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夏だ!ホラーだ!スティーヴン・キングを読もう!

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夏といえば怖い話だ。そして、怖い話といえばスティーヴン・キングである。
1974年に『キャリー』でベストセラー作家の仲間入りを果たしたキングは、今なおヒットメーカーの座を守り続けている。日本の小説やマンガ、アニメにも多大な影響を与えており、20世紀末から現在までの娯楽を語るうえで欠かせない偉大な作家だ。しかし著作点数が膨大なため、何から読み始めればいいのかたじろいでしまう。かくいう私も、まだ氏の作品の半分も読めていない。
今回の記事では、私が今まで読んだキング作品のうち「これは!」と思うものを五つ紹介したい。「○○が抜けているぞ!」「××よりも■■のほうが面白い!」といったお叱りの言葉があれば、ぜひコメント欄に書いていただければ感謝甚大である。





キャリー (新潮文庫)

キャリー (新潮文庫)

1.『キャリー』
念力能力を持ったいじめられっ子の少女が、悲しみのあまり一つの街を破壊しつくす物語。誰もが思春期には感じたはずの「痛み」を思い出すことのできる小説だ。恐怖よりもざらついた切なさが余韻として残る、まるでビターチョコレートのようなストーリー。だが、そのチョコレートには燃えるように熱い酒(スピリッツ)が含まれている。のどを焼かないようにご用心。
もしもあなたが宮部みゆきのファンなら、絶対に読むべき一冊だ。宮部作品は松本清張とキングの影響を強く受けているらしい。『龍は眠る』『蒲生邸事件』『クロスファイア』そして短編集『とり残されて』『鳩笛草』に収録された作品たち──。宮部みゆきは超能力を題材にした作品を多数執筆しているが、それらすべての原型になったのは『キャリー』だろう。超能力によってヒーローになるのではなく、むしろハンディキャップを負ってしまうこと。神秘的なほど魅力的な少年が登場すること。そしてルポルタージュ風の文体など、宮部作品を特長づける要素は『キャリー』にも共通している。





呪われた町 (上) (集英社文庫)

呪われた町 (上) (集英社文庫)

2.『呪われた町
舞台はメイン州の架空の町ジェルサレムズ・ロット。夏のある日を境に、退屈な田舎町の住人は一人、また一人と姿を消していく。彼らはどこに行ってしまったのか? 主人公の小説家ベンジャミンは謎を調べるうちに、恐ろしい真実に気づく──。
小野不由美屍鬼』の元ネタになったことで有名(?)な作品だ。冒頭の四分の一はひたすら町の情景と住人の紹介が続くので、読書慣れしていない人はかなり根気を試されるはず。しかし中盤にさしかかる辺りから物語は急転、後半は一気読み間違いなしだ。恐怖よりもアクション性の強い、わくわくできる娯楽大作である。ただし登場人物はひたすら多い。
登場人物をたくさん出したくなってしまうのは、キングの悪癖らしい。2009年の『アンダー・ザ・ドーム』は1つの町が謎のドームで覆われて外界から遮断されてしまう物語だが、登場人物は『呪われた町』よりも多い。私の友人は登場人物一覧を半ベソをかきながら作っていた。ツラくないの?と訊いたら、それが楽しいのだという。キングのファンは多かれ少なかれマゾな部分があるようだ。
なお『呪われた町』の次に刊行された『シャイニング』では、一転して極端に少ないキャラクターしか登場しない。たぶん編集部から「出しすぎ」と叱られたに違いない。





3.『ペット・セマタリー』
都会から田舎町に引っ越してきた一家四人の物語。若い夫婦と幼い子供2人が新天地での暮らしに少しずつ幸福を見つけていく。このしあわせを影を落とすものがあるとすれば、家の前の幹線道路を大型トラックが走り抜けることと、家の裏から少し歩いた場所に「ペットの共同墓所(セメタリー)」があることぐらい──。
この記事で紹介する作品のうち、もっとも恐ろしく、そしてもっとも悲しい小説だ。作品の大部分は一家四人の「家族小説」として仕上げられている。子供の成長に驚き、喜び、そして愛を深めていく夫婦の姿が、深町眞理子の名訳で描き出される。
個人的には、本作は『シャイニング』の焼き直しという印象を受けた。『シャイニング』は古いホテルに巣食った「呪い」が恐怖の源泉になる。一方、本作ではペットの共同墓地とその裏山に恐ろしい「力」が眠っている。恐怖のもとになる超常的な力が(※『キャリー』のように「人」ではなく)「場所」が持っていること。そして父親が少しずつ狂気に犯されていき、子供がそれに気づいて、妻が止めようとすることなど、『シャイニング』との共通点は多い。ただし閉ざされた雪山が舞台の『シャイニング』とは違い、本作では一家を取り巻く人間たちも鮮やかに描かれる。好みは分かれるだろうが、後年に発表された『ペット・セマタリー』のほうがずっと洗練された小説になっていると感じた。文句なしのスゴ本だ。





4.『死のロングウォーク
スティーヴン・キングのもう1つのペンネーム、リチャード・バックマンの名で発表した作品。別名義でありながらきっちりベストセラーになったというからさすがである。
舞台は近未来のアメリカで、全体主義的な軍事政権によって「ロングウォーク」という競技が行われている。ルールはいたって単純だ。100人の少年をカナダ国境から南に向かって歩かせ続ける。時速4マイル以下になると警告が発せられ、3回警告を受けてなお制限速度を下回ると射殺される。主人公レイ・ギャラティはほんの思いつきから、この昼も夜もない競技に身を投じるのだった──。
正直に言うと、あまり面白い小説ではない。舞台設定はジョージ・オーウェルの『一九八四年』やレイ・ブラッドベリ華氏451度』、フィリップ・K・ディック『最後から二番目の真実』などと同系列の手アカのついたものだし、あっと驚くようなどんでん返しも、読者をわくわくさせるような超展開もない。キングらしく人物造形は活き活きとしているが、それとて主人公の周辺の十人程度。せっかく100人の参加者がいるのに、名前が出た次のページで射殺されるキャラクターも珍しくない。『ペット・セマタリー』とは対照的な、じつにぶきっちょな作品だ。それもそのはず、キングが本作の初稿を書き上げたのは学生時代、実質的には『キャリー』以前に書かれた処女長編と呼ぶべき作品なのだ。
では、なぜ本作をおすすめするのか。
他の作家に多大な影響を与えたことが、手に取るように分かるからだ。たとえば高見広春バトル・ロワイヤル』は本作を下敷きにして書かれたという。恩田陸夜のピクニック』はどうだろう。あるいは虚淵玄の作品群は? 先述のとおりキャラクターの造形は一級品で、むしろ人物描写だけで読ませる青春小説だ。またオーウェルなどのディストピアものから影響を受けた作品でもある。作品同士の親子関係、兄弟関係を想像してニヤニヤできる傑作。






夕暮れをすぎて (文春文庫)

夕暮れをすぎて (文春文庫)

5.『夕暮れをすぎて』
これは私の持論だが、短編小説を読めばその作家の実力が分かる。ことにストーリーテリングの手腕は、短編では如実に差が出る。引き締まった一本の短編小説をものにするには、何をそぎ落とすべきで、何を残すべきなのか、作者の頭のなかで明快に整理されていなければならない。では、キングは?
もちろん、短編小説でも超一級だ。
『スタンド・バイミー』『ゴールデン・ボーイ』、『幸運の25セント硬貨』など、キングの短編集はどれも面白い。そのなかでも『夕暮れをすぎて』は、収録作品がすべて21世紀になってから書かれている。キングの円熟した腕前を味わえる作品集なのだ。とくに9.11同時多発テロを題材にした作品「彼らが残したもの」は必読。恐怖と、笑いと、愛情と──。キングらしさがぎゅっと詰まった傑作短編である。一つひとつのお話が短いので、まとまった読書時間が取れない人にもオススメだ。






※おまけ:キングの映画

シャイニング [Blu-ray]

シャイニング [Blu-ray]

『シャイニング』
スタンリー・キューブリック監督作品。キング本人はこの映画をあまり好きではなかったらしいが、観客の一人として見るとやっぱり面白い。キューブリック監督もキング同様に強烈な才能の持ち主だ。二人の才能があまりにも輝かしすぎて、混ぜ合わせることができなかったのかも。このあたりは高橋留美子押井守の才能がぶつかりあった『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』にも似ているようなぜんぜん似ていないような……。
ちなみにこの映画のどこが怖いかといえば、殺人鬼と化していくジャック・ニコルソンの怪演もさることながら、いちばん怖いのは「怖がる演技」をするシェリー・デュヴァルその人である。



ミスト [Blu-ray]

ミスト [Blu-ray]

『ミスト』
外の天気はいいかな? 健康状態は万端? 翌日、友達と会う予定は入ってる? オーケー、それなら『ミスト』を見ても大丈夫だ。精神的なストレスのきわめて重たい映画なので、ぜひ元気なときに見てもらいたい。謎の白い霧に包まれた田舎町で、スーパーマーケットに残された人々のドラマを描く。



ショーシャンクの空に [Blu-ray]

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最後は口直しにホラーではないものを。90年代のベスト映画の1つであり、キング作品の映像化のなかでも出色のデキ。そもそもキングは、ホラー作家を目指していたわけではないらしい。『呪われた町』の企画をエージェントに渡したとき、忠告されたという。「これが世に出れば、君は間違いなくホラー作家と呼ばれることになるぞ」と。つまりキング自身は、ホラーによらない様々な作品を書こうとしていた(そして書いてきた)わけだ。
キングの腕が光るのは、緻密な恐怖描写をしているときではないと私は思う。むしろコメディシーンの上手さこそ、キングの作品の面白さの秘訣だと思うのだ。『呪われた町』の主人公ベンと医師ジミー・コディのウィットに富んだ会話。『ペット・セマタリー』の回想シーンで、ルイス・クリードと舅のアーウィン・ゴールドマンのケンカ。いずれも噴き出さずにはいられないユーモアに満ちている。恐怖とユーモアは紙一重の感情だ。




     ◆




光が強いほど影の色が濃くなるように、笑いが鮮やかなほど恐怖は深くなる。
映画『All You Need Is Kill』の前半では、死ぬたびに同じ時間を繰り返す主人公ケイジがブラックユーモアたっぷりに描かれていた。繰り返す死。本来なら恐怖でしかないものを、観客たちは喜んで笑っていた。『ホームアローン』の泥棒が感電して骨になるシーン、あるいはマンガやアニメで実験に失敗した博士が、黒こげになるシーン。本当なら怖いはずのシーンが、やりかたによってはギャグになる。志村けんの『バカ殿様』で、たまに挿入されるホラー回の恐ろしいことと言ったら! 笑いと恐怖は心の中のごく近い場所にあるらしい。「笑い」という感情は、ヒトが恐怖に打ち克つために発達させたものなのかもしれない。ヒトの笑顔は、もとをただせば獣が牙をむき出しにする表情だった。
ユーモアと恐怖、嫌悪と愛情。人の持つ様々な感情を、キングは卓越した筆致で描き出す。たしかにキングはホラー作家かもしれない。娯楽小説を書く三文作家かもしれない。けれど19世紀ディケンズがそうであったように、後世に名を残すのはそういう作家だ。100年後、ガルシア・マルケストマス・ピンチョンが忘れ去られても、キングの作品は読まれ続けているのではないか。ディケンズの作品が21世紀に映画化されたように、キングの作品は22世紀にARのアクションゲームになるのではないか。
だからもうしばらくは、彼の作品を読み漁っていたい。







龍は眠る (新潮文庫)

龍は眠る (新潮文庫)

蒲生邸事件 (文春文庫)

蒲生邸事件 (文春文庫)

とり残されて (文春文庫)

とり残されて (文春文庫)

屍鬼〈1〉 (新潮文庫)

屍鬼〈1〉 (新潮文庫)

バトル・ロワイアル

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夜のピクニック (新潮文庫)

夜のピクニック (新潮文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

最後から二番目の真実 (創元SF文庫)

最後から二番目の真実 (創元SF文庫)