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デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

いま失敗すれば、日本終了。

冗語
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 何の数字か、お分かりだろうか。

 

 2050年における現役世代と老後世代の人口比だ。現在の日本では現役世代2.4人で老人1人を養っている。しかし、2050年にはこれが半分になり、現役1.2人で老人1人を支えることになる[1]。私たちの子供世代は高額の社会保険料と重税に苦しめられ、優秀な人から順番に海外に脱出するだろう。国民皆保険は、たぶん崩壊する。年金は、おそらく有名無実のものになる。

 

alfalfalfa.com

 こちらのまとめサイトには、虐待の横行した介護施設の様子が書き込まれている。床ずれは放置され、鼻のチューブは死ぬまで交換されず、排泄したおむつを取り換えようとしたら、「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣かれたという。おむつ交換のたびに日常的に暴力が振るわれていたのは明らかだ。

 2050年には、これがありふれた光景になるだろう。現役世代が半分になれば、当然、老人の生活水準も半分になる。

 

 これは遠い世界の話ではない。

 35年後のあなたの身に降りかかる現実だ。

 2050年、あなたは何歳だろう?

 

 

 

 


 しかし朗報が一つある。

 出生率は、死亡率ほど正確に予想できない[2]。生活水準が一定を超えた国では、死亡率はほとんど変化しない。一方、出生率は経済情勢によって大きく上下する。したがって、2015年現在の20代~30代が子供を産めるようになれば、破滅的な少子高齢化は避けられる。少なくともソフトランディングさせられる。

 子供を産む所得には、はっきりとした閾値がある。

 年間所得500万円だ。

 

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 このグラフは平成24年度就業構造基本調査[3]から作成した。

 まず世帯主40歳以下の世帯における子供の有無を見ると、年間所得500万円未満の世帯では急激に子供のいない世帯の割合が増える。ここには独身者も含まれており、年間所得が500万円に到達しない人は、結婚しないし子供も作らないことが分かる。

 

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 続いて、世帯ごとの子供の人数を見ると、年間所得500万円を境界に「一人っ子世帯」が半分を超える。人口を維持するには1人の女性が約2人の子供を産む必要があるので、一人っ子世帯の増加は少子高齢化を加速させる。

 興味深いのは、高所得になっても子供は増えないことだ。年間所得500万円を超えると、子供のいない世帯の比率はほとんど変わらなくなる。一人っ子世帯の比率もあまり変わらない。

 

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 つまり、こういうことだ。

 

 

 なぜ年間所得500万円を超えないと子供を産もうとしないのかは、以前詳しく考察した。ここでは説明を省く。

 結論だけ書こう。

 少子高齢化を回避できるかどうかは、いかにして年間所得500万円以下の世帯に子供を産んでもらうか──、さらに言えば、いかにして若者に年間所得500万円を達成させるかにかかっている。若者が充分なカネを入手できなければ、日本の将来は暗い。

 

 

 

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※日本のサラリーマンの平均年収の推移[4]。リーマンショック後に急落し、回復していないことが分かる。

 

 

 では、どうすれば若者の年間所得を増やすことができるだろう。

 方法は2つある。

 

 1つは、日本人労働者がもっと熱心に賃上げを要求することだ。

 日本の労働組合は、高度成長後の安定期に「労使協調路線」を取るようになり、実質的に賃上げを放棄してしまった。終身雇用が前提の社会では、企業の事業継続がそのまま労働者の生活の質に直結する。そういう環境下では、労使協調にも合理性があった。

 しかしバブル崩壊後に終身雇用は崩壊し、すでに20年以上が過ぎた。にもかかわらず、終身雇用時代の勤労観が根強く残っているため、日本人労働者はストライキをちらつかせるような賃上要求をやめてしまった。非正規雇用が増えたことも、この傾向に拍車をかけた。交渉力のある労働組合は、大抵、正社員だけで構成されている。非正規雇用の労働者には労使交渉の機会すらない。

 つまり日本の労働市場では、企業がプライスメーカーになっているのだ。本来なら需要と供給によって決まるべき給与水準が、企業によって一方的に押し下げられているはずだ。ミクロ経済学でいう「不完全競争」の結果が、今の日本の賃金水準だ。現在、日本のサラリーマンの平均年収は400万円ぎりぎりで推移している。

 日本の労働者が賃上げを要求するようになれば、賃金水準は押し上げられて競争均衡に近づく。賃金が増えれば当然、家計消費も活発になり、景気は好転して求人が増える。日本を豊かにするほぼ唯一の確実な方法は、労働者が賃上げを要求することだ。少なくとも、「やりがい」を言い訳に低賃金を受け入れるような現状──金銭的報酬の不足を精神的報酬で補うような現状よりは、私たちの暮らしはラクになるだろう。

 

 もう1つの方法は、女性の雇用拡大を進めることだ。

 子供を作るのに必要な年間所得500万円が、世帯所得であることに注目してほしい。父親だけの収入で年間500万円の所得を達成するのは難しい。20代ならほぼ不可能と言っていいだろう。しかし正社員の夫婦共働きであれば、比較的簡単に達成できる。

 現在の日本人女性の労働環境は、労働力率M字カーブを描くことで知られている。20代後半~30代前半にかけて、女性の就労率が激減するのだ。出産・育児の期間中は労働から離れざるをえず、子育て後に非正規のパートタイム等として復帰することになる。

 さらに、産休・育休制度のある企業でも、制度を利用すれば人事評定がリセットされる(=実質的に評価が下がる)場合が珍しくない。

 このような勤労習慣が女性の生涯所得を引き下げ、共働きによる世帯所得増の大きな障害となっている。

 子供を作ることは、本来、経済規模の拡大につながり、カネ儲けにつながる。しかし効果が表れるまでに10~30年が必要だ。一方、ほとんどの企業は創業から10年以内で廃業しており、30年以上続く会社はごくわずかだ。企業は10年後の利益よりも3ヶ月後の利益を優先するため、子供を産む社員を歓迎しない。産休・育休制度の充実は、経済的均衡によって自然に達成できるものではない。政治的な圧力がなければ、「子育てを迫害する雇用環境」は変えられない。

 

 最後に、なぜ子供を作るのにカネが必要なのかを確認しよう。

 昔はどんなに貧乏でも結婚したし、子供を作っていた。年間所得500万円がないと子供を作らない現状は、「子育てに必要なのは愛であってカネではない」という直観に反する。なぜ、今の若者はカネがないと子供を作らないのだろう。あるいは、なぜ昔はカネがなくても子供を残せたのだろう。

 これは「教育と技術の競争」という概念で説明できる。

bbpromo.yahoo.co.jp

 こちらは、昭和のビジネスマンの仕事を再現した記事だ。当時は書類を管理する仕事があり、伝票をまとめて数値を計算する仕事があり、タイピングをする仕事があり、プレゼン資料を作る仕事があった。そういう仕事をするスタッフのバックアップを受けて、営業活動を行っていた。しかし現在では、FinderとExcelPowerPointがあれば、1人でこれらの仕事をできる。

 一般的に、技術革新は生産性の低い職業を減らし、より高度な能力を要する新しい職業を生み出す。

 もしも教育水準が向上しなければ──たとえば昭和30年代のように、高校進学率が50%程度のままだったら、技術革新によって中卒レベルの仕事は駆逐され、人口の半分はとてつもない貧困に突き落とされたはずだ。

 しかし、過去100年で先進国は猛烈な技術革新を経験したにもかかわらず、労働による賃金の格差はほとんど拡大しなかった。(※賃金の格差が拡大するのは20世紀後半に入ってからだ[5])なぜなら技術革新と同じ速さで、教育水準も向上したからだ。

 昭和30年ごろに約50%だった高校進学率は、現在は96%以上にまで上がった。今では大学進学率が約50%だ。昭和30年代の高卒者と同じくらいの給与階層の仕事に、今では大卒者が就いている。技術革新が目まぐるしく進む世の中で、親と同じレベルの所得階層を維持するには、子供は親よりも高度な教育を受ける必要がある。

 したがって、技術が発達して経済が豊かになるほど、子育てに必要な教育コストも上昇する。

 これが「教育と技術の競争」だ。

 子供に自分よりも貧乏になってほしいと願う親はいない。だから現在の若者は、一定以上の所得がないと、子供を作りたいと思わないのだ。

 日本では出産と結婚が深く結びついているため、子育てできないような所得水準の人々は結婚そのものを諦める。結婚したくなる所得水準=子育てしたくなる所得水準が、現在の日本では年間500万円まで高騰しているのだ。放っておけばこの水準は今後も上がり続けるので、当然ながら、親たちの教育負担を減らす政策も必要だろう。


     ◆


 介護施設に独りぼっちで放り込まれて、子供はまったく面会に訪れない。日本語も満足に話せない低練度の外国人介護士から虐待されて、殴られるのが怖いから糞まみれのおむつを必死で枕の下に隠そうとする。

 これが、2050年に私たちを待つ老後だ。

 少子高齢化って、そういうことだ。

 

 産まれた子供が経済活動に参加するまでには20年以上かかる。したがって、35年後の地獄を回避するには、今ここで対策しなければ手遅れになる。2050年の平均余命は、女性90歳・男性84歳だという[6]。100歳以上まで生きる人も珍しくないだろう。現在65歳以下の人々は、将来、この地獄と直面することになるのだ。私たち20代~30代はもちろん、今の50代~60代にとっても、少子高齢化は他人事ではない。逃げ切れると思ったら大間違いだ。

 技術と教育の競争により、子育てのコストは上がり続ける。

 現在では年間所得500万円がなければ子供を作れなくなった。今の20代~30代にこの所得水準を達成させなければ、日本の衰退は止められない。労働者の賃上げ要求で給与水準を競争均衡に近づけること。また、女性の雇用拡大を進めること。さらに教育コストを引き下げること。今すぐにでもこれらを実現できなければ、日本に未来はない。

 

 1.2人。

 

 繰り返しになるが、これは2050年における現役世代と老人の比率だ。ホモ・サピエンスには約20万年の歴史があるが、ここまで苛烈な少子高齢化社会が現れたことはない。文字通り、前代未聞の社会に私たちは突入しようとしている。

 私たちを待っているのは、長寿を喜ぶことができず、「早く殺してくれ」と懇願する時代かもしれない。重税に苦しむ子供たちに「早く死んでくれ」と呪われる時代かもしれない。

 救いがあるとすれば、出生率の予想は死亡率の予想よりも難しいということだ。経済状況によって出生率を上げることはできる。

 

 手を打つなら、今しかない。

 失敗すれば日本終了だ。

 

 

 

 

※参考

[1]少子高齢化による人口構成の歪みで国民皆保険は危機的状況

[2]河野稠果『人口学への招待』(中央公論新書)

[3]平成24年就業構造基本調査>全国編>世帯単位で見た統計表(表212、241を使用)

[4]年収ラボ サラリーマン平均年収の推移

[5]トマ・ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房)

[6]平均余命の推移

 

※賃上げと女性雇用拡大に次ぐ第3の道として、私は「賃金労働への依存度を下げること」が有効ではないかと考えている。パソコン1台で、つまり先行投資・在庫・融資・出資がほぼゼロでも商売ができる時代だ。賃金労働にこだわる必然性はすでに薄く、副収入のある人のほうが雇用者に対して有利に交渉できる可能性もある。クビを切られても困らないのなら、雇用者の言いなりになる必要はない。

※これについては、また別の機会に書きたい。

※なお、年間所得500万円以下の人々に子供を作らせるのは、若者の所得を増やす以上に難しく、不可能に近い。「教育水準の向上」と「賃金格差があまり広がらなかったこと」は、過去100年の先進国ほぼすべてに当てはまる。したがって、技術と教育の競争は間違いなく起きており、おそらく避けようがない現象だ。子供の医療費や学費を引き下げても現状維持がせいぜいだろう。行政が生まれた子供すべてをカネを払って「買い取る」なら、また話は別だが…。

 

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