私たちが生き続けるために「ベンチャーマインド」は欠かせない。
私たち人類の生存環境は、刻一刻と変化を続けている。マクロな視点では、人口動態、気候変動、国際政治の影響を受ける。ミクロな視点では、毎日のように新技術を用いたサービスが公開され、消費者の流行は日々変化を続けている。私たちは変化の中を生きている。
変化する環境のなかで生き残るのは、もっとも強いものではなく、もっとも賢いものでもない。
もっとも変化に適応的なものが生き残る。
これはヒトの生活のあらゆるレベルに普遍的な原則だ。家族、地域社会、企業、国家、そして種としての人類。どのレベルにおいても、生き残るのは変化に適応的なものだけだ。古い慣習や常識を打ち破ろうとする心 ── ベンチャーマインド ── がなければ、あらゆる組織は崩壊し、あらゆる社会は衰退する。私たちが社会を継承し、生き続けるために、「ベンチャーマインド」は必要不可欠だ。
しかし現在、ベンチャーマインドという言葉は、「社会を継承・発展させる」という視点が抜け落ちたまま濫用されている。いまの世界で「ベンチャーマインド」の名のもとに行われている行為は、私たちの社会を発展させるどころか、衰えさせてしまう。
ベンチャー企業あるあるにハマった。
http://anond.hatelabo.jp/20130811212721
スタートアップベンチャーはとにかく忙しい。1日20時間労働当たり前、休日なにそれ美味しいの?……が、日常的な光景だ。しかし一人ひとりの裁量が大きく、毎日が文化祭の前夜みたいな状況のため、(カラダはともかく)精神的には意外とへっちゃらだそうだ。
ところが、商売が大きくなり社員を雇おうとする段階で、ハードルが生まれる。裁量が制限されている社員は、創業者と同じような働き方ができない。そして精神的に折れて、辞めていく。
上掲の記事には、たくさんのトラックバックが寄せられていた。なかには「利益を維持するためには社員を増やすのではなく、創業者と同じ価値観を持った〝役員〟を増やすしかない」といった内容の記事もあった。で、新たな役員が創業者と一緒に1日20時間働き続ければ、一人当たりの利益を落とさずに商売を続けることができてみんなハッピー、なべて世はこともなし、だという。
言うまでもないが、すべての人が1日20時間働く社会は、持続可能ではない。
忙しすぎて次世代を作る時間も、次世代を育てる時間もないからだ。次世代を残し、よりよくアップデートした社会を継承すること。それが大人の責務だ。次世代への責任を負わない人間は、いくつになっても子供だ。
私たちは、いつまでも文化祭前夜の高校生ではいられないのだ。
現在、「ベンチャーマインド」という言葉は、昭和の「モーレツ」とよく似た文脈で使用されている。「利益のための犠牲」を肯定する文脈だ。利益を維持、増大させるためには、何を犠牲にしてもかまわない。そういう考え方を支持するために、この言葉が濫用されている。
しかし、そんなベンチャーマインドは危険であり、有害だ。直接的にも間接的にも継承不全を生じさせ、社会の存続に負の影響を与えるからだ。
直接的な継承不全とは、ようするに多忙すぎて家族を作るヒマがなくなるということだ。
とくに女性にとって深刻であり、家族を作るか、それともキャリアを作るかの二者択一を迫られる。日本は性差別の撤廃が遅れており、大企業では役員にも管理職にも女性が少ない。いわゆる〝ガラスの天井〟によって、出世が拒まれている。大企業では、この天井を突き破るには男並みに働くしかなく、出世を目指せば家族を作るのは難しくなる。
本来なら、古い慣習や常識を捨てたベンチャー企業が、女性の労働力の受け皿になるべきだ。が、実際には大企業以上に働かなければならないのが現実だ。
夫が1人で家計を支えて妻は専業主婦、子供は2人……という家族像がファンタジーになった今、「家族を作ること」と「働くこと」は性別に関わらず両立できなければならない。家族を作れない社会とは、つまり将来のない社会だ。
間接的な継続不全とは、「大人のいない組織」を作ってしまいがちだということだ。
ベンチャー企業の多くは平均年齢が若いだけでなく、年齢層の幅が狭い。家族を作るとはどういうことか、家族を養うために働くとはどういうことか、教えてくれる年長者が存在しない。歳や世代の近い、似たもの同士で運営されている場合が珍しくない。だから高校の文化祭前夜のように楽しいのだ。
多くのベンチャー企業は、典型的な日本企業のマッチョでホモソーシャルな組織を嫌って設立される。にもかかわらず、多くのベンチャー企業が、同じようにホモソーシャルでマッチョな組織を作ってしまうのは皮肉でしかない。
世間に流布している「ベンチャーマインド」にもとづいて働くと、私たちは家族を作りづらくなる。年長者からの反省を得られず、前世代と同じ失敗を繰り返すようになってしまう。社会をアップデートして次世代に継承するどころか、次世代を作れず、社会を衰退させてしまう。
なぜ、そうなってしまうのだろう。
社会を存続させて、私たちが生き続けるために、ベンチャーマインドは必要不可欠だったはずだ。にもかかわらず、ベンチャーマインドの名のもとに私たちの将来が閉ざされるのはなぜだろう。
それは、「カネを稼ぐ」のが目的化してしまうからだ。
カネは、よりよい社会を実現するための道具でしかない。社会をアップデートするための手段でしかない。しかし、企業が商売を始めたとたん、手段だったはずのカネが目的化する。そして、継承不全を引き起こす働き方が、無批判なまま放置されてしまう。
カネは手段であって、目的ではない。
カネは価値の尺度であって、価値そのものではない。
資本主義の問題点は、人々が利潤追求を ── カネを ── 目的化してしまうことにある。資本主義が悪だと言いたいのではない。カネが道具にすぎないと理解したうえで、豊かな資本主義経済を育むのは可能だ。ただ、目的と手段の見分けがつくほど賢い人があまりいないだけだ。少なくとも、今はまだ。
男たちは野望を胸に、ベンチャー企業を立ち上げる。一山当ててやろう、うなるほど稼げば女からモテるかもしれない。ニュースサイトから取材を受けて、世間の人たちに自分の意見を聞いてもらえるかもしれない。そんな動機から事業を始める人も少なくないだろう。
しかし、だ。
大店の主人が妾を囲うは明治時代に後戻りだし、世間に意見を表明したければ、それこそブログの1つでも書けばよろしい。よりよくアップデートされた社会の具体像を持たず、創業者の承認欲求のためだけに起こされる事業は、利益だけが唯一の目的になってしまう。社会を継承するという肝心の部分が抜け落ちてしまう。
そして社会を衰退させるのだ。
ホモ=サピエンスには20万年の歴史があり、カネが発明されたのはわずか4000年前にすぎない。たしかに私たちはカネがなければ生きていけないが、カネのために生きているわけではない。
死ぬほど働いて、使い切れないほどのカネを稼いで、あとに残ったものは継続不可能な衰退する社会だけ。そんなの、あまりにも哀しい。うなるほどのカネを持っていながら、六本木で飲むぐらいしか使い道がない。そんなの、あまりにも虚しい。
だからこそ、私たちは「ベンチャーマインド」という言葉をアップデートすべきなのだ。
この世界では、もっとも強いものでもなく、もっとも賢いものでもなく、もっとも変化に適応的なものが生き残る。私たちが生き続けるために、古い慣習や常識にとらわれないベンチャーマインドが必要不可欠だ。
そして「ベンチャーマインド」という言葉には、より広い意味を持たせるべきだろう。ただ「新しいカネの稼ぎ方」という意味だけではなく、次世代を残し育てる仕組みや、多様性を包摂する仕組みまで含めた姿勢を指して、「ベンチャー」と呼ぶべきだろう。少なくとも「利益のための犠牲」ではなく、せめて「将来のための犠牲」を肯定する文脈に変えたい。
世界をアップデートするのはヒーローじゃない、僕らだ。
ほんとうのベンチャーを始めようではないか。
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