アニメ『凪のあすから』がとても面白い。昭和のまま時間が止まったような港町が舞台のファンタジー。「海底の町」の子供たちが「地上の町」の学校に転校するところから始まる物語だ。P.A.worksとスタジオ・イースターの生み出す圧倒的な映像美は、言葉で説明するよりも見たほうが早い。
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脚本は岡田磨里。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』や『花咲くいろは』で知られる人気脚本家だ。「乳酸菌摂ってるぅ?」の名セリフはあまりにも有名だ。
今回の『凪のあすから』では、21世紀的な課題に正面から取り組んでいると感じた。「異質な他者とどう生きるか」「共同体をどう継承するか」……大昔から繰り返し語られてきたテーマを、現代的な味付けであざやかに描き出そうとしている。
まだ10話までしか見ていないので、この先どのような展開になるかは分からない。が、現時点での感想をまとめておきたい。
1.現代の課題
20世紀の歴史的教訓は、「世界平和を実現するほぼ唯一の手段は経済的な相互依存を深めること」だった。1870年〜1914年にかけて、物とサービスの国際貿易は現在と同じくらい自由に行われていた。すべてを台無しにしたのはサラエボの暗殺事件であり、その後の保護主義的な経済だった。
経済的な相互依存が断裂したことで、文化的な交流も弱まった。人々は他国の人間と憎しみあうようになり、結果として20世紀は「戦争の世紀」になってしまった。戦争のための競争が技術発展に大きく寄与したのは認める。しかし、そのための犠牲として2度の大戦と冷戦下の代理戦争はあまりにも大きすぎただろう。
現代の世界では、自由主義が主流の思想になっている。
社会主義や全体主義は過去のものになった。経済の自由、文化の自由、結婚、出産、移住、教育……あらゆるものが自由になりつつある。一言でいって、現代は前世紀よりもいい時代だ。親が決めた相手ではなく、自分が心から愛する相手と結婚できる。海外に行きたいと思いたった翌日には、目的地に到着している。国営企業のつまらない製品ではなく、多種多様な物とサービスを消費できる。そして前世紀にはYouTubeもFacebookも無かった。人類史上、現代ほど豊かな時代はない。
しかし、だ。
いいことづくめに思える自由主義は、2つの深刻な問題を引き起こす。
1つは、異質な他者との接触が避けられないこと。
もう1つは、共同体の継続可能性が弱まることだ。
自由主義の広まった世界では、私たちは見知らぬ他者との共存を強いられる。
これは、私たちの心に強いストレスを与える。
たとえば未開の部族には、見知らぬ他者に対してとりあえず弓を向ける風習がある場合が多いという。いわゆる「こんにちは死ね」を実践しているのだ。なぜなら、食糧や資源は自分で集めるよりも、他者から奪ったほうが効率がいいからだ。部族同士の関係がきちんと構築されていない地域では、襲撃と略奪が日常茶飯事になる。だから、見知らぬ他者はとりあえず敵と見なす。それが遺伝的に組み込まれたものなのか、文化的に継承されてきたものなのかは分からない。しかし間違いなく、「見知らぬ者への警戒心」や「排外的な感情」は、現代の私たちの心の中にも根付いている。
ところが現在の私たちは、毎日のように見知らぬ人と出会う。
習慣もルールも違う取引先企業と商談を進めて、海外からの移住者がマンションの隣人になりうる。人の移動が自由になればなるほど、私たちは「見知らぬ他者」との共存を強いられる。未開の部族だったころの風習を考えれば、これは私たちの心に強いストレスとして働くはずだ。
見知らぬ他者とどう生きればいいのか。異質な他者とどのように共存すればいいのか。これは昔から物語のテーマに選ばれてきた。異種婚姻譚はその代表だ。『美女と野獣』、『かえるの王子さま』、『ツルの恩返し』、『猿婿入り』……。いずれも自分たちと姿かたちの違う者との共存を描いた物語だ。
興味深いのは、西欧と日本との違いだ。
西欧の異種婚姻譚では、結末で魔法が解けて人間の姿に戻るパターンが珍しくない。一方、日本では逆だ。一見すると人間の姿をしている相手の正体は異質な他者だった……というパターンがたくさんある。『ツルの恩返し』では正体が解明されたことで2人は破局する。『猿婿入り』に至っては、猿は猿だというだけの理由でひどい目にあわされる。『猿婿入り』では、異質な他者であることが即座に罪として描かれているのだ。
自由主義は西欧で生まれた。一方、日本では今でも排外主義と同調圧力がはびこっている。こうした文化的な土壌の違いが、物語のプロットにも現れているのかもしれない。
自由な世界では、私たちは見ず知らずの他者と共存しなければならない。しかし異質な他者との接触は、私たちにとってストレスだ。これが自由主義のもたらす問題点の1つ目だ。
自由主義のもたらす2つ目の問題は、共同体の持続可能性(sustainability)を下げることだ。自由な世界では個々人は自分の幸福と成功を追求するため、共同体の継続可能性に寄与しづらくなる。
自由経済のもとで発展した社会では、ほぼ必ず出生率が下がる。自由経済を選択した地域は、ほとんど例外なく、いずれ少子高齢化に直面する。いうまでもなく人口は共同体の土台をなすものであり、出生率の低下と少子高齢化は、そのまま共同体の継続可能性を低下させる。「跡継ぎがいない!」と悲鳴をあげているのは限界集落だけではない。比較的豊かな地方都市でさえ、郷土の文化と経済をどのように継承していくのかに頭を悩ませている。
さらに大きな視点で考えれば、現代では「国民国家」という共同体が崩壊しつつある。
国民国家は18世紀のフランスで生まれた。専制君主を倒したフランス人たちは、国民が統治する国家を樹立した。その時になって初めて、彼らは「誰がフランス人で、誰がそうでないのか」を定義する必要に迫られた。「私はフランス人であり、フランスという国家の一員だ」という自覚を、すべての国民が持つに至った。ナショナリズムの誕生だ。
国民国家には、大きな利点が1つある。
戦争に強いのだ。
ナポレオン軍は隣国を蹴散らし、ヨーロッパを席巻した。「フランス国民としてフランスのために戦う」と決意した兵士たちが、王侯貴族の傭兵たちに負けるわけがなかった。国民国家に対抗するためには、自分たちも国民国家を樹立するしかない。そうして世界中に国民国家が生まれたし、それができなかった地域は植民地支配を受けた。
しかし戦争の世紀が終わった今、国民国家は解体されつつある。
たとえば「人」の面で考えてみよう。
現代、人々の移動は自由になりつづけている。
発展途上国では、もっとも優れた人々は政治家や官僚を目指す。反面、日本のような先進国では、もっとも優れた人々はグローバルエリートとして自国に固執せずに活躍する。そう遠くない将来、日本の貧しい層の人々が、中国やインドネシア、マレーシアの工場に出稼ぎに行く時代が来るだろう。自由な世界では、人々は国家の枠を越えて拡散していく。
また「カネ」の面ではどうだろう。
現代では、企業は国家にあまりカネを落とさなくなった。Amazonやグーグル、アップル、スターバックスのような大企業は、タックスヘイブンを利用して徴税を逃れている。税金だけではない。企業の経済活動は国境を越えてどこまでも広がっている。国内生産比率が半分以下の自動車メーカーは、はたして「日本企業」と呼べるのだろうか? 多国籍企業は国内に税金も雇用ももたらさなくなった。
出生率の低下や国民国家の崩壊は、自由主義(Liberalism)のもたらした結果だと考えていいだろう。世界が自由で暮らしやすくなるほど、共同体の持続可能性(Sustainability)は下がる。
LiberalismとSustainabilityの両立は、21世紀の課題だ。
私たちは他者に対する警戒心を持っているが、自由な社会では他者との接触が避けられない。これは私たちに強いストレスをもたらす。また自由な社会では個人も企業も各々の利得最大化を目指すため、共同体の持続可能性が下がる。以上のことから、2つの「21世紀の課題」が浮かび上がる。
1つは「異質な他者とどう生きるか」
もう1つは「共同体をどう継承するか」だ。
2.『凪のあすから』が描くもの
21世紀の2つの社会的課題は、映画などの文化にも強い影響を与えている。
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たとえばゼロ年代のベスト映画としてしばしば名前の上がる『グラン・トリノ』は、真正面からこの課題に挑戦していた。
デトロイトで暮らす独居老人の隣にアジア系移民が引っ越してきて……というストーリー。白人至上主義の頑固じじいと、奇妙な習慣を持つ隣人との交流を描いている。これは「異質な他者とどう生きるか」を問うているのだ。また自動車産業の衰退とともにデトロイトは荒廃しつつあり、主人公の子供たちは町を離れている。ここには「共同体をどう継承するか」という問題が描かれている。さらに、なぜデトロイトが衰退したかといえば、日本企業とのグローバルな競争にさらされたからだ。自由な経済の結果なのだ。
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異質な他者とどう生きるか。
共同体をどう継承するか。
この2つの課題は、日本のポップカルチャーにも強烈な影響を与えている。現在放映中のアニメでいえば、たとえば『夜桜四重奏 ─ハナノウタ─』は注目に値する。「妖怪と人間の共存」と「町の伝統の継承」をテーマにした物語だ。言い換えれば、異質な他者との共存と、共同体の継続可能性をそのままテーマに選んでいる。個性豊かなキャラクターの魅力が楽しい作品。
『凪のあすから』でも、この2つのテーマがかなりストレートに描かれている。
本作に限らず、岡田磨里脚本の作品では「共同体をどうするか」がしばしばテーマになる。
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大ヒットした『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』は、共同体再生の物語だった。
引きこもり生活をしている主人公のもとに、幼いころに死んだ少女の幽霊が現れる。彼女の幽霊を中心として、かつての仲間たちが再集結する。一度バラバラになった人間同士が絆を取り戻す。共同体の再生だ。日本では古来より、死者を神として祀る風習がある。つまり『あの花』に登場する「めんま」は、共同体再生の神なのだ。
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『あの花』と同時期に放映されていた『花咲くいろは』では、共同体の継承が描かれている。
東京で暮らす女子高生が、ひょんなきっかけで田舎の旅館を継ぐことになるというストーリー。まるで朝ドラのような設定だが、内容もそのまま朝ドラになりそうなお話だった。月曜日の朝に見ると仕事のやる気が出る。ヒロインを演じた伊藤かな恵もハマり役だった。旅館を継ぐとは、つまり共同体を継承するということだ。
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岡田作品では、しばしば共同体が物語のテーマになる。『凪のあすから』では、さらに「異質な他者との共存」がテーマに加えられている。
物語は、「海底の町」の中学生が地上の町に転校するところから始まる。子供が減ったため、海底の中学校は廃校になってしまった。少子化、つまり共同体の衰退がすでに冒頭で描かれている。
また「海底の町」と「地上の町」は、あまり仲が良くない。地上の人々は、海底の人を「魚」と呼ぶ。海底の人々は、地上の人を「豚」と呼ぶ。すぐ隣で暮らしていながら、お互いに冷たい憎しみを抱いて生活している。転校した主人公たちは、当然、地上の人々の排他性に直面する。ここで「異質な他者とどう生きるか」という問題が浮かび上がる。
ネタバレになるので詳しくは書かないが、共同体の継承を邪魔するような事件が次々に主人公に襲いかかる。共同体の衰退によって異質な他者との共存を強いられ、それがさらに共同体の継承を難しくする。これが『凪のあすから』に描かれる構造だ。
また、物語の軸に「恋愛」があるのも興味深い。
岡田脚本の作品では、しばしば──というか、ほとんど必ず──人間関係がドロドロする。甘苦い人間模様こそ、岡田脚本の作品の魅力だ。『凪のあすから』でも本領を発揮しており、とにかく恋愛関係がこじれる。三角関係なんてものじゃない。五角関係、六角関係ぐらいにこじれまくる。
なぜ共同体の継承をテーマとした作品で「恋愛」が描かれるのだろう。
それは共同体の維持に恋愛が不可欠だからだ。恋愛の先には結婚があり、生殖があり、共同体の再生産がある。現代は、親が勝手に決めた相手と結婚する時代ではない。共同体の継続可能性について語る場合、現代では「恋愛」は避けて通れない。
「異質な他者とどう生きるか」
「共同体をどう継承するか」
繰り返しになるが、この2つの課題は昔から物語のテーマとして選ばれてきた。神話や民俗説話の時代から、何度も語られてきたテーマだ。そして21世紀の現在、この2つは社会全体の課題になっている。現代的にどのような味付けをするかに、物語創作者の腕が問われる。
『凪のあすから』は、この2つの課題に真正面から取り組んでいる作品だ。少なくとも10話まで見た時点では、そういう感想を私は抱いた。もしかしたら『グラン・トリノ』と同じレベルの大傑作になるかもしれない……と書いたら言い過ぎだろうか? とにかく今後どのような展開になるか目が離せないし、間違いなく2013年ベストアニメの有力候補だ。超おもしろい。
◆
世の中には、カネよりも大切なものがあるという。
個人にとっては、それは愛だろう。では、社会にとっては何だろう?
ある人は、伝統はカネよりも大切だという。またある人は、帰属意識こそが大切だという。私は、自由と多様性だと思う。たとえどんなにカネがあっても、不自由で画一的な社会は貧しい。貧困な社会だ。
たしかに自由は、いいことばかりではない。
それでも、私たちがすばらしい映画を楽しめるのは自由があるからだ。すばらしいアニメを見られるのは自由があるからだ。物語を作る自由、物語を売る自由。自由よりも大切なものは、たぶん、この社会にはないだろう。
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