読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

なぜいい歳したオヤジが女子高生を愛好するのか/男が若い女を好きな理由

冗語
このエントリーをはてなブックマークに追加
Share on Tumblr

f:id:Rootport:20140317160054j:plain

 

 なぜ男は若い女を好むのだろう?

 それは、男がクソだから──。

 と、言ってしまってはおしまいなので、もう少し深く考えてみたい。

 

 俗説では「男が若い女を好むのは、若さが生殖能力の高さを示すからだ」とよく言われる。進化心理学者デビッド・M・バスも、若さが女性の繁殖能力の重要な手がかりになるからだと述べている[1]。女性は20代半ばがもっとも妊娠しやすく、流産しにくく、ハンディキャップのある子供も産まれにくい。だから、若い女を好む傾向のある男のほうが上手く子孫を残すことができた。かくして男の脳は若い女を好むように進化したというのだ。

 しかし、ちょっと待ってほしい。

 よく考えてみると、これってちょっと変だ。

 女性は40代後半~50代で閉経を迎えるまで繁殖可能だ。ヨーロッパ社会に限らず、およそどんな文化圏でも末っ子を出産する平均年齢は38歳~41歳くらいである[2]。女性が生涯に産む子供の数は、むしろ初産の年齢によって左右される。初産が早い文化圏では子だくさんになり、近世以降のヨーロッパや現代日本のように初産の遅い社会では子供は少なくなる。

 女性の生殖可能な期間は、わりと長い。ところが、男が好むのはおおむね20代に集中している。女性の繁殖能力に対して、男の嗜好が狭すぎるのだ。

 

 たしかに高齢出産ではハンディキャップのある子供が生まれる確率が高まる。しかし、有史以前は乳幼児死亡率も非常に高かった。有史以前どころか、20世紀後半に入るまで子供はかんたんに命を落とした。ハンディキャップの発生率が、私たちの進化にそれほど大きな影響を与えたとは思えない。それ以外の理由で命を落とす子供のほうが圧倒的に多かったはずだからだ。

 たとえばダウン症児の発生確率は、母親が40歳の場合では1/106だという[3]。一方、戦前の日本では、生まれた赤ん坊の6人~10人に1人が生後1年以内に命を落とした[4]。勘違いしてはいけないのだが、1930年代の日本は未開の後進国ではなかった。当時の欧米列強に戦争を仕掛けるような工業国だった。それでも、20世紀後半の医療技術と社会制度の革新がなければ、乳児死亡率を下げることはできなかった。私たちの脳が進化した有史以前の世界で、これよりも乳児死亡率が低かったとは考えにくい。

 

 また俗説では、夫婦の愛情は4年で冷めるという。4歳くらいになると子供は身の回りのことを1人でできるようになるからだそうだ。しかし、これも眉唾だ。

 この説を言い出した人類学者ヘレン・フィッシャーは、「離婚したカップルを調べると4年目に離婚した人が多い」という統計上の最頻値を取り上げているにすぎない[5]。離婚率が高まった現在でさえ、日本では人口1000人あたり毎年1.8~2.0人しか離婚しない[6]。カップルでいえば、離婚するのは3組~4組に1組ほどになるだろうか? しばしば離婚が増えたことを嘆く声を耳にするが、それでもなお、離婚しないカップルのほうが多数派なのだ。4年でカップルの愛が冷めるという仮説では、大多数が離婚しない理由を説明できない。

 もしもヒトが4年おきに結婚相手を変える生態を持っていたとしたら、男性はこれほど若い女を好まなかったはずだ。4年おきに新たな結婚相手を探す必要に迫られるのだから、「どうしても若い女に子供を産ませたい」と考えるオスよりも、「どんな年齢だろうと構わないから女に子供を産ませたい」と考えるオスのほうがたくさんの子供を残せただろう。

 したがって、ヒトには長期的な婚姻関係を維持する習性があると考えたほうが現実に一致する。

 結婚をするのは、何も社会規範の行き届いた先進国の人々だけではない。未開の地域に暮らす狩猟採集民族から、巨大なハーレムを持った中国の皇帝まで、長期間連れ添うことを前提に「正妻」を迎えていた。結婚は、西洋文化に独特のものではないし、その文化が世界中に広まったわけでもない。ヒトは生まれつき、長期間の結婚を望むような傾向を持っているのだ。

 

 さらに、ヒトには長期的な婚姻関係を維持する習性があると考えたほうが、男が若い女を好む理由も説明しやすい。

 じつを言えば、メスの若さに執着するのは、人間の男性の特徴なのだ。すでに研究がなされた動物で、これほど若さにこだわる種は他にいない。たとえばチンパンジーは乱婚制の繁殖行動を取ることで知られているが、チンパンジーのオスの場合、相手が発情期にありさえすればよく、若いメスでも中年のメスでも同じくらい魅力的に感じることが分かっている[8]

 話をヒトに戻そう。

 有史以前の世界では、できるだけ長い繁殖期間を残している女性を好んだ男性は、そうでなかった男性よりもたくさん子供を作ることができた。狩猟採集民族は比較的出産の間隔が長く、最長で平均3.5年に1人のペースで子供をもうける[7]。計算上は20代~40代の21年間で6人を産むことができる。20歳の妻をめとった男性はそれだけの人数の子供を持つことができた。一方、30歳の妻をめとった男性は、その半分の人数しか子供を持てなかった。

 つまり若さは繁殖能力の高さではなく、繁殖期間の長さの指標なのだ。

 念のため書き添えておくと、これは、あくまでも5万~20万年前の、ヒトの心が進化した過程での話だ。現代人は出産の間隔が極めて短く、かつ生涯に1~3人程度しか子供を持たない。そのため、30歳での初産はそれほど遅い年齢ではない。子育てに必要なコストを考えると、収入面でも精神面でも安定する30代のほうが男女ともに初産に適しているかもしれない。

 さらに念のために書き添えておくと、若い女を好むという自然な傾向が男性たちにあるからといって、いい歳したオヤジが女子高生を愛好することは肯定できない。自然の傾向と、善悪の判断はまったく別次元の問題だからだ。これは本当によくある誤解で、わざわざ「自然主義の誤謬(ごびゅう)」という名前までつけられている。天然食品が飛ぶように売れるのを見れば分かるとおり、私たちは自然なもの、天然なもの、生まれつきのものを、すべて善だとカン違いしやすい。

 善悪の判断は社会的なものであり、後天的なものだ。

 先天的・生得的なものとは無関係だ。

 たとえば、私たちに生まれつき「食欲」があることを疑う人はいないだろう。しかし、もしも「生まれつきの傾向はすべて善」だとしたら、糖尿病患者でさえ食欲を抑えないことが正しいことになってしまう。空腹なら食い逃げをしてもいいことになってしまう。「良い・悪い」の判断は、生まれつきの傾向とは無関係な問題なのだ。

 私個人の見解を述べれば、いい歳したオヤジが女子高生に熱をあげるのは、社会的に褒められたものではないと思う。

 

   ◆ ◆ ◆

  

 若さは生殖能力の高さを示すのではなく、生殖期間の長さを示すシグナルだった。太古の昔には、より若い女性を結婚相手に選ぶ男性のほうが、妻の生殖可能な期間が長いためにたくさんの子供を作ることに成功した。だから、男性の心は若い女を好むように進化した。

 ただし、この仮説には「男は妻と添い遂げようとする」という前提が必要だ。

 男たちは1人の妻と生涯をともにするような誠実さを進化させたからこそ、若い女を好むという嗜好もあわせて身に着けてしまったのだ。

 

 

 

【お知らせ(1)】

コミックス版『女騎士、経理になる。』第2巻、

ノベル版『女騎士、経理になる。』第1巻、

2016年6月24日(金)、同時発売です!

※店舗によっては同時購入特典もあります!!

f:id:Rootport:20160605120509j:plain

ノベルス版第1巻の表紙が出来ました。

 

f:id:Rootport:20160601185712j:plain

 

※コミックス第1巻、好評発売中! 

女騎士、経理になる。 (2) (バーズコミックス)

女騎士、経理になる。 (2) (バーズコミックス)

 
女騎士、経理になる。  (1) 鋳造された自由

女騎士、経理になる。 (1) 鋳造された自由

 

 ノベルス版第1巻、コミックス第2巻、2016年6月24日同時発売!

 

 

 

【お知らせ(2)】

このブログが書籍になりました。

失敗すれば即終了! 日本の若者がとるべき生存戦略

失敗すれば即終了! 日本の若者がとるべき生存戦略

 

 

 

 

◆参考文献等◆

[1]デヴィッド・M・バス『男と女のだましあい』草思社(2000年)p90
[2]マッシモ・リヴィ‐バッチ『人口の世界史』東洋経済(2014年)p13
[3]年齢別妊娠確率まとめ 妊娠率・受精率・着床率・流産率 | 妊活ブログ【卵の質向上委員会】卵子の質を上げる方法
[4]人口動態統計, 人口動態調査 Vital Statistics of Japan (1992, 1998, 1999, 2005-2013)上巻, (2000, 2002-2004)中巻
[5]マット・リドレー『赤の女王』ハヤカワ・ノンフィクション文庫(2014年)p434
[6]日本の婚姻率・離婚率・初婚年齢の推移をグラフ化してみる(2016年)(最新) - ガベージニュース
[7]マッシモ・リヴィ‐バッチ(2014年)p13
[8]マット・リドレー(2014年)p466~477