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「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

知識ゼロから学ぶ簿記のきほん/おこづかい帳と簿記はなにが違うのか

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※中高生・就活生・簿記を勉強しないまま大人になってしまった社会人の方に向けた記事です!
※間違い等お気づきの点があればご教授ください。


前編的なもの:知識ゼロから学ぶオリンパス事件/損失隠しの手口とは!?
※読まなくてもまったく問題ありません。


    ◆ ◆ ◆


「ケイリさん、なに見てんの?」
「これ? うち学校の陶芸部の決算書よ」
この高校では、あらゆる部活動のお金儲けが奨励されている。陶芸部――たしか、作った作品を細々と販売している部活だったはずだ。
売掛金の動きがなんだか怪しいのよね……」
「どれどれ――」
「ちょっと覗かないでよ。見たってどうせあんたには解らないでしょう」
「失礼なコト言ってくれんじゃん。いったい何を根拠に」
「あんたの根拠ない自信のほうがあたしには不思議だわ。こないだの簿記の試験、また落ちたんでしょう?」
「落ちたんじゃない、勉強しなかったんだ。俺が本気出せばあんなのチョロいって」
「あんたって典型的なクズね」
「だってさー、やる気が出ねーんだもん。簿記って、ただの帳簿の書き方でしょ? そんなもの勉強しなくたって、こまめに記録をつけていれば充分じゃん。おこづかい帳の書き方となにが違うの?
「すべてにおいて違うわ。目的も便利さも歴史も――」
「だけど簿記なんて知らなくたってカネ儲けはできるよ」
「たしかにあんたが言うとおりよ。簿記を知っているからといって、良い商品を開発したり、顧客の気持ちをつかんだりすることはできない。でもね――」
スチャ――。彼女はそろばんを握る。
「いいわ、あんたが簿記なしで商売ができるっていうのなら、まずはそのふざけた幻想をぶち壊してあげる!」
こうして放課後の部室は、個別指導教室になった。




【登場人物紹介】

貸方ケイリ(かしかた・けいり)守銭奴女子高生(16歳)。そろばんをいつも持ち歩いており、経済や会計に妙に詳しい。背の低さが唯一にして最大の弱点。
借方シワケ(かりかた・しわけ):ケイリのクラスメイト。知識や学力は半人前、プライドだけは一人前。とある事件によりケイリに莫大な借金をしてしまい、彼女には頭が上がらない。
※イラスト:倉澤もこ先生







1.おこづかい帳では不充分!
「たとえばあたしが、あんたに10万円を貸したとするでしょう――」
「マジで!?」
「……たとえばの話。返ってくる見込みのないカネを貸すバカがどこにいますか。これ以上あんたに融資するなんて、どんな判断よ。カネをどぶに捨てるつもりなのかしら」
「ひ、ひどい言い方だな」
「冷静な判断の結果よ。とにかく、あんたに10万円を貸したとする。そしたら帳簿にはなんて書けばいいかしら?」
「ええっと……」
「あんたのお得意の『おこづかい帳』方式でいいわ」
「それなら、こんな感じかな」

【入金】 ¥100,000- ケイリさんより借入

「そうね。そしてこのカネを使って9万円のパソコンを買ったとしましょう。『おこづかい帳』方式なら、どう書けばいいかしら」
「そんなんカンタンだよ」

【出金】 ¥90,000- パソコン購入

「そのとおり。よくできたわね、えらい、えらい!」
「それ褒めてないよな、バカにしてるよな!?」
「こういうふうに現金の出し入れを記録する方法は、いちばん古典的な帳簿の付け方よ。日本でも江戸時代までは、こういう『おこづかい帳』方式が取られていたわ。大福帳(だいふくちょう)といって、商売人にとってはいちばん大切な帳簿だった」
「このぐらい誰だってできるだろ。俺は小学生のころからおこづかい帳はきっちり付けていたんだよ。こう見えてA型なんだ」
「あら意外。てっきりB型かと思った」
「B型の読者が怒るぞ、それ」
「だけどあんたは無計画だから、パソコンを買った後になって気づくの。ああ、必要なソフトウェアを買っていない――って。ありそうな話でしょ」
ぐぬぬ……」
「でも、お金が足りないから、あたしから追加で2万円を借りて、そのお金で3万円のソフトウェアを買ったとしましょう。さて、帳簿にはどう書けばいい?」
「こうだろ?」

【入金】 ¥20,000- ケイリさんより借入(追加)
【出金】 ¥30,000- ソフトウェア購入

「そうね。ところで、あんたは色々な部活動のお手伝いをしているらしいわね」
「まあな」
「うちの部活の書類整理のほかには、どんなことをしているの?」
「たとえば……。そうだな、バスケ部のボール磨きを手伝ったり、映画研究会の荷物運びに同行したり。あとは陸上部のユニフォームの修繕をしたこともあったなあ。うちの高校の運動部って、みんなユニフォームにスポンサー企業のロゴを入れているだろ? 地元商店街とかの。あれって結構かんたんに取れちゃうんだよね、糸がほつれて」
「こんなことは言いたくないけど――。地味ね」
「針子さんの仕事をバカにすんなよ! それに、けっこういい稼ぎになるんだ。時給1000円も出してくれるんだよ陸上部は!」
「あんたがそんなに目を輝かせているところを見るのは初めてだわ」
手芸部に頼むよりも安いって喜ばれているんだ。だって手芸部のやつら、たとえばボタン直し一つで1000円も取るんだよ? その点、俺はいくつ直しても時給1000円だからな!」
「ろくな技能のない人間は、時間と体力を売るしかお金を稼ぐ方法がないのね……」
「ちょ、な、なんで? どうしてそんな哀れむような目で俺を見るの? 最近やっと評判もよくなってきたんだよ、俺の何でも屋部……」
「それって部長は?」
「この俺、借方シワケだ!」
「部員は?」
「俺一人だ!」
放課後の部室は静寂につつまれた。
「――まあいいわ。そうやってお手伝いをして稼いだお金はいつ受け取っているの?」
「ああ、それは一本化しているんだ。どの部活にも、毎月25日に俺の口座に振り込んでもらうようにお願いしている。今月は6万5千円ぐらい入ってくる予定だよ」
「なるほどね、そのおカネは役務(サービス)を提供して手に入れた “売上”だと見なせるわ」
「えっと、つまり?」
「つまり、『おこづかい帳』方式で書けばこんな感じになるかしら」

【入金】 ¥65,000- 売上(役務の提供による営業収入)

「そして月末には、あたしが貸した10万円のうち一部を返済してもらいましょう。返済額は――そうね、5万円にしましょうか」
「ムリムリそんなの絶対ムリ! だって6万5千円しか入ってこないんだよ? 5万円も払ったら生きていけないよ」
「それじゃ4万8千円でどう? これ以上は、まけられない」
「たった2千円! ひでえよ! そんな、そ、それが人間のやることかよォッ!!」
「何を熱くなっているのか分からないけれど、あたしたちはあくまでも『たとえばの話』をしているのよ?」
「あ、そっか」
「だいたい、あんたは10万円なんて可愛く思えるぐらいのカネをあたしから借りているでしょう。その返済を待ってあげているのだから、いちいち文句をいえる立場だとは思えないんだけど」
「くっ……この守銭奴め……ッ」
「光栄だわ。あたし、お金が大好きなの
彼女はまるで天使のような微笑みを浮かべるのだ、このセリフを言うときだけ。
「ケイリさんってつくづく残念だよね」
「そう? これでも友だちはいるのよ。友人も預金残高も少ないあんたとは違って」
「うぅ……僕は収入が少ない!」
「いいから、さっさと書いちゃいなさいよ。借金を返済したときの『おこづかい帳』を」
「ぐすん……」

【出金】 ¥48,000- ケイリさんへの借入金返済(第一回目)

「これでいいかな? あとさ、ケイリさんはお金よりも好きなものを見つけたほうがいいと思うよ」
「ふん、そんなもの――」
「ないの? 好きな食べものとか、好きな人とか」
「好きな食べものだなんて小学生じゃあるまいし、それにす、す、す、好きな人は……えっと……その……
ケイリさんは急激に顔を赤らめると、上目遣いに俺をチラ見する。
「なになに、その反応! もしかしてケイリさんにも好きな人とかいるわけ!? すげー、誰だよ、そ――」
パコンッ!
「最っ低!」
「……だから、そ、そろばんは人を殴るものじゃないってゆってるじゃん……なんども……」
「そういうセリフは人並みの知性を身につけてからいいなさい!」
いくらなんでも激怒しすぎじゃねーの?
「話を戻すわよ? ここまでの取引をまとめると、こんな感じの帳簿が完成するわね」



「こうして見ると、『おこづかい帳』方式の“強み”が分かるわね。現金の出し入れだけを見るなら、おこづかい帳はとても便利な形式よ」
「これじゃ不充分なの?」
「ええ。逆にいえば現金の動きしか分からないもの。たとえば、この帳簿から借入金の残高が一目でわかる?」
「そんなのカンタンだろ、10万円を借りて4万8千円を返したんだから――。あ、でも途中で2万円を追加で借りたから――」
「ご、よん、さん、にぃ――」
「わ、わ! 時間制限とかやめて! 焦るから! できる暗算もできなくなるから!」
「――いち、ぜろ。はい残念、タイムアップ。ほらね、『おこづかい帳』方式だと借入金の残高を計算するのに手間取るでしょう? 今はあたしからの借入金しか登場しなかったけれど、これは『たとえばの話』だからよ。実際に商売をしていれば、複数の銀行からお金を借りたり、前払いや未払いが発生したり、取引はもっと複雑になるし帳簿もごちゃごちゃになっていく。そのとき『おこづかい帳』方式では不充分なの」
「それなら、別の帳簿を作ればいいんじゃないの? おこづかい帳が現金の動きだけを把握する帳簿だったなら、借入金の動きだけを記録する帳簿とか、前払いや未払いの動きだけを管理する帳簿とか――」
「いいアイディアね。だけど考えてもみて? 借入金の残高が動くときは、同時に現金の残高も増減する。顧客からの前払いと未払いを相殺することだってある。取引があるたびに、いくつもの帳簿に記帳しなくちゃいけなくなるでしょう。それって、すごく不便じゃない?」
「言われてみれば、確かに……」
「だったら最初から、一冊の帳簿で管理しちゃえばいいのよ」
「そんなことができるの?」
「ええ、できるわ。それが『簿記』よ」





2.二列にならべて
「おさらいするわよ。まずあんたがあたしから10万円を借りたとする。そのお金で9万円のパソコンを買って――」
「さらに2万円を追加で借りて、3万円のソフトウェアを買った――って設定だったよな」
「そうね。そして25日に6万5千円が入金されて――」
「――月末に4万8千円を返済した、と」
「ここまでの流れを『簿記』のやり方で帳簿につけていくわよ」
「まずは10万円を借りたときからだな」
「そうね。あたしたちは何気なく『お金を借りる』という一言を使っているけれど、この言葉は二つの意味を同時に持っているの」
「二つの意味?」
「そう。お金を借りるということは、『負債が増える』のと同時に『現金が増える』ということでしょう?」
「!」
「お金に名前は書いてないわ。労働で稼いだカネだろうと、人から借りたカネだろうと、サイフに入ってしまえば同じよ。だからこそ、現金と負債とは分けて管理しなくちゃいけないの」
「そして『お金を借りる』というのは、現金と負債が同時に増えることだ、と」
「そういうこと。簿記では、この二つを1行にまとめて帳簿につけてしまうわ」

【借方】現金 ¥100,000- /【貸方】 借入金 ¥100,000-

「こうやって左右2列に書くことで、現金と借入金が同時に増えたことを表現しているわ」
「はいはい、質問!」
「どうぞ」
「この借方(かりかた)、貸方(かしかた)っていうのは何?」
「いい質問ね。知りたい?」
「うん、なんつーか、誰かの名前として聞いたことがあるような気がするし……」
「じつは、この借方・貸方という言葉はね――」
「言葉は――?」


「とくに意味はないわ」
「はい?」


「冗談とかではなくて、本当に意味はないの。借方は『帳簿の左側のこと』、貸方は『右側のこと』という意味があるだけで、それ以上でも以下でもないわ」
「なら『左』『右』で良いんじゃないの? わざわざ専門用語を使わなくても」
「ええ、その通りよ。歴史をたどれば『借方』『貸方』という言葉にもきちんと意味があったのだけど――。今ではまったく忘れられてしまったの」
「なるほどな。『ぬるぽ → ガッ』がただの挨拶になって、もとの意味が忘れられてしまったようなものか」
「なんの話?」
「あ、えっと、これは2ちゃんねるの慣用表現でね、あ、そうそう2ちゃんねるってのは昔、日本にあった掲示板で、えーっと、掲示板ってどう説明したらいいのかな、今でいう――」
「ごめんなさい、長くなりそうだから話を進めるわね。つぎはパソコンを買ったときの帳簿のつけ方を説明するわ」

【借方】 備品 ¥90,000- /【貸方】 現金 ¥90,000-

「これがパソコンを買ったときの帳簿のつけ方――仕訳よ」
「仕訳(しわけ)って?」
「こういうふうに2列に書かれたセットのことを、簿記では仕訳と呼ぶの。『帳簿に書き込む』ではなくて、『仕訳を切る』という言い方をするわ」
「パソコンって『備品』なんだな」
「『土地』や『建物』でないのは確かね。他に気付くところはない?」
「あとは……現金が貸方に書かれているよね。お金を借りたときは借方に書かれていたのに」
「そのとおり。簿記では現金の増減を、プラス・マイナスの記号ではなくて、借方と貸方のどちらに書かれているかで判断するわ。現金の場合は、増えたときは借方に、減ったときは貸方に書かれる。つまりこの仕訳は――」
「現金が9万円減って、代わりに9万円ぶんの備品が増えたことを意味しているんだね」
「ええ、だいぶものわかりがよくなってきたじゃない」
「ほらな、言っただろ? 俺が本気だせば簿記なんてチョロいって」
「はぁ……。そうやって調子に乗らなければもっと素敵なのに……
「ふへ? ケイリさん何か言った?」
「いいえ、なんでもありません! その調子で『追加のお金を借りたとき』と『ソフトウェアを買ったとき』の仕訳も切ってごらんなさい」
「ラクショー」

【借方】現金 ¥20,000- /【貸方】 借入金 ¥20,000-

「カネを追加で借りたときの仕訳はこうだろ?」
「正解。10万円を借りたときの仕訳の金額を変えただけだからカンタンよね」
「そんで、ソフトウェアを買ったときは――」

【借方】 ソフトウェア ¥30,000- /【貸方】 現金 ¥30,000-

「――こういう仕訳を切るわけだ」
「……」
「あれ、ケイリさん?」
「……いいえ、ごめんなさい。あんたがスラスラと問題を解くと、なんだか調子が狂うわね」
「なはは、これが本来の俺の姿なんだってば!」
「いいから次にいくわよ。売上げによってお金が入ってきたときは、こういう仕訳を切るわ」

【借方】現金 ¥65,000- /【貸方】 売上 ¥65,000-

「現金が増えるから、借方なんだね」
「そう。それじゃあ返済をした時はどうなるか分かる?」
「えっと、現金は減るから、貸方に書かなくちゃいけなくて、えっと――」
「こうなるわ」

【借方】 借入金 ¥48,000- /【貸方】 現金 ¥48,000-

「現金や備品、ソフトウェア――いわゆる『資産』は、増えたら借方、減ったら貸方に書かれるわ。だけど借入金では逆になるの。借方に書かれるのは減ったときで、貸方に書かれるのは増えたときよ。『負債』は増えたら貸方、減ったら借方に書かれる」
「どうして?」
「そういうものだから、としか言いようかないわね」
「うーむ」
「ただ、あたしたちの商習慣が理由かもしれない。商売っていうのは、基本的に誰かからお金を提供されて、そのお金を使って利益を増やすことなの。たとえば株式会社なら株主からお金を提供されて商売しているし、個人商の場合でも銀行からの借入がなければうまく商売はできないでしょう。そこで、いちばん最初の仕訳を見てみなさい」

【借方】現金 ¥100,000- /【貸方】 借入金 ¥100,000-

「誰かからお金を提供されるといういちばん最初の部分で、こういう仕訳が必要だった。株式会社の場合は、これが借入金ではなくて『資本金』、つまり株主から払い込まれたお金になるわ。商売のスタートの時点で、かならずこういう仕訳が――『資産』と『負債(もしくは資本金)』とを同時に増やす仕訳が必要になる。だから“『資産』が増えるときは借方、『負債』が増えるときは貸方”という基本ルールが生まれたのかも」
「なるほどなあ、ルールの誕生、か。簿記ってどれぐらい前からあったの?」
「簿記の歴史について話す前に、今までの取引を帳簿にまとめましょう」



「あのさ、ケイリさん」
「なあに?」
「簿記を使えばいろいろなお金の動きが一目で分かるようになるって、ケイリさんはさっき言ったよね。だけど、よけいゴチャゴチャして見づらくなったような気がするよッ!?」
「それは慣れの問題ね。『おこづかい帳』方式とは違って、必要な情報は網羅されているわ。たとえば現金だけを抜き取ってごらんなさい」



「こうやって見れば、現金の増減をかんたんに把握できるでしょう。しかも、借方の合計と貸方の合計との差額が、そのまま現金の残高になる」
「あ、なるほど。借方を合計すれば現金がいくら増えたかわかるし、貸方を合計すればいくら減ったかが分かる。その差額を取れば、サイフに残った現金の額がわかるのか」
「これなら暗算の苦手なあんたにも分かりやすいでしょう。借入金でも同じよ」



「こうしてみれば、借入金の動きが一目でわかるわね。借入金が貸方に書かれるときは増えたときで、借方に書かれるのは減ったとき」
「そして、借方・貸方のそれぞれの合計の差額を計算すれば残高が分かる、と」
「簿記は今から1000年ぐらい前の中近東で生まれたと言われているわ。それがルネサンスの頃にイタリアに伝わり、ヴェネツィアフィレンツェの商人たちが発展させた。ヨーロッパ中に広まっていった。当時は電卓なんてないし、紙もペンも貴重な時代でしょう? だから、かんたんで確実なお金の管理方法が必要だったの。借方や貸方の合計――足し算だけでお金を管理できるような方法が」
「意外と歴史は古いんだな。だけど日本では江戸時代まで『おこづかい帳』方式が使われていたんでしょ?」
「そうよ。日本に簿記を持ち込んだのは福沢諭吉先生なの。彼の『学問のすすめ』は、平たくいえば『お金儲けのすすめ』だったわけ。あの先生が一万円札の顔だったのには、それなりの理由があるのよ」
「なるほどなぁ」
「繰り返しになるけれど、簿記を知っていたって良い商品なんて開発できないし、顧客の心理を読むこともできないわ。だけど簿記を知らなければ、きちんとしたお金の管理ができない――儲かっているのか損しているのかさえ解らなくなる。商売にならないのよ。簿記を知らずに商売を始めようだなんて、日本語を学ばずに西尾維新の小説を読むようなものだわ」
「ケイリさんも読むんだね、西尾維新なんて」
「だ、だって、あんたが読んでるのを見かけたから、その、えっと、面白いのかな、とか思って……。いいでしょ別に、あたしが何を読もうと!」
「そう怒るなよ!」
ていうか、なんで怒ってるんだよ。
「とにかく、あんたもこれで簿記のきほんは解ったはずよね」
「ああ、完璧。もうなにも怖くない」
「すぐそうやって調子に乗る。今日の話は、簿記のほんの入り口でしかないわ。きちんと勉強して、次の試験では必ず合格すること。参考になるページも見つけておいたから、よく読んでおきなさい」


簿記2、3級を独学で同時に3週間で受かる方法はてな匿名ダイアリー
http://anond.hatelabo.jp/20081220025833


独学で効率よく簿記三&二級に合格するための僕の方法ミームの死骸を待ちながら
http://d.hatena.ne.jp/Hash/20081219/1229690768


簿記2級やTOEIC800を取るより大事なこと‐Go out of Japan and return to Japan
http://toshimichi1106.blogspot.com/2011/12/toeic800.html


「合格できたら、あんたを、あたしたちの部活の正式な部員として認めてあげるわ」
「へーい」
「やる気のない返事ね……。いい? 簿記は、いろいろな知識への入り口になるのよ? 会計学の最初の一歩は簿記だし、金融の知識も簿記なしには語れない。経済学や社会学、歴史を理解するときにも、簿記の知識があるのと無いのとでは大違いよ」
「わかった、がんばってみるよ」
だけど俺は簿記がいやなのではなくて、勉強がいやなんだ――。そう言おうとした時だ。
部室のドアが音もなく開いた。
「ただいま」
姫カットで無表情な黒髪少女が立っていた。
「おかえり、ハルちゃん。どうだった?」
ハルと呼ばれた子は、「これ」と言って書類ファイルを差し出す。
「ケイリさんそれは何、っていうかこの子だれ?」
「この子はハルちゃん、うちの部活のもう一人の部員。そしてこれは陶芸部の当座照合表よ」
ファイルを開きながらケイリさんは答える。ハルと呼ばれた子はニコリともせず、すすっと部屋の奥に引っ込んでしまった。
「当座照合表って一体――」
「ああ、もう! 営業のやつら何をやってんのかしら!」
ケイリさんは立ち上がり、「留守番をお願いね」と部屋の奥に向かって叫ぶ。
「え、ちょ、どこか行くの?」
「ちょうどいいわ。あんたも一緒に来なさい。言ったでしょう、陶芸部の決算書におかしなところがある、売掛金の動きが怪しいって。当座照合表というのは、当座預金の出納を記録した資料のことよ。なかよし銀行の営業部に準備させたの」
なかよし銀行は生徒会組織の一つで、あらゆる部活動の資金管理を行っている。
「それは、つまり――?」
「陶芸部には、粉飾決算の疑いがあるわ」
スチャ――。ケイリさんはそろばんを握った。
「さあ、始めるわよ。あたしたちなかよし銀行・調査室の仕事を」





  ――つづく








【告知】小説を書いています。

優しい劣性遺伝子

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※参考

サクッとうかる日商簿記3級商業簿記 テキスト 【改訂五版】

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武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)

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学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

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シルクロート゛おもしろ商人スクラッフ゜

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「こんなでたらめな会計制度、単式簿記でやっているのは、先進国で日本だけ」の真意。複式簿記とは何か。