「日本の男女平等が進まないのも婚姻率が低下するのも、女性の上昇婚志向が悪い」という意見をたまに目にする。
上昇婚とは、夫の所得や社会的地位が、妻のそれよりも高いカップルが結婚することを言う。現在の日本では、女性の社会進出が進んだと言われている。にもかかわらず、女性たちが上昇婚を望み続ければ、必然的に社会的地位の低い男はモテなくなる。
そもそも男女平等を唱えるなら、「男のほうが収入の少ないカップル」が増えたっていいはずだ。女性たちが上昇婚志向を捨てさえすれば、婚姻率は上がり、少子高齢化も解決するというわけだ。
ひゃー。 pic.twitter.com/6t4xA94JAG
— 舞田敏彦 (@tmaita77) 2016年4月28日
日本は世界のなかでも「夫のほうが高収入のカップル」が多い国だ。これを見て「日本人女性は上昇婚志向が強い、けしからん」と考える人もいるかもしれない。
ところが、進化心理学の調査結果からすると、この議論は筋が悪い。なぜなら、世界中のどの国・どの地域でも、大抵の女はカネのある男が好きだし、大抵の男は若くてキレイな女が好きだからだ。
心理学者デイビッド・バスは、6大陸と5つの島に及ぶ1万人以上の男女の「パートナーに求める条件」を調査した。結果、すべての国・地域で女性は金銭的な豊かさを男性に求める傾向が見られた。たとえば日本の女性は、男性に比べて、約2.5倍も配偶者の経済力を重視するという[1]。
また、男性が若い女性を好む傾向は、新聞に掲載される結婚相手募集の広告を分析した研究がよく知られている。30代の男性は、平均して約5歳年下の女性を好む。それが50代になると、10~20歳も年下の女性を求めるようになる。男が若い女を好むのは、アメリカや日本のような資本主義国に限った話ではない。フィンランドやスウェーデンのような北欧諸国でも、ナイジェリア、インドネシア、イラン、インドでも、果てはアマゾンのヤノマミ族の男たちにも同様の傾向が見られた[2]。
女が安定した収入を持つ男に魅力を感じることや、男が若くてキレイな女に興味をそそられることは、文化的なものではない。ヒトが生まれ持った本性だ。個人レベルでは、この本性に打ち勝つこともできるだろう。しかし、社会全体のレベルでこの傾向を変えることは現実的ではない。
というか、社会全体のレベルで人間の本性を変えようとするって、それどんなディストピアSFだよって思う。ハクスリーとかオーウェルの世界そのものじゃん。
女性の上昇婚志向を人間の本性だと考えれば、先ほどのデータの見方がかなり変わる。
どの国、どの地域でも、平均的な女性は収入の多い男性と結婚しようとするものだ。にもかかわらず、日本だけが突出して夫の収入が多い。つまりこのデータは日本人女性の上昇婚志向の強さを表しているのではなく、男女の賃金格差を反映していると考えたほうが筋が通る。
で、そのことを裏付けるデータを舞田敏彦さんはきっちり見つけてきている。日本ではフルタイムの年収が男女で1.73倍も違うそうだ。結果、大半の女性は男性の収入に頼るしかなくなる。結果として、稼げない男は結婚することが難しくなる。
ブログ更新。データえっせい: 稼げないオトコが結婚できない理由 https://t.co/KSBugupa9N 社会的なものでした。 pic.twitter.com/39AjNsQ664
— 舞田敏彦 (@tmaita77) 2016年4月29日
舞田敏彦さんの分析は、希望を持たせるものでもある。日本では男女の賃金格差が大きいがゆえに貧しい男は結婚できない。逆に言えば、「男女の賃金格差が小さい国では、稼げない男でも結婚できるチャンスが増える」のだ。
「高収入な女性ほど、配偶者に自分よりも高収入な男性を求める」という調査結果がある。これを根拠に、女性の収入を増やしても婚姻率は上がらないと主張する人がいる。だが、それは視野狭窄だろう。個人の収入が増えた場合と、社会全体の収入が底上げされた場合では、結果は変わるからだ。
1人の女性が高収入を得た場合は、なるほど、彼女は自分よりも高収入の男を求めるかもしれない。けれど、すべての女性の収入が増えて、社会全体で男女の賃金格差が縮まった場合、「男の収入」はそれほど重要ではなくなる。だからこそ、男女の賃金格差の小さな国ほど、稼げない男でも結婚できるチャンスが増すのだ。舞田敏彦さんの分析が示すとおりである。
以上の話をまとめれば、女性の雇用機会を増やすことや、(男女の賃金格差の原因になる)産休・育休を男性でも取りやすくすることが、婚姻率を底上げするカギになるかもしれない。
所得と結婚相手としての望ましさの関係については、様々な調査が行われている。その結果分かってきたことは、収入が結婚相手としての魅力に直結するのは、たいていは貧困層から中流下層にかけての範囲ということだった[3]。つまり、中流所得層以上の男女にとっては、収入は結婚相手の条件としてそれほど重要ではなくなるのだ。
また、スタンフォード大学の心理学者ジェフリー・ミラーの調査によれば、男女を問わず、異性として望ましい特質のリストでは、富や美貌よりも、知性、ユーモアのセンス、独創性、興味深い人格などがつねに上位にランクインするという[4]。
これらのことを鑑みれば、男女の賃金格差を是正することで、「男の収入」の重要度が下がるという推測は、それほど無理のある議論ではないだろう
◆ ◆ ◆
「日本の婚姻率が低下しているのは女の理想が高すぎるから」という考え方は、一見説得力があるし、モテない男性にとっては耳にも優しい。「私がモテないのはどう考えてもお前ら(※女)が悪い」というわけだ。モテるために努力するよりも、モテない原因を女側に押し付けるほうがラクだ。
しかし様々なデータから考えると、「女の理想が高すぎる説」は成り立たない。
あなたがモテないのは、身も蓋もないが、第一にあなたが性的魅力に欠けるからだ。優しさ、知性、ユーモア、創造性を磨くべきだろう。
しばしば「※ただしイケメンに限る」という言葉を見かける。しかし、女は男ほど異性の外見を重視していない。というか、むしろこのセリフを言う人自身が、異性の外見を重視しているのだ。男性の脳は美しい女性を好むようにできている。女性たちも自分と同じような脳を持っていると思い込んでしまうからこそ、男たちはこのセリフを吐くのだろう。
(※とはいえ、もちろんイケメンであるに越したことはないのだけど)
あなたがモテない第二の理由は(あなたが男だとして)あなたの収入が少ないからだ。そして第三に、日本では男女の賃金格差が大きいからだ。個人レベルでは収入を増やす努力を、社会レベルでは男女の所得格差を是正する努力をすることで、配偶者を得るチャンスが増すかもしれない。
◆ ◆ ◆
鋭い人なら誰もが気付いている通り、恋愛や結婚は市場(マーケット)だ。
したがって、「俺がモテないのは女が高望みしすぎだからだ」と言うのは、「うちのラーメンが売れないのは客の舌が悪い」と愚痴るようなものだ。需要にあわせてサービスを改善できない者は、市場から退出するしかない。
これは男女どちらにも言えることだろうが、鏡を見て「自分が異性だとして今の自分と付き合いたいと思うか?」と問うことは重要だろう。付き合いたくないと感じるのなら、付き合いたいと思えるレベルまで自分を磨くしかない。これは昔懐かしの「脱オタファッション」の議論にも繋がってくると思う。
あるいは、具体的に付き合いたい相手が決まっているのなら、その相手の需要に今の自分がマッチしているかどうかを問うべきだろう。年収1千万円の男と結婚したいのなら、その妻として自分はつり合いが取れるだろうか? 若く美しい女と結婚したいのなら、その夫として釣り合うだろうか?
他人は変えられない。変えられるのは自分だけだ。
相手の需要は変えられない。変えられるのは、自分が提供できる財やサービス――恋愛市場や結婚市場においては、異性としての魅力――だけだ。
現状で需要と供給に差異があるなら、その差異を埋められるよう努力するのみである。コンピューター科学者のアレン・ニーウェルとハーバート・サイモンは、「知能」を次のように定義している。
知能は、目的を特定すること、現状を観察評価して、目的との差異を把握すること、および、一連の操作をして差異を減少させることで構成される。[5]
「配偶者を得たい」という目的を特定しているのなら、その目的を達成するために知能を使うべきだ。自分の現状を観察して、目的までのマイルストーンを設定して、目的と現状との差異を1つずつ埋めていけばいい。それができないとすれば、あなたには知能が無いことになってしまう。
そうは思えない。
この長いブログ記事を読み解けるだけの知能があなたにはある。哺乳類のなかでは突出して高い知能を持っているし、どんな高性能なコンピューターと比べても、あなたの知能は遜色がない。それほど高い知能を持っている人物が、「配偶者を得る」という原始的な目的を達成できないとは考えにくい。知能を有効活用すれば、きっと、あなたは目的を達することができるはずだ。
ヒトの知能はモテるために進化したという説がある。
たとえばチーターの足が速いのは、獲物となるレイヨウの足が速いからだ。うさぎの耳が良いのは、天敵となるフクロウが音を殺して飛べるからだ。進化の「軍拡競争」と呼ばれる現象だ[6]。もしもヒトの脳が狩りのためだけに発達したのなら、サバンナにはヒトと同等に脳の発達した獲物がいたことになってしまう。ヒトの脳は、レイヨウやヌーを狩るだけなら贅沢すぎる装備だ。
ヒトは極端に成長に時間がかかる動物だ。体重50~80kg程度の人類は、体重5tのアフリカゾウと同じかそれ以上に時間をかけて大人になる。子育てには男女の協力が欠かせず、男女ともに「相手を飽きさせない能力」が必要になった。優しさ、誠実さ、ユーモア、芸術的才能……。
(※それから、相手にバレないようにこっそり浮気するためにも高い知能が必要だ。あまり大きな声では言いたくないけど)
「配偶者を飽きさせずに協力を引き出し、子育てに成功するために知能が発達した」という考え方を、シェヘラザード効果と呼ぶそうだ[7]。
シェヘラザードは、『アラビアンナイト』の語り手だ。妻の不貞を見て女性不信になった暴君が、若い女性と一夜を過ごしては処刑していた。それを止めさせるため、大臣の娘シェヘラザードが王に嫁ぐ。そして毎晩、面白いお話を語り聞かせた。話の続きが聞きたくて、王は彼女の処刑を思いとどまり、やがて改心した。これが『アラビアンナイト』のあらすじだ。『シンドバッドの冒険』も、『アリババと40人の盗賊』も、彼女が語った物語の1つという設定になっている。
シェヘラザード効果は、なんていうか、とてもロマンチックな仮説だと思う。私たちの脳は、モテるための努力をするために進化したようだ。モテるために知恵を絞るのは、脳の本来の使い方なのかもしれない。
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◆参考文献等◆
[1]デヴィッド・M・バス『男と女のだましあい』草思社(2000年)p50
[2]デヴィッド・M・バス(2000年)p90~92
[3]ダグラス・ケンリック『野蛮な進化心理学』白揚社(2014年)p204
[4]マット・リドレー『赤の女王』ハヤカワ・ノンフィクション文庫(2014年)p530~532
[5]スティーブン・ピンカー『心の仕組み』ちくま学芸文庫(2013年)p134~135
[6]リチャード・ドーキンス『進化の存在証明』早川書房(2009年)p519以降
[7]マット・リドレー(2014年)p533
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