映画脚本とゲームシナリオのいちばんの違いは、ランダム・エンカウントを認めるかどうかだと思う。
ゲームは、映画や小説、マンガとは違う。シナリオ上の違いをあげればキリがないが、しかし、いちばん大きな違いは、ランダムで生じるエピソードに対する許容度ではないだろうか。
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最近では、ゲームの「映画化」が進んでいる。
華麗なグラフィック、快適な音響、深みのあるストーリー。ハイエンドなゲームは、もはや映画を凌駕するほど魅力的な映像体験を提供するようになった。私はCoD4 modern warfareを初めてクリアしたとき、「ああ、ゲームは映画を超えたんだな」と思わずつぶやいた。
しかし、ゲームと映画は似て非なるものだ。
超えるも何も、まったく別のコンテンツだ。
ゲームでは、面白さを提供するために、しばしばリアリティが犠牲にされる。
たとえば『バイオハザード』ではハーブを食うと体力が回復するが、ぶっちゃけ意味が分からない。どう考えても危ないハーブだとしか思えない。『Bioshock』の海底都市ラプチャーの住人はボイスレコーダーを落としすぎだし、『Assassin’s Creed』の「麦わら」の衝撃吸収能力は異常だ。『The Last of Us』では投擲したレンガがなぜか敵をホーミングする。『Call of Duty』の主人公は弾を食らっても物かげで休めば回復する。こいつら人間やめてる。『ポケットモンスター』では、危険な野生動物の生息する「草むら」で街と街が分断されている。この世界のサプライチェーンと物流はいったいどうなっているんだ?
こういうリアリティに対するツッコミは、ゲームでは「ヤボなツッコミ」だ。
なぜなら、ゲームとしてのおもしろさのほうがリアリティよりも重要だからだ。もしも敵の弾を食らうと実際に痛みを感じるゲームがあったとして、それはすさまじくリアリティのある作品だが、誰も遊びたいとは思わないだろう。
ゲームとしての面白さを提供するために生じるできごとには、理由がいらない:これがゲームシナリオの特徴だ。ハーブで体力回復することに理由はいらないし、ボイスレコーダーがそこらじゅうに落ちていることにも理由はいらない。なぜ弾を食らっても休むだけで平気なの? という疑問に、ゲームシナリオは答える必要がない。
敵とのエンカウントも同じだ。
アリアハンの街の外を歩き回るとスライムが襲いかかってくることに、理由はいらない。「ドラクエはそういうゲームだから」という以上の説明は必要ない。
これがゲームシナリオの特徴だ。映画脚本や小説、マンガ、アニメなどのシナリオとのいちばんの違いだと私は思う。
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一般的に、映画脚本では「論理性」が重視される。
芸術色の強い一部の作品はともかく、娯楽としての映画脚本では「論理性」が求められる。敵の出現には、論理的に納得できる理由が必要だ。主人公がピンチに陥ることにも理由が必要だし、主人公が勝利を収めることにも理由が必要だ。論理性を放棄して、あらゆるエピソードが偶然に起きると、そのシナリオはご都合主義の烙印を押される。
エピソードの論理性だけではない。
より重要なのは、登場人物の「心の論理性」だ。
なぜヒロインが笑っているのか、泣いているのか、論理的に納得できる理由が必要だ。現実世界の人間関係がそうであるように、理由もなく感情を変化させる人物には感情移入できない。登場人物の心情には論理的な背景が必要不可欠だ。
ちなみに物語の論理性では、スティーブン・キングは当代一だろう。(映画脚本家ではないが)
彼の作品はきわめて論理的に、緻密に組み立てられている。論理的に説明することも、わざと論理を破綻させることも、彼の手にかかれば自由自在だ。『ミザリー』に登場するアニーがあんなにも恐ろしいのは、彼女の感情変化が非論理的に見えるからだ。少なくとも、主人公や読者とはまったく違う「心の論理性」をアニーは持っている。だからこそ彼女の行動が読めず、読者はすさまじい不快感と恐怖を味わうことになる。
映画脚本は、いつごろから「論理性」を重視するようになったのだろう。
たとえば1941年の映画『市民ケーン』には、すでに現代的なストーリーテリングの手法が盛り込まれており、後世の映画に多大な影響を与えたと言われている。『市民ケーン』のシナリオは「枠物語」の構造を持った典型的なミステリーであり、かなり論理的な物語だといえる。
また『十二人の怒れる男』は、会議室に閉じ込められた主人公たちの議論のみで物語が進む。ほぼ「エピソードの論理性」と「心の論理性」だけで構築された映画だといえる。1957年の映画ながらストーリーは緊張感に満ちており、いまの私たちが見ても充分に楽しめる。
映画脚本では、伝統的に「論理性」が重視されるようだ。
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現代日本の物語創作者 ── テレビアニメの脚本家や、マンガ原作者、ライトノベル作者 ── には、ゲームのシナリオライター出身の人が珍しくない。その一方で、映画脚本の手法を学んでいる人も多い。ゲームシナリオと映画脚本のどちらをバックボーンに持つかによって、その人の作風に違いが生まれる……ような気がする。
映画脚本を学んできた人は、やはり論理的に緻密なストーリーを志向する傾向があるように感じる。なぜ敵が登場するのか、なぜそのタイミングで登場したのか、どうして主人公は敵に対してそのセリフを言うのか。ストーリー上のすべてのできごとに、詳細な理由が準備されている。「偶然」や「たまたま」で起きるエピソードは、できるだけ排除しようとする傾向がある……と感じる。
一方、ゲームシナリオをバックボーンに持つ人は、「偶然」や「たまたま」に対する許容度が高い。理由はわからないけど敵が襲いかかってくるとか、理由はわからないけれど主人公が友情を叫んだらパワーアップしたとか、一見するとご都合主義に陥りそうなストーリー展開を平気で書く。なぜなら論理性よりも「おもしろければいい」からだ。スライムが襲いかかってくることに理由がいらないように、「そういう世界観だ」の一言で説明終了だ。
論理的に緻密な物語のほうが、一般的には「デキがいい」と評される。
というか、私もそういう評価を下す。論理的に破綻していないストーリーを書くのは、物語の長さ/複雑さが増すほど難しくなる。パズルのピースを組み合わせるような職人芸だ。だから、論理的に緻密な物語を見せられると嘆息せずにはいられないし、なんというか、シビレちゃうのだ。
しかし、「論理的に緻密である = おもしろい」とは限らない。
たとえば江戸時代の歌舞伎では、観客の反応がイマイチなときはストーリー展開をぶった切って、とりあえず義経を登場させていたという。すると観客は大喜びで拍手喝采したらしい。消費者が求めているのは、論理的な緻密さだとは限らない。もっと胸を熱くする何かだ。論理性は、その「何か」を提供するための道具にすぎない。
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ここまで考えてから初代『ポケットモンスター』を思い出すと、シナリオのすばらしさに驚かされる。マサラタウンで暮らす主人公は、ある日突然旅に出ることを決意する。
まるで沢木耕太郎『深夜特急』のような主人公だ。
そして隣町に向かおうと草むらに踏み込んだところで、オーキド博士に呼び止められる。「草むらでは野生のポケモンが飛び出して危険だ」と諭され、博士からポケモンをプレゼントされる……。
「草むらでは野生のポケモンが飛び出してくる」という世界観を、機械的なチュートリアルではなく、きちんとシナリオに組み込んで説明している。プレイヤーは違和感を覚えることなく、スッとポケモンの物語世界に入り込むことができる。
ゲームならではの説明不足を、シナリオでうまく解消した例だろう。
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ゲームではしばしば、おもしろさのためにリアリティが犠牲にされる。映画脚本では「論理性」が重視されるのに対して、ゲームのシナリオでは偶然のできごとに対する許容度が高い。敵とのエンカウントは、その最たる例だ。
現代日本の物語創作者を、映画脚本をバックボーンに持つ人と、ゲームシナリオをバックボーンに持つ人とに大別した場合、前者は論理性を重視したストーリーを書くのに対して、後者は「おもしろさ」を優先する。なぜなら論理性=おもしろさではないからだ。ただし、論理性のない物語はご都合主義と呼ばれるリスクがある。したがって、どちらのタイプの創作者が優れているとはいえない。
なお、映画脚本の系譜の人の作品がつまらないと言いたいのではないし、ゲームシナリオ畑の人の作品が論理的に破綻していると言いたいのでもない。両者を比較した場合に、そういう傾向があるのではないか……と、指摘しているだけだ。(しかも、これはきわめて主観的な指摘だ)
重要なのは、消費者が求めているのはどういうストーリーなのかを見抜いて、それを提供することだ……という、ありきたりな結論で今回は筆を置こうと思う。
物語における偶然性と論理性は、なんていうか、お肉と野菜はバランスよく食べましょうみたいな話なのかも。
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