デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

日本企業のグローバル化と国内外の温度差

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グローバル企業がグローバルな人材登用をするのは当たり前だ。一方、典型的な日本企業では現地駐在員と国内社員との温度差が広がっている。現地のスタッフが多国籍業的な発想を身につけているのに対し、日本国内に残った経営者たちは相変わらず保守的な組織運営を目指している。日本人はまじめで信用できる・仕事が正確――そんな神話を、日本の高齢経営者たちはいまだに信仰している。
しかし、そういった「日本人プレミアム」は、結局のところ「日本語が通じる」というただ一点に集約される。現地語でのコミュニケーションを基軸に生活している駐在員からすれば、日本人である利点など無いも同然。人件費がかさむだけだ。
たとえば財務や経理、労務などの「回す仕事」は、究極のコモディティだ。わざわざクソ高い人件費を使って日本人を雇う必要はない。日本人スタッフが現地人に置き換わるという流れは止められず、物価の不均衡が無くなるまで続くだろう。
そんな時代に、日本人である私たちはどう生きるべきだろう。今さら言うまでもないが、グローバル化する社会のなかで私たちの「あり方」が問われている。





知人のお手伝いで、ふたたび北京へ行ってきた。関西国際空港から北京空港までおよそ3時間。東京から博多まで新幹線で行くようなものだ。中国は日本の延長線上だ。今回の訪中では、日本の大手企業の現地駐在員の方とお会いした。私はゴミクズみたいな仕事しかできないけれど、イイ学校を出てイイ会社に入ったやんごとなき人たちは、やっぱり面白そうな仕事をさせてもらえるのだな――と、学歴社会の哀しみをまざまざと見せつけられた。2泊3日の強行軍、昨日のうちに帰国していたのだけれど片づけ&疲弊のためブログ更新は無理ゲーすぎた。



ともあれ。



聞いたところによると、日本人の現地駐在員はものすごい勢いで減っているらしい。どこの企業も人員整理の真っただ中だという。
ことの発端は昨年、中国政府が「在中外国人から社会保険料を徴収する」と発表したことにさかのぼる。この「在中外国人」には、もちろん日本人も含まれている。現地で得た所得の4割という、べらぼうに高い社会保険料が課されることになった。駐在員の個人負担ではなく、雇用している企業の負担だ。北京では今年2月から実際に徴収が始まっている。また天津、大連、上海、広州などの都市でも順次施行される見込みだ。日本人駐在員からしてみれば、日本と中国の両国から保険料を「二重徴収」されることになる。
ただでさえ日本人の人件費は高い。
たとえば営業職の場合、現地人ならば月5,000元ほどで雇えるという。1元13円として65,000円ぐらい。北京の物価水準は日本よりも安く、なおかつ夫婦共働きが一般的なので、充分に生活していける給与額だ。
が、日本人を同額の報酬で雇うことはできない。たとえば家賃。いくら北京の治安が良くなったとはいえ、日本に比べれば不安はつきない。セキュリティのきちんとしたマンションに住もうとすれば、家賃だけでも月に1万5000元(約19万5000円)ぐらいかかる。福利厚生の厚い日本企業にとって、これは笑えない負担だ。
ここに社会保険料が上乗せされるのだ。しかも「現地で得た報酬の4割」という基準がかなりあいまいで、日本国内から送金される駐在員への給与・手当も「現地で得た所得」と見なされるらしい。駐在員が減るのもうなずける。
※ちなみに北京では「北京市の平均給与額3ヶ月分」を上限として、その40%にあたる金額を徴収されるという。しかし大連や上海ではいまだに細則が決まっておらず、いくら取られるのか判らないのが現状だそうだ。



私がお会いした日本企業の方々は、厳密には「駐在員」ではない。「年間180日ビザ」を取得して、月初と月末だけ――月に半分だけ中国に来ているという。社会保険料の徴収対象は、年に183日以上中国国内にいた外国人だけだ。「月の半分は日本・もう半分は中国で働く」というノマド・ワークをすれば、社会保険料から逃れられる。滞在中はホテル住まいだという。
仮にホテルの宿泊費を一泊500元(約6,500円)として、月の半分の15日間泊まると7,500元(約97,500円)だ。航空券代が往復7万円少々なので、駐在した場合の家賃をペイできる。いくらになるか分からない社会保険料まで含めれば、日本人を現地に居住させるよりもノマド・ワークをさせたほうが安上がりなのだ。
現在の「出張ベース」の働き方は、駐在員の側から希望して実現したという。できるだけ日本で生活したいと考えている駐在員は少なくない。福利厚生が多少は下がるとしても、ノマド・ワークのほうが彼らの望みと合致する。そもそも中国政府が保険料を徴収しようがしまいが、駐在員の報酬には(直接には)影響しない。
しかし日本の本社を説得するのは、簡単ではなかったそうだ。
日本側がノマド・ワークを渋った理由が笑える。現行の人事評価の基準ではノマド社員を評価できないから、出張ベースの働き方は許可できないというのだ。先にシステムありきの発想で、柔軟な対応ができなくなっている。彼らのような大企業の場合、人事評価システムは労組の顔色をうかがわなければ変えられない。ただでさえ日本の労働組合(会社別に分断されているせいで)いわゆる“御用組合”に成り下がっている。いまのまま国際的な視点が欠落していたら、無用の長物っぷりを発揮し続けるだけだろう。
人事評価システムの問題点は、それはそれで問題だ。が、出張ベースの仕事を許さないという姿勢には、さらに根深い問題が潜んでいる。心の問題が。
恥ずかしいことだが、日本人のほとんどは外国人のことを「信用できない」と思っている。出張ベースでの運営になれば、それだけ現地人スタッフの裁量が増すということだ。滞在中の日本人スタッフがチェックを入れるにしても、日常的な「回す仕事」は現地人スタッフに任せざるをえない。それは不安だ――と、日本の本社は考えがちなのだ。
一方で駐在員は、現地人スタッフと一緒に仕事をしてきた。どういう仕事から現地人のスタッフに割り振るかといえば当然、マックジョブから――「回す仕事」からである。そもそも現地人を信用しなければ仕事にならないのだ。「押さえどころ」さえ外さなければ、どんな国の人にも指示通りに働いてもらえる:駐在員たちはそれをよく理解している。
こういう「外国人に対する理解」の差は、おそらく大昔からあったのだろう。日本企業が海外進出を始めた直後から、海外駐在員と国内社員との認識の乖離は生じていたはずだ。航空と情報の発達によりノマド・ワークが可能になり、この乖離が顕在化するようになったのだ。
海外駐在員の持つ「多国籍企業的な発想」から、国内社員が学ぶべきものは多いはずだ。数日間の海外視察では絶対に得られないモノを、駐在員たちは知っている。



この一件で私が感心したのは、中国政府の「うまさ」だ。外国人に対する社会保険料の徴収は、財政の苦しさから生まれた政策だと思われる。が、結果として駐在員をうまく追い出し、その仕事を自国民へと置き換えることに成功した。財政の健全化と、自国民の雇用創出とを同時に実現したのだ。外国人である私たちからすればたまったものではないけれど、こういう政策のうまさには感心せざるをえない。知略・謀略だらけの4000年の歴史はダテじゃない。
繰り返しになるが現在、北京では日本人駐在員が激減している。
現地に居住するメリットがないからだ。北京ぐらいの距離ならば出張ベースの働き方で充分に管理ができる。何かにつけ保守的な日本企業も、ようやく「回す仕事」は現地人任せでいのだと気付きはじめた。ノマド・ワークによる海外支店運営は今後、アジアの他地域や欧米、アフリカなど、さらに遠隔地へと広がっていくだろう。
日本人は人件費が高すぎてマックジョブはさせられない。一物一価の法則だ。この傾向は日本と諸外国の給与・物価が均一になるまで続く。「将来は海外で活躍したい」と口にする日本人は多いけれど、海外で「なにを」したいのかまで決めておくべきだ。でないと、給料が高いだけの“ただの人”になってしまう。善し悪しは別として、それがグローバル化というものだ。


下手に給与水準が高いせいで、何かにつけて競争や努力を強いられる。そのくせ日本国内では「高い給与水準」のうまみなどない。
私たちは日本に生まれたばっかりに、理不尽な苦労を味あわされている。




それでも中国で儲けなければならない日本人へ

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