デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

有名な「あの物語」の続き

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 ビジネス書などで、しばしば『三人のレンガ職人』という寓話が紹介されます。

 ビジネスパーソンなら誰でも知っていて当然の、あまりにも有名な物語です。

 ところで、あのお話に続きがあることをご存じでしたか?

 まずはストーリーをおさらいしましょう。

 昔々あるところに、一人の企業経営者がいました。

 ある日、彼が散歩していると、レンガ職人と出会いました。

 照りつける日差しの下で、職人はため息をつきながらレンガを積んでいました。

 企業経営者は言いました。

「こんにちは。あなたは何をしているんですか?」

 するとレンガ職人は答えました。

「見ての通り、レンガを積んでいるんだよ」

「大変なお仕事ですね」

「ああ、まったくその通りだよ。手は汚れるし、腰は痛む。文句の一つも言いたくなるよ。どうして私がこんなツマラない仕事をせにゃならんのだ……ってね」

「頑張ってくださいね」とねぎらいの言葉をかけて、企業経営者はその場を離れました。

 

 しばらく歩いていくと、また別のレンガ職人と出会いました。

 照り付ける日差しの下で、職人は黙々とレンガを積んでいました。

 企業経営者は言いました。

「こんにちは。あなたは何をしているんですか?」

 すると二人目のレンガ職人は答えました。

「見ての通り、壁を作っているんだよ」

「大変なお仕事ですね」

「ああ、たしかに。だけど俺には妻と子供がいる。最近では景気が悪くて、仕事もなかなか見つからない。どんなにツマラない仕事でも、無職になるよりはマシさ」

「ははあ」

「給料をもらえるだけ、ありがたいと思わないと」

 職人は力なく微笑みました。

「頑張ってくださいね」とねぎらいの言葉をかけて、企業経営者はその場を離れました。

 

 もうしばらく歩いていくと、さらに別のレンガ職人と出会いました。

 照り付ける日差しの下で、職人は楽しそうにレンガを積んでいました。

 企業経営者は言いました。

「こんにちは。あなたは何をしているんですか?」

 すると三人目のレンガ職人は答えました。

「見てわからないのかい? 大聖堂を造っているんだよ!」

「大変なお仕事ですね」

「ああ、本当に。こんな大変なプロジェクトにコミットできるなんて、私はなんて幸せ者なんだろう!」

「幸せ者? あなたはレンガを積み上げているだけですが、ツマラない仕事だとは思わないんですか?」

「大聖堂が完成したら、たくさんの人がここで祈りをささげて、祝福と心の平穏を得られるんだ。その人たちのことを思えば、ツマラないなんて気持ちは吹き飛ぶよ!」

 職人の笑顔は、きらきらと輝いていました。

「頑張ってくださいね」とねぎらいの言葉をかけて、企業経営者はその場を離れました。


 ここまではよく知られたストーリーです。

 目的意識を持つことの重要性を説く逸話として、書籍やセミナーなどで教わった人も多いでしょう。

 この寓話は、もともとピーター・ドラッカーの著作で紹介されて有名になったようです。オリジナル版では、レンガ職人ではなく「石切り職人」という設定になっていたそうです。

 じつは、この物語には続きがあります。

 三人目のレンガ職人の言葉に心を打たれた企業経営者は、もと来た道を戻りました。たとえ大変な仕事でも、完成したときのことを思えば幸福を感じられる――。このことを、他のレンガ職人にも伝えたくなったからです。

 

 二人目のレンガ職人のところまで戻ると、企業経営者は訊きました。

「あなたは、給料をもらえるだけありがたいと言いましたね?」

「もちろんさ。路頭に迷うのはごめんだよ」

「仕事に感謝するのはいいことです。その気持ちを忘れないように。ところで――」

 企業経営者は、意気揚々と続けました。

「――あなたが作っている壁は、大聖堂の一部になるんですよね?」

「ああ、まあ……。そう聞いているよ」

「ならば、完成した大聖堂で祈る人々のことを考えてみてください。あなたの仕事は、ただ妻子を養うだけのものではありません。たくさんの人を幸福にする、素晴らしいミッションなのです」

 職人は力なく微笑みました。

「言われてみれば、そうかもしれないねえ」

「自分の仕事の目的を思い出せば、仕事に誇りを持てるはず。そうなれば、あなた自身も、もっと楽しく幸福になれるはずですよ」

 職人は力なく微笑むだけでした。

(仕事に誇りを持て、だって!?)

 職人の心中には怒りが渦巻いていました。

(そんなものを持ったところで、病気がちの娘が丈夫になるわけでも、口うるさい妻がおしとやかになるわけでもない。大聖堂に集まるやつらなんかより、まずは俺自身を幸福にしておくれよ!!)

 溢れんばかりの呪詛を飲み込んで、職人はただ微笑んでいました。

「それでは頑張ってくださいね」

 ねぎらいの言葉をかけると、企業経営者は鼻歌を歌いながら立ち去りました。

 いいアドバイスができたと、得意満面でした。

 

 最初のレンガ職人のところまで戻ると、企業経営者は訊きました。

「あなたはレンガを積んでいると言いましたね?」

「私が積み木で遊んでいるようにでも見えるのかい? バカなことを訊かないでくれ」

「あなたが積み上げているレンガはやがて壁になり、大聖堂の一部になるはずですよね」

「ああ、まあ……。そう聞いているよ」

「だったら、あなたも仕事に目的意識と誇りを持つべきです!」

 企業経営者は切々と論じました。

 大聖堂に集まる人々のことを考えなさい、偉大なプロジェクトに参加できる喜びを噛み締めなさい、云々。

「――というわけで、目的意識を持って仕事をすれば、やがて大きなイノベーションを引き起こすことができるのです。あなたの積んだレンガの一つひとつが、人類の歴史を変えることに繋がっているんですよ」

 レンガ職人はプッと吹き出しました。

 肩を小刻みに震わせると、こらえきれずに爆笑しました。

「あーはっはっはっ! 何言ってんだこいつ」

「な、何がおかしいんですか」

「冗談だとすれば傑作だ」

「こっちは真面目に話しているんです」

「だとすりゃ、なおさら可笑しいね。レンガを積むことで人類の歴史が変わるだって? あんたはイノベーションの本質を分かっちゃいない。馬車を何台並べたって、機関車は産まれないぞ」

 このセリフに、企業経営者はカチンときました。

「レンガ職人ごときが、私にイノベーションの本質を説くつもりですか? なんて生意気な――」

「まあ落ち着けよ」と、職人は相手を遮りました。「あんたの言葉は、何百年も昔の奴隷農場の経営者にそっくりだ。黒人奴隷に向かって講釈を垂れるといい。お前たちが育てているサトウキビはやがて上質な砂糖になり、ヨーロッパの人々を喜ばせる。誰かを幸福にできる尊い仕事だ……ってね」

「奴隷の話なんてしていません。私はただ、ツマラない仕事を少しでも――」

「美辞麗句で言い繕うのはやめろ。あんたがどう考えていようが、あんたのセリフには一つの機能しかない。労働者の『ヤル気』を奮い立たせて、安い賃金で働かせるという機能だ」

 職人は肩をすくめました。

「もっとも、犬並みの知性しか持たないやつは、あんたのセリフに騙されるかもしれないね。……だが、あいにく私は人間だ」

「あなたには素直さが足りませんね。あなたのようなひねくれた人を、私の会社では絶対に雇いません」

「私だって、あんたみたいな経営者のもとで働くのはゴメンだよ。断言するが、あんたの会社では絶対にイノベーションは起こせない」

「なっ!?」

「12世紀末ごろ、ヨーロッパで風車が使われるようになった。これは、それまで人の手で行っていた製粉作業を機械で代替するものだった」

「……なんの話ですか?」

「18世紀半ばのイギリスで、世界で初めて蒸気機関が実用化された。これは、それまで人の手で行っていた鉱山の排水作業を、機械で代替するものだった」

「それがイノベーションに何の関係が――」

「18世紀まで、インドはキャラコ(※木綿の布)の輸出で儲けていた。ところが19世紀末までには、インドの織物産業は衰退し、布を輸入するようになっていた。なぜなら同じ時代、イギリスでは機械が布を織るようになったからだ。発明された自動織機の数々は、人間よりもはるかに安価で、正確に、大量の布を織ることができた」

「そんな昔の話をされても――」

「『進化論』で有名なチャールズ・ダーウィンは、実験データの集計を近所に住む数学教師に依頼していた。ダーウィンが数学をあまり得意ではなかったことに加えて、当時はExcelがなかったからだ。どんなに単純な統計データでも、人間の手で計算するよりほかなかった」

「……」

「じつは20世紀半ばまで、『計算手』という仕事があった。企業の経理から政府の軍事研究まで、あらゆる計算を人間の手で行っていたのさ。筆算やそろばんを駆使してね。ところがコンピューターの普及によって、この仕事はなくなった。かつては百人のチームで行っていた計算が、今ではスマホ一つで出来る」

イノベーションの本質は技術の進歩だと言いたいんですか?」

「いいや。イノベーションを起こすのに、技術革新は必ずしも必要ではない。むしろ重要なのは、既存の技術をいかに応用するか――。いわゆる『コロンブスの卵』的な発想を持てるかどうかだ」

 手にしたレンガを撫でながら、職人は続けました。

「たとえば蒸気機関の改良に成功したジェームズ・ワットは、熱力学や物理学の専門家ではなかった。測量機器の設計方法を学んだ程度だ。また、鉄道の父と呼ばれるジョージ・スティーヴンソンは、貧しい炭鉱街に生まれて、18歳までまともに読み書きができなかった。さらに、モールス信号を発明したサミュエル・モールスは、もともとは絵描きで、発明に関してはアマチュアだった。この時代に生まれた発明品のほとんどは、古代ギリシャアルキメデスよりも多くの知識を必要としなかった……とまで言われている」

「えっと、つまり……?」

イノベーションの本質は、『手を抜くこと』なんだよ。持てる知識を総動員して、ツマラない仕事をできるだけ機械にやらせて、人間はラクをしようとすること。これがイノベーションのカギだ。レンガを積む仕事は、たしかに意味があるし大切なものかもしれない。だが、それを礼賛しているうちは、イノベーションは産まれない」

「あなたは、いったい――」

 企業経営者は、職人の言葉にただただ困惑するばかりでした。

 職人が手を放すと、レンガは重力制御でふわりと宙に浮かびました。

「私はとある研究施設の科学者でね、『レンガを積む人間の動作』を研究するために、こうやってレンガ職人の仕事に挑戦していたわけだ」

 信じられない事態に、企業経営者は目を白黒させました。

 相手はにやりと笑いました。

「言っただろう。どうして私がこんなツマラない仕事をせにゃならんのだと思う、ってね」

 ザッ、ザッ、ザッ……。

 気づくと、遠くのほうから何やら妙な音が近づいてきます。

「な、なぜ――」

 企業経営者は絞り出すように言いました。

「――あなたは、なぜそんな研究を? 『レンガを積む人間の動作』を調べて、いったい何をするつもりですか?」

 さも当然というふうに、相手は答えました。

「決まっているだろう。レンガを積む仕事を、機械にやらせるんだ」

 ザッ、ザッ、ザッ……。

 道の向こうから、無数のアンドロイドが近づいてきました。

 寸分の狂いもなく整形されたレンガを手に、隊列を組んで歩いてきます。

 ザッ、ザッ、ザッ……。

「ひっ」

 企業経営者は小さく悲鳴を上げました。アンドロイドたちに睨みつけられたような気がしたからです。 

 眼球の代わりに取り付けられた、魂のないカメラで。

 

〈了〉

『最後のレンガ職人』
 著:Rootport(2017年)


※注:本作は、冒頭の「ビジネス書などで」という言葉から末尾の〈了〉までで一つの小説作品です。
※前半の一部に「三人の石切工」にインスパイアされた部分を含みますが、後半はRootportの二次創作です。元ネタのお話に続きはありません。

 

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