クルーグマンだか誰だったか、偉い経済学者が「日本経済はいつか必ず復活する」と言っていた。「しかし、その“いつか”が百年後では困るのだ」と。
私たちの“夢”も同じだ。努力を重ねれば夢はいつか必ず叶う。けれど、その前に私たちの寿命が終わってしまうかもしれない。死ぬまで叶わないと気付いた時、人は夢をあきらめる。それを避けるためには、成長の速度のブーストと、モチベーションの維持が不可欠だ。
では成長速度や意欲を高くたもつには、どうすればいいだろう?
キーワードは「心の収支」だ。
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ラノベ作家のTさんには、フィギュア原型師の夢をあきらめた過去がある。
二次元の美少女を三次元に再構築する――それがフィギュア原型師の仕事だ。画面に映らない部分まで作り込むには、当然、膨大な量の資料と、職人的な勘が必要になる。ただ手先が器用なだけでは務まらない仕事なのだ。フィギュア原型師は、いわばオタク界のスーパーエリートと言っていいだろう。
ところがフィギュアの作成にはカネが掛かる。あまり詳しいことは知らないのだけど、材料費も器具代もバカにならないという。紙とペンだけでできる他の創作活動とは、比べものにならないそうだ。そのくせ、「できあがったモノが売れるかどうか分からない」という部分だけは他の創作物と一緒だ。このリスキーさも、フィギュア原型師がエリートたる所以(ゆえん)だ。どの業界でもエリートは湯水のようにカネを使って生まれる。
Tさんが原型師をあきらめたのも、金銭的な事情が原因だった。細々と仕事をしながら帰宅後は造形にいそしみ、貯金を切り崩しながらモノを作る。イベントに参加するたびに赤字が膨らみ、ついに耐えきれなくなった。生活を守るため、Tさんは夢をあきらめざるをえなかった。
なお、カネを湯水のように使うことにかけては私も負けていない。翌日からセールが始まることを知らずに洋服を買ってしまったり、使いもしない“オリーブの種抜き機”を衝動買いしてみたり……。フィギュア原型師がオタク界のエリートなら、私はむだづかいのスーパーエリートだと自負している。閑話休題。
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Tさんが夢をあきらめたのは、金銭的な赤字が原因だった。で、これってカネの話だけじゃないと思うのです。
創作をしていると、ネガティブな感情とポジティブな感情のあいだで、つねに心が揺れ動く。作品を1つ仕上げた時の達成感や、それを誰かに褒めてもらったり、買ってもらった時のよろこび。これらは心にとってプラスになる。いわば心の“収益”だ。
一方、作品に対してダメだしをされたり、ライバルに先を越されて焦ったり……。人気のある人ほどアンチからの心ない言葉をぶつけられたりする。創作活動を続けていれば、こういう心にとってマイナスになる出来事とも向き合わなければいけない。いわば心の“支出”だ。
モチベーションを維持するためには、“収益”と“支出”のバランスが重要だ。ネガティブな感情ばかりが積み重なると、ものを造るのがツライだけになってしまう。金銭面だけではない、“心の赤字”が膨らみすぎた時に人は夢をあきらめるのだ。
何かを長く続ける秘訣は、この“心の収支”をトントンぐらいに保つことだ。赤字が増えすぎると立ちゆかなくなるし、黒字が積み重なると(ベンチャーが大手企業に買収されるように)本当にやりたかったことが見えなくなる。褒められ続けると誰だって飽きちゃうんだよね。適度にイヤなことを言われているほうが、「なにくそ」という気持ちで続けられる。
また、収入と支出のどちらもできるだけ大きくすること。これが成長の秘訣だ。キャッシュフローの大きさは、その企業の“商売の大きさ”を示している。成長中の企業は、日々キャッシュフローが大きくなっていく。私たちの成長もこれとよく似ていて、「たくさん褒められて」「たくさんダメだしされて」いる時がいちばん伸びるんじゃないかな。
夢を叶えるためには、たくさんの仲間から刺激をうけること。これがいちばん大事だ。
「余裕ができてきたら、またフィギュア造りをしたい」とTさんは言う。趣味としてではなく、また本気で原型師を目指したいそうだ。金銭的な理由で挫折を味わったTさんだが、彼の心はまだ赤字ではない。心の収支が健全経営であるかぎり、私たちの挑戦は続く。(BGM:中島みゆき)
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