デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

フミコフミオさんやっぱりすげえやって話

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 正直なところ、ちょっと困っている。

 途方に暮れていると言ってもいい。

 フミコフミオさんの新著『ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない』の話である。

 

 

 抜群に面白いエッセイ集だし、仕事で疲れたときにパラパラとめくればガハハと笑えて元気が出る。そういう本だ。たくさんの人に読んでもらいたい。端的に言えば売れて欲しい。

 では、読者をそんな気持ちにさせるレビューが私に書けるのだろうか?

 たしかに私には、ソシャゲでいえばSRぐらいの文章力があると自負している。けれど、対するフミコさんの文章力はSSR、いや、URだ。観察眼の解像度が高く、小さなことから多くのものを見つけ出し、さらに笑える文章として表現できる方だ。そんな著者の本を、私のような人間がレビューしたところで、きちんと魅力が伝わるのだろうか?

「ごちゃごちゃ言わずに、いいから読め」

 という一言で済ませたほうが、よほど本書の魅力が伝わるのではないか?

 

 ただ、まあ、本書を読んで、私の中のフミコさんのイメージは少し変わった。私は以前からフミコさんのブログを読んでいて、何度も爆笑させられた。私にとって「通勤電車の中で読んではいけないブログ」のダントツNo.1が、フミコフミオさんの「Everything you've ever Dreamed」だ。

 たとえば、頭の振り切れた上司との戦いを描いた「部長」シリーズ。やはり頭の振り切れた元部下との戦いを描いた「必要悪くん」シリーズ。奥様との結婚に至るまでのストーリー。単発記事(?)ではトイレに閉じ込められた話にも抱腹絶倒したものだ。

 私にとってフミコフミオさんは、徹頭徹尾、「ユーモアの人」だった。

 本書では、そういう人気シリーズ(?)のエッセンスも抽出されて、きちんと掲載されている。しかし一冊の本として読み通したときに、「ただ笑えるだけの本」では済まされない「何か」を感じたのだ。その「何か」を上手く言語化できないあたりが、私の文章力がSR止まりだという証拠。人生観や価値観をチクチクと刺激されるような「何か」だった。

 

 フミコフミオさんのエッセイの魅力は、疑いようもなくユーモアにある。けれどそのユーモアの裏側には――月並みな言い方をすれば――著者の鋭い洞察力と深い思索、そして人間に対する愛(と少々の諦念)がある。

 私の知人には、仕事でヤル気を出したいときに孔子を読むという人がいる。孔子の思想や言説は、何というか、全体的にアッパーである。今風にいえば意識が高い。エナジードリンクをキメるような感覚で気持ちを引き締めるときに効くのが、孔子の言葉なのだという。

 そして、彼が仕事に疲れてリラックスしたいときに読むのは老子だそうだ。上善如水(じょうぜんみずのごとし)を唱えて、低きに流れるをよしとした(?)老子の思想は、いい意味で意識が低い。水は万物を潤しながら、誰とも争わず、自分自身は誰よりも低い場所に行こうとする。そんな生き方がいいよね、と老子は言った。らしい。

 もしかしたらフミコフミオさんは、現代の老子なのかもしれない。『僕は会社員という生き方に絶望はしていない』を読んで、そんなことを思った。

 人生には戦わなければならないときがある。心と体を武装して、誰かと争わなければならないときがある。けれど、それを永遠に続けられるほど、人間の身心は丈夫にできていない。風に流される柳は、硬い樫よりも折れにくい。そんな、しなやかな生き方を教えてくれる。

 頑張りすぎなくていいんだよ、という著者の優しい人生観を垣間見られる一冊だった。