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なぜ宗教で殺し合うのか/映画『アレクサンドリア』感想

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 2009年のスペイン映画『アレクサンドリア』を観た。ローマ帝国の衰退期に活躍した女性天文学者ヒュパティアの物語。地動説を研究していた彼女は、最終的にキリスト教徒によって処刑されてしまう。古代ギリシャに端を発する優れた知識・哲学の数々が、キリスト教の興隆により滅茶苦茶に破壊されていく。その様子を描いた作品だ。

 

 

 なんていうか、キリスト教へのヘイトを煽りまくる映画でびっくりした。それこそ、現代における反キリスト教の旗手(?)リチャード・ドーキンスがカネを出して作らせたんじゃないかと思うほど。言わずもがな、スペインは古くからカトリックが強い地域だ。その国でよくぞまあこんな映画を作ったものだと驚いた。衣装や美術のデキがよくて、それだけでも観る価値があると思う。ストーリーも面白いので、科学史に興味があれば(そしてバッドエンドな悲劇が平気なら)オススメの一作だ。

 

 ところで最近知った進化心理学の「過激派」が出している仮説の一つに、人々は自分の繁殖戦略に一致する宗教を受け入れているのではないか、というものがある[1]

 たとえば一夫一婦を好むかどうか、浮気をどの程度まで許すか。これらの繁殖戦略には、教育の影響だけではなく、遺伝的に生まれ持った傾向があるはずだ。たとえば家父長制を生まれつき好む傾向がある人は、それを教義とする宗教に帰依するだろう……という仮説。

 あまりにも過激な仮説なので、正直、マユツバだと思う。

 マユツバなのだけど、2つのことを説明できる点では優れている。

 1つは、古今東西を問わずあらゆる宗教儀式は私たちの繁殖に関わることだ。狩猟採集民の信じるアニミズムも、ヤハウェ一神教も、結婚から出産、子育てまでをフルサポートしている。現代先進国でも、宗教的コミュニティは結婚相手を探す場所として適切だ。考えの似た異性が自然と集まるのだから。

 もう1つは、宗教戦争の起きる理由が自明になることだ。

 なぜ人間は宗教を理由に殺し合うのか? 思想的な対立が殺し合いに発展するのは、人類が他の動物とは違い、精神とか、哲学とか、何かそういう高尚なものを大切にする存在だからだ……と考えてしまいがちだ。

 ところが、もしも宗教の違いが、繁殖戦略の違いを反映しているのだとしたら、殺し合うことに何も不思議な点はない。

 話を簡単にするために、たとえば家父長制の繁殖戦略を取らせる遺伝子があるとしよう。そういう遺伝子にとって、乱婚制を好む遺伝子は敵だ。もしも後者の遺伝子が集団内に広まったら、前者の遺伝子はうまく子孫を残せなくなる。これは立場を逆にしても同じだ。家父長制の遺伝子が広まった集団では、乱婚制の遺伝子は不利になる。だから、そういう遺伝的形質を持つ者は排除したほうがいい。利己的遺伝子の視点に立てば、繁殖戦略の違う相手を殺すのは合理的なのだ。

 そんな仮説を立てちゃうから、進化心理学は一部の人から毛嫌いされちゃうんだよ。まったくもう。。。

 生物学的な進化論だけなら科学の範疇だ。が、心理学は実験による検証が難しい学問で、ときどき科学から片足をはみ出してしまうことがあるのだ。さらに社会進化論者や優生学者といった、ろくに進化論を理解していないクソどもが軽々と「進化」という言葉を使ってしまった。今の社会は、その後遺症から充分に立ち直っていない。進化論をあらゆる分野に適応するには、あと100年くらいかかるかもしれない。

 

 進化心理学の議論を読むときは、いくつか注意すべき「落とし穴」がある。生物学や進化論にあまり触れていない人が陥りがちな誤解があるのだ。

 その1つは「過程と目的の混同」だ。

 なぜ進化心理学の仮説に不愉快さを覚えるかといえば、まるで、私たちの心が繁殖のためだけに存在するかのように思えるからだ。「なぜ笑顔を浮かべるの?→繁殖のため」「なぜユーモアのセンスが身についたの?→繁殖のため」「どうして金持ちの男性や若い女がモテるの?→繁殖のため」「宗教を信じるのは?→繁殖のため」等々。ふざけんなって感じだ。

 ただ、この不愉快さは過程と目的を混同した結果だと思う。どういうことかと言えば、進化心理学が注目しているのは、あくまでも私たちの心が進化してきた過程だ。有史以前の世界で、私たちの脳がどのように進化してきたのかを解き明かすことに熱中している。現代を生きる私たちが、自分の「心」をどのように使うのか。現代の私たちが心や感情を持つ目的は、進化の過程とは独立の問題である。

 たとえばインターネットは、戦争で勝利するために発明された。ロケットエンジンは、敵国まで爆弾を飛ばすために発明された。そういった発明の過程は、現在の使用目的とは独立した問題だ。どんな過程を経て生まれたものであろうと、日常生活を豊かにしたり、人類の未来を切り開くという目的で使うことができる。

 過程と目的を混同しないで欲しい。

 私たちの「心」が進化の過程で発達した産物であることを、私は疑わない。しかし、発達の過程は存在の目的には関係ない。自分の心をどのように使うのか、私たちは自分自身で選べるはずだ。

 

 

 

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◆参考文献等◆

[1]ダグラス・ケンリック『野蛮な進化心理学白揚社(2014年)p207以降