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あなたは「人から笑われない趣味」を持っていますか?/小説『アニソンの神様』感想

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オタクに対する「偏見」って、いまだにあるのだろうか? 私にはよく分からないが、世間的には「ある」ということになっているらしい。ネットを眺めれば、いわゆるオタクをこじらせた人がたくさんいる。どうせ自分は社会の日陰者だよ……と、ヒネクレテしまった人だ。一方、日本のマンガやアニメは世界中で人気を集めている。オタクに対する色メガネを外せば、日本のポップカルチャーは最高にクールなのだ。世界中のどこを探しても、「オタク的なもの」の発信源は日本にしかない。まさに生まれたばかりのウォークマンiPhoneのような、比類ない存在:それが日本のオタク・カルチャーだ。



アニソンの神様 (このライトノベルがすごい! 文庫)

アニソンの神様 (このライトノベルがすごい! 文庫)



大泉貴『アニソンの神様』は、オタク・カルチャーの「クールさ」を伝えることに成功している。発行元はライトノベルのレーベルだが、内容的には一般文芸に近い(※1)。オタク文化への「入門」にも「復習」にも最適な一冊だ。



◆あらすじ◆
エヴァ・ワグナーはドイツからの留学生。彼女の夢は、憧れの日本でアニメソングのバンドを組むことだ。放課後の空き教室で、エヴァは天才的なギタリスト・入谷弦人と出会う。「一緒にやりましょう! アニソンバンドを!」と誘う彼女に、弦人はそっけなく答える。「アニソンは音楽じゃない。子供とオタク向けの、ただの玩具だ――」



この作品の魅力は、なんといっても主人公のエヴァ・ワグナーだ。明るく元気で、どんな逆境にもめげない。そんな彼女の性格が、本作を爽やかな青春劇に仕上げている。
アニメソングといえば、「オタク的なもの」のド真ん中だ。ともすれば暗くて湿っぽいお話になってしまいそうなテーマである。たとえば『げんしけん』や『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』など、オタク文化を扱った先行作品たちは、オタクとしての“卑屈さ”から逃れられなかった。自分たちは背徳的で非社交的な人種であり、どうせ表舞台には立てない……という「暗さ」が描かれていた。


げんしけん(1) (アフタヌーンKC (1144))

げんしけん(1) (アフタヌーンKC (1144))


ところが、本作にはそういう卑屈さが一切ない。オタクがオタクのまま表舞台に立ってしまう。これはちょっとした事件だ。
つまり、「オタク的なもの」に向けられる世間の視線が変わったのだ。「アニメやマンガが好き=社会の日陰者」という構図は完全に崩れた。アメリカのOtakonやフランスのJapan Expoを筆頭に、世界中でオタク・イベントが行われている。たとえばインドネシアでは“プチンタ・ジュパン”と呼ばれる若者たちが増えているという。日本の文化にハマり、マンガを読み漁り、コスプレを楽しみ、果ては日本語の勉強まで始めてしまう……そんな若者たちだ。彼らの大半はいまだに所得水準が低く、訪日など遠い夢であるにもかかわらず。
海外ばかりではない。渋谷のキャバクラ嬢たちがゲーム『モンスターハンター』を楽しみ、新宿のホストたちがケータイで『アイドルマスター』を遊んでいる。一昔前なら「オタク的なもの」と縁のなさそうだった人々が、現在ではむしろそういう文化の担い手になっている。もはやオタクとそうでない人との境界はなくなった。
そういう現在のオタク・カルチャーを、『アニソンの神様』はうまく切り取っている。
謙遜かもしれないが、著者の大泉貴先生はアニソンにそこまで詳しくなかったと、あとがきで語っている。本作を書くにあたり調査・取材を重ねたらしい。本作を成功に導いたのは、その距離感だろう。たとえば著者の“熱烈な趣味”をテーマにしてしまったら、ウンチクの羅列になり、読者が置いてきぼりになってまいがちだ。そこまで詳しくないテーマだからこそ適度な距離感が生まれ、取材中の楽しさを作品に反映できる。そして読者は、登場人物と一緒にアニソンに目覚めていくことができるのだ。

(※バンドのメンバーと「聖闘士星矢」の初代オープニング曲を演奏したときに……)


「ふー、さすがに疲れましたね」
「おい、エヴァ
「ん? どうかしましたか?」
「どうかしましたか、じゃない。変なポーズを取りながら歌うのは止めろ、気が散るだろ」
「なっ! わたしのペガサス流星拳に不満が!? なにか間違えてましたか!?」
「そういう問題じゃない。というか、そもそも世代じゃないから知らん」
するとこの留学生はなぜか信じられないものを見たという目で見返す。
「じょ、冗談ですよね……? 星矢を見てない日本人がいるなんて……。小宇宙(コスモ)を感じたことがないのですか!?」
「ゴメン、エヴァちゃん。ぼくも見てない……」
「原作なら、むかしアタシの兄貴が読んでたのをちょっと貸してもらったけど……」
「ニコ動で……MADを見たくらいです……」
「みなさん、それでも本当に日本人ですかっ! ジャンプ漫画は日本の聖書(バイブル)じゃないのですかっ!」


読み終わったあと無性にアニソンを聴きたくなる。そんな一冊。











※ちなみに私は、アニソンならラスマス・フェイバーのジャズアレンジがかっこよくて好き。TUTAYAのレンタルでは飽き足らずCDを買ってしまった。


プラチナ・ジャズ ?アニメ・スタンダード Vol.2?

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(※1)たとえば『はがない』の登場人物ような「ライトノベルだからこそ歓迎されるキャラ」は登場しない。普段ライトノベルを読む人にも読まない人にも受け入れられそうな、絶妙なバランス感覚で書かれている。