フィッシュ&チップスは産業革命の象徴だ。蒸気船や冷蔵庫が生まれるまでは、新鮮な白身魚をロンドンまで安定供給できなかった。フィシュ&チップスは新聞紙にくるまれて売られているけれど、そもそも新聞は産業革命以後に生まれたモノだ。産業革命とは、つまりマスメディアの誕生だった。そして今日まで続く経済発展が始まった。
電算技術の発達により、情報伝達はもやはマスメディアの手を離れつつある。いまや人々はネットを介して「新しい商品」を知る。この流れが続くと、どんな社会が拓けるだろう。
消費者の嗜好が細分化の一途を辿るとするならば、大量生産・大量消費型の製品は廃れていくはずだ。すると個人の好みに合致したハンドメイド型の商品が台頭する。当然、生産者は大資本ではなく個人商に近い。消費者はアマゾンや楽天のようなネット上の市場(いちば)を利用してそれらを発注する。生産者と消費者を結ぶのは、個人経営の運送業者たちだ。この時代、佐川やクロネコの作り上げたロジスティクスの仕組みはフランチャイズ化が進み、ほぼすべて個人の手へと渡っている(かも)。
個人の作ったモノを、個人が運び、個人のモトへと届ける――。産業や経済の構造が根底から変わろうとしている。そんな時代に、無くなっていきそうな業態はなんだろう。
それは「卸売業」だ。
50年後には無くなっていそうな業態といわれて、私は真っ先に卸売業をあげる。次点はインポート&エクスポートかな。
卸売業の機能を分解してみよう:
1.紹介機能
2.ロジスティクスの整理機能
3.商売の企画機能
……って感じだろうか。おしえてください商学のひと。
で、これら3つはどれも個人でできるようになりつつある。少なくとも技術上の制約はすでに無くなっており、あとは私たちの商習慣があるだけだ。この商習慣が変われば、「卸売業」を企業として組織だって行う必要はなくなるだろう。
卸売業の「紹介機能」は、じつはすごい。
たとえば中国で商売している人の話を聞くと、かの国の中産階級の人々は、まだまだ「知らないモノ」がたくさんあるのだそうだ。知らないから欲しいとも思わない、逆に言えば教えるだけで需要が生まれる。それが海外で商売をする魅力なのだとか。
たとえば「らーめん」だ。意外かもしれないが、中国人はあまり拉麺を食べないらしい。中華料理には膨大な麺類のバリエーションがあり、拉麺はそのなかの1つにすぎないのだ。そういえば北京ではやたらと「刀削麺」の看板を目にした。まして日本の「らーめん」なんて、存在自体があまり知られていない。そんな北京の地で、日の出ラーメンという店が注目を集めている。博多で修業を積んだ店主が、超本格的な日本式ラーメンで勝負しているのだ。紹介しているブログも見つけた。北京をお訪ねの際は、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。熱っぽく紹介してみたものの「卸売業」の例にはなってないな。ともあれ「モノを紹介する」だけで商売のチャンスが生まれるのは間違いない。そういえばフランスではパリっ子たちが日本式ラーメンの屋台に行列を作る――なんて話も耳にした。
歴史を紐解くと、技術や文化の伝播に商人たちが果たした役割は大きい。シルクもそろばんも陶器も簿記も、みんな商人たちが伝えた。
たとえばフランスの錬金術師はワインを熱すると二回沸騰することに気付き、蒸留技術を生み出した。ヴァン・ド・ブランデ(焼いたワイン)――現在のブランデーの誕生だ。ブランデーは別名オー・ド・ヴィー(命の水)と呼ばれている。蒸留技術は北上し、スカンジナビア半島ではジャガイモを原料とした蒸留酒アクアヴィットを生んだ。アクアは「水」、ヴィットは「命」だ。さらに東欧・ロシアへと伝わり、ウォッカを生む。ウォッカの古い呼び名はズィズネーニャ・ワダ、これも「命の水」という意味だった。蒸留酒はイギリスに渡り、スコットランドやアイルランドまで伝わる。かの国では現在でも一部地域でゲール語が使われているが、「命の水」をゲール語に訳すとウシュク・べーハーとなる。現在のウィスキーの語源だ。蒸留技術は大航海時代に海を渡り、カリブの島々ではラム酒を、メキシコではメスカル(テキーラ)を生んだ。さらに東南アジアではアラックという蒸留酒を誕生させる。ところで南米原産のサツマイモはスペイン人やポルトガル人の手で世界中に広まり、蒸留技術と一緒に日本へと伝わった。琉球の人々はコメを原料にした蒸留酒・泡盛を発明する。さらに薩摩の人々は芋焼酎を造り、日本の焼酎文化が花開いた。
蒸留酒の歴史は、文化・技術の伝播の実例として興味深い。そして蒸留酒の拡散を影で支えたのは、まず間違いなく商人たちだ。生産者と小売とを仲介する卸売業のいちばん重要な機能は、紹介機能だ。
産業革命以降、マスメディアの台頭により商人の――卸売業の「紹介機能」は、広告代理店へと取ってかわられた。しかし、それで卸売業の価値が下がったわけではない。むしろ産業革命で経済規模が拡大したことで、卸売業の重要性は高くなったはずだ。
どこにどんな消費者がいて、どんな生産者がいるのか――。二者を結びつける「企画機能」の重要性は、経済規模が拡大すればするほど大きくなる。そして、その商売を成立させるためにはどんな運送業者を使えばいいのか。「ロジスティクスの管理機能」も重要性を増した。帆船よりも蒸気船、馬車よりも自動車、というわけだ。
「紹介機能」こそ広告代理店に奪われたけれど、それ以外の機能の重要性が増したことで、20世紀は「卸売業」の時代になった。
現在の日本でもそれは続いている。メーカーの営業担当者は誰にモノを売るのか。ビックカメラやコジマではない。世のメーカーは、いまだに問屋へと製品を卸している。
だがしかし、日本の卸売業者は「企画機能」を失っている。たとえばファミコンやプラモデル。発売当初、おもちゃ問屋が「こんなモノは売れない」とつっぱねたのは有名な逸話だ。ファミコンなんて当時のおもちゃ問屋は見たことがなかったし、模型といえば木製の本格的なものが主流だった。
そして今ではメーカーの営業担当が小売店と直接商談して「商売の企画」を行うようになった。で、小売店とメーカーとの間で「どの卸売業者を使うか」というところまで絵を描いてしまう。卸売業者は彼らの指示にしたがうだけだ。※伊藤忠、丸紅など総合商社や国分みたいなバケモノは別だけどね!
さらにロジスティクスの整理も、ネットの力でものすごく便利になった。もともとは地場の運送業者について深い知識が必要だったはずだけど、いまならクロネコでいいじゃん、ってなる。ロジスティクスの専門知識がコモディティ化して価値が暴落してしまったのだ。
もともと商人は「紹介機能、ロジスティクスの整理機能、商売の企画機能」を持っていた。が、産業革命によりマスメディアが生まれ、「紹介機能」は広告業界にとって変わられた。また商売の企画機能は、生産者側に丸投げするようになっていった。最後の砦であるロジスティクスの管理機能も失われつつある。
いまの卸売業に残っているのは、与信機能だけだ。小売店の財務状況を把握するのは、メーカーだけではムリがある。人手が足りないからだ。卸売業者が仲介してくれれば、メーカーは与信リスクを負わずに済む。メーカーから見れば単純に代金を(問屋から払ってもらえるので)取りっぱぐれなくて済むのだ。メーカーからすれば、その点だけは魅力だ。
しかし、そういった与信機能ですら、小口の保険業者にとって変わられようとしている。卸売業はその機能が分解・再編され、無くなろうとしている。有史以前から続く「商人」の歴史は、そう遠くない未来に幕を閉じる、かもしれない。
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