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「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

サルでも分かる商売のしくみと経営者の役割

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 たとえば、だ。

 

「100万円のボーナスを出すから大学を辞めて入社してくれ」という会社があるとする。その会社の経営者は、離職率80%という数字を恥ずかしげもなく公表していたとする。

 いわく、
「大学で勉強したことなど役に立たない」
「学費がもったいない」
 だから大学をやめてうちの会社に入ったほうがトクだという。

 いわく、
「定時退社をする人よりも残業をする人のほうが会社を辞めない」
「なぜなら仕事で大切なのは『やりがい』だからだ」というのだ。

 

 あくまでも、たとえばの話である。

 

 では、「100万円もらって大学をやめる」のは本当にトクだろうか?

 また、「仕事では『やりがい』が大切だから、離職率の高さは恥ずかしくない。やりがいを感じる20%が残ればいい」という判断は妥当だろうか?

 


■大学中退は6000万円の損

 新卒一括採用が普及している日本では、人材育成は民間企業で行われてきた。本来なら職業訓練を行うはずの工業高校や商業高校は、実質的には落ちこぼれの受け皿の役割を果たしている。日本の学校教育では、仕事に直接役立つ知識はほとんど身につかない。

 したがって、技能・職能の面では大卒者と高卒者の間に大きな開きはない。どんな学校を出ていようが、本人の才能を開花させられるかどうかは「働かせてみないと分からない」のだ。

 しかし技能以外の面で、大卒と高卒の間には越えがたい差がある。

 それは「機会」の差だ。

 大卒者のほうが好待遇の求人に恵まれており、高収入を手にする機会が多い。一方、高卒者のそれはあまり恵まれていない。

 

年収ガイド>その他の年収データ一覧>学歴別の年収・収入格差データ

 

 この差は、生涯年収にはっきりと現れる。

 男性の場合、高卒者の平均生涯年収は1億9040万円に対して、大卒者は2億5180万円。女性の場合は高卒で1億2470万円、大卒で1億9930万円だ。男女ともに6000万円~7000万円の差がある。

 生涯年収を調べるだけでも、100万円で大学をやめるのがいかにバカげているか分かる。

 

厚生労働省「学歴別にみた初任給」

 

 初任給を比較すると、大卒者と高卒者には約4万円の開きがある。12か月で約48万円の差だ。100万円のボーナスなど、わずか2年で埋め合わされてしまう。

 

 もしかしたらこの会社は、100万円のボーナスだけでなく、高額の初任給を準備しているのかもしれない。たとえ大卒資格がなくても、大卒者以上の給与を準備しているのかもしれない。

 しかし、注意してほしい。

 この企業の離職率は80%だ。たとえばこれが三年後離職率を意味しているとしたら、あなたが三年後もその会社で働いている可能性は20%だ。したがって「提示された金額×20%」が、その企業で働いた場合の期待収入になる。

 たとえばこの企業が初年度から年収500万円を払っていたとしよう。大卒1年目の一般的な年収が約300万円だとすると、3年間で約900万円。一方、この会社で働き続けることができれば1500万円だ。この金額だけ見れば、この会社で働かない手はないように見える。

 しかし期待収入は1500万円×20%=300万円にしかならない。

 期待値で考えれば、離職率の高い企業で働くのは賢い選択ではない。

 

 

■仕事の「やりがい」は賃金待遇よりも大切か?

 仕事にやりがいは大切だ。誰だって、自分で掘った穴を自分で埋めるような仕事はしたくない。

 問題は、やりがいが賃金待遇よりも大切かどうかだ。

 同程度の「やりがい」の仕事なら、より待遇のいい職場を選んだほうがいい。まともな判断力を持った人間なら、間違いなくそういう選択をするだろう。

 そして、どんな会社のどんな事業にも「競合他社」は存在する。仕事のやりがいは大差ない(はずの)ライバル会社がある。職業選択の自由とは、より好待遇の職場を選ぶ自由でもあるのだ。

 

 こうなると、疑問が浮かぶ。

 冒頭の企業は「離職率80%」だ。定時退社をする社員よりも、残業をいとわない社員のほうが会社をやめないという。

 

 会社をやめない20%は、本当はやめられないのではないか?

 

 優秀な人材なら簡単に転職先を見つけられるし、残業せずに仕事を終わらすこともたやすいだろう。会社をやめていく80%は、そういう人材ではないか? 残り20%の人材は、残業せざるをえないほど仕事ができないからこそ、転職先を見つけられず、現在の会社で働き続けているのではないか?

 優秀な創業スタッフは他社へ次々に転職し、できない人材だけが社内に残る。結果、以前は3人で回していた仕事を、5人、6人で残業しながら回すようになる……。ベンチャー界隈では、わりとありふれた光景だ。

 社員は、やりがいがあるからその会社に残るのではない。

 他に行く場所がないから残るのだ。

 おそらく「優秀な人材を引き留められるほどの好待遇を用意する」のが正解で、「やりがいを言い訳にして人件費を抑える」のは事業の収益性や継続性を著しく損なう。待遇が悪ければ、優秀な人材を新たに雇うこともできず、本格的に仕事のできない人だけが社内にあふれる。そして、夢を実現するはずだった事業は低空飛行を余儀なくされるのだ。

「やりがい」を言い訳にして人件費を抑えることを、「やりがい搾取」と呼ぶ。

 

 では、なぜ経営者は「やりがい搾取」に走るのだろう。

「やりがい搾取」を選ぶのは、いったいどんな経営者だろう。

 

 


■商売のしくみと経営者の役割

 経営者について考える前に、ごく初歩的な商売のしくみを確認しておこう。

 ずばり、商売とは何か?

 日本の労働人口の8割はサラリーマンで、上司を満足させて給料をもらうことを「商売」だと思っている人も珍しくない。商売とは、顧客を満足させて売上を増やすことだろうか。それとも職場をカイゼンしてコストダウンに努めることだろうか。いずれも「商売」の一部分なのは間違いない。が、商売の全体像をつかんだ意見ではない。

 1950年代には、日本人の6割近くが自営業者で、サラリーマンは今よりも少なかった。その時代の日本人のほうが、「商売」の全体像をよく知っていたかもしれない。

 

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 この図は「商売」の仕組みを模式的にあらわしたものだ。

【1】負債や資本金を元手に、

【2】商売に必要なもの(資産)を準備して、

【3】収益を生み出し、

【4】費用を支払い、

【5】残った利益で、負債を返済したり、資本金を増やしたり、投資家に配当したりする。

 以上が、商売の全体像である。

 順番に説明していこう。

 

 まず、どんな商売をするにしても元手となるカネが必要だ。

 カネを用意するなら、まずは銀行から融資を受けるのが一般的な方法だ。カネを借りたら当然、利子をつけて返さなければならない。銀行からの借り入れのような、企業にとって将来金銭的負担になるものを「負債」と呼ぶ。(※負債のなかには借金でないものもあるのだが、ここでは説明しない)

 またベンチャー企業の場合、「エンジェル投資家」などから出資を受ける場合もある。カネを出すが返済を求めず、代わりに株式を求める。それが投資家だ。彼らはベンチャー企業が成功を収めた際に、高額の配当金や株券の転売で利益を得ることを狙っている。

 商売の元手になるカネのうち、投資家からの出資金のような返済義務のないものを「純資産」とか「資本金」と呼ぶ。(※正確には「純資産=資本金」ではないのだが、ここでは説明省略)

 

 カネが用意できたら、今度は商売に必要なものを準備しなければならない。

 この「商売に必要なもの」を、まとめて「資産」と呼ぶ。

 

 たとえば「現預金」は、どんな商売をするにも欠かせない、もっとも大切な資産だ。銀行からの融資や投資家からの出資金は、まずは現預金という形で企業に入ってくる。

 その現預金を使って、原材料を仕入れて、商品を作り、販売する。

 また、商品を作るために土地や建物、機械装置を準備する必要があるかもしれない。さらに事務所を借りたら、差入保証金(=敷金)の払い込みを求められるかもしれない。

 これらの商売に必要で、将来的に収益をもたらしてくれるものを「資産」と呼ぶ。

 

 カネを用意した。

 商売のための「資産」も準備できた。

 そして、いよいよモノを売ったりサービスを行ったりすれば、そこから「収益(=売上)」が発生する。

 商売によって生まれるのは、収益だけではない。商品の仕入れや、製造経費、その会社で働く人の賃金水道光熱費や通信費など、さまざまな「費用」が発生する。

 収益から費用を支払った後に残るのが「利益」だ。

 

「利益」には3つの使い方がある。

 負債の返済、資本金の積み増し、投資家への配当だ。

 利益が出せなければ現預金は増えず、負債の返済が危うくなる。負債を完全に返せなくなった状態を「倒産」と呼ぶ。

 また、資本金を積み増す場合もある。利益を元手にさらに資産を増強して、事業の拡大を目指す場合だ。

 そして投資家への配当。出資の見返りとして、配当金を支払うのだ。

 

 負債や資本金を元手に資産を準備し、その資産を使って収益を生み出し、費用を支払った後に残る利益で、負債を返済したり、資本金を積み増したり、投資家に配当したりする。

 これが、商売だ。

 商売とは何かという質問には、十人十色の答えがあるだろう。しかしカネの流れに注目すれば、以上が商売の全体像になる。

 

 経営者の役割は、このカネの流れを調整することだ。

 事業に必要なカネをどうやって調達するか考えて、収益の最大化と費用の最小化に頭を悩ませ、利益の割り振りに知恵を絞る。それが経営者の仕事だ。

 ビジネス書には、経営者の役割はこんな風には書かれていない。

 たとえば「新しいビジョンを示すこと」「イノベーションで社会に変革をもたらすこと」「創造性をもってリーダーシップを発揮すること」……なんだかカッコいい(だけど抽象的な)言葉で説明される場合が多い。

 しかしカネの動きに注目すれば、経営者の役割は「カネの流れの調整」につきるのだ。

 

 ここで疑問に戻ろう。

「やりがい搾取」を行うのはどんな経営者だろう。

 

 まず、優秀な人材をそもそも必要としない事業を行っているケースだ。業務の遂行に高い能力を要さず、短い訓練期間で誰でもできるようになる。そういう仕事の場合、待遇を良くして優秀な人材を集める必要がない。したがって、できるだけ低い賃金でどれだけ不満を抑えられるかに、経営者の手腕が問われる。

 飲食業にブラック企業が多い理由はこれだ。飲食業は人材の流動性が高く、また訓練期間も短い。医者になるには6年間の勉強が必要だが、飲食店スタッフの研修は6日間程度。人材を簡単に入れ替えられるので、好待遇で優秀な人材を引きつける必要性が薄い。だから賃金は低く抑えて、代わりに「やりがい」を与えて不満を出さないようにする。

 

 もしくは、経営者が能力的に劣るケースだ。

 前述の通り、優秀な人材が次々に抜けていく状況は、事業の収益性と継続性を損なう。3人で回していた仕事を5~6人で回すのは、誰がどう見ても非効率だ。多少は人件費を増やしてでも、優秀な人材を確保したほうがいい。たとえ現在の事業が右肩下がりになっても、優秀な人材が残っていれば新規事業でリカバリーできる可能性が高い。

 しかし、それを銀行や投資家に説明するのは簡単ではない。

 人件費が高騰して利益を圧迫していれば、当然、銀行の融資担当者は苦い顔をするだろう。利益率の低い企業には、あまりカネを貸したくないはずだ。もしかしたら利息を引き上げられてしまうかもしれない。

 そして投資家は、出資額の早期回収を望むものだ。気前よく賃金を支払うことで10~20年間での利益増が見込めるとしても、3年以内の利益が減るなら、人件費の増大を認めないだろう。

「人件費を増やしてでも優秀な人材を確保する必要がある」

「今の社員を、人件費を増やしてでも引き留める必要がある」

 このことを、経営者は投資家に対して説明しなければならない。

 説明能力に劣る経営者は、それができない。投資家の言いなりになるしかない。そして言われるがままに人件費を引き下げ、社員を引き留める苦肉の策として「やりがい」を持ち出す。

 こうして「やりがい搾取」に至るのだ。

 

     ◆

 

 人生に「自由」を求める人は多い。

 サラリーマンとして働けば、どうしても息苦しさを感じるときがある。どんなに風通しのいい社風の会社だろうと、組織で働くということは、判断の一部を他人に支配されるということだ。「自由」を求めて起業する人は珍しくない。

 しかし起業したからと言って、自由になれるわけでない。

 融資を受ければ、銀行とのしがらみが生まれる。出資を受ければ、投資家の口出しから逃れられない。巨額の資金を使えば、たしかに大きな事業に取り組める。だが結果として、本当に欲しかったはずの「自由」から遠ざかってしまう。ビッグビジネスのジレンマだ。

 一方、商売には、自分自身が出資者になる方法もある。

 誰からの融資も受けず、投資家からの出資も必要としない。わずかな資金しか準備できないので、当然、小さな事業しか行えない。けれど、誰からも支配されることなく、身の丈以上のリスクを負う必要もない。

「自由」を求めるのなら、スモールビジネスは1つの答えだ。

 

 人生に何を求めるのか。何をいちばん大切だと思うのか。

 仕事には、その人の価値観がもっとも顕著に表れる。

 

 

 

 

 

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