先日、友人と飲んだときの話だ。彼は昨年、副業を始めたばかりだった。
「今年が初めての確定申告だよね。もう1月末だけど、準備してる?」
「してない」
「は?」
「だって確定申告って2月半ばからでしょ。受付が始まったら、適当な会計ソフトを買って、ちょいちょいっと終わらせるつもりだったんだけど……ダメかな?」
「ダメに決まってんじゃん!」
考えが甘すぎる。
「1月中に決算作業を終わらせるくらいの勢いで準備しないと間に合わないよ! 今回が初めてなんでしょ?」
「だったら、いい会計ソフトを教えてよ」
「えっと、その……え、Excel……?」
「簿記も持っていない人間が、Excelで決算作業ができると思う?」
「思わない……」
私の場合、日々の取引はGoogleスプレッドシートで作った仕訳日記帳に記録している。そのデータをコピペするだけで、自動的に申告書類を出力できるExcelファイルを作ってある。丸一日の突貫工事で作った粗雑なファイルだが、個人の確定申告ぐらいなら充分だ。
「だけど、簿記の知識も経験もない人間は、Excelなんかじゃ経理作業はできないよ」
言われてみれば、そうかもしれない。
では、確定申告の準備には何を使えばいいのだろう。友人のような知識ゼロ・未経験の人間でも、安心して確定申告ができる会計ソフトはあるだろうか?
そういえば最近、「freee」というクラウド会計サービスの広告をよく目にする。便利そうなキャッチコピーが並んでいるけれど、実力はどれほどだろう?
と、言うわけで取材を申し込んでみた。
たまに誤解されるが、このブログのアクセス数はそれほど多くない。世間的にはほぼ無名だ。けんもほろろな塩対応をされても文句は言えないと思っていたのだが……。
まさかのご快諾。
なので、お邪魔してきた。
卓球台、トレーニングマシン、(文字を打たないほうの)キーボード──。
アフターファイブも充実していそうなオフィスだ。ここで映画の上映会をすることもあるのだとか。私がお邪魔したときはちょうど夕食のお弁当が配布されていた。
驚いたのは、共有スペースで作業なさっているスタッフが多いこと。これは風通しのいい会社の特徴だと思う。社員同士の交流が少ない会社では、みんな自分の机で、自分の世界に閉じこもって作業しがちだ。気軽に声をかけあえる雰囲気の会社ほどオープンスペースで作業する機会が増える(と思う)。
今回の取材では、実際にfreeeを使用して決算資料を作成させてもらった。もちろん、使用するのは私の2015年の会計データ。私は1月中にExcelで決算作業を終えていたのだ。Excelとfreeeのどちらが便利か比べてみた。
ここではfreeeのスゴイところを5つ紹介したい。
■ここがスゴイ!(1) 銀行&クレジットカードの同期がスゴイ
クラウド会計サービスの多くで、銀行口座やクレジットカードを同期させられる。freeeも例外ではない。今やほとんどの銀行やクレジットカードで、利用履歴をインターネットから確認できるのが当たり前になった。その情報を読み込んで、自動的に経理処理をしてくれるのだ。
たとえば私のみずほ銀行の口座を同期すると、こうなる。
入出金明細の情報が自動的に取り込まれるのだ。一番上の「カ)ゲントウシヤコミック」からの振込みは、拙作『女騎士、経理になる。』の原稿料だ。一番下の77,000円の出金は、家賃を支払ったときのものである。
上図は[カンタン取引登録]の[勘定科目]にマウスカーソルを合わせたところだ。プルダウンで様々な勘定科目が表示されるので、適切なものを選べばいい。私の場合は「文筆業」として開業しているので、原稿料は「売上」として経理処理する[*1]。したがって、ここでは[売上高]を選択すればいい。
すごいのはここからだ。
一度、幻冬舎からの入金を「売上」として登録したら、次回以降、同じ振込先から入金されたときは自動的に[売上高]の仕訳が起票される。繰り返し使うことで取引を学習して、自動化の精度が高まっていく。最終的には、何もしなくても帳簿が完成してしまうレベルになるらしい。なにそれ、すごい。
銀行口座と同様に、クレジットカードの利用履歴も同期できる。ユーザーのなかには、freeeを使い始めてから現金支払いをしなくなり、クレジットカードだけで買い物するようになった人も多いという。支払いの履歴をすべて自動的に経理処理できるので、もはやレシートの数字をちまちまと打ち込む必要はなくなるからだ。
銀行口座やクレジットカードの同期は、他の会計サービスでも一般的な機能だ。freeeでは「経理初心者でも分かりやすいUIデザイン」を目指すことで差別化を図っているらしい。
■ここがスゴイ!(2) ブラウザで動く
freeeは特別なアプリを必要とせず、WEBブラウザが使えればどのパソコンからも利用できる。推奨ブラウザはGoogle Chromeだ。これは大したことではないように思えるが、実際の使い勝手はとても良いはずだ。
たとえば飲食店の経営者の場合、店舗と自宅のどちらのパソコンからでもサービスを利用できる。特別な設定をする必要はなく、freeeに登録したその日から、である。いわゆる「ノマド」のフリーランサーなら、スタバでMac Book Airを広げてドヤ顔をキメながら、仕事の合間に経理作業ができる[*2]。とにかくネットに繋がっているパソコンなら、どこからでも利用できるのだ。クラウドサービスの本領発揮だ。
■ここがスゴイ!(3) レシートを撮影するだけでOK
情報技術にうとい私は、銀行口座の同期機能だけでも感嘆した。なんていうか、「未来」を感じた。が、驚くのは早かった。
freeeのスマホアプリには、カメラ機能がある。レシートを撮影すると、画像解析技術で日付と金額を認識して、自動的に取得してくれるのだ。未来すぎる。
上図は、アプリで撮影した画像をパソコン版から確認したところだ。「OCR結果」の欄に、画像解析によって取得したデータが記載されている。あとは[勘定科目]を指定して登録するだけでいい。今までのように、レシートや領収書の束をめくりながら数字を打ち込む必要はない。
レシートがたくさんあって撮影が面倒な場合は、ScanSnapを使って一括取り込みもできる。
■ここがスゴイ!(4) チャットサポートで安心!
経理作業をしていると、疑問が次々に湧いてくる。「家賃って消費税込みだっけ?」「先日付小切手を受け取ったけど、勘定科目は[現金]で処理していいの?」等々。経理初心者ほど悩みは尽きないはずだ。
そんなとき、freeeではチャットですぐに相談できる。
当然ながら、経理だけでなくfreeeの操作方法についても相談できる。実際に使ってみると、想像以上に安心感があった。チャットでは(※電話相談とは違い)会話の履歴が残るのも便利だ。freeeでは現在、サポート担当者を大幅に増員して確定申告の時期に備えているそうだ。
※チャットの対応時間はこちらを確認。
■ここがスゴイ!(5) レポート機能で経営管理まで出来る!
確定申告の書類を作成すると、最後にこのような画面が表示され、1年間の資金繰りを確認できる。(※数字はサンプル用のダミー)
▲収入レポート(※数字はサンプル用のダミー)
▲売掛レポート(※数字はサンプル用のダミー)
freeeはこのようなレポート機能が充実している。会計ソフトには確定申告の対応を主眼にしたものが多いという。一方、freeeでは、確定申告はもちろん、そこで入力したデータを経営管理に活かすことまで視野に入れている。
歴史をふり返れば、そもそも簿記・会計は、利益や資金繰りを正しく把握するために発達してきた。税金を納めるためではなく、事業を成功に導くための技術。それが会計だ。せっかく確定申告をしているのなら、そのデータを経営に活かさないのはもったいない。
■で、結局、freeeはオススメなの?
総評として、経理初心者には心強いサービスだと思う。簿記・会計がまったく分からない人でも困らないようにデザインされていると感じた。
たとえば確定申告の準備を始めると、最初のほうで上図のような画面が表示される。税理士に訊かれるような質問にYES/NO形式で答えるだけで、決算作業や確定申告の準備を進めてくれる。このページはかなりデキがよく、税理士の仕事が無くなるのではないかと心配になるほどだ。
一方、私のようにExcelだけで決算作業ができる人間は、それほど恩恵は受けられない。とはいえ、決算作業後の検算には便利だ。じつはfreeeを使ったことで、税金計算の間違いを一カ所発見できた。1,000円という軽微な金額の間違いだったので、freeeを使っていなければ見落としていた可能性が高い。
と、まあ、確定申告だけでも便利なのだが──。
このサービスの真価を100%引き出すのなら、開業時から使い始めるのがベストだ。税務署に開業届を出すよりも先に、freeeのアカウントを作ったほうがいいかもしれない。昨年のユーザーへのアンケートでは、4割が「今年が初めての確定申告」と回答したという。スモールビジネスを始めるとき、会計システムの選択肢としてfreeeは上位に入るようだ。
なぜ開業時からfreeeを使うといいのか、機能の面から説明することもできる。しかし、ここでは私らしく簿記の歴史から話を進めよう。お話の主人公はメディチ家の一族。15世紀、ルネサンス最盛期のフィレンツェで栄華を誇った銀行家だ。
■簿記の力が歴史を変えた
ところで「利益」の計算方法には、大きく分けて2種類ある。「損益法」と「財産法」だ。
損益法は、売上高などの収入から、仕入高などの支出を引いて計算する方法だ。企業の決算書は、基本的にこの方法で利益が算出される。一方、財産法は、期首と期末の純資産額を比較し、その増減から利益を算出する方法だ。どちらの方法で計算しても、利益は同じ金額になる。数学的な証明は省略するが、絶対にそうなる。
2つの計算方法のうち、歴史が古いのは財産法だ。
たとえば中世のイタリアで、貿易船で商売するところを想像してほしい。積み荷を準備するために3,000ダカットの借金をしたとする。1回の航海で、10%の利子が発生するとしよう。そして、この貿易船が帰って来たときに、6,000ダカットぶんの貨物を積んでいたらどうだろう? カンのいい方ならお気づきの通り、負債3,300ダカットを引いた2,700ダカットが、この航海で得られた利益になる。
財産法の利点は、計算がかんたんなことだ。航海の開始時と終了時(※現代でいえば会計期間の期首と期末)の資産・負債の金額を調べるだけで、利益を計算できる。反面、収支の内訳が分からない。どの得意先からの収入が大きいのか、コストダウンできる支出は無いか──。損益法でなければ、それらを把握できない。しかし損益法を使うためには、日々の取引を小まめに帳簿につけるという習慣が必須だ。古代にはそのような習慣が無かったため、貿易の利益は財産法で算出されていた。
では、そういう習慣は歴史上いつごろ生まれたのだろう?
イタリアの都市では、少なくとも14世紀には複式簿記が広まっていた。古いものではダティーニ商会の帳簿が残されている。フランチェスコ・ダティーニは南欧で活躍した大商人で、驚くべきことに1386年から年次決算を行っていた。まだ決算作業が義務づけられておらず、怠惰な商人なら帳簿を締め切ることすらしない時代に、である。利益率の推移を調べると、彼が帳簿から得られたデータを経営改革に活かしていた形跡さえ見つかる[*3]。小まめに帳簿をつける習慣が根付いたのは、どうやらこのあたりの時代らしい。
歴史上の他の発明に──たとえば火薬、羅針盤、活版印刷に──比べれば、複式簿記の帳簿をつける習慣など取るに足らないものに思える。しかし、損益法で利益を把握できるようになったことは、じつはとてつもないイノベーションだった。
そのことを端的に示すのが、メディチ家の一族だ。
ご存じの人も多いだろうが、15世紀のイタリア・フィレンツェを中心に繁栄した銀行家だ。『ヴィーナスの誕生』で有名なボッティチェッリを始め、様々な芸術家のパトロンとしても活躍した。ルネサンスの最盛期を支えた一族と言っていい。
一族の出自には謎が多い。かつては医者をしていたという説が有力だが、当時の医師・薬種商組合の史料に彼らの名前は登場しない。彼らが銀行家として台頭するのは15世紀に入ってからだ。とくにコジモ・メディチ(1389-1464)の時代に銀行業は興隆を極め、ヨーロッパ全体に支店網を広げた。
メディチ家の会計制度で特筆すべきは、各支店が別個の事業体に近いものだったことだ。先述のダティーニ商会もたくさんの支店を持っていたが、基本的には単一の企業として経営していた。一方、メディチ家は1つひとつの支店の経営責任者に大きな裁量が与えられており、現代でいう連結子会社と持株会社の関係だった。各支店には年に1回の決算報告が義務づけられていた[*4]。
メディチ家の先進性には驚嘆するほかない。世界初の株式会社であるオランダ東インド会社が成立したのは1602年だ。株主からの度重なる要請にもかかわらず、オランダ東インド会社は1799年に解散するまで、一度もまともな決算報告を出さなかった[*5]。会計の正確性が重視されるようになるのは産業革命以降だ。鉄道や製鉄など、巨大資本を必要とする企業が増えた結果、アカウンタビリティが求められるようになった。そして1854年、世界初の公認会計士がスコットランドで生まれた[*6]。
その400年も前に、メディチ家は高度な会計システムと利益管理を実現していたのだ。
コジモの孫ロレンツォの時代には、一族の名声は揺るがぬものになった。ロレンツォの息子ジョヴァンニ・メディチは、ローマ教皇レオ10世として即位した。名も無き医者の一族が、全キリスト教徒の長に登り詰めたのである。その土台を作ったのは、地道につけた帳簿に基づく経営管理だった[*7]。
正確な会計は、事業を成功に導くうえで強力な武器になる。
ただし、この武器がきちんと威力を発揮するためには、日々の記録を小まめにつけるという習慣が欠かせない。そして、その習慣をつけるのは存外に大変なのだ。
だからこそ、freeeを使い始めるなら開業時をオススメしたい。たとえば銀行口座を同期するたびに入出金の内容を登録する。領収書を入手するたびにスマホで撮影する。freeeを使えば、毎日こつこつと記録を付ける習慣が自然と身につくだろう。歯磨きを習慣にすれば歯医者の治療がかんたんに終わるように、帳簿をつける習慣があれば、確定申告なんて怖くない。
※注釈・参考文献等
[*1]報酬の認識時点と支払いが同一の場合。
[*2]ただしセキュリティには充分注意すること。
[*3]橋本寿哉『中世イタリア簿記生成史』p257
[*4]同上 p264
[*5]ジェイコブ・ソール『帳簿の世界史』p148-150
[*6]同上 p283
[*7]ここではメディチ家の会計制度の良い面ばかりを強調したが、彼らの帳簿は決して完璧ではなかった。むしろその逆だった。支店によっては不良債権を山積みにしたまま放置し、怠惰な職員や経営者の放漫により財務状況は悪化した。歴史上いち早く持株会社制を発達させたメディチ家は、同時に、現代にも通じる内部統制の問題に直面せざるをえなかった。
※なお、冒頭にも書いたとおり、この記事は私の個人的な取材に基づくもので、記事広告の類ではない。