはその典型だが、かつて2chで流行った山手線鬼ごっこや、現在のスマホの普及にともなうソーシャル鬼ごっこなど「移動」それ自体の娯楽化は、情報化の影響でむしろ増えている。必要性が低くなるほど娯楽性が際立つのだ。
今回の東京モーターショーのキャッチコピーは「世界はクルマで変えられる」だった。ずいぶん楽観的な言葉だと思う。未来永劫クルマが存在し続けることが前提ではないか。50年後にクルマというモノが存在しているかどうかも怪しいのに。
いま、クルマというモノのあり方そのものが問われている。
◆ ◆ ◆
たとえば「トヨタBbすげー売れました、今までにない“音楽”という体験に着目したクルマだったからです」という話を耳にする。しかしBbも結局、まだ「モノを売る」という発想のままだった。デカくて走るiPodを作っただけだ。iTunesとPodcastまで準備してやらなければ、「体験」を売ったことにはならない。
あるいは日産。今回の東京モーターショーでは、「緊急時に非常用電源になる電気自動車なんていかがでしょうか?」とゆっていた。必要性のよくわからない多機能化は、いかにも日本のモノ作りって感じだ。(ただし昔はたくさんのデバイスが必要だった作業が、いまではケータイ一台でできる。多機能化を突き詰めて生活のすべてをまかなうマルチデバイス化を目指す――という発想はありなのかも知れない)
ハッキリ言って、わくわくしなかったのだ。学生時代はそれなりにドライブ好きだったのに、今回BMWのめっちゃ速そうなスーパーカー見てもぜんぜん胸がときめかなかった。速いクルマを運転したいならForzaでいいじゃんGTでいいじゃんテスト・ドライブ:アンリミテッドでいいじゃん、と。
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いいクルマを見てもわくわくしないのは、それを運転している自分の姿をイメージできないからだ。デジカメを選んでるときならわくわくする、ロードバイクのパーツや装備を選んでるときもわくわくする。それこそマウスやキーボード選んでるときだって、自分の使う姿を想像すればワクワクする。しかし今のクルマにはそれがない。
テレビゲームでの運転と、実際の運転とでは、本当はぜんぜん違う種類の面白さがある。自動車メーカーは今後その「違う部分」を売らなければいけない。ハンドルを握るとどうして楽しいのだろう? アクセルに足を載せると何が気持ちいいのだろう? そういうことを真剣に考えなければ、マジで50年後の日本からクルマは消えるよ。
「人間のきもちいいってなんだろう?」というキャッチコピーで出展していたホンダは、その点では目の付け所がよいと思った。移動の必要性がどんどん低くなる情報化社会で、ヒトはなぜクルマに乗るのか。そこに「きもちいい」がないとダメだよね、たしかに。
少なくとも、いかにも走るのが楽しそうなハチロクを持ってきて、「免許をとろう」という押し付けがましいキャッチコピーを掲げていたトヨタとの差は歴然だった。ハチロクを乗り回すのは確かに楽しそうだ。けれど、それって『家政婦のミタ』を見るのとどっちが面白いの? どっちのがコストパフォーマンス高いの? ――これが情報化した社会での消費者の視点だ。マイカーの競合相手は、もはや公共交通機関ではない。テレビやマンガ、ゲームなどの娯楽製品と勝負しなければならない。
自動車でしか実現できない「楽しい体験」を提供するか、あるいはスマホ並みに多機能化して「これ一台で生活のすべてがまかなえます」というモノにするか――。充分にモノであふれた先進国では、その2つの道しかクルマには残されていない。
◆
じつは今回の記事、「若者はなぜクルマを買わなくなったのか:不良ブームからオタク化へ」という切り口でも準備をしていた。そこからクルマの未来について妄想を膨らませたい。
若者のクルマ離れというけれど、クルマに飛びついていたのは20年〜30年前の若者であって、いまの若者はクルマに近寄ってさえいない。「離れ」という言葉は不適切だ。考えるべきなのは「いまの若者」ではない。いまの40代〜50代だ。
80年代〜90年代の初頭にかけて、日本はバブル景気にわいていた。日本の若者の間で自動車が飛ぶように売れたのは、ひとえに収入が右肩上がりで羽振りが良かったからだろう。しかしそれだけでは「なぜ自動車だったのか」は説明できない。現在に続くオタク文化は当時すでに成熟していたし、クルマなんかに脇目も振らずホームシアターにカネを注ぎ込む――なんて若者がたくさんいてもおかしくなかったはずだ。ところが当時のオタクが社会不適合者の代名詞だったことは、シロクマ先生のブログに詳しい。
シロクマの屑籠
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20110718/p1
※なぜか最近ではワインマニア・ブログとして注目を集めていらっしゃいます。
では当時の若者は、どんな文化を作っていたのだろう。当時を知らない私は想像に頼るしかないが、「不良ブーム」の存在は無視できないはずだ。日本中の十代が尾崎豊に熱狂し、少年ジャンプでは『ろくでなしブルース』が連載された。この時代に連載を開始した『ジョジョの奇妙な冒険・第三部』の主人公も、典型的な“不良”だ。80年代後半から90年代初頭にかけて、世間は不良に心酔していた。
そう考えてみると、クルマは不良的な乗り物だ。銃のように使い方を間違えれば人を殺せるし、なにより移動の「自由」を与えてくれる。アクセルを踏み込んだ瞬間の全能感は、盗んだバイクで走り出すのとよく似ている(たぶん)。『頭文字D』『湾岸ミッドナイト』『カウンタック』――自動車マンガにはたくさんの傑作がある。登場人物は自動車オタクばかりだけど、作中でやってるのは道交法を無視した不良行為だ。暴走族にかぎらず、クルマとはそもそも不良的なアイテムなのだ。だからこそ当時の若者はクルマに飛びついた。
一方、現在はオタク文化が目覚ましい興隆をとげた。テレビアニメが社会現象化するのは珍しいことではなくなったし、“オタクの祭典”コミケの参加者は毎回増加を続けている。いわゆる「萌え絵」を、街のいたるところで目にするようになった。いまの若者たちは空前のオタクブームの中にいる。
オタクの特徴のひとつに「規範意識の高さ」がある。細かいルールにやたら厳格な人が多いのだ。不良たちとは対照的に非喫煙者・嫌煙者が多いし、列に割り込む・公共の場で騒ぐ等のちょっとした反社会的な行為でも、親の仇のように糾弾する。大ヒットしたアニメ『とある科学の超電磁砲』はその点で象徴的で、不良たちが敵役として登場していた。大人(≒規範)への反抗をテーマとするかつての少年マンガと、いまのオタク文化は違う。
「学園都市は養鶏場、御坂美琴は極上ブロイラー」‐シロクマの屑籠
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20100209/p1
現在はオタク文化が広まった、そしてオタクたちは規範意識が高い:したがって不良的なアイテムである自動車には、最初から近づこうともしない。クルマが若者に売れないのは、若年層の低所得化だけが問題ではない。低所得化のせいでカネのかからない娯楽が好まれるようになり、オタク化が進んだ。その結果、若者たちはクルマというもの自体に魅力を感じなくなった。「欲しいけどカネがない」のではない。「カネもないし欲しくもない」のだ。
そして40代〜50代は首をひねるのだ。「なんで若者はクルマ買わないの?」「草食化のせい?」――不良ブームの中で育った彼らは今の若者を理解できず、いい年して「ちょいワル」に胸をときめかせていた。
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繰り返しになるが、これからの日本で自動車を売るならば「クルマという体験」を提供しなければいけない。ハンドルを握った瞬間の全能感は確かにすごい。けれど、開放感だけならGrand Theft Autoで遊んでるときのほうが上だ。「モノとしての自動車」で提供できる快感には限界がある。「走って・曲がって・停まる」だけでは不充分で、新しい楽しさを提供しなければならない。しかも、それが「クルマでなければ味わえない」ものでなければ。
技術的なハードルよりも、アイディアのほうが重要だろう。
現在はソーシャルネットワークの時代だ。この時代の技術を活かして「クルマにしかできないこと」を考えてみよう。
たとえば「安全運転王」なんてアプリはどうだろう。iPhoneの加速度センサーを利用して、ブレーキが滑らかであればあるほど得点が入るというゲームだ。GPS機能と連動させれば、走行中の道路の制限時速も分かるだろう。速度超過をするたびに減点される。そして全国でいちばん安全運転だったドライバーには日本自動車協会から豪華賞品が送られるのだ。ランキング上位に食い込むためにはクルマを乗り回さなくちゃいけないし、乗ったときには安全運転を心がけたくなる。
あるいは「ソーシャル・タクシー」なんてどうだろう。一言でいえば、インターネットを利用したヒッチハイクだ。利用日時・出発地点・目的地を指定しておけば、その日にそこを通るドライバーのカーナビに連絡が入る。で、交渉成立すればドライバーに乗せてもらえるという仕組みだ。ヒッチハイカーは公共交通機関よりも柔軟な移動経路の選択ができるし、ドライバーは感謝されて嬉しい――というワケ。この仕組みが成り立つためには、そもそもマイカーが充分に普及していなければならない。
あとは「ゴースト・カー」を使った遊びもなにか考えられそうだ。カーナビで経路検索をした際に、以前同じ経路を選択した他のドライバーの情報を同時に呼び出すことも技術的には可能だろう。以前のドライバーの「ゴースト・カー」がどこで給油し、どんな場所で休憩をとったのか。情報を共有することでクルマはもっと便利になる。
※完全シロウトの私が5分で思いついたアイディアです。ので、すでにこういうサービスは開発されているのかも。もしご存知でしたら教えてください。
現在では、ほとんどすべての自動車がカーナビを装備している。それをつなぐネットワークもある。そして何より、自動車はきちんと走るのだ。当たり前のことだけど、ゲームとは違い、クルマは実際に私たちを遠くまで運んでくれる。このクルマならではの楽しさを拡張して、誰の目にも魅力的な「クルマという体験」を提供する――。
世の中の自動車メーカーには、そんな素晴らしい「体験」を売って欲しい。そうすればきっと今の若者もクルマ買うよ!
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以上は、充分にモノであふれた日本での話だ。米国やオーストラリアなどの砂漠地帯、あるいはユビキタス化の進んでいない新興国では、まだしばらくは自動車の必要性はなくならない。中国やインドはモータリゼーションの真っ最中だ。
また、日本国内にも「自動車がなければ生活できない地域」はある。しかし、こちらは問題の種類が違う。少子高齢化が進んだ日本の地方都市では、今後は自動車よりも公共交通機関の必要性が高くなる。「自動車がないと生活できない」こと自体が問題なのだ。
ともあれ、世界的にはまだ自動車の必要性は高いままだ。国・地域によっては今後さらに需要が増す場所もあるだろう。他のメーカーが汗水垂らして欧米の販路を拡大している間に、ちゃっかりインドでの絶大なシェアを獲得したスズキ自動車には先見の明があった。
この「世界的にはモノ不足の場所がたくさんある」という事実が、次回の記事「ノマドはホワイトカラーの専売特許ではない、日本のブルーカラーこそ海外に出よう!」という話につながるのだけど――今回はここまで。
ではみなさん、楽しいソーシャル・ドライブを!
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佐藤順一監督は「泣かせる演出」で名高い実力派のベテラン。なぜホンダがアニメ?と首をひねりたくなるけれど、いままでのクルマ作りの外側に目を向けようとしているからなのかも。
放課後のプレアデス‐SUBARU×GAINAX
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自動車メーカーとアニメとのコラボの先鞭をつけたのはスバルだ。『放課後のプレアデス』はジブリ並みの迫力ある映像で夕方五時にやっていそうな魔法少女モノを描いた作品。面白かったけど、公開直後は「なぜ自動車メーカーが?」と不思議だった。ホンダと同じく暗中模索しているのだろう。
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