社会的地位の高い人たちが、口を揃えて言う。
「子供を私立の小中学校に入れましょう」
どんなにレベルの低い私立でも、治安や進学率という点で公立校に比べればずっとマシだ。彼らの発言の根底には、自分の子供だけしあわせならそれでいい、という自己中心的な価値観がある。教育が「社会」の質を底上げするという大局的な視点が欠けているのだ。我が子がどんなに輝かしい学歴を手に入れても、世の中全体がめちゃくちゃになっていたら意味がない。公教育の質が悪いと嘆くのなら、その質をどう高めるか考えるべきだ。
「私学礼賛」はキモチ悪い。
「うちの子だけは……」という自己中心的な親たちがキモチ悪い。
なにより私学では、現代人としていちばん大切なものを学べない。
◆
白状すると、私学礼賛をキモいと感じるのは、自分の個人的な事情のせいだと思っていた。私は入口から出口までずっと公教育を受けてきた。家計的に私学に通わせてもらえる余裕はなく、受験で一度でもつまずけば中卒、高卒だったと思う。だから「私学」という逃げ道のある人たちを、羨望しながら嫉妬していた。
けれど、そういう個人的な感情を抜きにしても、やはり私学礼賛には問題が多い。
そもそも学校とは、知識を学ぶ場所ではない。自分がなにを知らないのかを学ぶ場所だ。とくに小中高の各教科には(語弊があるかもしれないけど)学問的な価値はない。生きている限り、人は生涯にわたって学び続ける。その基礎体力を養うのが小中高の役割だ。
学問よりもずっと大切なものを学ばなければいけないのだ。
ところでブロガーの内田樹先生は、学級崩壊を子供たちの合理性のせいだとしている。
自分が勝ち上がるためには周りがバカなほうがいい。自身が努力して成績を伸ばすよりも、周りの足を引っ張ったほうが費用対効果が高い。だから今の子供たちは学級崩壊を起こすのだ――と、何度もおっしゃっている。
入試「改革」のご提言について
http://blog.tatsuru.com/2009/01/20_1010.php
いまの親たちも同じだ。
「公立校の教育は質が悪い」と嘆く人は多い。けれど二言目に飛び出すのは「だから私立に入れましょう」という言葉。「公立校の教育」をいかにして良くしていくか、という視点がすぐに欠落する。つい最近も、某経済誌が私立校のステマみたいな特集を組んでいた。「ああいう雑誌を読む階層」の親たちは、そういう考え方なのだろう。公立校の質が悪いなら私立に入れればいい。自分の子供が「学歴」を手にできれば、世の中がどうなろうと知ったことではない……。
ヒトは、教育を受けなければケモノと同じだ。
圧倒的多数の人が公教育を受ける以上、その質が下がるということは、社会全体の質が下がるということだ。公立中学校の治安が悪化すれば、世の中全体の治安が悪化するだろう。公立高校に通うとバカになるというのなら、世の中全体がバカになるだろう。自分の子供だけ立派な人間に育つなら、ほかの子供たちはケモノのままでいいのか。お前それサバンナでも同じこと言えんの?
新聞やテレビを見ると、たしかにイジメや犯罪は公立校のほうが頻発している――ような印象を受ける。しかし子供のうちにイジメというものを見てこなかった人は、大人になってからそれをする。無菌室で育てられたマウスは、野生では生きていけない。
子供たちの合理性が学級崩壊を引き起こしたように、親たちの自己中心性は社会崩壊を引き起こす。子育ては「人材育成」ではない。この社会をつくる共同プロジェクトだ。そういう大局的な視点を持たない人に「親」を名乗る資格はない。
では、私立校では学べないこととは何だろう。現代人にとって、学問よりも大切なものとは何だろう。
何度も書いているとおり、それは「多様性」を知ることだ。
自分の子供のころを思い出してみると、公立小学校の教室はちょっとしたカオスだった。地元の名士や社長の娘、小さな商店や肉体労働者の子供、やくざの息子まで揃っていた。大人になれば階層化され分断されてしまう人々が、同じ教室で席を並べ、同じ釜のメシを食っていた。小学校の教室は、この社会の多様性を肌で学ぶ場所なのだ。※民主主義を学ぶ場と言い換えてもいいだろう。
私たちのアイディアや思想といったものは。多様性のなかから生まれる。
たとえばW杯のとき、アメリカ代表のサポーターは他のどの国よりもカラフルだった。肌も、髪も、目の色も。とくに西海岸は開放的だと言われているが――西海岸といえば、そう、シリコンバレーだ。多様性豊かな社会に育まれて、WindowsやiPadが生み出された。
アメリカは国家成立の歴史からして、自由(つまり多様性の受容)を信条としている。FOXニュースやTea Partyにみられる極端な保守右派と、Occupy Wall Streetのような極端なリベラル派が共存している国。かつての奴隷の子孫たちと、かつての主人の子孫たちとが共に兄弟のテーブルについている国。それがアメリカだ。20世紀においてアメリカが繁栄を極め、今なお強い影響力を持っているのは、かの国が世界でいちばん多様性に満ちた国だったからだ。
アメリカがイノベーティブなのは競争原理がうまく機能しているからではない。圧倒的に多様な社会だからこそ、アメリカはすごいのだ。
子供を私学に入れるのは「社会の多様性」から遠ざけるということだ。
親にとっては子供の管理がラクになるからいいだろう。子供の側はご愁傷様。「いい学校」に入れられて「いい環境」で純粋培養されてきたという自覚がある人は、できるだけ若いうちに“不純”な経験をしたほうがいい。いつか世の中を動かす立場になる前に。
◆
そもそも「親が子供のしあわせを決められる」という発想自体が、親の自己中心的な考え方だ。
しあわせは子供が自力で見つけるものだ。「自分のしあわせを自分で決められる人」に育てることが親の役目ではないか。極端な話、子供から「あなたのようにはなりたくない」と言われることこそ、親の誇りであるはずだ。親たちに子供のしあわせは決められない。
子育ては人材育成ではない。自分の子供だけが優れた人材に育っても、社会の底が抜けてしまっては意味がない。子育ては、これからの社会をつくる共同プロジェクトだ。
私学に入れるのは悪いことではない。特色のある、すばらしい教育をしている学校も多い。私自身、通ってみたかったと思う学校は少なくない。しかし私学を選ぶ理由を「公教育がダメだから」としてはいけない。
子供は大人の姿を見て育つ。クソガキが増えている――もしもそれが本当なら、いまの大人たちがクソなのだ。私たちがクソなのだ。
この世はクソまみれかもしれないが、そのままでいいとは思わない。
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※つーか「公立はヒドい」という話自体が、受験産業によって誇張された神話かもしんないよねー。