世の中にはダメな議論が溢れている。
論点のすり替えや人格攻撃は当たり前、「議論=相手を言葉に詰まらせること」だと勘違いしている人はあまりにも多い。
空手やボクシングに「型」があるように、議論にも「型」がある。どんな議論も、一定のパターンにしたがって組み立てられている。その組み立て方が緻密であればあるほど、打たれ強い、強靱な主張ができる。大して難しい「型」でもないのに、身につけている人がこんなにも少ないのはなぜだろう。
それはたぶん、議論のやり方が“打ち出の小槌”だからだ。
「型」を知っているだけで、それを知らない相手よりもはるかに優位に立てる。ライバルよりも優れたプレゼンができるようになるし、ケンカを売られたときに返り討ちにできる。不都合な反論をされたら、論点のすり替えのような「型破りの手」を使ってやろう。それが卑怯なことだと、「型」を知らない人には気づかれない。「型」を知っているだけで、社会的に優位な立場になれる(かもしれない)のだ。こんなに素晴らしい技能を、どうして他の誰かに教えようとするだろう。かくして議論の「型」はハイソな人々だけに伝わる秘密の知識となっている(たぶん)。
いい議論とは、相手を絶句させることではない。
どんなにバカげた主張であっても隅々まで傾聴し、そのうえで、相手の論拠を一つずつ検証していくこと。それが“いい議論”の条件だ。怪しげな部分は徹底的に叩きつぶしてやればいいし、反論できない部分はきちんと受け入れよう。そうすることで信憑性の高い、意味のある「結論」を得られる。正面からぶつかり合ってこそ、建設的な議論になるのだ。
では、どうすれば“いい議論”ができるだろう。どのように議論を組み立てれば、建設的な結論を得られるだろう。できるだけ身近な例を使って、議論の「型」を紹介したい。
日本上陸から数十年来、ずっと結論が出ていない究極の議論――。
ハンバーガーにピクルスは必要か否か?
さあ、この議論に決着をつけようではないか。
〈もくじ〉
1.正しい議論の始め方
2.正しい議論の広げ方
3.正しい議論のまとめ方
4.さらなる議論を
※バーガーキングのワッパー。この価格帯では他の追随を許さないおいしさ。
1.正しい議論の始め方
想像してほしい。
やけどしそうになりながら、ほかほかの包み紙を開く。いかにも香ばしそうな色合いのバンズと、ジューシーなパティがあなたを待ち受けている。こらえきれずにかぶりつくと、濃厚な肉のうまみとソースの塩辛さが口いっぱいに広がる。そして油脂と塩分の渦のなかで唯一の爽やかな酸味――それがピクルスだ。ピクルスはハンバーガーに挟まった良心の欠片と言っても過言ではないだろう。
信じがたいことに、「ピクルスはいらない」という人がいる。
食べるときにわざわざピクルスを取り除いたり、注文するときに「挟まないでください」と断ったりするという。笑止千万。わさび抜きのSushiが寿司ではないように、ピクルス抜きのハンバーガーはもはやハンバーガーとは言えない。肉が挟まっただけの、ただのサンドイッチだ。
ハンバーガーにピクルスは必要か否か?
今回は「必要だ!」という立場から議論を組み立ててみよう。
※ファーストキッチンのベーコンエッグバーガー。この値段でこのおいしさはすごい。なお、ファーストキッチンにはピクルスを使ったメニューはない、らしい。
議論を始める前に、大事なことが二つある。
それはDefinition(定義)とStance(立場)だ。カタカナ英語で「ディフィニション」「スタンス」と呼んでもかまわない。これは「議論の範囲」を決めるために必要だ。
たとえば「ハンバーガー」という単語の示す範囲を決めておかないと、やっかいな事態になる。「てりやきバーガーにピクルスは合わない」とか、「ライスバーガーにはピクルスよりもたくあんのほうが合う」とか、無意味な反論を受けてしまう。正直なところ、ライスバーガーはおにぎりの一種であってハンバーガーの仲間ではない。議論を始めるときには「ここでいう“ハンバーガー”がどの範囲のメニューを示すか」を決めておかなければならない。チキンタツタバーガーやえびかつバーガーには、たしかに漬け物はあまり合わないだろう。「ハンバーガーにピクルスは必要か?」という命題について考察するのなら、まずは「ハンバーガー」の範囲を狭めておくべきだ。
ここでは、「ハンバーガー」を「そのチェーン店のもっとも基本的なメニュー」としよう。
絶対にメニューから外されることのない、基礎的(ベーシック)な商品にして看板商品だ。マクドナルドやロッテリアならば「ハンバーガー」だし、フレッシュネスバーガーならば「クラシックバーガー」、ファーストキッチンならば「ベーコンエッグバーガー」だ。なお、モスバーガーには定番商品として「モスバーガー」があるが、低価格商品として「ハンバーガー」というメニューも揃えている。ここでは双方を「ハンバーガー」の定義に含めたい。
同様に、「ピクルス」の範囲も決めておこう。ここではハンバーガーに挟まった洋風の漬け物のうち、とくに一般的なキュウリ薄切りを「ピクルス」としたい。大根の漬け物(たくあん)がハンバーガーに不適切なのは明白だ。が、「ピクルス」の定義を決めておかないと、たとえば「ぬか漬けもキュウリの漬け物であり、ピクルスと呼べる。ハンバーガーにぬか漬けは必要ない」というバカげた反論を許してしまう。実りある議論をするために、言葉の定義(Definition)は欠かせない。
さらに「必要」という言葉が、いつ誰にとって必要なのかも決めておきたい。たとえば「一日一枚ピクルスを食べないと死ぬ病気」があるとして、その患者にとってハンバーガーに挟まったピクルスは福音だろう。生命維持に欠かせない食品を手軽に採ることができる。そういう人にとって「ハンバーガーにピクルスが必要」なのは間違いないし、「必要」の定義を「ピクルス欠乏症患者にとって」だとすれば、相手に反論の余地を与えず、あなたは確実に議論に勝てる。
が、そんな病気はない。よって、この定義は無意味だ。
「ピクルスを食べないと死ぬ人」のように範囲を極端に狭くすると、議論が成立しなくなってしまう。価値ある結論を得るためには、できるだけ“フェア”なDefinitionをしたい。結論がどちらに揺れてもおかしくない――議論の余地のある(controversialな)定義を行おう。極端な定義を避けることで、「ピクルスアレルギーの人にとっては不必要だ」という反論を、あらかじめ封じることができる。もしもそんな反論が飛んできたら、「んなの当たり前じゃん、いまは一般的で平均的な客について話してるんだ空気読めよバカ」と言い返せばいい。
また「誰にとって必要か?」を定義するときには、できるだけ対象を広げたほうがいい。
たとえば客にとっては、パティが黒毛和牛100%ならば嬉しい。が、店側にとっては合成肉にウシっぽい香料をふりかけたもののほうが安上がりかもしれない。ある立場の人にとって「いい」ものが、別の立場の人には「よくない」ものかもしれない。それぞれの立場の利害関係が均衡した結果、ハンバーガーのパティには米国産ビーフ100%や豪州産ビーフ100%、ビーフとポークの合い挽き肉などが使われている。ピクルスがあったほうが客にとって「いい」のは間違いないが、もしもピクルス一枚が金箔一枚と同じぐらい高価なものだったとしたら、店側はピクルスを「不必要」と結論づけるしかないだろう。
ハンバーガーのピクルスは誰にとって必要か? ――ここでは「客側」と「店側」の双方に目を向けよう。どちらにとっても「ピクルスは必要だ」と主張していきたい。
以上のDefinitionを一言でまとめると、
「ハンバーガーに関わるすべての人のために、ピクルスが必要だ」
と主張するのが私の立場だ。
このように、議論の土俵となる定義を一言でまとめたものをStance(立場)と呼ぶ。
明快なスタンスを提示することは、議論を成り立たせるうえで非常に重要だ。たとえば「捕鯨反対」を叫ぶ人々がいるが、彼らが「くじらが可哀想だ」から反対しているのか、「環境保護と生態系保全のため」に反対しているのかによって、反論の方法や議論の方向性は変わる。
前者に対しては「くじらを狩ることが本当に可哀想なのか?」「可哀想だとして、捕鯨を当たり前としている文化を破壊していいのか?」「日本の捕鯨は文化と呼べるのか?」等々、価値観・歴史観についての議論が深まるだろう。一方、後者に対しては「捕鯨は本当に環境破壊になっているのか?」「海洋の生物多様性は捕鯨によりどの程度の影響を受けるのか」等々、生態学的・科学的な論考が深まるはずだ。一言で「捕鯨反対/賛成」といっても、様々なStance(立場)がある。それが曖昧なままでは“いい議論”など望めない。
議論を始めるときには、まずDefinition(定義)とStance(立場)をハッキリさせよう。
ハンバーガーのピクルスの場合なら、こんな感じだ。
これで議論の範囲が定まった。いわばボクシングのリングが完成した状態だ。このリングのなかで盛大に舌戦を繰り広げよう。
※モスバーガーはファーストフード店ではなくハンバーガーショップだ。ちょっぴり待たされるのは当たり前。
※モスバーガー来た!美味い!美味すぎる!
※モスのハンバーガー。合びき肉のパティによく合う、ややスパイシーなソースが使われている。
※ピクルスは要らないかも……と心が揺れそうになるぐらい、モスは何を注文しても美味しい。
2.正しい議論の広げ方
議論の範囲を決めたら、次は理由を示していこう。「ハンバーガーにはピクルスが必要だ。なぜなら○○○だから」の、○○○の部分だ。根拠や理由のない主張は、ただゴネているのと同じだ。きちんと人の心に届く“いい議論”をしたいのなら、主張のあとには必ず論拠を示さないといけない。
ピクルスが必要な理由には、色々な側面がある。
客側の視点に立てば「味を良くする」からピクルスが必要なのであり、また店側からすれば「低コストで顧客を満足させられる」からピクルスが必要になる。さらに「ピクルスは健康にいい」という視点から、社会福祉的な理由を示すこともできるかもしれない。
ここでオススメしたいのは、これら側面一つひとつを「論拠カード」に書き込むことだ。
このカードの使い方を説明すると、まずArgument(論拠)と書かれた箱に「側面の一つ」を書き込む。たとえば「ピクルスがあると味が美味しくなる」というように、論拠を一行で書き込んでしまうのだ。同様に「ピクルスは低コスト」「ピクルスは健康的」と書かれたカードを作ってしまおう。
続いて、それぞれの論拠の理由を示していく。
たとえば「ピクルスがあると味が美味しくなる」のは、そもそもヒトの舌が味の変化を喜ぶように出来ているからだ。ハンバーガーは油脂と塩分が多く、ともすれば単調な味わいになりがちだ。しかしピクルスがあることで味に変化が加わり、誰でも「美味しい!」と感じられるようになる。また、「味」に注目した議論をするのなら、日本人ならではの側面を忘れるわけにはいかない。日本では伝統的に、食事に漬け物を添える文化がある。したがってハンバーガーにピクルスが挟まっていると、日本の客は「美味しい!」と感じるはずだ。
このように論拠の「理由」を示したら、最後に具体例を出しておこう。
「ピクルスがあると味が美味しくなる」のは「ヒトは味の変化を喜ぶから」だった。たとえば大航海時代のヨーロッパでは、こしょう一粒が金一粒で取引されていたという。いうまでもなく、スパイスは食事の味に変化をつける。それほどまでにヒトは味の変化を渇望するのだ。
また、日本人ならではの側面について言えば、定食屋では必ずお新香が添えられているし、どんぶり飯にはたくあんが二枚埋め込まれている。これらの例から、日本人が食事中の「酸味」をよろこぶのは明らかだ。ハンバーガーにピクルスは欠かせない。
以上のように「論拠 → 理由 → 例」の順で書き込んでいくと、論拠カードが完成する。
各カードの冒頭で「言いたいこと」を示し、続いてその「理由」を書き、最後に「具体例」を提示する――。この書き方は、いわゆるパラグラフ・ライティングとも共通している。だから論拠カードに慣れると、小論文にも強くなる。こんな軽い気持ちで文章を書くなんて初めて! もうなにも怖くない! ――と、思えるはずだ。
残りの論拠カードも埋めていこう。
店側の視点にたった「ピクルスは低コスト」というカード。ピクルスが低コストなのは、それが保存食であり、(たとえば生野菜に比べて)廃棄ロスが出づらく、また衛生管理のコストも抑えられるからだ。低コストな素材を使うのは店の利益率を高めるだけでなく、商品の低価格化を可能にし、顧客の満足にもつながる。また廃棄ロスが少ないということはゴミを減らせるということであり、環境にも優しい。つまりピクルスは店側にとってだけではなく、顧客にとっても自然環境にとっても低コストなのだ。
ハンバーガーの味に変化をつけるために、レタスやトマトを使ってもいいだろう。が、生鮮食料品は保存・管理にコストがかかり、廃棄ロスも多い。今回の議論では「ハンバーガー」を「その店の看板商品」と定義した。では、看板商品にとって大事なことはなんだろう? それは「いつでも・どんなときでも食べられる」ことではないか。であるなら、たとえ停電中で冷蔵庫が動かない状態でも提供できるピクルスこそが、ハンバーガーにもっとも適したシーズニングだといえる。「コスト」という視点から言っても、ハンバーガーにピクルスは必要不可欠だ。
以上のことをカードにまとめると、次のようになる。
最後に「ピクルスは健康的」というカードを埋めてしまおう。
ご存知のとおり、ピクルスは乳酸菌を使った発酵食品だ。ヨーグルトやヤクルトと同様、乳酸菌食品ならではの健康効果を期待できる。もちろん乳酸菌をビネガーで代替した製品もあるが、お酢の健康効果について今さら強調するまでもないだろう。ピクルスはとても健康的な食品だ。ハンバーガーからピクルスを取り除くのは、これら健康効果を捨てているのと同じだ。あまりにももったいない。
またハンバーガーは高脂肪・高塩分の食品だ。醤油を多用する日本食と同様、適量ならば問題はないが、食べ過ぎれば健康を害する。ここでピクルスの出番だ。ピクルスのおかげで味に変化がつき、適量で満腹感を得られるようになる。メタボ対策という国策上の視点からも、ハンバーガーにはピクルスがあったほうが好ましい。
では、なぜハンバーガー・チェーンが「健康」に気を使わなければならないのか。
それは企業の社会的責任の面、イメージ戦略の面、そして顧客の満足の面という三つの側面から説明できる。
たとえばハンバーガーを常食しているのはどのような人だろう。午後のマクドナルドの店内を思い浮かべてほしい。座席を占領しているのは部活帰りの中高生や、塾帰りの小学生だ。子供は社会の宝だ。育ち盛りの彼らの健康を気づかうのは、企業の社会的責任にほかならない。
またイメージ戦略からいっても、健康的な商品を扱うことは重要だ。「食べるだけで毒になる」という誤ったイメージが広まると、売上げに大打撃を受ける。そして映画『スーパーサイズ・ミー』のような誤解を助長するような作品が作られてしまう。
マクドナルドのような低価格帯の商品をカバーしているチェーンにとって、健康的な商品を扱うことは企業の社会的責任・イメージ戦略の面から死活問題だった。ではフレッシュネスバーガーのような、比較的高価格帯の商品を扱うチェーンにとってはどうだろう。
※フレッシュネスのクラシックバーガー。ピクルスは細かく刻んだタイプが使われている。
※友人が注文したベーコンオムレツバーガー。分厚い。ほかのチェーンに比べて圧倒的に分厚い。
これはマーケティング業界では常識なのだが、一般的に、高所得層の人ほど健康に対する関心が高い。アメリカでは貧困層ほど肥満が多く、所得が増すごとに健康のための支出が増えていく。これはアメリカだけでなく、ほぼすべての先進国で見られる傾向だ。日本も例外ではない。だから高価格な商品にこそピクルスを使うべきで、健康効果を高め、顧客の満足度を高めることができる。客の満足度の増加は、企業の売上げ増、業績の好転につながる。客側も店側もうれしいというWin−Winな状況になるのだ。
ここまでの内容をカードにまとめると、以下の通りだ。
議論とは、これら「論拠カード」を提示していく過程のことをいう。
より説得力のある切り札を使った側が、その議論に勝利できる。議論に強くなる方法は、論拠カードの一枚一枚の威力を高める――より正確で精密なReasoningを行い、より確実なExampleを提示する――ことしかない。
揚げ足を取ったり、論点をすり替えたり、あるいは人格攻撃をしたり――。これらは議論に強くなる方法ではなく、議論を破綻させる方法だ。正面から殴り合うことのできないヤツほど、こういう姑息な手段を取る。まともに議論もできない弱虫クソムシへぼ野郎になりたい人は、そういう「議論を破綻させる手段」に磨きをかければいい。
本当の意味で議論に強くなりたいのなら、正面から殴り合うような議論をしよう。
強力な「論拠カード」を作れるようになろう。
論拠カード同士を組み合わせて、反論不可能なコンボを決めてやろう。
※ロッテリアのチーズバーガー。
※ピクルスは典型的な薄切りタイプ。ロッテリアのメニューはどれもいい意味でおやつっぽい。小腹を満たすのにぴったりだと思う。
3.正しい議論のまとめ方
ここまでの議論の流れを復習すると、まずDefinition(定義)とStance(立場)を明確にすることで「議論の範囲」を決め、自分の「主張」を明快に示した。続いて「論拠カード」を順番に提示していき、「主張」がいかに正しいかを訴えた。
この流れから、「主張」と「論拠カード」との下図のような関係性が浮かび上がる。
このように、「主張」は「論拠カード」に支えられることで成り立っている。
ハンバーガーとピクルスの場合は「味をよくする」「低コスト」「健康的」という三つの論拠カードを出したが、もちろんカードの枚数は何枚でも構わない。より強力なカードを、よりたくさん提示できれば、その「主張」は揺るぎないものになっていく。
議論をまとめる(小論文ならば結論を書く)時には、こういう「議論の全体像」を俯瞰したうえで、要点を並べていけばいい。
今回の例なら、「ハンバーガーに関わるあらゆる人にとって、ハンバーガーにピクルスは必要不可欠だ。味・コスト・健康という三つの側面から検証したが、いずれの面でもピクルスは必要だという結論を得られた。……(以下略)」という「まとめ」が書けるはずだ。
※マクドナルド。王者の貫録。
また「議論の構造」を把握することは、反論をする際にも重要だ。
反論とは、相手を罵ることではない。論拠カードを一枚ずつ潰していく作業のことを反論という。「ハンバーガーにピクルスが必要だ」という主張を潰したいのなら、「ピクルスが味を良くする」ことを否定し、「ピクルスが低コスト」なことに疑いの目を向け、「ピクルスが健康的」という論拠の無意味さを説明してやればいい。主張を「支持」する矢印を、一本ずつ断ち切ってやるのだ。
具体的な反論方法は、以前、5つのパターンを紹介した。
1.No reasoning (根拠がない)
2.Not true (うそだ)
3.Irrelevant (無関係だ)
4.Not important (重要ではない)
5.Depend on *** (○○による)
これら反論のパターンは、相手の「論拠カード」を切り裂くためのナイフだ。
反論をするときに気をつけるべきなのは、「一部分を切っただけで論破した気にならない」ことだ。
たとえば「大航海時代のヨーロッパでこしょうが珍重されていた」のは肉類を保存するためであって、味に変化をつける効果は副次的なものだった。「スパイスは味に変化をつけるので中世ヨーロッパで高級品だった」というのはウソだ。上記の反論のパターンのうち【2.Not true (うそだ)】で切ることができる。
でも、だから何?
大航海時代のコショウは、「ピクルスがハンバーガーの味をよくする」という論拠カードで登場したExampleの一つだ。例の一つを潰しただけでは、このカードを潰したことにはならない。大航海時代の例が不適切だと指摘されたら、相手はもっと適切な例を提示するだけだ。相手の論拠カードはかえって強くなってしまう。にもかかわらず、「例証だけ切って論破した気になる人」はとても多い。ご自身がそうならないよう、ご注意を。
このカードを切るためには、「ヒトは味の変化をよろこぶ」というReasoningの部分を切らなければならない。「ヒトは単調な味のほうが好き」だと証明するか、あるいは味の変化をよろこぶとしても「ハンバーガーは例外」だと証明すべきだ。そうすることで、このカードの論理展開を潰し、支持を断ち切ることができる。
こうやってどうにか「味をよくする」というカードを潰しても、まだ論破したことにはならない。
なぜなら「コスト」「健康的」のカードが無傷で残っているからだ。相手を完全論破するためには、すべての論拠カードを切り捨てなければいけない。
たとえば「ピクルスは健康的」というカードについて考えてみよう。
ハンバーガーを食べる人は、そもそもハンバーガーに健康的な効果を期待するだろうか? ハンバーガーはジャンクフードの代表格であり、健康的な側面よりも小腹を満たせる手軽さのほうが重要だ。したがって「ピクルスは健康的」であったとしても、ピクルスそのものを食べればいいのであって、ハンバーガーに挟む理由にはならない。【3.Irrelevant (無関係だ)】
また食品業界が子供たちの健康に気を使うのは当然だが、社会的責任を果たすという大きな目標に対して、ピクルスの健康効果はあまりにも小さい。企業の社会的責任を果たすにはもっと大規模で効率的な方法があり、ピクルスの有無は重要ではない。【4.Not important (重要ではない)】
ここで分かるのは、「より深い分析をした側が勝つ」ということだ。「ピクルスは健康的だ」という命題は、なるほど間違っていないだろう。しかし「ハンバーガーを食べるのはどんな人か?」「企業の社会的責任とは何か?」という部分の分析が不充分だったために、この論拠カードは潰されてしまった。議論に強くなるためには「論拠カード」を強くするのが重要で、そのためには「議論の対象」についての深い分析が欠かせない。
※マクドナルドのハンバーガー。子供のころからお世話になってます。
4.さらなる議論を
議論を始めるときには、まずDefinition(定義)とStance(立場)を明示しよう。範囲を定めることで、正面からぶつかり合う“いい議論”が可能になる。あまりにも狭いDefinitionをすれば「その話題、議論する価値あんの?」と笑われる。逆にDefinitionがあいまいすぎると、反論側から勝手な定義づけをされてしまう。FairでControversialなDefinitionをするのは、発議する側の権利であり義務だ。
議論の中身は「論拠カード」で組み立てていこう。「主張」がうまく支持されるようにカードを並べるのだ。論拠カードは「論拠」「理由」「例証」の3段階でできている。深い分析にもとづいて内容を埋めると、それは強力なカードになる。
反論をする場合は、相手の「議論の構造」を俯瞰し、きちんと把握しよう。完璧な議論など現実にはありえず、どこかに必ず不備がある。その部分から反論を試みるのだ。そして何よりも重要なのは、一部を反論しただけですべてを論破した気にはならないこと。お互いの議論を俯瞰したうえで、なにを言えていて、何が言えてないのかを見抜こう。
以上が、正しい議論の「型」だ。
現実には、こんなに分かりやすい構造で組み立てられた議論は滅多にない。たとえば論拠カード同士が融合していたり、主張の範囲が不明瞭だったり――複雑で込み入った議論が少なくない。しかし基本的な「型」を知っていれば、どんなに複雑な議論であっても、分解して全体像を把握できるようになる。そこまで出来れば、“いい議論”と“ダメな議論”を見分けるのは造作もないだろう。
議論の「型」を身につけたら、ぜひそれを現実社会の議論に当てはめてみよう。日本の、そして世界の現状を思い出してほしい。ハンバーガーのピクルスなんて比べものにならないような語るべき問題であふれている。今回の「型」を使って、ぜひそれらの問題にあなたなりの答えを出してほしい。たとえばたいやきには粒あんとこしあんのどちらを使うべきか――。
さあ、この議論に決着をつけようではないか。
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