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デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

男にとってのセックスと女の結婚が等価値である理由

冗語
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 イケメンたちのあごが尖っている。

 いわゆる『乙女ゲー』と呼ばれる女性向けゲームでは、男性キャラクターの輪郭が──とくに「あご」が尖って描かれがちだ。これはなぜだろう?

 もちろん二次元イラストには流行廃りはある。『ベルサイユのばら』の登場人物たちは最近の乙女ゲーほどあごが尖っていない。

 とはいえ、だ。

 やはり最近の乙女ゲーでは尖ったあごが目立つ。そのことをパロディにした『学園ハンサム』のような作品が作られるほどだ。(※イケメンたちのあごは、いつごろから尖り始めたのだろう? どんな歴史的変遷を経て、現在のキャラデザに落ち着いたのだろう。造詣に深い方がいたらぜひ教えてほしい)

 昨日の記事では、男性向けオタクコンテンツに「ムッチリ体型」のキャラクターが登場する理由を説明した。男性は、女性がそう思っているほどには、痩せている体型に魅力を感じるわけではない。むしろ重要なのはウエストのくびれだ。男性がくびれに魅せられる理由は、進化心理学的な観点から説明できる。

 同じような説明が、女性向けのコンテンツにも当てはまるだろうか?

 あごの尖ったイケメンを好むことに、生物としてどんな利点があるのだろう?

 

    ◆ ◆ ◆

 

 以前、はてなブロガーのトイアンナさんが面白い指摘をしていた。男性向け成人ゲームのあらすじを、登場する男女を逆にして「セックス」を「結婚」に言い換えると、まるで乙女ゲームのあらすじのようになるというのだ[1]

 男性向け成人ゲームのなかでも、とくに「抜きゲー」と呼ばれるジャンルがある。セックスに至るまでの過程が極端に短く描かれたもので、都合よく女性キャラクターが登場して、主人公にセックスを迫るというのがよくあるパターンだ。

 この男女の立場を逆にすると、都合よく男性があらわれて、主人公に結婚を迫るというあらすじになる。これは乙女ゲーにありがちなストーリーだ。

 これを以て、「男性にとってのセックスと、女性の結婚が等価値だと分かった」とトイアンナさんは述べている。

 

ここまで実験してみて、わかったのは以下のことだ。

・男性にとって、無茶な設定でもない限り自分からねだらないのが結婚
・女性にとって、無茶な設定でもない限り自分からねだらないのがセックス

 男性にとっての結婚、女性にとってのセックス。どちらも「いずれすることでも、自分からオファーしたくない」という共通の価値観があると、この実験で分かった。

 ──ブログ「トイアンナのぐだぐだ」

 この指摘は鋭い。

 一般的に言って、オスにとっては交尾だけして子孫を残せるなら都合がいい。一方、メスにとってはオスから可能な限り育児への協力を引き出したほうが都合がいい。抜きゲーにおける「セックス」と、乙女ゲーにおける「結婚」がよく似たものになってしまうのは、私たちの心理が雌雄競争を経て進化してきたことの証なのだ。

 

「メスは、オスからの協力をできるだけ引き出したほうが有利」だと書いた。この傾向の極端な例はミフウズラだ。一妻多夫制の鳥で、メスは卵を産みっぱなしにする。子供の世話をするのはオスの役割だ。ミフウズラのメスは進化の過程で、抱卵、育雛(いくすう)をすべてオスに押し付けることに成功した。

 たとえばクジャクの場合、一部のオスだけが子孫を残せるというハーレム制だ。より綺麗な羽を持つオスだけが子供を残せるので、結果としてインドクジャクのオスはきらびやかな尾羽を持つように進化した。

 一方、ミフウズラの場合はメスのほうが綺麗な羽を持っている。 

 ミフウズラのメスは、子育てをせずに済むようになった。しかし、代わりにメス同士の競争が激しくなってしまったのだ。オスは抱卵、育雛にコストを払うのだから、その分、交尾相手を吟味するようになる。結果として、モテる一部のメスしか子孫を残せなくなった。クジャクのようなハーレム制の動物とは、雌雄の立場が逆転してしまった。

 

 オスにとっては交尾だけして子孫を残せれば都合がいいと書いた。ところがこの原則を単純に当てはめようとするには、人間の繁殖行動は少々複雑すぎる。とくにやっかいなのは「結婚」の存在だ。一見すると、結婚はオスにとって損にしかならなそうに思える。にもかかわらず、なぜヒトは結婚という習性を持つようになったのだろう。チンパンジーのような乱婚制にならなかったのはなぜだろう。

 ポイントは「子供の成熟に必要なコスト」だ。

 たとえばメスだけでは子育てに失敗する可能性が高い動物の場合、つがいを作ったほうが有利だ。多くの鳥がつがいを作る理由である。ヒトのように長期にわたってつがいを作る動物は、類人猿では珍しい。ヒトは、鳥のようなつがい行動を持つようになった猿だと言えるかもしれない。子育てのコストがあまりにも重く、オスの協力がなければ子供がうまく育たない。子育てに非協力的で、いわゆる「ヤリ逃げ」をする男たちは数が減った。だからこそ、ヒトはつがいを作るように──結婚するようになった。

 ヒトの場合、子育てのコストのなかでも、成長にかかる時間の長さが注目に値する。

 生物の繁殖は、r戦略とK戦略に大別できる。r戦略は「短期間でたくさん子孫を作れば誰かが生き残るでしょう」という戦略で、哺乳類ならウサギやネズミが採用している。一方、K戦略は「時間をかけてでもデカい体を成長させれば食われにくくなるでしょう」という戦略。ゾウや大型類人猿はこっちだ。

 ヒトは哺乳類のなかで飛び抜けて成長が遅い動物だ。私たちは体重5トンのアフリカゾウと同じくらいの時間をかけて成熟する。さらに言えば、同じヒト属のなかでも、私たちホモ・サピエンスはとくに成長に時間がかかる種族のようだ。

 たとえばネアンデルタール人の8歳の骨格は、現生人類の10歳児と同程度に成熟していた。彼らは私たちよりも成長が速く、私たちの80%の時間で大人になれた可能性がある。この違いは、脳の成長に時間がかかるからというだけでは説明できない。なぜなら脳の容積は、ネアンデルタール人のほうが大きかったのだ。

 もしかしたら、「時間をかけて大人になること」それ自体に、自然選択で有利になる要素があったのかもしれない。

 子育てに時間がかかれば、それだけ夫婦や家族は協力せざるを得ず、群れの社会は複雑化するだろう。祖父母やいとこを巻き込んだ、大きく複雑な社会を作ることになるだろう。そういう血縁集団を作ることで、食糧を集めたり外敵から見を守ったりするうえで有利になったのかもしれない。

 大きく複雑な群れ社会では、おそらく本能的な行動の重要性は低くなり、家族からの教育を充分に受けられた個体が生き残りやすくなる。生まれる子孫はますます教育を必要とし、育児期間はますます伸び、社会はますます複雑化していく。私たちの成長が極端に遅いのは、そういう進化を遂げてきたからかもしれない。

 8歳のネアンデルタール人の骨格は、現生人類の10歳程度に成熟していた。彼らが私たちの80%の時間で大人になれたとすれば、親や家族から与えられた教育的投資も80%にすぎなかったことになる。教育の不足を本能的な力(空間認知力とか記憶力とか)で補うために、彼らは大きな脳を持った。そう考えるのは飛躍しすぎだろうか。

 なお、ヒトの成長に時間がかかる理由として、「外敵がいなくなったから子育てに時間をかけられるようになった」という説があるようだ。しかし、この説の苦しいところは、他の類人猿に比べてヒトの子供が特別捕食されにくいとは思えないことだ。大型肉食獣や猛禽類の多い地域では、現代でも子供が猛獣に襲われて命を落とす事故は珍しくない[2]

 

 今までの話をまとめよう。

 ヒトは成長に多大な時間とコストを要する動物だ。それゆえに、子育てに協力的なオスのほうが繁殖に成功した。こうしてヒトは結婚するようになった。鳥のようにつがいを作る猿へと進化したのだ。

 とはいえ、ヒトの心はそれほど単純ではない。あえて悪いと分かっていることをしたり、良いと思うことができなかったりする。ヒトの心はどこまでも多面的だ。他の猿と比べれば分かるとおり、人間の男性は「子育てに協力する」「妻子に資源や安全を提供する」という献身的な習性を持っている。しかし同時に、より多くのメスと交尾したい、交尾だけして子孫を残せれば都合がいい、という習性も残している。だからこそ、男性向けの「抜きゲー」では、簡単にセックスさせてくれる女性キャラクターが登場するのだ。

 一方、メス側の繁殖戦略はさらに複雑だ。言葉は悪いが、男性側は一発ヤれれば子孫を残すという目標の半分は果たしたことになる。ところが女性側は、子供が成長するまでの長期間にわたって、オスから献身と協力を引き出さなければならない。肉体的な魅力だけでなく、知性やユーモア、創造性、ときには泣き落としや脅迫を駆使して、相手の気を引き続けなければならない。「結婚」とは、協力や保護を提供するという約束だ。女性にとって、男性からその約束を取り付けるのは非常に骨が折れるのだ。だからこそ女性向けの「乙女ゲー」では、結婚という言葉が意味を持つ。

「抜きゲー」と「乙女ゲー」の比較は、単に男女の心理の違いを表しているだけではない。その背後にある雌雄の繁殖戦略の違いと、そして私たちホモ・サピエンスの進化の過程を、そっくりそのまま反映している。今後、これらのゲームで遊ぶときは、ぜひ数十万年前のアフリカで暮らしていた私たちの祖先に思いを馳せてほしい。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 話をイケメンのあごに戻そう。

 動物は「超正常刺激」を好む場合がある。たとえば多くの鳥は、普通サイズの卵よりも巨大な卵が巣にあることを好む。ガチョウは通常サイズの卵よりも、サッカーボールほどの卵を温めるほうが好きだ。日本のイラストに見られる誇張表現にも、同じことが当てはまるのではないか。

 たとえば、ヒトはおそらく男女ともに「大きな目のある顔」が好きだ。それはガチョウの卵と同様に、大きければ大きいほどいい。超正常刺激である。だから二次元の登場人物たちは通常よりもはるかな大きな目を持つように描かれる。

 アゴの出っ張っている部分を「おとがい」 と呼ぶ。これはホモ・サピエンスの特徴の1つで、たとえばネアンデルタール人にはおとがいが無かった[3]。おとがいはくちびるの周りの筋肉を支えるのに重要で、ホモ・サピエンスの特徴である「言語の使用」に関わって進化したらしい。そして、おとがいは男性のほうが大きく成長する。つまり、尖ったアゴは性的に成熟した男性の証なのだ。 

 もしも二次元のイラストが、私たちの「超正常刺激を好む性質」を反映したものだとしたら、イケメンの尖ったあごにはそれが反映されているのかもしれない。

 

 

 

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◆参考文献等◆

[1]男性にとってのセックスと、女性の結婚が等価値だと分かった「ある実験」 - トイアンナのぐだぐだ

[2]ドナ・ハート、ロバート・W・サスマン『ヒトは食べられて進化した』化学同人(2007)

[3]▲「性別推定:頭蓋骨」 - 生物考古学研究所ホームページ