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見なきゃ損!クルマ映画の金字塔『ワイルドスピード』

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 先日、ひさしぶりに『ワイルドスピード』の第1作を見た。正直、目を疑うほど驚いた。ハリウッドのお約束からすれば、わりと滅茶苦茶な脚本だ。なのに、しっかり面白い。初めて見た高校生のころは分からなかったけれど、この映画の脚本は研究する価値がありそうだ。

 そもそも『ワイルド・スピード』は、変なシリーズだ。

 第1作は中堅ヒットだったものの、第2作では主人公コンビの片方が降板。第3作では主要メンバーがすべて入れ替わって、興行成績はガタ落ちした。普通なら、ここでシリーズが打ち切られてもおかしくない。にもかかわらず、いまだに新作が撮影されるほど粘り強い人気を維持している[1]

 観た人の心に強烈に残る「何か」があるのは間違いない。

 

 

ワイルドスピード』第1作の脚本がどれくらい型破りかは、『ニード・フォー・スピード』と比較すると分かりやすい。どちらも同じハリウッドのクルマ映画で、違法な公道レースを描いている。だけど脚本の作りは全然違う。『ニード』のほうが、お約束的で手堅い脚本だ。

 

 

 ここから先はネタバレ全開だ。ご注意を。

 また、この記事はハリウッド脚本の「三幕構成」の考え方にもとづいて書かかれている。「三幕構成って何?」という人は、先にこちらの記事に目を通していただければと思う。

 ただし、ハリウッドの脚本術を知ってしまうと(人によっては)もう以前のように映画を楽しめなくなる。映画の魔法が解けるのが嫌なら、今すぐブラウザバックしてほしい。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

ニード・フォー・スピード』は、第1幕で主人公の弟分がレース中の事故で死ぬ(重大なネタバレ)。ところが彼を殺した張本人は走り去って罪を逃れる。第1プロットポイントは、主人公が濡れ衣を着せられ、真犯人の代わりに刑務所に入るところだ。ここから彼の復讐譚が始まる。クライマックスには当然、宿敵とのレースが配置されている。すごく堅実で、お手本にしたいほどの脚本だ。

 この映画の第2幕はアメリカ横断のロードムービーという、これまた定番のお話になっている。主人公はニューヨーク州の田舎に住んでおり、宿敵とレースするためにはカリフォルニアまで行かなければならないのだ。『テルマ&ルイーズ』『レインマン』のようなコテコテの展開。自動車で大陸を横断するというのは、なんていうかアメリカ人の深層心理をくすぐる設定なのかもしれない。

 あと、ヒロインが可愛い。

 なんていうか、ちょっと『ソードアートオンライン』っぽいのだ。

 たとえば、主人公はハンドルを握ったら誰にも負けない。ドラテクで挫折を味わうことなく、レースでは全戦全勝。お前はキリトか。一方、ヒロインは男たちの子供っぽい趣味にも理解を示し、ときには男顔負けに戦い、しかし一歩下がって男を立てる。理想の塊みたいな女だ。お前はアスナか。

 この映画を見ると、いわゆる「俺TUEEEE!!」って世界的に流行しているのかな? と思えてくる。高級車が気前よく登場するので、スーパーカー好きにはたまらない映画だと思う。主人公とヒロインの関係が『SAO』っぽいという点で安心して楽しめるし、ストーリーがお約束展開なのも嬉しい。

 世の中には「予想通りの展開」を笑う人がいる。けれど、歌舞伎や落語と同じで、お約束通りにピタッと決まるのは、それでそれで気持ちいいのだ。むしろ、ストーリー展開が予想通りであるにもかかわらず楽しめるような作品を作るのは、ただ予想を裏切るよりも難しいのではないかと思う。

ニード・フォー・スピード』は本当に教科書通りの良くできた脚本だ。主人公はスターウォーズでいうルーク。レイアやヨーダやハンソロやC3POの立ち位置のキャラクターもすべて登場する。

 

 

 で、『ワイルドスピード』だ。

 まず「自動車をカッコよく撮る」ことにかけて、この映画はズバ抜けていると思った。たとえば、この映画の冒頭シーンは大型トラックを改造ホンダシビックが襲うシーンから始まる。トラックの荷台の下をシビックがくぐり抜けるのだ! 開始3分で「神技カースタントを楽しめる映画だ」と分かる。

 ちなみに、『ニード・フォー・スピード』におけるクルマの描き方を『ワイルドスピード』と比較すると、ドラテクや改造技術の話があまり出てこない点が特徴だ。あくまでも、きらびやかなスーパーカーを見せることに注力している。どちらも「現実ではできないことを疑似体験する」タイプの映画だけど、方向性はかなり違う。

 話を戻そう。言うまでもなく、物語の最初のシーンは重要だ。(※というか、それを言い出したら重要ではないシーンはないぞって話になってしまうのだけど)物語の世界観を提示し、方向性を暗示して、読者や観客を引き込まなければならない。脚本家ブレイク・スナイダーは、観客を映画の座席に押さえつけて「この映画は面白いんだ!」と主張するのがオープニングシーンだと述べている[2]。

 たとえば『お熱いのがお好き』は、霊柩車とパトカーの銃撃シーンから始まる。霊柩車には密造酒がどっさり積み込まれていることが明かされて、この映画の舞台が禁酒法時代であること、恐ろしいマフィアが闊歩している時代であることが示される。この世界観設定がなければ、『お熱いのがお好き』のストーリーは成り立たない。

 また、『ミッション・インポッシブル3』の場合、暗闇の向こうから敵役とおぼしき男が「ラビットフットはどこだ?」と尋ねるところから始まる。この映画のストーリーを牽引するカギである「ラビットフット」が、映画の開始直後にはすでに観客に提示されているのだ。

ワイルドスピード』も、冒頭シーンできちんと世界観を示している。押さえるべきところをきちんと押さえているので、娯楽作品としてちゃんと楽しめる。

 

 ところが、ストーリーが進むにつれて、ハリウッド的なお約束展開からは離れていく。たとえば『ワイルドスピード』の第1プロットポイントは、中華系ギャングに襲われて主人公のスープラが爆発四散!サヨナラ!するところだ。

 普通のハリウッド映画なら、ここから中華系ギャングとの確執が始まって、クライマックスは敵の親玉との熱いレースになるはずだ。ところが、この映画は全然違う。スープラの爆発シーンは、あくまでも主人公ブライアンと相棒ドムの人間関係が成立したことを示すだけだ。ハリウッド映画によくある「倒すべき敵が分かる」とか「手に入れるべきものを見つける」といったシーンになっていない。

 さらに第2幕の途中で、主人公ブライアンが潜入捜査官であり、冒頭のトラック襲撃犯を探していることが明かされる。ハッキリ言って、ここがいちばん型破りなところだ。教科書的な話をすれば、そういう状況設定は第1幕で終わらせておくべきものだとされている。あるいは、捜査官だと観客に明かすこと自体を第1プロットポイントにしてもいい。しかし、この映画の脚本はそうなっていない。

 そもそも公道レースの映画なのに、この作品のクライマックスは衆人環視のもとでのレースではない。主人公が追っていた真犯人も、普通のエンタメ映画ならこの人にはしないだろう。要するに、この映画は普通じゃないのだ。

「くたばれ! ブレイク・スナイダー!」って思っている人は、ぜひ『ワイルドスピード』第1作の脚本を研究するといいと思う。お約束から外れている部分がいくつもあるのに、最後までしっかり面白い。レンタルを中心にヒットして、7作もシリーズ化されている人気シリーズだ。研究する価値があると思う。

 

 なお、シリーズでとくに面白いのは5作目『メガマックス』だ。あれを超えるクルマ映画は、もう登場しないんじゃないかと思うほど。お話的には『オーシャンズ11』に『007』みたいな麻薬王との戦いと、『CoD』みたいな銃撃戦を足して3で割らない感じだ。それだけ設定をてんこ盛りにしてもストーリーが崩壊しないのは、「カーアクションを見せる映画だ」という軸がブレないからだろう。「必ずクルマで事件を解決するはずだ」と安心して見ていられる。キャラクターの描き方も、ストーリーの組み立て方も、ちょっと打ちのめされるほどよく出来ていた。

 シリーズのファンへのご褒美という側面もある映画なので、『メガマックス』を余すところなく楽しむためにはそれまでの作品をすべて観ないといけない。視聴時間を考えると、気軽にオススメできないのが悩みどころ。

 

   ◆ ◆ ◆

 

ワイルドスピード』第1作には、このシリーズを象徴するシーンがある。

 フェラーリのオーナーに「君たちには一生買えないクルマだ」と煽られた主人公たちが、改造スープラフェラーリをぶっちぎるのだ。こういうところが世界中のカーキチ(死語)の心を掴んだのだと思う。

 このシリーズは、基本的には「不良もの」だ。主人公は優等生ではなく、登場人物はいずれも道を踏み外した人ばかり。しかし胸の奥底では正しい心を失っていない。むしろ心が正直すぎるからこそ、清濁あわせ飲むことができず、法を犯してしまう。「本当は心優しい不良」みたいな描写がいっぱいなのだ。

 そんな彼らが、クルマを通じて汚い金持ちどもをやっつける。社会的地位の低い人々が、クルマを通じて下剋上を果たすお話。それが『ワイルドスピード』である。

 日本の漫画では「不良もの」は一大ジャンルだ。流行廃りはあれど、かならず一定数の読者がつく。スマホアプリのゲームでも、『単車の虎』のような不良をモチーフにしたものがヒットを飛ばしている。「不良もの」は、刺さる人にはとことん刺さるジャンルなのだろう。

 

 

 

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◆参考文献◆

[1]『ワイルド・スピード』が稀有なシリーズである理由|ニュース|映画情報のぴあ映画生活(1ページ)

[2]ブレイク・スナイダー『SAVE THE CATの法則』フィルムアート社(2010年)p115

 

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