8月11日のことである。
この日、東京の湾岸部はちょっとしたパニックに陥っていた。東京湾大華火大会とコミックマーケットが重なったのだ。花火大会の動員人数が例年70万人ほど、コミケ2日目の来場者数が約19万人、およそ90万人がちっぽけな埋め立て地に集結した。なかにはコミケ帰りに花火大会へと流れた人もいるのではないか……なんて、バカを言ってはいけない。戦利品を満載したオタクが花火大会に行くわけがなかろう。2つのイベントの参加者はほとんど重なっていなかったはずだ。
ちなみに私はオタクではないので、まずは花火大会に参加した。
りんかい線はすさまじい混雑に見舞われていた。私は、非オタの友人たちとともに花火大会へ向かった。コミケ帰りのオタクたちを見て、友人の一人がぽつりと漏らした。
「みんな同じ顔をしているね」
彼女の視線をたどると、アイマスの紙袋を見つめていた。
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個性豊かなアイマスのキャラクターが、彼女の目には“みんな同じ”に見えたのだ。なんということだろう! これだからリア充は……。私は花火会場につくまで(ついてからもしばらく)、各キャラがいかに魅力的かを諭しつづけた。わずかな時間に「まこゆき最高!」という言葉を三回ぐらい言った気がする。彼女をまっこまこにできたと自負している。
ところで会場へ移動する前に、私たちは新橋のカラオケで時間を潰していた。
非オタの友人たちにとって、AKB48は手頃な“共通の話題”なのだろう。作詞・秋元康の楽曲が次々に入力され、自然と「どの子が好きか」という話になる。私は目を白黒させて、困惑するばかりだった。
なぜなら、みんな同じ顔に見えるから。
歳は取りたくないものだ。小学生のころはモーニング娘。のメンバーが分からない大人たちを笑っていたのに、いまでは自分がそういう大人になってしまった。なにしろ私はテレビをほとんど見ない。撮り溜めた深夜アニメと借りっぱなしのDVDを消化するのに忙殺されているし、ニコニコ動画ではMincraftの実況プレイが待っている。AKB48が主戦場としている(であろう)バラエティー番組など、見ているヒマはないのだ。
アニメを見ない友人には、アイマスのキャラクターがみんな同じ顔に見える。
テレビを見ない私には、AKB48のメンバーがみんな同じ顔に見える。
つまり私たちはアイドルの外観を消費しているのではなく、背後にある「物語」を消費しているのだ。歌や舞台といった表面的なコンテンツではなく、彼女たちがそこへ至った過程や、彼女たち同士の関係性を――つまりはコンテクストを愛でている。コンテクストの消費:これは新しい視点ではなく、以前からずっと指摘されていることだ。が、アイマスとAKB48の比較はそれを端的に示した実例だといえるだろう。
精神科医の斎藤環先生は「オタクかどうかの基準は二次元で抜けるかどうか」だと指摘している。では、鉄道オタクやアイドルオタクといった三次元を情熱の対象とする人々は、オタクの定義に収まらないのだろうか。
そんなことはないと私は思う。
鉄道オタクであれスーパーカーオタクであれ、彼らが消費しているのは電車や自動車の背後にある「物語」だ。開発秘話であったり、細々としたスペックの比較であったり……日常生活の役には立たない、実利的ではない情報を愛でている。コンテンツのみを消費するのなら、電車は時間通りに来れば充分で、自動車はカローラでいいはずだ。物語を消費している時点で、(情熱の対象がたとえ三次元であっても)撮り鉄は充分にオタクたりうるのだ。
またAKB48の場合、コンテクストを消費しているガチのアイドルオタクがいる一方で、実利的な(※体育会系な)コンテンツとしても消費されている。リア充同士の“共通の話題”になることで、AKB48はコミュニケーションツールとして消費されているのだ。かつて巨人好きの上司のために、好きでもない野球を見る新人社員がいた。その時代の読売ジャイアンツは、間違いなくコミュニケーションツールだった。
さらにややこしいのは、「コンテクストの消費者」と「コミュニケーションツールとしての消費者」とを切り離すことができないということだ。むしろ1人の消費者がどちらの消費行動も取りうる。私はオタクではないので、アイドルマスターについて深い感慨や思い入れがあるわけではない。二次元寄りな人たちとのコミュニケーションツールとして有用なため、それなりにキャラの区別がつく……程度のものだ。消費者としては邪道で、熱心なファンからは石を投げられても文句は言えない。反面、そういう実利的な目的から消費しているはずのアイマスであっても、まこゆきは最高だと私は思う。つまり「コンテクストの消費者」としての一面を、少ないながらも持っている。
人間の消費活動は、単純ではない。
1人の人間がまるで複数の人格を持つかのように行動するし、多様な一面を持っている。しかし財布は1つだ。だから最近の日本企業では、市場を細分化するのが流行っている。より細かく人々の行動を分類し、ニッチな層を狙い続けなければ売上げを達成できない――そういう商品を扱っている業界では、とにかく消費者を細分化しがちだ。
一方、WEB上ではそうはいかない。
WEB上の情報は基本的に無料か、あるいは超低付加価値だ。したがってニッチな層を狙うという戦略自体が、そもそもあり得ない。個々人の性格や嗜好を無視した高度に専門的なモノを提供するか、あるいは広く浅く、たくさんの人の感情に引っかかるモノを提供するしかない。
たとえばブログ記事の場合、IT技術者向けの専門知識などを書くとアクセス数を伸ばしやすいと言われている。これは読者の個々の違いを無視して、「IT技術を必要としている」という一側面だけに注力しているからだ。そのブログの読者には、既婚子持ちのSEもいれば、サークルのホームページを作成している女子大生もいるだろう。パソコンを買ってもらったばかりの小学生もいるかもしれない。そういう違いを考慮する必要はないし、考慮してもアクセス数の増加にはつながらない。市場を切り分ける意味がないのだ。人間は一人ひとり多面的だという事実を受け入れたうえで、“共通する一面”を持つ人すべてに無差別に情報を提供する:それがWEB上で専門化を進めるということだ。アダルトブログ「みんくちゃんねる」は月間1億2千万PVを達成するというが、「男」という一面を持つ人すべてに無差別に情報を提供しているからだ。
もしくは、広く浅く、たくさんの人の感情に引っかかるモノを提供するという戦略もありうる。既存のSNSやWEBサービスのうち、とくに利用者数の多いモノはこの要件を満たしている。
とりとめもなく書いているうちに、だいぶ話がそれてしまった。
今日の記事で訴えたいことは、ただ1つ:
私はオタクではない、ということだ。
勘違いしてもらっては困るのである。
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※そして翌8月12日、私は意気揚々と東京ビックサイトに向かった。