友人のイラストレーター・オリコ嬢から熱烈にオススメされた一冊。
- 作者: 兎月竜之介,BUNBUN
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2010/09/25
- メディア: 文庫
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フィクションは「嘘」を介して真実を描き出すものだ。だから物語が荒唐無稽であるほど――大嘘であるほど、そこに込められた真実も巨大で本質的なものになる。私たち人間は、物語を求める生き物だ。
オリコさんは、私の周囲ではラノベ・ソムリエとして知られている。「オリコさんが面白いと言ってたから安心」という言葉を耳にすることも少なくない。そのオリコさんのオススメだけあって、骨太でとても面白い小説だった。
ただ気がかりなのは、「Rootportさんって百合とか大好きですよね!」と息も荒くこの本を押しつけられたことだ。私のことを盛大に勘違いしているとしか思えない。この私が……百合好き……? そんなまさか。くやしいけど大正解だ。
オリコさんのホームページ NICOLAI
http://nicolai.web.fc2.com/
◆
『ニーナとうさぎと魔法の戦車』は、石炭や電力と同じように「魔力」が進歩した世界が舞台だ。雰囲気としては第一次世界大戦〜第二次世界大戦あたりのヨーロッパに近い。この世界の機械は、ヒトの「魔力」によって動く。とくに女性は強い魔力を持つことが多く、そういう「魔女」の少女たちによってあらゆる兵器が運用されている。「戦車」も例に漏れない。主人公のニーナは12歳の戦車乗りだ。
この世界ではつい五年前まで世界大戦をしていた。しかし、魔力爆弾と呼ばれる超兵器によって世界中の魔動兵器のほとんどが使用不可能になり、戦争は終結した。ところが、うち捨てられた兵器たちは魔力爆弾の影響で、動物のような自らの意思を持つようになり、「野良戦車」として人々に襲い掛かるようになった。
国家の争いという意味での戦争は終わったが、「戦争」という概念だけが生き残ってしまった世界。ニーナは仲間たちと共に野良戦車を狩りながら、その巨大な概念と戦うことになる。
この作品、めちゃくちゃ上手い。
文章はこなれていて、情景描写と心理描写を同時にやってしまう器用さだ。戦車の挙動1つで乗員の感情が分かる。物語の展開もド派手。こういう王道展開の場合、ついストーリーを先読みしてしまうものだ。安心できる物語運びでありながら、読者を良い意味で裏切る超展開を見せてくれた。「予想通りだけど期待以上」という一番難しいことをやってのけているのだ。新人のデビュー作ではアイディアの出し惜しみをするなとよく聞くが、言葉通りに「出し切った」感じ。読んでいてお腹いっぱいになれた。
魔法を使う少女が兵器を操って人外の敵と戦う――この設定だけで、「ストパン」の蔑称 通称で親しまれている『ストライク・ウィッチーズ』との共通性にすぐ気がつく。が、ストパンでは魔女一人ひとりの戦いだったのに対し、『ニーナ』に登場する魔法の戦車は五人揃わなければ運用できない。狭い車内で運命を共にする仲間たちとの友情(?)も、見所の1つだ。
ストライクウィッチーズ 片翼の魔女たち (1) (角川コミックス・エース 359-1)
- 作者: しのづかあつと,島田フミカネ&ProjektK
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/01/23
- メディア: コミック
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繰り返しになるが、この作品の魅力は王道展開で骨太なストーリーだ。
キャラが大事とか、萌えが大事、イラストが大事――好みは人それぞれだろう。が、小説である以上、やっぱりストーリーがいちばん大事だと私は思う。キャラも萌えもイラストも、物語を盛り上げる要素として重要なのであって、中心にはストーリーという柱がなければいけないと思うのだ。
◆
フィクションにとって大事なのは「ストーリー」か、それとも「世界感」か――という議論がある。日常系と呼ばれる作品群がヒットを飛ばし始めたころに、しきりに語られた論点だ。
それまで、フィクションに必要なのは「起承転結」や「序破急」、「ミッドポイントを軸にしたハリウッド式」等々、様々な呼び方をされる物語構造だと言われていた(らしい)。ストーリーが面白いからこそ、読者・観客はその物語世界にひたることができるのだ、と。
ところが『けいおん』や『生徒会の一存』のような「日常系」には、そのような明確なストーリー性がない。先に世界感だけを提示してしまって、読者・観客はひたすらその世界に身をゆだねている。これは一体どういうことだ? ストーリーは、もう必要なくなったのか? ……と、多くのクリエイターがわりとマジで悩んでいた。
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http://d.hatena.ne.jp/sinjowkazma/20090905/1252143285
※この記事の中盤に、「物語【ストーリー】は(なぜ)必要なのか……そして語り手【ストーリーテラー】は?」という、そのものズバリな問題提起をしている部分がある。
かつてストーリーは「非日常の体験」をするために必要だった。
終わらない日常への閉塞感があり、そこからの脱出を夢見て、私たちは物語を必要としていた。いい学校を出て、いい会社に入って、まじめに過ごしていれば給料は右肩あがりで増えていく。工場の肉体労働者ですら“豊かな将来”を夢見られるという時代がこの国にはあった。しかし、その幸せは同時に、絶対にレールから外れてはいけないという息苦しさとセットだった。「将来安泰という閉塞感」が、人々に「非日常の体験」を求めさせた。
ところがバブル崩壊により、安泰だったはずの将来が崩れてしまう。
未来が見えなくなったことで、私たちの日常はさらに息苦しさを増した。将来の安泰がないなら、いっそ、まだ「幸せ」といえそうな今のうちに世界が滅亡してしまえばいい――。そんな終末感を覚える人も少なくなかった。オカルトブームにともない「ノストラダムスの大予言」が再び注目され、『エヴァンゲリオン』や『ブギーポップは笑わない』といった物語が生まれた。本当に滅亡してしまうか、滅亡させるまいと奮闘するかの違いはあるが、「世界の終わり」を描いている点で『エヴァ』と『ブギーポップ』は同じだ。みんな世界の終焉を見たくてしかたなかったのだ。(超乱暴な論理展開なのは分かってます)
ハルマゲドンと「グレートリセット」という願望
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20120105/225840/
SF作家・山本弘の短編集『審判の日』に収録された表題作は、こういう90年代の空気が無ければ書かれなかった作品だろう。この短編集自体は2004年の刊行だが、短編『審判の日』は1999年以前に書かれたものだという。
また世界の終焉とは異なるが、ゼロ年代を切り開いた『キノ』シリーズは、様々な架空の国を旅するという点で「非日常の体験」そのものだ。
こういう90年代の作品群を踏み台に、『最終兵器彼女』や『イリヤの空、UFOの夏』といったセカイ系作品が成熟していく。読者・観客の興味の対象が、「世界の終わり」から「個人の問題」へと移行する過程で、過渡的に花開いたのがセカイ系だった。“最後のセカイ系”である『涼宮ハルヒ』シリーズが、同時に“最初の日常系”でもあるという点は象徴的だ。
ともかくゼロ年代の半ばまでは「セカイ系」の時代であり、私たちはフィクションに非日常性を――つまりストーリーを求めていた。
ところがゼロ年代も後半に入ると、私たちの日常はさらに困窮するようになり、“終わらない日常”さえも消失しそうになる。失いそうな・あるいはすでに失ってしまった“優しい時間”への憧憬から、私たちは「日常系」を求めるようになった。アニメ『けいおん!』2期第10話には「私も大人になったら、大人になるのかなぁ」という印象的なセリフが登場する。このセリフにこめられた「失われていく“今”への切なさ」や「ずっと“今”が続いていくような気がする」という期待こそが、私たちが日常系に求めていたモノだ。
セカイ系から日常系への転換点になったのは、やはり『涼宮ハルヒ』だと私は考えている。ハルヒの第1巻はストーリーテリングを重視した典型的なセカイ系なのだが、第2巻以降では急激に日常系としての色合いを強めた。
そして日常系の興隆とともに、フィクションに求められる「ストーリー」の要素は薄くなっていった。明確な物語性を持たない作品がヒットを飛ばすようになる。この傾向は、つい一年ほど前まで続いた。
フィクションにとって、2011年はストーリー復権の年だった。
昨年話題になったアニメを挙げれば、『魔法少女まどか☆マギカ』『TIGER&BUNNY』『Stein's; Gate』『輪るピングドラム』――と、日常系とはほど遠い作品が目立つ。いずれも王道展開なストーリーを持つ作品ばかりだ。(ピングドラムについては意見が割れそうだけど)
2011年、国内では大震災があり、国外では様々な政変があり、私たちは「日常の終わり」を目の当たりにした。日常系に耽溺しているだけではいられなくなった。
また日常の終わりがやってきたのに、閉塞感の終わりは来なかった。むしろ閉塞感の強固さを学んだ。たとえば、どんな大事故を起こしても責任を取らない“偉い人たち”と、その人たちに言いなりのマスコミ――という、戦う相手としてはあまりにも強大な「閉塞感の原因」を目の当たりにしてしまった。「世界の終わりによる閉塞感の打破」という物語にも、もう心躍らせることはないだろう。長く愛されてきたセカイ系の作品たちは、2011年で完全に役目を終えた。
「日常への耽溺」も「日常からの脱出」も叶わなくなった時代:それが現在だ。
この時代に、ふたたび「ストーリー」が重視されるようになったのはなぜだろうか。
それは、私たちが「神話」を求めているからだ。
フィクションは嘘を介して真実を描き出す。生きていくうえで大事な“真実”、人生を過ごすなかで忘れてはいけない“真実”、私たちの行動の指針となる“真実”――そういう真実を描き出すことこそ、フィクションの役割であり、神話の役割だ。
そして日常系の文法では、そういう“真実”を上手く描けないのだろう。
私たちの日常は、思想や哲学、価値観といったモノに何重にも肉付けをして、膨らませた果てにある。私たちの日常はあまりにも複雑で奥深いため、根底を支えている思想や価値観、哲学のようなものが――“真実”が見えづらいのだ。
だからこそ、日常を離れたストーリーによって“真実”は描かれる。そして物語が荒唐無稽になるほど――大嘘になるほど、そこに込められた真実は巨大で本質的なものになるのだ。
いま日常が失われ、また将来像も不安定だ。私たちは混迷のなかにいる。
しかし90年代の「信じていた柱が崩れてしまった時代」とは違い、私たちは混迷に対して前向きな気持ちを持てるようになった。もう二度と戻らない過去にすがることなく、この混迷のなかで「自分たちの生き方」をゼロから作ろうとしている。そして「何かを一から作る」とき、私たちは行動の指針となるモノを――神話を求める。『まどか☆マギカ』はまさに現代の神話そのものなのだ。
現在、閉塞感からの逃避ではなく、終末への憧れでもなく、新しい時代を作る神話としてストーリーが求められている。こんなにも前向きな理由から物語性の求められる時代が、ここ数十年以内にあっただろうか。あらゆる物語が「神話」として、新しい時代の基盤となりうる。創作者冥利につきる時代だ。
こういう時代だからこそ『ニーナとうさぎと魔法の戦車』はもっと読まれるべきだ。私はそう思う。骨太な物語で「ほんとうに大切なもの」を描き出そうとしている。世界観設定は荒唐無稽かもしれないし、キャラクターの造形はエンターテインメントに片寄っているかもしれない。しかし、だからこそ描ける「真実」がある。
「ルール!」
ニーナは大声を上げていた。
「戦争にルールなんてあるんですか!」
大人たちが全員、大きく目を見開き、苦しげに口を結んでいる。
「ルールを守れば人を殺してもいいんですか!」
※『ニーナとうさぎと魔法の戦車』p133
なにかに迷ったときは、物語を読もう。
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