マリオがコインを集め、勇者が魔王を討伐していたころ、日本はたしかにゲーム業界のトップに君臨していた。けれど現在では、販売本数も開発規模も海外のパブリッシャーに圧倒されつつある。かつてはクソゲーだらけだと言われていた「洋ゲー」は、今では日本をしのぐほどの勢力を持つにいたった。すると当然、「和ゲーと洋ゲーで面白いのはどちらか」という宗教戦争が勃発する。
※とはいえ日本が一国で「和ゲー」を背負っているのに対し、洋ゲーといえば欧米豪露など世界中のタイトルが含まれる。ゲーム業界での日本の存在感はいまだに大きい。
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日本のゲーム――とくにRPGやストーリー性の強いアクションゲームなどには、一つの特徴がある。それは登場人物の多くがティーンエイジャーだということだ。一方、洋ゲーでは登場人物に青年〜壮年の「大人」が選ばれる。最近では日本のゲーム会社も海外戦略として「大人が主人公のゲーム」を作るようになった。
そう、海外向けに作るときは登場人物を大人にしないと売れない――裏を返せば、登場人物を子供にしたほうが日本ではウケるのだ。『ニーア』という、海外向けでは主人公を「お父さん」に、日本向けでは「お兄さん」にしたゲームまである。
【追記】この部分、ちょっと説明が雑だった。正確には、欧米で販売台数の多いXBOX360版では主人公が父親に、日本で販売台数の多いプレイステーション版では主人公が兄になっている。
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こうした違いは「和ゲーVS洋ゲー」の宗教戦争において、重要な論点になる。
「なぜ日本のRPGはシリアスなストーリーに女子供を戦闘に参加させるの? 世界観無視しすぎだろ」
http://blog.esuteru.com/archives/5473513.html
「少年・少女」の物語と「大人」の物語、面白いのはどちらか――という議論はそれぞれのゲームファンに任せるとして、そもそもこのような違いが生まれるのはどうしてだろう。
文化が先かシステムが先か
http://d.hatena.ne.jp/hamatsu/20120207/1328632490
こちらの記事では、その答えをゲームシステムに求めている。日本のRPGやアクションには成長のシステムがあるけれど、海外で人気のFPSやTPSではそういう要素が薄い。成長のシステムがある以上、主人公が最初から成熟していたら困る――だからティーンエイジャーを主人公にするのではないか、という説だ。
一理ある説だと思う。が、二つの理由から説得力が薄いように感じる。
一つは成長システムがあるからといって、登場人物が年齢的に成長していくわけではないということ。日本を代表する2大RPG『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』シリーズにおいて、年齢的な成長を描いた作品は稀だ。例外がいくらでもあることは認めるけれど、平均的にいって「年齢的成長」まで描いた作品は少ないのではないだろうか。※どなたか詳しい方ご教授ください。
もう一つの理由は、成長システムが無くても登場人物の成長を描くことはできるということ。FPSの金字塔『Call of Duty 4 modern warfare』は、成長システムのない典型的なFPSだ。が、そのストーリーは一人の名も無き兵士の成長譚になっている。上官のプライス大尉から「おかしな名前のやつだ」と笑われ、先輩兵士からは「果物殺しのプロ」と揶揄された主人公ソープ・マクダヴィッシュは、物語の最後には戦争を終結させる役割をほかでもないプライス大尉から託される。これを成長譚と呼ばずしてなんと呼べばいい。
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システムと登場人物の年齢との間には、一定の関係はある。しかし絶対ではない。アサシンクリード2の主人公はストーリーが進むにつれて年齢的に成長していく。使えるアイテムやアクションが増えることで、システム的にも主人公の成長を表現していた。演出上の理由からシステムとストーリーを融合させることはありうる。けれど、必ずしも一致するわけではない。
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洋ゲー主人公が親父臭い理由、あるいは和ゲー主人公が小便臭い理由
http://sub.game-damashi.com/weblog/2012/02/08/2368/
こちらの記事では、日本のマンガやアニメは「記号としてのカッコよさ」を優先しているからではないか、と分析している。ティーンエイジャーは微妙な年齢ではあるけれど、世間一般的にいって「子供」だ。「子供が世界の危機を救う」という物語にはリアリティが薄い――けれどカッコいい。燃える。日本ではそういう記号的なカッコよさを優先するため、それがゲームにも反映されているのではないか。一方、ハリウッド映画やそれに影響を受けたヨーロッパの娯楽映画などでは、登場人物が「大人」である場合が多い。大人を主人公にしたほうが、世界を救うというような偉業にもリアリティを持たせやすいのではないか――。
とても興味深い分析だ。とくに和ゲー・洋ゲーの背後に文化的な差があると指摘した点はすごい。和ゲーは日本のマンガやアニメを文化的な背景として持っているのに対し、洋ゲーではハリウッド映画に代表される欧米の娯楽文化を土台としている。マンガやアニメでは、たしかに少年・少女が主人公に選ばれがちだ。対するハリウッド映画では、主人公は大人である場合が多い。
ゲーム市場の嗜好の差は、どうやら文化的な差異が背景にありそうだ。
ではなぜハリウッドでは大人が主人公になり、日本のアニメは中高生を主人公にしがちなのだろう。
一つの理由として考えられるのは消費者の違いだ。ハリウッド映画は年齢にかかわらず世界中の人々を消費者としているのに対して、日本のマンガやアニメは子供たちを商売相手にしている。この違いが文化的な差を生んだのだろうか。
しかし日本のマンガは、すでに子供だけのものではない。
『ワンピース』は少年漫画なのに10代読者はわずか12%…もはや中年向けマンガ
http://subcultureblog.blog114.fc2.com/blog-entry-1530.html
かつてマンガは子供のためのモノだった。だが全国のPTAがマンガ撲滅作戦を展開した時代ならばいざしらず、現在では大人だってマンガを読むようになった。『島耕作』シリーズのような「サラリーマンもの」というジャンルがあるように、大人向けのマンガと子供向けのマンガとが住み分けをしていた時代もある。けれど現在ではその境界さえもあいまいだ。そもそも深夜アニメの登場人物にはティーンエイジャーが多いけれど、そのメインの消費者は大人だ。いい年こいた大人だ。大人で悪かったな文句あっか!?
ターゲットとする消費者の年齢から、「登場人物が大人か子供か」の違いを説明するのは難しい。より根本的で、根源的な文化的差異が背後にはあるはずだ。
ずばり結論から言おう。
洋ゲーの主な消費地となっている欧米では、「大人」は大きな自由と責任を持っている。だから物語の主人公にしやすいし、大冒険をすることにも説得力がある。それに対して日本では、大人よりもティーンエイジャーのほうが自由だ。日本では30代で定職に就かずふらふらしているのは恥ずかしいことだとされてきた。私たち20代以下の人間からすると信じがたいけれど、世間的には「大人は定職について働くモノ」という価値観がいまだに根強く残っている。この「大人観の違い」が、マンガ・アニメとハリウッド映画との違いを生み、ゲームにおける「登場人物の年齢」の違いを生んだ。
行ったこともない国のことは分からないけれど、たしかにイギリスの人たちはのんびりとした生き方をしていた。バスや電車が遅れるのは当たり前、迎えのタクシーは約束の時間の10分後に来る。なんて素晴らしいのだろうと思った。機械時計でも江戸の街の半鐘でもいいのだが、私たち一般人が時間に追われて生活するようになったのは、ここ数百年にすぎない。数万年という人類史からすればつい昨日のことだ。
イギリスではサービス残業はおろか、そもそも残業すること自体が異常事態だという。そういえば北京もそうだったな。必要以上に時間に追われない働き方を見て、これこそ「人間らしい仕事」だよなぁと私は思った。それをネット上でつぶやいたら、米国の友人からは「ヨーロッパ人は“人生を楽しむ”ことをよく理解しているのよ」とリプされた。
そういう米国人だって、日本人に比べればずっと自由で自律的な生き方をしている。30歳手前でふらりと会社をやめて、大学に行き直したり日本に留学したり――そんなボヘミアンな人ばかりだ。ヨーロッパの小国出身の知人(アラフォー超絶イケメン)は、40歳手前で会社を辞めて京都へと語学留学、いまは沖縄でカフェを開いている。彼らを動かしているのは世間体や常識ではない。自身の価値観だ。自分の人生に自分で責任を負っているからこそ、そういう自律的で主体的な判断ができるのだ。
ハリウッド映画やゲームでは、成人した青年が主人公に選ばれやすい。20代半ばから30半ばにかけてが一番多いように見受けられる(※データはまだないです。ヒット作を対象にどなたか調べてみてください)。それは欧米ではその年代がいちばん「冒険にふさわしい年頃」だからではないだろうか。酒や恋愛などの「大人としての楽しみ」を制限されず、どこに行くのも、なにをするのも自分個人の責任。それが欧米における大人像だ。一言でいって欧米の大人たちは「自由」なのだ。
それに対して日本人はどうだろう。
尊敬するアルファブロガーChikirinさんは先日、こんなことを書いてらっしゃった。
間欠泉的キャリアの薦め‐Chikirinの日記
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120321
卒業まであと1年という学生さんが、「就職したらもう休めないから、残りの一年はひたすらダラダラしたい」と言ってたので、「20代のくせに、1970年代の日本人みたいなことを言うのね・・」とからかったのですが、今までの日本人はまさに「就職したら、次の長期休暇は定年後」を覚悟していました。
特に、「就職勝ち組」とされる大企業や公務員組織へ入った人の多くは、一生転職もしないので、長期休暇がとれるのは家族が死んだ時と新婚旅行だけ、とさえ言われます。
就職は、端的にいって懲役40年の実刑判決だ。(そうならないように大企業社員や公務員には「与えられた仕事を楽しむ」という前向き感情が求められるのだけど)職種も職場も社員には選択権がなく、人事担当者がルーレットとサイコロで決めてしまう。多くの日本人にとって、社会人になるということは自由の喪失であり、しかも恐ろしいことにそういう古い価値観を持った人がいまだに現役社員として働いている。大人に責任ばかりを負わせて自由を認めない価値観は、いまだ古くなっていないのだ。
日本において「自由」を持っているのは老人と学生だ。しかし老人は体力的な問題で「大冒険」には適さない。学生と一言でいっても、日本の大学進学率は5割ちょっと。年上世代のことまで考慮すれば、大半の日本人にとって大学は縁遠い場所だ。しかるに、ほぼすべての日本人にとって普遍的な「自由な時代」とは高校時代だ――ということになる。とくに学校にも慣れてきて進路選択もまだ目前に迫ってきてはいない「高校二年生」がいちばん「自由」な時期なのだ。体力的にも充実しており、日本人にとってこれ以上「大冒険」に適した年齢はない。多くのマンガやアニメ、ゲームで「17歳」が特別な意味を持っているのは、そういう社会的な背景があるからに違いない。
「世界を救ってくれ!」と頼まれたときにきちんと応えられるのは、欧米ならば「大人」だ。体力的にも知識的にも充足しており、適切な判断を自分でできる。そういう人でなければ「世界を救う」なんて偉業は果たせない。一方で日本では、中高生でなければ世界を救えない。だって日本の大人には「自由」も「自己判断」も無い(無かった)のだから。
だってさ、日本のサラリーマンが「世界を救ってくれ!」と頼まれたら、「社内で稟議にかけてみます」とか言いそうじゃん。「先行事例を検討したうえでご回答します」とか。マンガには「サラリーマンもの」という一大ジャンルがあると書いた。けれど組織のなかでいかに生き延びるかが主題になりがちで、職業や家族、世間体といったものから離れた大冒険の物語にはならない。サラリーマンに世界は救えないのだ。
日本の労働習慣や一般常識を変えるには、まず日本人そのものが変わらないとダメだ――ということを、最近よく考える。そのためには「大人が活躍する物語」がもっと広まったほうがいい。まだ方法はわからないけれど、フィクション・ノンフィクションを問わず、そういう物語を広めたい。大人が世間体や一般常識に縛られなくてもいいのだ、と気づくような物語が――むしろマニュアルから離れて自分の頭で考えることこそ大人のあるべき姿だ、と理解できるような物語が、いまの日本には必要だと思う。
日本では常識に縛られ世間体を気にする人が「大人」だとされる。欧米では自律的で主体的な判断のできる人が「大人」だとされる。日本と欧米だけが世界ではない。しかしそれでも、「大人」の世界標準には一考の価値があるだろう。
私たちが「大人」だと思う態度が、国境を越えれば「ただのガキ」かもしれないのだから。
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