第47回衆議院選挙の結果が出た。新聞やテレビの見出しには「与党大勝」の言葉が踊っている。はたして有権者は、安倍政権を全面的に信任したのだろうか。たしかに自民・公明の与党で全議席の2/3を超えたのは大勝利と言っていい。しかし各党の議席増減を追うと、もう少し違った光景が見えてくる。
※選挙の前後で合計が違うのは、今回の選挙では定数が削減されたから。選挙前は480議席(欠員1名)、選挙後は475議席。
■自民党は「勝利」したのか?
与党合計では自民党が2議席減、公明党が4議席増で、計2議席の増加だ。連立政権では勢力を伸ばしたが、自民党と公明党のどちらが伸びたのかで意味合いが少し違う。この点については後述。
消費税増税後の景気後退でマスメディアに叩かれ、かつ定数が5議席削減されたことを鑑みると、議席の減少を2にとどめたのは、まずまずの「勝利」と言っていいだろう。
■民主党は「負け」たのか?
大物議員が落選した民主党は「負け」の印象が強い。しかし実際には議席数を伸ばしている。依然として野党第一党を維持しており、「敗北」とは言いがたい。
■「左寄り」へのシフト
注目すべきは、次世代の党の17議席減と、共産党の13議席増だ。
次世代の党は2014年8月に、日本維新の会から分離独立する形で結党された。もともと足並みの乱れることが多かった橋下徹支持派と石原慎太郎支持派のうち、後者が作った党だ。「自民党よりも右[1]」と呼ばれる、タカ派の政策を掲げていた。
一方、共産党は結党から90年以上の由緒正しい(?)左派政党だ。革命を求める過激な一派は昭和の経済成長とともに消えて、残った穏健な派閥が現在の共産党である。社会的・経済的な弱者からの支持を集める、先進国ならわりとどこにでもある左派政党だ。
また先述の公明党も、政権与党でありながら「左寄り」な方針を取ることが多い。たとえば憲法9条改正には慎重だ[2]。支持母体の創価学会の教義とも関係があるのかもしれない。ともかく、連立政権のうち右寄りな「安倍自民」が議席数を減らし、どちらかといえば左寄りな「山口公明」が議席数を伸ばした。
これが今回の衆議院選挙の特徴と言っていいだろう。
ちなみに「右派/左派」という分類は、政策を評価する際にあまり役に立たない[3]。分類方法としては大雑把すぎて、国や地域、時代によってかなり違うからだ。
たとえば日本で「保守右派」といえば、「体制派」とセットだ。政府の政策を肯定する立場を取ることが多い。ところがアメリカでは、保守右派は連邦政府に否定的な立場を取ることが多い。(連邦政府ではなく)州政府の独立性を重視し、「武装の権利」を訴えることも少なくない。いわば「反体制派」なのだ。
今回の衆院選では、沖縄の選挙結果が興味深い。4つの選挙区のすべてで体制派・自民党が敗北している。当選したのはいずれも辺野古移設反対を掲げた「オール沖縄」の候補で、うち1人は共産党だ。共産党が小選挙区で議席を確保するのはじつに18年ぶりだという[5]。
2chやニコニコなど、ネットの世界では「デモをするのはプロ市民」という認識が広まっている。たとえば基地反対を訴えて活動している人々は、実際には沖縄県民ではなく、誰かからカネをもらってデモをしているはず──。いわゆる陰謀論だ。しかし今回の選挙結果からは、沖縄でデモをしていた人の大半は「プロ市民」ではなく本当の沖縄県民だったことがうかがえる。
■日本人の政治離れ?
この記事を書いている時点では正確な数字は出ていないが、今回の衆議院選挙の投票率は52%前後だという[6]。一般的に言って、投票率が下がるほど古い政党に有利、新しい政党に不利になる。政治への興味が強い人だけが選挙に行き、浮動票が減るからだ。
議席の増減を見ると、投票率の低下の影響が現れている。歴史のある政党ほど議席を守る(もしくは伸ばす)ことに成功しており、一方、浮動票の受け皿になりがちな無所属議員は半減した。
この結果だけ見て「日本人が政治から興味を失った」と断じるのは早計だろう。ニュースサイトでは、政治ニュースは目玉の一つだ。はてなやNewsPicksのようなユーザーの影響が大きいサイトでも、政治カテゴリの記事が毎日のように流れてくる。スタバやファミレスで作業をしている時に、隣席から政治的な話題が漏れ聞こえてくることも珍しくない。
日本人は政治から興味を失っていない。
選挙から興味を失ったのだ。
バブル崩壊から20余年、私たちは何度「政治を変えよう」と言われただろう。「政治が変われば暮らしが良くなる」と何度言われただろう。そして実際に、様々な政局の変化を目撃してきた。しかし私たちの暮らしはほとんど変わらず、場合によっては以前よりも悪くなった。
たとえばサラリーマンの平均年収の推移を見てみよう。
サラリーマンの平均年収は2008年秋のリーマンショックをきっかけに大幅に下がり、以降、もとの水準には戻っていない[7]。また「労働分配率」とは、企業の生産活動で得られた付加価値のうち、どれだけ労働者に行き渡ったかを示す指標だ。が、こちらは世界規模で減少し続けている[8]。
不況時には、企業は利益を維持するために人件費を削減する。しかし好況だからといって、人件費を増加させない。企業の存在理由は利益を資本家に分配することであって、雇用の創出ではないからだ。人手不足と労使交渉が無ければ、サラリーマンの給料は増えない。
非正規雇用者の増大した日本では、労使交渉がほぼ麻痺している。一方、2013年〜2014年にかけては人手不足が進みつつあった。が、消費税増税による消費支出の減少[9]で景気の落ち込みが予想されており、人件費を高騰させるほどの好況はしばらく起きないだろう。
そして何より、少子高齢化だ[10]。
1960年、経済学者・下村治のアドバイスのもと、池田勇人内閣は「所得倍増計画」を立案した。当時の日本では、使われるべき生産設備が充分に使われておらず、労働者が就くべき仕事に就けずにいた。彼らにきちんと職を与えて、生産設備をきちんと稼働させれば、日本経済は爆発的に成長するはずだ。下村治はそう考えた。
結果、当初の予定をはるかに上回る早さで経済は成長し、日本人は世界でも例を見ないほどの所得増加を経験した。所得倍増計画は、戦後もっとも成功した経済政策だ。
1960年の人口ピラミッドを見ると、20代〜40代の働き盛りが人口のボリュームゾーンを占めていたことが分かる。また10代には団塊の世代が控えていた。この潤沢な労働人口を、下村治は経済成長のエンジンと見なした。
一方、2010年の人口ピラミッドを見ると、すでに逆三角形になりつつある。「所得倍増計画」が立案されたときのような労働人口は、どこにも見当たらない。2050年の予想では、さらに状況は悪化している。
人口が半分になるなら、1人あたりの生産性が倍になればいい。最近では老人への財政支出をいかに減らすかという議論になりがちだ。が、現役世代の1人あたりの所得が2倍、3倍に増えるなら、そもそもそんな議論は必要ない。しかし現役世代の所得は、今の日本では政治的論点になりにくい。
グローバリズムにともなう労働者分配率の低下。そして少子高齢化。膨らみ続ける財政赤字。いずれも政治家の首をすげ替えただけでは解決できないレベルに達している。加えてバブル崩壊後20年に渡る「政治を変えれば暮らしがよくなる」というスローガンへの失望感。これらが合わさって、投票率の低下をもたらした。
それでも私たちは、選挙に行くべきだ。民主主義の国でいちばんかんたんな政治参加の方法は選挙で投票することだからだ。
それ以上に優れた方法を、人類はまだ発明していない。
Democracy is the worst form of government, except for all those other forms that have been tried from time to time.(民主主義は最悪の政治形態だ、今までに試された他のすべての政治形態を除けば。)
──Winston Churchill
[2]憲法九条の規範性保持を─山口代表 平和主義守る歯止めの役割
[3]そろそろやめませんか?「右翼/左翼」「保守/リベラル」って分類は。
[9]家計調査(二人以上の世帯)平成26年(2014年)10月分速報・対以下参考図表1(pdf)
- 作者: ロバート・B.ライシュ,Robert B. Reich,雨宮寛,今井章子
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