『けいおん！』の第二期がはじまる前に（１）

『白鳥たちは見えないところでバタ足をする』
Rootport著

　　　　　【１】

「あ……ちょ、センパイ！　私です！　中野です！
うう、もう。無視して通り過ぎないでください。人通りが多いのは解りますけど……。
へ？　髪型？　あ、そうか私、高校の頃はツインテールでしたね。大学生にもなって、あんな子供っぽい髪型できないです。だけど「雰囲気あまり変わらないね」って言われます。この童顔は隠しようがないみたいで……。この前、居酒屋で学生証を見せろって言われました。中学生に見えたらしいです、もうハタチなのに。やっぱり服が子供っぽいのかな。ＣａｎＣａｍに出てくるような格好は似合わないから。友達からは「森ガール」って言われますよ。『ハチクロ』もぬるい音楽も好きじゃないんですけど。
センパイはなんだか変わりましたね。ずいぶん落ち着いちゃったみたい。けど、カチューシャはそのままで良かったです。地下鉄の駅から出てきた時、一目で判りましたもん。ぜんぜん別の人になっていたらどうしよう、センパイに気がつかなかったらどうしようって、不安だったんです。
――表参道のほうは人が多いからやめましょう。
ここから骨董通りに向かっていくと、イイ感じのお店がいくつかあります。えっと、センパイは何時の新幹線に乗る予定ですか？　……そっか、それなら二時間くらいはお話できますね。
私が上京して以来だから、二年ぶりですね。お元気でしたか。こうしてセンパイとお話しする機会って、あまり、ありませんでしたよね。五人でいることが多かったですし。こうやって二人だけで会うのは、もしかしたら初めてかも知れないですね。
懐かしいなぁ、軽音部。
センパイのドラム、今でも覚えてます。いつも少し走り気味でしたよね。あ、でも、私は好きでした、センパイの演奏。――テンポが速まるのは、それだけ気持ちが入っているからです。魂の無いドラムなら、ＭＩＤＩに叩かせればいいんです。軽音部のドラムは、センパイじゃなきゃダメでした。
入部してすぐのころ、私がキレちゃったのを覚えてますか。音楽室からティーカップを撤去すべきだと激怒したのを。あの頃の私はなんだかガツガツしていて、軽音部のユルさが我慢できなかったんです。ストイックに練習に打ち込みたくて。――今だから言いますけど、じつは私、外バン組もうとしていました。ライブハウスを巡ったりもしました。けど、やっぱり、センパイたちのほうが良かったんです。今でもそうです、あの頃みたいに胸が熱くなる演奏って、しばらくしていません。私たち五人は最高です。最高でした。
他の先輩がたとは連絡とってますか。私、むぎ先輩とは特に疎遠になってしまって……むぎ先輩が留学して以来、ぜんぜん連絡とってないんです。たしかイギリスの……えっと……そうです、ガートン村！　どんな場所なんでしょうね。一度、みんなで押し掛けましょうよ！　いかにもお嬢さんって感じの、かわいい人だったなぁ。そういえば、留学先で『彼女』が出来たっていうウワサを聞きました。あれって本当なんですか。
――ゆい先輩ならお元気です。今でもときどき会ってます。一浪したゆい先輩、私を遊びに誘うときはいつも「同級生を見捨てるなぁ」なんて言うんです。私にとっては今でも先輩なのに。
でも、ゆい先輩の通っているＫ音楽大学って、武蔵村山市という場所にあるんです。東京でも西のほうだから、けっこうな田舎で、私たちの地元みたいな雰囲気の場所です。会いに行こうとすれば、電車とバスを乗り継いでたっぷり一時間はかかります。頻繁には会えません。お互いの都合がつくときに、吉祥寺あたりでお茶してます。
だから、いちばんよく会っていたのは、みお先輩でした。Ａ大学に受かった時も、真っ先に連絡したんです、『同じ大学に通うことになりました！』って。そしたら、すごく喜んでくれました。一人暮らしの部屋を探すのも、みお先輩に手伝っていただきました。その頃にはもう、マコトさんとお付き合いを始めていたみたいです。こっちのキャンパスで授業がある日は、一緒に買い物に行ったりしました。原宿にも渋谷にも、歩いて行ける距離ですから。
だから――。
だから、あんなことになってしまって、本当に悔しいです。
みお先輩、いまは実家にいるそうですね。部屋に閉じこもっていると聞いています。ご存じかも知れませんが、みお先輩の休学届け、私が出したんです、みお先輩に頼まれて。
今でも思うんです、もっと私に出来ることがあったんじゃないかって。
みお先輩を助けることができたんじゃないかって。
こんなことになる前に、何か手を打てたんじゃないかって」