※ブラッドハウンドの能力は戦略的なのか戦術的なのか?
「戦略」と「戦術」はもともと軍事用語のはずだが、現在ではすっかり日常会話の一部になっている。ところが、この2つを厳密に区別して使っている人は意外と少ない。
「今期における当社の経営戦略は……」
と、自信満々に演説している社長でも、よく聞いてみると「戦術」の話ばかりをしていて、「戦略」については何も触れていない――なんてことが珍しくない。
ゲームの攻略法についての議論でも同様である。
たとえば、あるAPEX Legendsのプロプレイヤーが「初心者は射撃訓練場でエイム練習をしたほうがいい」と言っていたとする。一方で、別のプロプレイヤーは「初心者は実戦をたくさんこなしたほうがいい」と言っていたりする。あなたが初心者だとしたら、どちらの主張を信じればいいのだろう?
エイム練習と実戦のどちらが重要なのか?
「戦略」と「戦術」の違いを理解していれば、この疑問にもスッキリと答えが出せる。
戦略や戦術は、思考の枠組みであり、頭の中を整理するための道具だ。机のひきだしの〝仕切り板〟のようなものだと言っていい。あなたの脳内には「APEXの戦い方」と書かれたひきだしがあって、こまごまとした攻略法が詰まっているはずだ。もしもあなたが戦略と戦術の違いを説明できるようになれば、
「この攻略法は〝戦略/Strategy〟に属するものだ」
「こちらは〝戦術/Tactics〟に属するものだ」
と、ひきだしの中を整理できるようになる。
じつのところ「戦い方」を考察するうえで必要な思考の枠組みは、戦略と戦術の2つだけではない。少なくとも5つ――戦略、戦術、フィジカル、兵站、作戦――が存在している。
では順番に、これらの違いを見ていこう。
■戦略、戦術、フィジカル
囲碁は「戦略級シミュレーションゲーム」である。
一方、将棋は「戦術級シミュレーションゲーム」である。
この2行で「なるほど」と納得できるなら、あなたはこの記事の8割を理解できたと言っていい。
囲碁は一種の陣取りゲームで、石の1つ1つは「その地域に配備された兵力」を表現している。そして、敵勢力に取り囲まれた石は盤面から取り除かれる。これは、その兵力が敵に撃破・壊滅させられたことを意味している。個々の会戦でどのような戦いが繰り広げられたのかは、囲碁の盤上ではシミュレーションされない。
一方、将棋は「一度の会戦」を表現している。敵武将と味方武将が1つの戦場で出会い、敵側のトップ(王将)を撃破した側の勝利となる。しかし、その会戦によって国家の趨勢がどう変わるのかは、将棋の盤上ではシミュレーションされない。領土が広がるのか、縮むのか。敵国の首都に近づけたのか否かは、将棋ではゲーム外のものとして省略されている。
数ある「戦い方」のうち、マクロな視点のものを「戦略」、ミクロな視点のものを「戦術」と呼ぶ。囲碁と将棋の違いが、分かりやすい例だ。
マクロ/ミクロの違いを認識しておくことは重要だ。
なぜなら、物事のサイズが変わると、そこで働く〝法則〟も変わってしまうからだ。
たとえば直径1mmの砂粒なら、あなたの指先に貼り付けることができるだろう。しかし直径10mmの小石では、かなり難しくなるはずだ。親指と人差し指でつまみ上げなければ、持ち上げられないだろう。砂粒の大きさが変わったことで、砂粒に対して働く物理的な力学も変わってしまうからだ。
マクロ/ミクロの違いを説明するものとしては、一般家庭の「貯金」も有名だ。
各家庭にとって、貯金することは賢い選択だ。不景気で失職したとき、あるいは大病を患ったときの備えになるからだ。ところが国民が貯金しすぎると、経済全体には悪影響が出てしまう。収入のうち貯金の比率を上げるということは、裏を返せば消費を減らすということだ。経済全体の〝お金の流れ〟が悪くなってしまうのだ。
各家庭というミクロの視点では「良いもの」であるはずの貯金が、経済全体というマクロの視点では「悪いもの」になってしまう。このようにマクロとミクロで「望ましいもの」が変わってしまうことを、「合成の誤謬(ごびゅう)」と呼ぶ。貯金はその代表的な例として、どんな経済学の教科書にも載っている。
APEX Legendsにも、マクロな視点での戦い方=戦略と、ミクロな視点での戦い方=戦術が存在している。
たとえば「マッチ開始時にどの地点に着陸するのか」「どのルートで進軍するのか」「敵を発見した際に、戦うのか逃がすのか」といった判断は、マクロな判断だと言える。囲碁のような陣取りゲームに似たこれらの判断は、「戦略」に属するものだ。
一方、ガンファイトが始まったときに、どんな動きをすればいいのか。こちらはミクロな視点での判断であり、「戦術」に属する。
「遮蔽物を利用して被弾を減らす」
「高所を取って戦況を把握し、攻撃/撤退の主導権を握る」
「十字砲火(クロス)を組むために横に展開する」
「グレネードなどを使って、敵を足止めしたり、遮蔽物から追い出したり、ライフ差をつけたりする」
これらの判断は、どちらかと言えば将棋に近い。
あなたがFPSプレイヤーであれば、戦略と戦術だけでは不十分だと気づくだろう。
たとえばエイムの良さや反射神経の速さのような、フィジカルな技能が勝敗に大きく影響するからだ。これらは戦術よりも、さらにミクロな視点での「戦い方」だ。一対一で正面からの撃ち合いになったときには、こうした個人技が重要になる。きちんと「レレレ撃ち」ができるかどうか。リロードと武器の持ち換えを適切に行えるか。しゃがみやスライディングを織り交ぜて、敵の弾を避けられるかどうか――。
いわゆる「キャラコン(キャラクター・コントロール)」に属する議論は、戦術と呼ぶにはミクロすぎる。将棋のように頭で考えるだけでは解決できず、フィジカルなトレーニングをどれだけ積んでいるかが重要になる。このレベルでの「戦い方」を、私は「フィジカル」と呼んでいる。
戦略・戦術・フィジカル――。
これらは「戦い方」を、視点の大きさ(マクロなのかミクロなのか)で分類したものである。
この思考の枠組みはゲームの攻略だけでなく、様々な場面に応用できる。
たとえば「恋人が欲しい」という目標を設定したときに、すぐに思いつく戦略は2つある。「既存の知人の中から見込みのある人物との関係を深める」という戦略と、「とにかく出会いを増やして相性のいい人を見つける」という戦略だ。前者を『ときめきメモリアル戦略』、後者を『ソシャゲのガチャ戦略』と名付けよう。あなたならどちらの戦略を選ぶだろうか?
ここで、あなたが『ガチャ戦略』を選んだとしよう(※われながらヒドい命名だ)。
あなたには「マッチングアプリを使う」「街コンに参加する」「友人に合コンをセッティングしてもらう」「サークルやカルチャーセンターに参加する」などの選択肢がある。これらは戦術に属するものだと言えるだろう。
マッチングアプリや街コンは、相手側もパートナーを欲している可能性が高い。誰でもいいから〝なるはや〟で恋人が欲しい、と考えている人にオススメの戦術である。一方、友人との合コンや趣味のサークルでは、パートナーを欲している相手と出会えるとは限らない。あまり急いでいない/あるいは恋人よりも単純に交友関係を広げたい人にオススメの戦術だと言える。
そして、あわよくばデートの約束を取り付けたとして――。
どこに遊びに行くのか、どんな服装をするのか、食事には何を選ぶのか、等々。これらの判断もすべて、戦術級のものだと言えるだろう。
もちろんここでも、最終的にものを言うのはフィジカルだ。会話を盛り上げられるかどうか、相手の気持ちに寄りそい、心を開かせることができるのか。これらは頭で考えるだけでどうにかできるものではなく、あなたの過去の経験と、何よりも相手との相性が結果を左右する。
冒頭にも書いた通り、戦略や戦術という言葉はビジネスの世界でもよく使われる。
たとえば商品戦略には、競合他社とよく似た製品を出して独占を防ぐ戦略と、あえて似ていない商品を出すニッチ戦略がある。
たとえば第7世代家庭用ゲーム機の場合、PS3とXbox360は(異論はあるだろうが)よく似た製品だった。どちらもハイエンドなゲームを遊べる高性能マシンであり、ソロプレイやオンライン対戦を楽しめるソフトを取り揃えていた。ソニーとマイクロソフトは「競合他社とよく似た製品を出す」という戦略を取ったわけだ。
一方、任天堂のWiiはマシンスペックはやや低いものの、「オフラインでの多人数プレイ」や「体験型のゲーム」といった、ライバル製品があまり注目していない点をウリにしていた。一種のニッチ戦略を取ったと言えるだろう。
PS3やXbox360は、目玉となるAAAタイトル(※『ファイナルファンタジー』や『ギアーズ・オブ・ウォー』)をどれだけ取り揃えているかをアピールする戦術を取った。専用ソフトをアピールするという戦術そのものはWiiも同様だったが、任天堂のやり方は少し違った。「居間で家族や友人と楽しげに遊ぶ人々の映像」を、TVCMとして大量に流したのである。美麗なグラフィックのゲーム映像を流していた競合2社とは、対照的な戦術だった。
※なお、今回の記事でいちばんツッコミを受けそうなのは上記の部分だ。各ゲームハードの戦略については2ch(現・5ch)等で宗教的な激論が交わされており、私自身はその議論にあまり首を突っ込んでいない。誤解や間違いがあればご指摘いただければ感謝甚大である。
ここまで読んで「ちょっと待てよ」と感じたあなたは鋭い。
私は商品のラインナップを商品戦略と呼び、それを実際に売るためのTVCMを戦術級のものとして扱った。しかし日常会話では、「広告戦略」「CM戦略」という言葉をよく耳にするではないか? TVCMは戦略と戦術のどちらなんだ?
じつのところ、戦略と戦術の間には明確な境界線を引くことはできず、グレーゾーンが存在している。直径1mmの砂粒は指に貼りつき、直径10mmの小石は貼りつかない。では、直径3mmならどうだろう? 直径2mmなら? こうした中間的なサイズのものは、マクロとミクロのどちらに分類するべきなのだろう?
TVCMにかんして言えば、これは論者の立場による。
たとえばあなたが企業の経営企画部や商品開発部に属しているのなら、どのような商品のラインナップを作るべきかの判断に関与できる。あなたは商品戦略を選ぶ立場であり、実際にそれを売るための広告は、よりミクロな判断となる。
一方、あなたが企業の宣伝広告部に所属しているのなら、商品のラインナップについて判断を下す立場ではない(はずだ)。自社の商品ラインナップをアプリオリなものとして受け入れるしかなく、そこに戦略の介在する余地はない。あなたが判断できるもののなかでもっともマクロなものは「どんな宣伝を行うか」である。だから宣伝広告部の人々は、それを広告戦略と呼ぶ。その下位には、どんな芸能人を起用するのか等々の、個別の戦術が存在する。
立場が違えば、戦略や戦術として見做すもののサイズも変わる。
幸いにもAPEX Legendsには、サラリーマンのような立場の違いがない。どのプレイヤーも同じ立場でマッチを開始する。それでもやはり、戦略と戦術の間にはグレーゾーンが存在している。
たとえばレイスのポータルを考えてみよう。
複数の部隊が戦火を交えている激戦区と、少し離れた安全地帯との間にポータルを引いたケースを想像して欲しい。彼女の「ポータルを開く」という行動は、戦略的なものだろうか? それとも戦術的なものだろうか?
このポータルを「回復を巻くための安全地帯を確保した」と考えるのなら、これは戦術級のものだと言える。パーティの継戦能力を高めて、敵との戦闘を有利に進めることができるだろう。
しかし、このポータルを「危険地帯から離れるためのもの」と考えるのなら、これは戦略級のものだと言える。乱戦に巻き込まれてパーティが壊滅するリスクを抑え、より有利なポジションで範囲収縮を待つために移動を開始できるだろう。
じつのところ、これこそがレイスの強さだと私は考えている。戦術として設置したポータルを、そのまま戦略的な行動に繋げることができる。また、無敵時間によって危機的状況から逃げられる〝虚空〟の能力は、プレイヤーのフィジカルをサポートしてくれる。腕試しとして乱戦に飛び込み、ヤバくなったら逃げればいい。フィジカル→戦術→戦略をシームレスに連結できることが、レイスというキャラクターの強さではないだろうか。
あなたはこう感じるかもしれない。
戦略と戦術の間にグレーゾーンがあるのなら、それを区別する必要があるのか?
もっともな疑問だ。
私は「ある」と答えたい。
なぜなら私は、もともとMtGプレイヤーであり、長い文章が大好きな人種だからだ。ものごとを「言語化すること」に意味があると信じている。戦略と戦術、フィジカルを区別することで、言語化の精度が上がる。たとえば各キャラクターの強さを、より詳しく、より的確に議論できるようになる。
たとえばブラッドハウンドとクリプトは、どちらも「壁の向こうの敵を透視する」という、よく似た能力を持っている。では、ブラッドハウンドとクリプトのどちらが強いのだろう? オンラインの掲示板では感情的な印象論になりがちだが、戦略・戦術・フィジカルの概念を当てはめれば、より丁寧な議論ができる。
結論から言えば、彼らは〝強さ〟を発揮する場面が違う。
たとえばブラッドハウンドのパッシブアビリティ「トラッカー」は、戦略級で役に立つ能力だ。足跡や痕跡を見つけることで、敵パーティとの接近を察知できる。敵がどちらから来て、どちらに進軍したのかも、大まかに推測できる。しかし敵パーティの正確な位置や人数は分からない。また、同じルートを複数の敵が通った場合は判断が難しくなる。
戦略の策定という点では、クリプトのスパイドローンのほうが便利だ。付近の敵パーティの数が分かるだけでなく、ドローンを遠方まで飛ばして、敵の正確な位置や、アイテムが残っているかどうかまで確認できる。反面、ブラッドハウンドは移動しながら足跡を見つけられるのに対し、クリプトはドローンを飛ばしている間は他の行動ができない。
大まかだが移動しながら戦略を立てられるブラッドハウンドと、移動は遅れるが正確な情報を得られるクリプト……というバランス調整がなされているわけだ。
戦術級で見ると、両者はまったく別の性能だと言える。たしかにクリプトは壁の向こうの敵を透視できる。が、ドローンを操作している間は他の行動ができないため、味方パーティは1人欠けた状態での戦闘を余儀なくされる。一方、ブラッドハウンドの能力にはそのような制限はない。25秒間に一度のペースでソナーを撃ち、敵の姿を4秒間透視できる。情報収集能力を比較した場合、戦術級ではブラッドハウンドに軍配が上がるだろう。
もちろんクリプトには、クリプトにしかない戦術級の強みがある。それが「ドローンEMP」だ。敵パーティのアーマーにダメージを与えるだけでなく、敵の設置したトラップなどもまとめて吹き飛ばすことができる。このような「直接的に戦況を変える能力」は、ブラッドハウンドにはない。彼女(彼?)は地道に銃やグレネードを使わなければ、敵やトラップに対処できない。
戦術級では情報収取しかできないブラッドハウンドだが、代わりに、プレイヤーのフィジカルを強力にサポートする能力を持っている。アルティメットアビリティ「ハンティングビースト」だ。一定時間、移動速度が大幅に上昇し、さらに視界がモノクロになって敵が赤く強調表示される。
ブラッドハウンドを使ったことがあるプレイヤーなら分かる通り、移動速度の上昇から得られる恩恵は大きい。攻撃時には「敵の側面を突く」「遮蔽物の裏まで引いて回復を巻く」といった動きを効率的に行えるようになり、単純に足が速いだけで弾を当てられにくくなる。逆に、不利な状況では安全地帯まで全速力で逃げることも可能だ。
一方、クリプトにはフィジカルをサポートする能力がない。一対一のガンファイトでは、プレイヤー自身のスキルだけで戦わなければならない。彼の弱点だ。
以上のようにブラッドハウンドとクリプトは一長一短にデザインされており、「どちらのほうが強い」とは一概には言えない。それはプレイヤースキルと環境に左右される。
情報収集能力だけを比較すれば、戦略級で強いのはクリプト、戦術級で強いのがブラッドハウンドだと言えるだろう。しかし、上手いプレイヤーがブラッドハウンドを使えば、足跡だけでも適切な戦略を選ぶことができるかもしれない。反面、ミラージュのばらまくデコイだらけのマッチでは、敵を透視する能力そのものがあまり役に立たないかもしれない。
クリプトにはフィジカルを高める能力がなく、プレイヤーは腕一本で戦わなければならない。しかし、ワットソンやコースティックが流行っているトラップだらけのマッチでは、ドローンEMPの輝く場面がたくさんあるはずだ。環境次第で、クリプトの戦闘能力は変わる。
以上のように、戦略・戦術・フィジカルの概念を使えば、より丁寧で細かい議論ができるようになる。少なくとも「何となく強い/弱い」という感情論からは、遠く離れることができる。
~後編へ続く~
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