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白麦屋「とはいえティコぼうを見送る客が集まって、店は上へ下への大騒ぎでした。とりあえず、私はやつを応接間に通しました。やつは1万Gを持っていました。待たせて申し訳ない、どうかお返ししたいと言われたのです」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「まあ!あの黒麦屋さんが…」
侍女「律儀にカネを返しに来たのですか」
白麦屋「受け取った1万Gを、私は応接間の金庫にしまいました。その金庫には、指輪を質入れしたときの10万Gが入っていて──。私が浅はかだったのです。娘の門出を祝うような気持ちで、浮かれてもいました。10万Gを金庫から出して、黒麦屋に指輪の顛末を話したのです。自慢話をしたのです…!」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「あらあら、まあまあ…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「まさか──」
白麦屋「ちょうどその時、店の外から呼ぶ声がありました。ティコぼうを乗せた馬車が、いよいよ出発する──。私は表通りに飛び出して、いつまでも馬車に手を振っていました」
司祭補「では、10万Gは…?」
白麦屋「うぅ…ぐすっ…」
白麦屋「分かりません!応接間のテーブルに置いたままだったような気がしますが、たしかなことは言えません。けれど私が戻ったときには、黒麦屋はすでにおらず、10万Gは消えていました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「なら、黒麦屋が盗んだに違いありません!」
白麦屋「でも、やつはカネに厳しい男だったのですよ!?」
司祭補「どんなに義理堅い人でも、魔が差すことはあります。ましてお金に困っているときなら、なおさら迷いが生じやすくなりますわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「当時の黒麦屋は、何度もカネを借りに来るほど資金繰りが苦しかったんですよね。10万Gなんて大金…喉から手が出るほど欲しかったはずです!」
白麦屋「きっと司祭補さまのおっしゃるとおりなのでしょう。程なくして、黒麦屋は遠方の仕入先と取引を始めました。うちの店から仕入先を奪ったんです。その時のカネも、例の10万Gが元手だったのかもしれません。…だけど私は、どうしても疑うことができなかった。問い詰めることができなかった!」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
白麦屋「証拠もなしに、商売仲間を泥棒呼ばわりなどできませんよ…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「…」
侍女「…」
白麦屋「結局、それをきっかけに店は傾き始めました。大口の得意先を次から次に他の穀物商に奪われて…。指輪を質屋から取り戻すこともできませんでした。さらに、悪いことは重なるものです」
侍女「まだ何かあったんですか…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
白麦屋「司祭補さま、そこの戸棚に肖像画があるでしょう」
司祭補「あらあら、素敵なお嬢さまが描かれていますわ」
白麦屋「私の一人娘が16歳のときの姿です。大人になってからの風疹は怖いですね。高熱を出して何日か寝込んだら、あっさりと逝ってしまった」
司祭補「そんな…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
白麦屋「娘を失ったことが堪えたんでしょう。もともと体の弱かった妻は、泣き伏せったまま帰らぬ人となりました。まるで娘を追うように」
司祭補「…」
白麦屋「店をついに立て直すことはできず、やがて私はすべてを失いました。身寄りもなく、ここで迎えを待っているんです…」
若手学生「何度聞いても納得できません!悪いのは黒麦屋じゃないですか!」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
白麦屋「人を憎んではいけません。そうでしょう、司祭補さま」
司祭補「教義に従えば、そうですが…」
若手学生「教義がなんですか!状況から考えて、やつは泥棒に違いありません!黒麦屋が10万Gを盗まなければ──」
白麦屋「盗まなければ、何だと言うのです。娘は風疹にかからず、妻も死ななかったと?やつを泥棒だと問い詰めれば…妻や、娘が…ぐすっ…帰ってくると?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
若手学生「…っ!?」
白麦屋「もはや、すべては過ぎたことなんです。私の不甲斐なさがもたらした当然の帰結なんです…」
若手学生「…」
司祭補「やはり、お見受けしたとおりですわ。あなたは充分に苦しみ、罰を受けてきたのだと思います」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
白麦屋「そうなのでしょうか…?」
司祭補「あなたのお気持ちが分かるなどと生意気なことは申しません。…ですが、精霊さまは見ていてくださったはず。どうか、それをお忘れにならないでください」
白麦屋「はい…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「ですが…。では、ティコ博士は?20年あまりの天体観測を終えて帝都に戻ったとき、ティコ博士は驚いたのではありませんか。白麦屋と黒麦屋のあまりの変わりように」
白麦屋「おっしゃるとおりです。ティコぼうは怒り狂いましたよ。先ほどのゴットフリート爵と同じようにね」
白麦屋「すでに申しましたとおり、私は胸の病を患っています。ティコぼうによれば、華国には腕のいい医者がいて、この病を治せるかもしれないと言うのです」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「博士は世界中を旅してきましたからねえ…」
白麦屋「その医者を帝都に呼べないか、せめて薬だけでも取り寄せられないかと…」
白麦屋「…私のような老いぼれのために、ティコぼうは知恵を絞ってくれました。いずれにせよ先立つものが必要でした」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「華国に使者を送るとなると、天文学的な金額を要しますわ」
白麦屋「だからティコぼうは、まず黒麦屋に掛け合いました。今ではやつも大富豪、少しくらいカネを融通しろと」
白麦屋「私が無利子でカネを貸したことを、ティコぼうは覚えていました。あのときの恩を忘れたのかと、黒麦屋を問い詰めました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「あの黒麦屋を?」
白麦屋「当時はお互いに商人仲間だったのだから、助け合うのは当たり前。だけど、今の白麦屋を救う義理はない──。やつはそう言ったそうです」
白麦屋「それを聞いて、ティコぼうも頭に血が上ったのでしょう。指輪の顛末は私が話していましたから…10万Gを返せと黒麦屋に迫ったのです。この泥棒の豚野郎、と」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「情景が目に浮かぶようですわ…」
白麦屋「人を泥棒呼ばわりとは何事だと、逆に追い返されてしまったそうです」
白麦屋「どうか黒麦屋を責めないでくれと、私はティコぼうに頼みました。この件はもう水に流したつもりなのだから、と」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「それで収まるような方でしょうか…?」
白麦屋「指輪の件は、何とか飲み込んでくれました。でも、華国の医者に連絡を取ることは譲れない。そのためのお金は必要で──」
司祭補「事情が飲み込めてきましたわ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「まさか…!」
白麦屋「奥の手があると、ティコぼうは言いました。最後の手段があるのだと」
司祭補「それが『天空の回転について』の出版だったのですわね」
白麦屋「今思えば、あの本を出せば自分が宗教裁判にかけられると分かっていたんでしょう…」
白麦屋「その奥の手を使えば二度と顔を合わせることはできない。居候した過去も隠したほうがいい──。ティコぼうは、そう言いました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
侍女「関係が明るみに出れば、白麦屋さんにまで異端の疑いがかかるからですね」
白麦屋「それで、私とティコぼうの連絡役になったのが…」
若手学生「…僕です」
司祭補「あらあら、やっぱりそうでしたのね」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
若手学生「数いる弟子のなかでも、博士は僕のことを信頼してくれたようです。あの酒場は、ティコ博士と白麦屋さんの連絡の中継地だったんです」
侍女「中継地?」
若手学生「あの酒場の店主は、子供のころにティコ博士にお守りをしてもらったそうで…」
若手学生「…出版社からカネを受け取るたびに、ティコ博士はあの酒場の主人に預けていました。そして、僕がそのカネの一部を受け取って、白麦屋さんの看病や身の回りのお世話、何よりも華国へ使者を送るのに使っていました」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「では、先ほど酒場にいらっしゃったのは…?」
若手学生「博士から最後の入金がないか、たしかめに行ったんです」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「あの酒場の店主さんもグルだったわけですわね~」
侍女「これで、不可解だった点はすべて無くなりましたね」
司祭補「ティコ博士があの本を書いた理由がハッキリしましたわ。どうしても売れる本にしたかった理由も」
白麦屋「どうか、慈悲深いご審判をお願いします。妻や娘を失い、さらにティコぼうにまで先立たれたくはありません…!」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
若手学生「僕からもお願いします。ティコ博士ほどの天文学者は他におりません」
侍女「…」
司祭補「かしこまりましたわ。叙情酌量の余地は充分だと思いますわ~♪」
▼精霊教会・聖櫃の間──。
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(上座)「精霊様のお告げがあった」
大司祭(中座)「さよう。お前がいつまでも審理を始めないからだ」
大司祭(下座)「我々3人で合議している際に、精霊様のお声が降りてきたのだ」
司祭補「あらあら、まあまあ。いったいどんなお声が…?」
大司祭(上座)「ティコ・ケプラーは火刑に処すこと」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(中座)「これは助言でも提案でもない。精霊様のご命令だ」
大司祭(下座)「合議をしていたら、3人全員が同じ考えに達した。これぞ精霊様のお告げに他ならない」
司祭補「…大司祭さまがたが、ティコ博士を亡き者にしたいだけでは?」
大司祭(上座)「なんだと…!?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(中座)「セラフィム!よもや、お前は精霊様の存在を疑うのではあるまいな?」
大司祭(下座)「返答次第では、お前自身を宗教裁判にかけるとこになるぞ!!」
司祭補「滅相もありませんわ。ですが、わたしにはそのようなお言葉は聞こえませんでした」
大司祭(上座)「ははは!そうか、まだ聞こえぬか!」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(中座)「それはお前の修行が足りぬからだ。祈りを捧げよ、魂の浄化に励むのだ」
大司祭(下座)「さすれば精霊様の声が聞こえるであろう」
司祭補「ご鞭撻に感謝いたします。しかしながら──」
大司祭(上座)「セラフィム!」
大司祭(上座)「精霊様はティコ・ケプラーの火刑を望まれておられる」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
大司祭(中座)「何度も言わせるな。やつは異端者」
大司祭(下座)「火あぶりの審判を下すのだ。よいな?」
司祭補「かしこまりました…」
大司祭(上座)「ふふふ。審理の日を楽しみにしておるぞ」
司祭補「~~~!!」
▼精霊教会・異端審問所──。
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「…では、この者が白麦屋であり、かつてティコ・ケプラーに部屋を貸していたことに間違いありませんね」
若旦那「え、えっと…」オロオロ
黒麦屋「間違いございません!あのブラウニーはこいつの家に住み着いていました!」
白麦屋「…」
栗髪少女「…」
司祭補「ティコ博士は、白麦屋にお金を工面するために『天空の回転について』を書いた…。この話をどう思われますか?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
黒麦屋「ありそうな話だと思います。どうせこの老いぼれも、博士と同じように異端の考えに染まっているのでしょう!」
若旦那「お、お父さん…」
黒麦屋「お前は黙ってろ!」
栗髪少女「…あの本を書いたのは、わらわが勝手にやったこと。白麦屋は無関係じゃ」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「ですが、本の儲けは白麦屋さんに流れていたのですよ?」
栗髪少女「白麦屋を助けようとしたことは認めよう。けれど、本の内容はこの男には伝えておらん。もしも伝えれば、きっと出版に反対されたはずじゃ」
白麦屋「ええ、止めましたとも。こんな危ない本を出してはいけないと諭したはずです…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「あなたが、かつての恩人のために本を書いたことはハッキリしました。お金のために、あんな過激な書き方をしたのですね」
栗髪少女「言ったじゃろう?学者連中に読まれるだけではカネにならん」
司祭補「お金のためだとしたら…あの本の内容を、ここで否定・撤回なさいますか?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
栗髪少女「聞くまでもなかろう。あの本にはこの宇宙の本当の姿について…精霊様の偉業について書かれておる。手垢のついた羊皮紙ではなく、夜空を読んで書いたのじゃ。撤回じゃと?冗談もほどほどにするのじゃな!」
黒麦屋「それ見たことか!やはりこいつは異端です!」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
若旦那「…」オロオロ
白麦屋「おお…。ティコぼう、どうかそんな恐ろしいことを言わないでおくれ…」
司祭補「教義では、この大地は宇宙の中心だとされていますが…」
栗髪少女「ふんっ、愚か者め。それでも大地は回っておるのじゃ」
司祭補「困りました…。やはり、わたしはあなたを火刑に処さねばなりません」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
栗髪少女「最初に言ったじゃろう。煮るなり焼くなり、好きにせい!」
白麦屋「うぅ…ぐすっ…」
黒麦屋「へっ!どうせならこの老いぼれも一緒に焼いちまってくださいよ」
若旦那「お父さん、なんてことを言うんです!」
黒麦屋「だからお前は黙ってろ!…先祖代々の店を潰したあげく、嫁や娘にも先立たれた哀れな爺さんだ。さっさとあの世に送ってやったほうがこいつのためですよ!」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
白麦屋「…」メソメソ
栗髪少女「何をぉ、黒麦屋!言わせておけば好き勝手なことを…!!」
司祭補「はーい、ケンカはそこまで~」
司祭補「ところで黒麦屋さん、10万Gについて何か覚えていませんか?」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
黒麦屋「は?10万Gと申しますと…」
司祭補「先ほど、白麦屋さんのお話に出てきた10万Gです。龍玉の指輪を質入れしたお金ですわ」
栗髪少女「…おぬしが盗んだカネじゃ」
黒麦屋「盗んだなんて、とんでもない!」
黒麦屋「まさか司祭補さままで、こいつらの言葉を信じたわけではありませんね?私が泥棒を働いたなどとデタラメを…」
— Rootport (@rootport) 2016年9月15日
司祭補「ええ、あなたがお金を盗んだとは言いません」
黒麦屋「そうでしょうそうでしょう。良かった…」ホッ
司祭補「10万Gを預かったのではありませんか?」
黒麦屋「へ?」
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