Magic: the Gatherinの世界には「クロック」という概念がある。
ざっくりと説明すれば、MtGは魔法使い同士の決闘を再現したカードゲームだ。プレイヤーは魔法使いとなって、お互いに呪文を唱えて相手のライフをゼロにしようとする。相手のライフを削る手段として最も一般的なのは、クリーチャー(※モンスター)を召喚し、彼らに相手を攻撃させることだ。
さて、自分の召喚したクリーチャーの攻撃力の合計が5点だったとする。
そして、相手の残りライフが20点だったとする。
このような状況を、MtGプレイヤーは「5点のクロックを展開した」あるいは「4ターンクロックになった」と呼ぶ。相手に死の瞬間が訪れるまでのカウントダウンを、時計の針になぞらえて「クロック」と呼んでいるわけだ。「5点のクロック」と言えば、時計の針が一度に進む距離を示しているし、「4ターンクロック」と言えば、相手が死ぬまでの時間そのものを示している。
クロックを展開するのは、自分だけではない。当然ながら、対戦相手もクロックを展開する。そしてお互いのライフを削りながら、死に向かうチキンレースを楽しむわけだ。
このレースのことを、MtGプレイヤーは「ライフレース」または「ダメージレース」と呼ぶ。
たとえばお互いのライフが20点、あなたは5点クロック、対戦相手は3点クロックを展開していたとしよう。言い換えれば、あなたは4ターンクロック、相手は7ターンクロックだ。勝利までのクロックが短いぶん、あなたのほうが「ダメージレースで有利だ」と言える。MtGの攻略記事では、頻繁に見かける表現だ。
他の多くのカードゲームと同様、MtGでも「ライフを回復するカード」はあまり強くない。勝つためには、ゲーム終了時にライフが1点残っていればいいからだ。有利な盤面を作り上げるためなら、多少のライフはリソースとして支払っても構わない。
それでも「ライフを回復するカード」が使われるとしたら、そのカードがダメージレースを大幅に有利にしてくれる場合だ。たとえば、毎ターン4点ずつライフを回復できるカードがあったとする。言い換えれば、それは対戦相手の4点クロックを無効化できるカードだと言える。相手から見れば、時計の針がまったく進まなくなってしまう。
ダメージレースはMtGの攻略でもっとも重要なものの1つだ。
この概念は、おそらくAPEX Legendsにも応用できる。
■対人FPSは弾を当てるゲームではない。
私は自分のプレイをすべて録画し、気になるシーンは後から見返している。
死亡シーンでは、「またやっちまった」と頭を抱えることがよくある。
たとえば「弾を当てたいあまり、敵に近づきながら撃ってしまう」というシーンを見つけたときだ。これは典型的な〝初心者プレイ〟だ。たとえば「マリオカートで曲がろうとして自分の体まで傾けてしまう」のと同じような、人間の本能的な反応なのだろう。
対人FPSでは、「敵に近づきながら撃つ」のは厳禁だ。
マリオカートで体を傾けるべきではないのと同様、冷静に、遮蔽を意識しながら、敵との距離を保って射撃するべきだ――。対人FPSで長く遊んでいるプレイヤーにとっては、当たり前すぎる攻略法だろう。
しかし私は、当たり前に「なぜ?」と問いかけたい人種である。
時と場合によっては、「敵に近づきながら撃つ」のが正解になる場合もあるのではないか? では、その条件とはなんだ? 敵に近づくべきではない理由は、敵からも弾を当てやすくなるからだ。けれど、たとえ多少の被弾をしても、相手を先に倒せるのなら、前に出てもいいんじゃないか? 相手に回復の猶予を与えないためにも、距離を詰めたほうがいい場面はあるじゃないか!
ここまで考えて、私は気づいた。
これはMtGのダメージレースと同じだ、と。
APEX Legendsでは、紫アーマーを着たプレイヤーのライフは計200点だ。一対一の撃ち合いの場合、自分のライフ200点を削り切られる前に、相手のライフ200点を削れば勝利できる。3人チームの場合は、相手チームのライフ合計600点を、自分チームのそれを削り切られる前に削ればいい。
もちろん「削るべきライフの総量」は、着ているアーマーや回復アイテムの量に左右される。また、時間の影響を受けることも忘れてはならない。相手に回復の時間を多く与えるほど、削らなければならないライフの点数も増えてしまう。
たしかに対人FPSには「敵に弾を当てるゲーム」という側面がある。けれど、それはあくまでも側面の1つに過ぎない。極論を言えば、敵を倒す手段は銃でなくてもいい。グレネードや爆撃、毒ガスのダメージによって敵を倒すこともできる。
「弾を当てたくて敵に近づく」というような初心者プレイを減らすためには、まずは対人FPSの定義を見直すべきなのだ。
対人FPSとは何か?
どんなゲームなのか?
私に言わせれば、対人FPSはダメージレースのゲームということになる。
この定義が絶対に正しいとか、他の定義が間違っているとか、そんな主張をするつもりはない。ただ、この定義を使うと「便利だ」という点は紹介しておきたい。
たとえば、なぜDPSの高い武器は強いと言われるのか?
DPSとは、全弾命中した際に1秒間に与えるダメージの合計だ(※普通は、リロード時間は計算から除外する)。答えは簡単である。DPSの低い武器を持っている敵と撃ち合った際に、ダメージレースで優位に立てるからだ。MtGプレイヤーの言い回しを使えば、DPSの高い武器は「クロックが太い」のである。
あるいは、なぜ〝頭出し〟は強いと言われるのか。
頭出しとは、岩などの遮蔽物で体を隠し、頭だけを覗かせて敵を撃つ戦術のことだ。APEX Legendsに限らず、大抵の対人FPSでは、銃弾はある程度バラけて飛ぶ。したがってヒットボックス(※当たり判定)が大きいほど被弾の確率は上がり、小さいほど確率は下がる。頭出しをすれば遮蔽物で自分のヒットボックスを隠すことができ、ライフレースの有利を作れるのだ。
これはレレレ撃ちのようなフィジカルの技術も同じことが言える。被弾を減らす技術は、いずれもダメージレースの有利を作り出してくれる。
MtGの世界には、ダメージレースを無視する戦略が存在している。
その代表が、即死コンボデッキだ。たとえば4ターン目まで対戦相手のクリーチャーに殴られ放題でも、4ターン目に即死コンボを決めて相手を倒せばいい。そういうデッキは、コンボを決めるまでのターン数を短くするカードと、それまで延命するカードだけで構築されている。
APEX Legendsのピースキーパーやマスティフ、ウィングマンがなぜ強いのかといえば、コンボデッキと同様にダメージレースを拒絶するからだろう。これらの一撃の火力が極めて高い武器は、「お互いのライフを削り合う」という状況そのものを無視できる。遮蔽物から飛び出した一瞬で相手をノックダウンできれば、相手がどれほどDPSの高い武器を握っていようと関係ない。
また、ダメージレースの概念は戦略や兵站にも影響を与える。
たとえば私は、グレネードなどの投擲物を多めに――ゲーム終盤であれば5~6個は持った状態で戦闘に挑みたいと考えている。なぜなら、私はエイムも弾を避ける動きも苦手であり、正面からの撃ち合いに弱いからだ。だからこそ、投擲物をどうにか当てて、ライフ差の有利を作った状態からガンファイトを開始したいのだ。もちろん投擲物で敵を遮蔽物から追い出すだけでも構わない。先に遮蔽物から飛び出した側は、ダメージレースでは不利になる。
投擲物を多く持つということは、その分、弾丸に割けるインベントリが圧迫されるということだ。結果として、単発あたりの威力が高い武器を優先して装備することになる。私がR-301よりもフラットラインを好む理由だ。
なぜクロスを取る(=十字砲火する)と強いのか?
なぜ高所を取ると強いのか?
こうした疑問はすべて、「ダメージレースを有利にするか/不利にするか」という1つの軸で評価できる。
クロスを取れば、1人の敵を味方2人で同時に撃てる。当然、火力は2倍になる。MtGで喩えれば、クロックが2倍になってキルターンが半分に縮んだような状態だ。それだけでなく、クロスを取られた側は遮蔽に隠れることが難しくなる。一方の射線を切っても、もう一方からは射線が通っているかもしれない。結果、回復を巻く時間を奪われてしまう。いずれにせよ、クロスを取った側は、取られた側よりもダメージレースで大幅に有利になる。
また、FPSでの高所の強さは「主導権を握れるから」と説明されることが多い。高所を取った側は、自分の好きなタイミングで頭を出して敵を撃ち、好きなタイミングで頭を引っ込めることができる。言い換えれば、敵が頭上をケアしていない隙をついて攻撃し、撃ち返してきたらすぐに隠れることができる。やはりダメージレースで大幅に有利に立てるのだ。
強くなれるかどうかは別として、このような評価軸を持っていることは便利だ。
判断に迷ったときに、「とりあえずダメージレースを有利にできそうなことをしよう」と決断できる。悩む時間を減らせる。
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