デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

「外国人は日本から出て行け」と言いたくなる理由

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 半年くらい前の話だ。新宿紀伊国屋の地下でカレーを食べていたら、汚れたジャンパーのおっさんが隣に座った。そして店のおばちゃんに向かって言った。
「お前、愛想悪いな。外国人か?」
 おばちゃんが中国人だと答えると、彼は「国に帰れ」と言い捨てた。凍りつく店内の空気をものともせず、おっさんはおばちゃんに口汚く絡み始めた。
「いい加減にしろよ、おっさん」
 私は思わず、言ってしまった。
「こっちはメシ食ってんだ」
 おっさんは顔を真っ赤にして、三国人がどうのと説教を垂れ始めた。私は流し込むようにカレーを平らげて店を出た。あのおっさんの疲れきった灰色の顔が、今でも忘れられない。


    ◆


 たぶんあのおっさんは、豊かではないのだと思う。
 誇らしさとか、満たされている感覚とか、そういう「豊かさ」を得にくい生活をしているのだと思う。貧しさは外国人排斥の感情にかんたんに結びつき、たぶん、戦争をしたい「気分」のようなものに成長していくのだ。
 
 戦争というのは、誰か偉い人が始めるものじゃなくて「戦争を求める心」という、いわば空気のようなものに突き動かされて始まるものだと思っているから。
 それは、いろんな人の心の中にある。僕にだって多少はある。喩えるなら小さな雪片のようなものだと思う。最初は粉雪のような、小さな、ささいな感情。それが沢山の人の心の中に降り積もる。それを誰かがこねる
「戦争を求める心」というものの正体は何か。それは、端的に言うと「あいつらのせいで」という感情の動きだと思うのです。
 
 これは音楽ジャーナリストの柴那典さんのブログだ。ロックフェスでミュージシャンが戦争反対を訴えることの是非について書かれた記事だが、とても示唆深いと思った。
 
 僕がロックフェスという場をすごく好きなのは、大袈裟に言うならば、誇りや、豊かさや、生活の充実を、他の誰かを打ち負かすことではなく感じることのできる場所だから。
 
 人は豊かでないと、誰かに敵意を持つようになる。
 それは金銭的な貧しさかもしれないし、人間関係の貧しさかもしれない。趣味や知識の貧しさかもしれない。原因はどうあれ、「豊かだ」と充足した気持ちになれなければ、人はかんたんに他人を害意を抱く。
 当たり前だ。
 豊かでない人は、それ以上自分を追い詰めることができないからだ。
 何か嫌なことがあったときに「自分のせいだ」と思うことができない。今の自分をどん底だと感じている人は、それ以上自分を責められないのだ。
 だから「あいつらのせいだ」と考えるようになる。
 余裕のない人ほど自分に甘く、他人に厳しくなってしまう。
 
 じつをいえば、先述のおっさんの言い分にも一理あるのだ。たしかに店のおばちゃんは無愛想だった。というか、私のわずかな訪中経験から言えば、中国の人はあまり愛想笑いをしない。日本人の目から見ると無礼に感じるほどムスッとした顔をしつつ、接客はきちんとこなす。北京の料理店では、たいていそうだった。
 一見すると無愛想に思えても、注意深く観察すればきちんと客のことを考えているのが分かる。無駄に愛想をふり撒く文化がないだけなのだろうと想像できる。他愛もない文化の差だ。
 しかし余裕を失うと、そういうわずかな差が許せなくなってしまう。無愛想な店員には「笑顔で接客しろ」と言えば充分なのに、「国に帰れ」とまで言ってしまう。観察眼も想像力も失って、拒絶しかできなくなる。
 窮すれば鈍するのだ。
 
 なぜ私が人類社会に娯楽や芸術が必要だと思うかといえば、それらが「豊かさ」を感じる手段だからだ。どれほど金銭的に貧しい生活を強いられている人でも、一篇の歌が充足感をもたらしてくれることがある。そして客観的にどれほど豊かになっても、主観的に貧しければ無意味だ。
 豊かさは、ただそこにあるだけでは感じることができない。何らかの手段を通じなければ、人は豊かさを自覚できない。誇らしさや、自信、勇気、充足感を得られない。そして「何らかの手段」とは、つまり娯楽である。音楽やスポーツ、芸術、ゲームやSNSである。
 
「日本はすごい」
 誇らしさを味わう手段を忘れた人に、この言葉はとかく甘美に響くようだ。
 
 
     ◆
 
 
 第一次世界大戦後、戦勝国のエリートたちはドイツに懲罰的な賠償を求めた。手足をもぎ取っておきながら働けと命じるような残酷な措置を、嬉々として選んだ。これに対して、経済学者J.M.ケインズは『平和の経済的帰結』で警告を発した[1]。窮乏して、追い詰められたドイツ人たちは、民族主義的に「発狂」して新たな戦争の火種を作るだろう、と──。本書により、ケインズは世界中のマスメディアと“良識的”な識者から袋叩きにされた。
 
 しかし現実は、ケインズの予言通りになった。
 ドイツ人たちはナチス党を熱烈に支持し、いわば「発狂」した。
 
 ひるがえって現在の日本はどうだろう。2014年4月に消費税が増税され、家計の消費は一気に冷え込んだ[2][3][4]。サラリーマンの年収を見れば、90年代末ごろをピークに下がり続け、リーマンショック以前の水準には回復していない[5][6][7]。しかし仕事の量は減らず、労働時間はピークの1980年代から2000年代であまり変化しなかった[8]
 仕事の量が変わらないのに賃金が減り、税金は増えた。消費できるものが減った。
 つまり日本人は貧しくなっているのだ。 
 したがって、今の日本では「豊かさ」を感じにくい人が増えていると推測できる。誇らしさや充足感を、日常のなかで得にくくなっているはずだ。
 たとえばそれは、ビールを発泡酒に変える惨めさかもしれない。ケータイの買い換えを半年先延ばしにする惨めさかもしれない。そういう小さな惨めさが積み重なった先に、おそらく「発狂」が待っている。どんなバカげたものでもいいから、ニセの誇らしさを与えてくれるものにすがるようになる。
 この広い世界には、日本人の発狂を心待ちにしている人もいるのだろうか。
 
 
 
 
 

 

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◆参考文献等◆
[1]第一次大戦後の経済問題とケインズ(pdf)
[2]消費増税後の消費動向──こら!たまには研究しろ!!
[3]消費税10%へ引き上げは大丈夫か?4-6月期GDPは実質6.8%減で景気は踊り場に──日経BizアカデミーBizCOLLEGE
[4]過去33年でワースト2!消費税増税がもたらした急激な消費落ち込みに政府は手を打てるか──現代ビジネス・ニュースの深層
[5]サラリーマン平均年収の推移──年収ラボ
[6]サラリーマン平均年収(全国平均)の推移──年収リサーチ
[7]サラリーマン年収──年次統計
[8]日本人の働き方と労働時間に関する現状(pdf)─内閣府規制改革会議 雇用ワーキンググループ資料
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