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リアルとリアリティの間/三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』感想

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ものすごく面白いぞ、というウワサは以前から聞いていたけれど、つい手を出すのが遅れていた一冊。

こちらの上がりきったハードルを軽々と超える面白さだった。昨今の“自炊行為”についても、ちょっとだけ考えさせられる。私は「個人が自分の責任で“自炊”するならいいんじゃね?」と考えていたけれど、それさえも嫌がるヒトの気持ちが少しだけ分かった。印刷された「作品」は単なる情報にすぎないかもしれないが、「本」は重みを持った物理的存在なのだ!

北鎌倉、静かな街の一角に小さな古書店がある。「ビブリア古書堂」の美人店主・篠川栞子さんは極度の人見知りで、「本」のこと以外はからっきしだ。図体のデカさだけがとりえの“本が読めない体質”の俺は、ひょんなことから栞子さんの店で働くことになる。やってくる客たちは一癖あるヒトばかり。そんな客たちの持ち込む事件を、栞子さんは「本」だけを手がかりに解決していく――顔を耳まで真っ赤にして、しどろもどろになりながら。


堅めの文体は、いかにも大男の“俺”が背中を丸めながら書いたような雰囲気で心地よい。主人公のぼくとつとした優しさと、栞子さんの(ときどき危なっかしい)可愛らしさに、読んでいてほっこりとした気持ちになる。
読書好きなヒトなら絶対に外せないでしょう、これ。




       ◆




古書店を舞台にした連作短編集では、宮部みゆき『淋しい狩人』がすぐに思い当たる。


淋しい狩人 (宮部みゆきEarly Collection)

淋しい狩人 (宮部みゆきEarly Collection)

こちらは友人から古書店の経営を譲り受けた老人と、彼の孫が主人公だ。
宮部みゆきは『火車』や『模倣犯』などの大作について語られることが多いが、連作短編でこそ最高の魅力を発揮する作家だと思う。デビュー長編『パーフェクト・ブルー』の「老犬マサ」シリーズや、あろうことかサイフが「語り手」となる『長い長い殺人』、爆笑必死の『ステップ・ファザー・ステップ』、とにかく食べ物が美味しそうな『初ものがたり』を含む茂七親分シリーズ――等々、どれも傑作ばかりだ。
そのなかで短編集『淋しい狩人』は、たしかに地味な印象がある。しかし、超・理想的な少年が登場(しかも主人公!)する点や、後の長編で焼き直しされるアイディアの萌芽が見うけられる等、宮部みゆきらしさがギュッとつまった作品だ。(こんな抽象的な書きぶりになるのはネタバレを避けようとしているからです)
面白いのは、一般文芸出身の宮部みゆきのこちらの作品のほうが、ずっと荒唐無稽だということ。
子供向けで荒唐無稽――そんなイメージで語られるライトノベル出身の三上延『ビブリア古書堂』のほうが、ずっと落ち着いている。実際にありそうな事件ばかりの、地に足のついた日常系ミステリーとして仕上がっている。
物語が荒唐無稽なのは決して悪いことではない。読者を非日常の世界に引っ張り込もうとする意欲が強いのだ。『淋しい狩人』には、日常では絶対に出会わないような人物が登場するし、救いのないお話もある。店主イワさん・孫の稔の二人と一緒に、読者は非日常の大冒険(というほどでもないけど)をすることになる。ハリウッドの脚本論に強く、ドラマツルギーというものを熟知している宮部らしい作風だ。
一方、『ビブリア古書堂』は非日常よりも、登場人物たちの日常を読者が共有できるような作りになっている。まあ現実には栞子さんみたいなお姉さんがいるはずないんだけどサ、もしかしたらいるかも――と思わせてくれるギリギリのラインで描ききっている。とくに秀逸なのは、主人公・五浦大輔の人物造形だろう。23歳の彼は大学卒業後も就職が決まっておらず、人目につくほどの大男なのだが――

――自衛隊や警察の採用試験を勧められるのは初めてではない。柔道の段位もきっとプラスに働くだろう。ただ、四年間武道をやってみて分かったのだが、俺は人と戦ったり争ったりするのは性に合わない。体を動かすのは苦にならないが、市民の安全とか国の平和を守るより、もうちょっと地味な仕事に就きたかった。


と、読む人が読めば「草食男子だ!」と一喝されそうな性格をしている。『淋しい狩人』のイワさんや稔に比べて、はるかに現実的な人物像なのだ。


ここに、物語における「リアル」と「リアリティ」の問題が浮かび上がる。


フィクションを作るのなら「なさそうで実際にあった話」を扱うよりも、「ありそうで実際にはない話」を書きなさい――と誰かが言っていた気がする。古代ギリシャの哲学者だったような記憶があるけど大間違いかもしれない。とにかく、フィクションは読者や観客に「ありそう」だと思ってもらえなければアウトだ。
突き詰めれば、「作り話」は現実の出来事には敵わない。事実は小説よりも奇なり。物語世界を現実に似せようとしても、ノンフィクションには絶対に敵わない。だからフィクションに必要なのは「リアリティ」であって、「リアル」ではないのだ。実際には起こりえないことを描くことこそ、フィクションの真の価値だ。嘘を介して真実を描く、それが物語のチカラだ。
絶対にありえない「大嘘」を書きながら、読者に「ありそう」だと思わせる――。このリアリティを担保しているものが、『ビブリア古書堂』と『淋しい狩人』とでは違うのだろう。


『ビブリア古書堂』では先述の通り、主人公の人物造形をいかにも現実にいそうな人にすることで、非現実の物語を活きいきとした血の通ったものにしていた。魅力的な女性を前にしたときの男子のリアクションが、じつに現実的に描かれていて微笑ましい。
対する『淋しい狩人』では、現実に起こった事件から取材することで、物語に深みを与えている。“社会派”宮部みゆきの面目躍如といったところ。児童虐待にサイコキラー……90年代に世間を騒がせた事件の断片が、作中に反映されている(ああネタバレしてしまった……)。
似たような「古本探偵」ネタでありながら作風がまったく違うのは、こういう「リアリティの作り方の差」が要因の1つかもしれない。
ドラマ性を重視した90年代の『淋しい狩人』から、日常を共有できる10年代の『ビブリア古書堂』へ。時代の変遷を感じる。



      ◆




『ビブリア古書堂』には、ド派手な事件は起こらない。
日常の延長線上のちょっとした謎(だけど超難問)を、美人店主の栞子さんが解き明かしていくという静かな作品だ。メディアワークス文庫は、もともと電撃文庫を卒業した大人の読者向けに創刊されたという。ライトノベル系譜を受け継ぐ文庫だ。ここから、どんな人にもオススメできる作品が登場していくことを心から嬉しく思う。ラノベの一般文芸の壁は本当になくなった。
レーズンサンドでもかじりながら、落ち着いた北鎌倉の日常を味わってみてはいかがだろうか。



鎌倉 小川軒 レーズンウィッチ
http://www.ogawaken.jp/



長い長い殺人 (光文社文庫)

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ステップファザー・ステップ (講談社文庫)

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本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)

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