問題を解決するためには、まずは問題を認識できなければならない。
そして、認識の精度を高めるためには「言語化」が欠かせない。これはゲームでも同様である。そのための思考のフレームワークとして、前回の記事では「戦略・戦術・フィジカル」という3つの概念を紹介した。
今回の記事は、その続きだ。
この3つの概念だけでは、上手く説明できないものがあるのだ。
■兵站、そして作戦。
話を「恋人を作りたい」という目標に戻そう。
あわよくばデートまでこぎつけたとして、あなたは行き先を考えなければならない。映画館、美術館、観劇のどれを選ぶのか。食事の場所はどこにするのか――。これらの戦術のうちあなたが選択可能なものは、あなたの使えるお金の制約を受ける。たとえば客単価5万円の銀座の寿司屋には、誰もが気軽に通えるわけではない。
これは戦術に限らない。
戦略・戦術・フィジカルのすべてが、そこに投入可能なリソースの制約を受ける。
ちょっとだけ思考実験をしてみよう。たとえばAPEX Legendsのマッチ中に、Rasさんと接敵したとしよう。〝世界最強のレイス使い〟とか〝バトロワ系ゲームを否定する存在〟と称される強豪プレイヤーだ。アーマーはお互いにLv.3の紫、どちらも武器はR-99という同じ条件だとしよう。遮蔽のない開けた場所で、うっかり出会ってしまったら――。
私なら絶望する。遮蔽がなければ戦略や戦術の入り込む余地がなく、フィジカルでは絶対に太刀打ちできないからだ(※ついでに言えば、戦略や戦術でもどうせ勝てない)。たとえ天地がひっくり返っても、私はRasさんとのガンファイトから生還できないはずだ。
しかし、である。
ここで条件を1つ追加したらどうだろう?
Rasさんの所持している弾薬はマガジン1本分の20発だけで、一方、あなたは200発を持っていたとしたら?
Lv.3紫アーマーを着たプレイヤーのHPは計200点、R-99の基本ダメージは1発あたり11点。Rasさん側はマガジン1本分をほぼすべて当てなければ、あなたを倒せない。撃ち損じは1発しか許されない。反面、あなたは多少の無駄弾を撃っても余りあるほどの弾薬を抱えている。
正直なところ、Rasさんレベルの腕前になるとマガジン全弾を当ててきそうな気がする。しかし、最初の条件よりは「ワンチャンありそう」と感じないだろうか?
どれだけフィジカルに優れていても、弾がなければ戦えない。
どれほど優れた戦術を取っても、回復が足りなければ押し潰される。
当たり前の話だ。
当たり前すぎて、見過ごされがちな話でもある。
このような「戦うために必要なリソース」とその確保手段を兵站/Logisticsと呼ぶ。兵站が足りなければフィジカルを活かせない。兵站が不足していれば、選べる戦術の幅は狭くなる。
現実の戦争では、戦略は兵站によって支えられている。というか、どのように軍事力を展開するかという問題そのものが、どのように兵站を確立するかとほぼ同義だ。
戦略と兵站が密接に関係していることは、APEX Legendsでも同様だ。
このゲームにおける兵站とは、アイテムのファーミングと略奪である。
初期着地点のアイテムが弱ければ「敵を倒してアイテムを奪う」「接敵を避けてファーミングを続ける」という二つの戦略のうちどちらかを選ぶことになる。もしも初期着地点のアイテムが弱すぎれば、前者の選択肢がなくなる。逆に、初期着地点で充分なアイテムを確保できれば、余計なリスクを冒す必要もなくなる。「安全な場所に隠れる」という、新たな選択肢が加わるわけだ。APEX Legendsにおいても、戦略は兵站によって制約を受けるのだ。
なぜここで兵站を紹介するかといえば、この概念を使わないと「強さ」を上手く説明できないキャラクターがいるからだ。ライフラインとローバである。もちろん彼女たちにはそれぞれ、戦略・戦術・フィジカルの面でも特長がある。だが、兵站の概念を使わなければ、2人の強さを説明しつくすことはできない。
かつてのライフラインは、かなり攻撃的なキャラクターだった。回復アイテムを25%速く使用できるというパッシブ能力を持っていたため、言い換えれば、他のキャラクターよりも25%も長く攻撃できたのだ。フィジカルに優れたプレイヤーが操ると、当時のライフラインは攻撃の要になった。加えて、ライフラインパッケージの箱は追加の遮蔽物として戦術的に利用することも可能だ。
このパッシブ能力は、2020年6月24日のアップデートで削除されてしまった。現在では、味方の蘇生中にも自由に動けるという能力に変更されている。自分自身が最前線に立つというよりも、最前線でノックダウンした味方を素早く起こして、一種の〝ゾンビ戦術〟を可能にするキャラクターとなっている。
とはいえ、兵站のアドバンテージを作ってくれるというライフラインの特徴は、今も昔も変わっていない。
ヒールドローンは回復アイテムの消費を抑えてくれるだけでなく、範囲外の探索にも無理が利くようになる。リングに飲まれて多少のダメージを受けても、ほぼノーコストでHPを回復できる。さらに青いアイテムボックスから追加の回復アイテムを入手できる。ライフラインパッケージが兵站に与える影響は言わずもがな、だ。
ローバは、ライフラインよりもさらに兵站の面で強いキャラクターだろう。もちろん彼女のジャンプドライブは、戦略・戦術の面で大いに活躍する。が、彼女が本領を発揮するのは、効率よくアイテムを収集しているときだ。パッシブアビリティは壁越しに高レアリティのアイテムを透視することが可能であり、「ブラックマーケット」を開けば無駄な移動時間を省いてファーミングできる。味方にローバがいた場合、チームが弾不足に悩まされる危険はまずなくなる。
ここまでの話をまとめると、上図のようになる。
戦略と戦術の違いは、「戦い方」をマクロな視点で見るか、ミクロな視点で見るかの違いだ。私は戦術よりもさらにミクロな視点として、フィジカル(武術?)という分類を提案したい。
APEX Legendsに関して言えば、マクロな「戦い方」は、よりミクロな「戦い方」の制約を受ける。
たとえば、私はエイムが悪く、弾を避ける動きも苦手だ。フィジカルで劣っている。だから敵と戦うときは、側面や背後を取るように立ち回る戦術しか選べない。正面からの撃ち合いでは8割負けてしまうからだ。
もちろん撃ち合いに強いプレイヤーも、基本的には側面や背後を狙うものだろう。が、彼らには正面から撃ち合うという選択肢も残されている。フィジカルに優れていれば、選べる戦術の幅も広がる。
同じことは戦略にも言える。フィジカル・戦術に優れているプレイヤーは、積極的に敵チームに襲い掛かる〝キルムーブ〟を選べる。そうでないプレイヤーは、生存を優先したムーブを選ばざるをえない。マクロの戦略は、ミクロな戦術・フィジカルの制約を受けるのだ。
そして戦略・戦術・フィジカルだけでは、説明できないものがある。
兵站という概念を加えなければ、ライフラインやローバの強さを説明できない。兵站は戦略・戦術・フィジカルのすべてを支える土台だ。ゲーム中にあなたが選択できる戦略・戦術・フィジカルは、あなたがどれほどの兵站を確保しているかに左右される。
以上の四つの概念を用いることで、適切な作戦について議論できるようになる。
ここでようやく5つ目の概念、「作戦」の登場である。
日本語の作戦という言葉は、英語の「mission」「operation」「plan」などの意味を含有する単語だ。たとえばフランス語では「蝶」と「蛾」を区別せず、どちらも「papillon」と呼ぶという。同様に日本語では、mission、operation、planの区別をあまり厳密にはせず、すべて作戦と呼んでしまう。
ここでは、辞書的な言葉の定義論は避けよう。
日常会話で作戦がどういう意味で使われることが多いか。少なくとも私がどういう意味で作戦という単語を使っているかを書いておきたい。
作戦とは「一度の戦いに際して、あなたが選ぶ戦略・戦術・フィジカル・兵站の組み合わせ」のことだ。また作戦には目標が必要であり、時間や条件分岐の要素も含んでいる。
順番に説明していこう。
まず、作戦には目標が必要である。
たとえば「恋人を作る」のような目標だ。
もしもあなたが「とにかく出会いを増やす」という戦略を選び、マッチングアプリという戦術を選択し、夏のボーナスという兵站によって飲食費や美容院の費用を捻出する……という作戦を立てたとする。
この時、あなたは合コンという戦術を選んでいないし、消費者金融という兵站も選んでいない。これらはあなたの作戦には組み込まれていない。あなたが選んだ戦略・戦術・フィジカル・兵站の組み合わせの中から、これらは除外されている。
また、作戦には時間や条件分岐も含まれている。「夏のボーナスが振り込まれるのは〇月〇日なので、それ以降にデートを設定しよう」というような時間の要素。あるいは「もしも友人から誘われた合コンで良い出会いがあったらマッチングアプリの使用を停止しよう」といった条件分岐の要素。これらの要素も作戦という言葉には含まれている。
APEX Legendsの場合、プレイヤーの目標は(基本的に)全員同じだ。
最後の1チームとして生き残り、マッチのチャンピオンになることだ。この目標を達成するために、最適の戦略・戦術・フィジカル・兵站の組み合わせを考えなければならない。
たとえばパスファインダーやオクタンのような機動力に優れるキャラクターを使っているなら、つねに移動し続ける戦略・戦術で優位に立てるだろう。コースティックやワットソンのような拠点防衛に優れるキャラクターなら、有利なポジションを要塞化することで勝利に近づけるだろう。
もちろん状況によっては、パスファインダーで拠点防衛をすべきときもあるし、コースティックで遊撃すべきときもある。では、それはどういう状況だろうか? 戦略・戦術を切り替えるタイミングや条件についても、あらかじめ考えておいたほうがいいだろう。
これらすべてが、あなたの作戦になる。
APEX Legendsには様々な戦略があり、戦術がある。兵站確保の方法がある。それらのうち、実際にどれを、どのタイミングで選ぶのか。どのように実践するのか――。事前に考えておいたこれらのパッケージを作戦と呼ぶ。
■世界は二元論じゃない。
冒頭の疑問に戻ろう。
初心者にとって、エイム練習と実戦のどちらが重要なのか?
ここまで読んできたあなたなら、もう答えは分かっているだろう。
「どちらも重要」が正解だ。というよりも、これらは問題のレイヤーが違うのだ。本来は両立できるはずのものを、あたかも相互排他であるかのように問うている。二元論にならないものを、二元論であるかのように扱っている。
大雑把に言えば、エイム練習はフィジカルを伸ばすために重要で、実戦経験は戦略を伸ばすために重要だ。エイム練習はフィジカルの階層、実戦経験は戦略の階層だ。階層が違うとは、こういう意味だ。「初心者はエイム練習をすべき」という主張と、「初心者は実戦経験を積むべき」という主張は、相互排他ではない。片方が正しければもう片方が間違っているという類のものではなく、どちらも同時に正しい。
しかし、時間は有限である。
初心者はエイム練習と実戦のどちらを先にやるべきか?
こちらの疑問は二者択一であり、どちらかを選べば、もう一方を選べなくなる。
結論を言えば、「その初心者の状況による」が正解になるだろう。
すでに他のFPSで経験を積んでいて、エイムに自信がある人なら、さっさと実戦に出てAPEX Legendsならではの要素を学んだほうがいい。一方、このゲームが初めてのFPSならば「敵を狙って、撃つ」という基本動作すらままならないはずだ。
後者レベルの初心者なら、キャンペーンモードのあるFPSを1本遊んでみることをオススメしたい。射撃訓練場でのエイム練習は、どうしても退屈になってしまうからだ。APEX Legendsの前作である『タイタンフォール2』あたりがいいかもしれない。「狙って、撃つ」という基本の操作に慣れてきたら、次はアリーナモードで戦闘経験を積むのも一つの手だろう。
何より重要なことは、練習の目的は「勝率を最大化すること」だという点だ。
勝率を伸ばすためにどんな練習をすべきなのかは、人による。あなたが今、何をできるかによって、あなたがすべき練習も変わる。あなたが戦略のミスで負けているのなら、それをなくす練習をすべきだ。あなたがフィジカルで負けているなら、フィジカルを伸ばそう。あるいは、プロプレイヤーの配信を見れば、あなた1人では思いつかない戦術を学べるかもしれない。
■まとめ
この記事では、「戦い方」について考えるための5つの概念を紹介した。
戦略・戦術・フィジカル・兵站・作戦だ。
すでにこれらの違いを理解しているプレイヤーにとっては「何を今さら」と感じる内容だっただろう。12,000字もかけて解説するような内容ではないと感じたかもしれない。
一方、こうした概念に初めて出会う読者もいただろう。そういう方々のお役に立てれば嬉しい。
正直なところ、これらの概念を覚えたところで強くなれるわけではない。が、「どうすれば強くなれるのか?」という議論の解像度を高められる。より細かく「仮説→検証」のサイクルを回すことが可能になる。
負けたときに「エイムが悪かったから」で終わらせるのは、もうやめよう。
進軍ルートに問題があったのかもしれないし、グレネードを投げるタイミングが悪かったのかもしれないし、回復アイテムが不足していたのかもしれない。戦略を変更するタイミングを見落としていたのかもしれない。
あなたが負けた理由は、1つではないのだ。
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