結論から言うと、日本人は「就職」しないと大人になれないのではないか、という話。
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最近、神話学者ジョゼフ・キャンベルの著作を再読している。
彼はまるで昆虫採集をするように世界中の「神話」をコレクションして、その背後に潜む人類共通の精神的土壌を見つけ出そうとした。すべての「神話」には、「旅立ち→通過儀礼(イニシエーション)→帰還」という物語構造がある。イモ虫が「さなぎ」を経験して蝶になるように、あらゆる文明・文化・社会のなかで、ヒトは通過儀礼を介して大人になった。
典型的な通過儀礼としては、抜歯、入れ墨、割礼などが石器時代から行われてきた。時代が下っても「大人になるための儀式」は無くならず、たとえば日本では「元服」が人生の大切な1ステップだった。これら通過儀礼は本人に「大人としての自覚」を芽生えさせるだけでなく、社会的に「大人として扱う」ことを周知させる役割を果たしていた。いいか、みんな。今からこいつを大人として扱うぞ――。
現代の日本には成人式がある。が、この儀式はすでに形骸化し、意味をなさなくなった。多くの若者たちにとって、成人式は「参加しない」か「暴れに行く」かの二択だ。大人たちはそんな若者の姿を(テレビを通じて)目にして、ますます子供扱いする始末。成人式はイニシエーションとしての機能を喪失している。
成人という「監獄」に入れられる子供たち
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20120112/226090/
成人式がイニシエーションたりえないとしたら、日本人はどうやって大人になるのだろう――。なんてことを、キャンベルの本を読みながら考えていた。
たとえば「受験」は一つの候補だ。全国紙にセンター試験の解答が載り、日本中の大人たちが自分の受験経験を思い出す。しかし、受験に成功した人は「大人」なのだろうか。失敗したら大人になれないのか。誰もが東大京大一橋に行けるわけじゃない。ほとんどの日本人にとって、受験は自らの限界を自覚する敗北的経験だ。人によって結果が違うという時点で、受験はイニシエーションたりえない。
では、どんな儀式が日本人を「大人」にするのだろう。
新卒一括採用に象徴される「社会人になること」そのものが、日本人にとってのイニシエーションなのではないか。
じつは「社会人」という概念は、日本にしかない。たとえば英語には、社会人を示す単語が存在しない。他の国では就職と就学の垣根があいまいで、中卒・高卒で数年働いてから大学に行くなんてよくある話。日本のように「いっせーのせ」で就学者から就労者へと切り替わるのは、かなり奇妙な風習だ。
で、たまには自分語りをすると、私に「大人」としての自覚が希薄なのは、この「社会人になる」というステップでつまずいたからなのだろう。一応いまでも働いているけど、会社に貢献したいという気持ちは一切ない。この会社を支えることに、社会的価値がないと感じているからだ。「数年でやめる若者たち」の一人として笑われるのが嫌だから根性で続けてしまった。
その結果、今では「もらえるものは髪の毛一本でももらって、出すものは鼻くそだって出したくない」――みたいな憎しみにも近い感情で仕事をやっつけている。肌に合わないと気付いた時点で、さっさと転職したほうが良かったのかも。もはやどんな会社に行っても、まともな(つまりその会社の役に立ちたいという)気持ちで働く自信がない。自信喪失。私はお勤めのできないクズです。なのでどなたかフリーの仕事をください政治経済からオタク文化解説、風俗体験入店レポートまでなんでも書きます本命は小説やシナリオなどのお話作りです。
だけど憎しみは何も生まねえよなあ。←イマココ
ともかく私は「社会人になる」というイニシエーションに失敗した。日本の大人社会に教化されなかった。「自分は子供だ」という認識がどこから来るのか、そして認識と現実との齟齬がなぜ苦しいのか解って少しスッキリした。ありがとうキャンベル先生!
要するに、今からでもきちんと教化されて、社会人としての「あるべき自我」を獲得すれば、たぶん、この苦しさ・生きづらさは解消されるのだろう。自分の物語をたった一人で抱え込むのは精神的な負担が大きい。エトスを共有できる仲間がいるだけで、ヒトは幸せになれる。社畜らしいマインドセットをインストールできれば、私は「大人」になれるのだ。
が、哀しいかな私はそれを望まない。
「社畜になること」が「大人になること」なのだとしたら、大人になれなくてもいいや。
私は私のルールで、勝手に大人になってしまおう。社会があらかじめ作ってくれた「大人らしさ」に安住している人を、子供っぽいと微笑んでやろう。愛してやろう。いつまでも学生気分でいるんじゃないと叫ぶ「社会人」の方々は、結局、多様性を認められない子供なのだ。解放された自我は多様な形態をとりうる。その多様さを「学生気分」の一言で切り捨てるのは、ただの未成熟だ。
成熟した大人なら、あらゆる価値観を認められる。どんな自我を持った人でも受け容れられる。相手が外国人だろうと、「社畜としての自我」にしがみついている人だろうと、ゆったりとした気持ちで対話できる。それが大人だ。
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現代日本では「就職」が通過儀礼(イニシエーション)の役割を果たしている。
本人に「大人としての自我」があろうがなかろうが、就職をすれば社会的には「大人」として扱われる。笑ってしまったのは、某大手製造業に就職した友人の話だ。入社式の直後、実家に「息子さんをお預かりしました」という手紙が届いたそうだ。23歳にもなれば何をしようと本人の責任で、親は無関係だ。けれど親たちは手紙を受け取り、ホッと胸をなで下ろす。うちの息子もようやく一人前になったのね――。
就職をイニシエーションとする弊害は大きい。
言うまでもなく「就職できなかった人」が、いつまでも「大人」になれないからだ。日本の学校教育では職能を身につける機会がなく、企業が人材育成を担ってきた。そのため就職のルートに乗れなかった人は職業訓練ができず、いつまでも労働市場に参入できない。つまり一人前の大人として扱われなくなる。
日本では「就職」に失敗すると「子供」のまま捨て置かれるのだ。子供を庇護するのは親や家族の役割であって社会ではない、という神話がこの国にはある。学者たちが声高に無業者への支援を訴えても、社会の精神面がそれを許さない。
人々が「就業・就学・無業」の三地点を自由に行き来するようになったら、日本の企業・官公庁のガバナンスは崩壊する。この社会の仕組みは、私たち一人ひとりの暗黙の了解によって――すなわち神話によって堅持されている。社会が変わるということは、つまり私たちの心が変わるということだ。私たちは新しい神話を創らなければならない。
就職を通過儀礼にするのは、もうやめよう。
私たちはいつから「大人」になるのだろう。
通過儀礼には、その人を社会的に大人として見なすと同時に、本人に大人としての自覚を芽生えさせる役割があった。では、私たちは一体なにをしたときに「大人になった」と感じるのだろう。
たとえばニューヨークのギャングなら、ラクガキで街を飾ることが通過儀礼になる――とキャンベル先生は言っている。社会の準備した通過儀礼を果たせなかった子供たちは、自分たち独自のルールで大人になるのだ。
おそらく「大人になる方法」は私たち人類にとって、出産や、死に次いで重要な関心事なのだ。小学校高学年の女子がなぜブラジャーに特別な想いを抱くのか、それはブラが大人の証だからだ。男子中高生がなぜ童貞であることをあんなにも恥じるのか、それはセックスが大人になるための通過儀礼(だと彼らは信じている)からだ。そして意識高い大学生wが、なぜあんなに必死でOB訪問をするのか。それは就職が現代のイニシエーションだからに他ならない。私たちは「大人になる方法」を模索する生き物で、一人ひとりそれぞれに「いまから、おとな」の瞬間がある。
そういう「いまから、おとな」のうち、「良さげ」なものを拾い上げる――それが神話を創造するということなのかも知れない。社会構造の分析や問題点の洗い出しは、論理の世界に生きる学者たちの仕事だ。それを心の世界へと翻訳し、人々の暮らしをちょっとだけ豊かにする。それが物語作者の仕事なのではないか。
映画や小説、マンガにアニメ、ゲーム――。フィクションのチカラを私は信じている。
けれど、もちろん架空の物語に頼らなくたっていい。
「いまから、おとな」の瞬間を、みんなで見つけよう。
※あわせて読みたい
震災後の日本社会と若者(1)小熊英二×古市憲寿
http://synodos.livedoor.biz/archives/1883807.html
>「就職できなかった人=社会的に大人として扱われない人」として読むと、さらに考えさせられる。
大人ってくそ楽しい
http://blog.mochrom.jp/column/365/
>大人が楽しいのは超同意するけど、どうせなら尊敬される「大人像」を提示すべきでは? 恋人は誰かに見せびらかすためのものではないし、うまい棒100本はあまりにもセコい。もっとカッコいい大人になろうぜ。
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