ニコニコ動画に投稿されている「17,000ヘクスの地球の歴史」というシリーズがとても面白い。
『Civilization』シリーズは、天才的ゲームデザイナーのシド・マイヤーが生み出した戦略シミュレーションゲームだ。プレイヤーは様々な文明の指導者となって、古代から現代までの歴史を再現し、自分の文明を育成する。勝利条件はいくつかあるが、世界でもっとも発展した文明を育て上げたプレイヤーの勝ち、というゲームだ。
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シドマイヤーズ シヴィライゼーション VI [日本語:吹替え版] [オンラインコード]
- 出版社/メーカー: 2K Games
- 発売日: 2016/10/21
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プレイヤー同士で競い合うマルチプレイはもちろん、文明の指導者をAIに操作させることもできる。そして、AI同士で戦わせてどの文明が勝利するか実験してみようぜ、というのが先述の動画の趣旨だ。
AI同士の戦いを観戦して楽しむ──。なんというか、すごくSFっぽい遊び方だ。人工知能と私たちの関わりも、ついにここまで来たかという感がある。コンピューター上でAIを競わせること自体は、何十年も前から行われていた。だが、それをみんなで固唾を飲んで見守るなんて、一昔前まで考えられなかった。
この調子でいくと、今後20年以内には「人工知能を本尊として崇める宗教」が登場しそうな気がする。機械学習により言葉を紡ぐようになった人工知能と、その言葉を神託としてありがたがる人々。どんなに「あれは機械だ」と指摘しても、信者たちは機械の中に神性が宿っていると疑わないのだ。
映画やマンガでは、「反乱を起こした人工知能に人間が支配される」という設定がしばしば用いられる。けれど、現実には「利権や汚職にまみれた人間の政治家よりもAIのほうがいい!」という政治運動が盛り上がって、自ら望んで支配されるようになりそうだ。IT革命(読んで字のごとく)による立憲AI制の成立である。
閑話休題。
Civilizationのようなゲームが現実世界と違うところは、各文明が明確な目標を持って運営される点だ。現実には、(世界征服をスローガンに掲げることがあるにもかかわらず)文明は大きな目標のためではなく、その時々の利益・損失に基づいて、わりと行き当たりばったりに行動してきた。
たとえば鄭和(ていわ)の宝船伝説が象徴的だ。15世紀初頭、明の永楽帝は宦官の鄭和にインド洋を冒険させた。鄭和の船団はアフリカまで到達した。このペースで冒険を続けていれば、ヴァスコ・ダ・ガマよりも半世紀早く喜望峰経由でヨーロッパに向かう航路を発見していたかもしれない。
そもそも15世紀初頭までの中国は、ぶっちぎりの先進国だった。地球上でもっとも早く農耕定住生活に移行した地域であり、鋳鉄、羅針盤、火薬、製紙技術、印刷術といった先進技術を世界に先駆けて発明していた[1]。
もしもこれがゲームで、文明の目標が世界を制覇することであれば、明は引き続き海洋探索を続けたはずだ。そのままヨーロッパへと勢力を伸ばし、世界制覇へと邁進しただろう。
ところが明はヨーロッパに到達することなく、航海をやめてしまう。一説には、北方の国境がモンゴルからの侵略の危機に瀕しており、船団を派遣する余裕がなくなったからだという[2]。また、宮廷内での権力闘争の影響だという説もある。
だが、航海をやめた一番の理由は経済的理由だった。
端的に言えば、明にとって外洋航海は儲からなかったのだ。当時の中国は世界一の先進国であり、後進国であるアフリカやヨーロッパと貿易をすることにメリットが無かった。貿易は朝廷により独占されていたため、野心的な冒険家たちが航路を開くこともなかった。
ヨーロッパの経済が発展し、世界の覇権を握るのは近世以降の話だ。中世のヨーロッパは、貧しい辺境の地でしかなかった。中国から見れば、遅れた「野蛮人の国々」だったのだ。
少し時代は下るが、この「中国から見たヨーロッパ観」を端的に示すエピソードがある。1792年、イギリスの外交官ジョージ・マカートニーは国王ジョージ3世の贈り物を携えて北京を訪れた。贈り物の内容は、プラネタリウム2つ、地球儀、望遠鏡、測量器具、化学器具、鐘型潜水器、等々。当時のイギリスが提供しうる最新技術の数々だった。これらの荷物を運ぶために、3000人の労働者と200頭のウマが必要だったという。
ところが北京の宮廷官吏は、これを侮辱と見なした。こんなものは皇帝には珍しくもなければ貴重でもない、中国にとって技術的脅威にはならないと判断してしまったのだ。官吏の助言を受けて、皇帝は「わが天子の国はすべてのものを有り余るほど有し」、イギリスとの交易はまったく必要ないという手紙を送り返した[3]。
一方、ヨーロッパから見れば、アジアとの航路を開くことで多大な利益を得られた。15~16世紀のころ、インドのコショウやインドネシアのナツメグ、クローブなどの香辛料は、シルクロード経由でヨーロッパに届けられていた。中東の商人たちが利益を上乗せしたため、非常に高価だった。もしもヨーロッパ人たちがアジアと直接貿易をして、香辛料を輸入できれば、それは莫大な利益に繋がるはずだった。
1521年、マゼランの船団が世界一周に成功し、リスボンに帰港した。航海は悲惨を極め、生き延びた乗組員はわずかだった。が、船団は24トンのクローブを載せており、この航海の利益率は2500%に上った。現代なら利益率25%でもそこそこ優秀な企業だと言える。比べて、当時の香辛料貿易がいかに儲かったかが分かる。
15~16世紀、外洋航海は中国にとって利益がない一方で、ヨーロッパにとっては莫大な利益が見込めた。このことがヨーロッパ人を海に向かわせ、のちの植民地支配の遠因となった。そして、19世紀には西洋文明が世界の覇権を握ったのだ。
現実世界の支配者は、1000年単位の目標に向かって政策を決定することができない。せいぜい2~3世代、大抵は1世代くらいの時間感覚でしか物事を判断できない。明の指導者たちは、500年後の世界を見据えて鄭和に冒険を続けさせるという判断ができなかった。長期的展望の欠如こそが、ゲームと現実との違いである。
長期的展望の欠如は、何も歴史上の偉人だけに当てはまるものではない。むしろ、現代社会でこそ問題となるべきものだ。老人たちは自分が死ぬまでの数十年をしのげればいいと思っている。政治家たちは次の選挙までの数年間、高級官僚たちは定年退職か天下りするまでの数年間を切り抜けられればいいと思っている。企業の経営者たちは1年で成績を出せればいいと考えているし、投資家たちは1四半期での成果を望む。
産業革命まで、情報の伝達には数ヶ月、場合によっては数年かかることもザラだった。東南アジアの植民地で起きていることをロンドンの株主が知るまでには、それくらいのタイムラグがあった。ところが鉄道の発明により、これが数日刻みに変わる。いわゆる「鉄道時間」の誕生だ。さらに電信技術の発明によって、世界中のどこからでも1日以内に情報が届くようになった。そして20世紀末には「インターネット時間」が始まった。すべての情報がリアルタイムに繋がる世界を、私たちは生きている。
せわしない時代だからこそ、長期的な展望を失いたくないものだ。それこそ、シムシティやシヴィライゼーションで遊んでいるときのような展望を。
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◆参考文献等◆
[1]ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』草思社文庫(2012年)下p379~380
[2]ウルリケ・ヘルマン『資本の世界史』太田出版(2015年)p29
[3]ウルリケ・ヘルマン(2015年)p31~32