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デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

格差の可視化が不幸のはじまり?

冗語
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インターネットの普及により、社会の格差が可視化されるようになった。これが様々な“不幸”の原因になっている……という議論を、ときどき目にする。けれど、格差の可視化ってそんなに悪いことだろうか?



たとえば、「ネットによる社会のフラット化で、どんな「下」の人間でも「上」の人間との出会いを夢見ることができるようになった。だから非婚化が進んでいる」という指摘がある。この指摘には、一片の真実があるかもしれない。けれど、本当の問題は格差の可視化ではなく、婚姻を金銭的な取引にしてしまう男女関係の貧困さだ。
「専業主婦」という生き方を普及させた世代は、婚姻を金銭的な取引に変えてしまった。売春と婚姻との境目を(社会的に)あいまいにしてしまった。実際に結婚しているカップルならば解るはずだ:男女の間でいちばん大切なものはカネではない。




また、いまの大学生はF欄でも表面上はトップレベルの学生と同じ土俵で就活をしている。どこの大学の学生だろうとリクナビのアカウントを作れる。しかし、現実の日本には、苛烈な学歴社会が残っている。喉にひっかかった小骨のように、いつまでも日本の社会に突き刺さっている。そして高学歴な学生が内定を次々に得ていくのを横目に見ながら、F欄学生たちは自己嫌悪に陥っていく。
学歴格差を見せつけられることが彼らの苦しみの源泉になっている――この指摘も正しい。
けれど、だからといって「格差の可視化が悪い」とは主張できない。なぜなら、夢から醒めるのは苦しいに決まっているからだ。どんな夢だろうと、現実を直視したときに悶絶するのは当たり前だ。
どんなに苦しかろうと、夢からは早く醒めたほうがいい。
正攻法では「上」の人たちと同じしあわせは掴めない。では、どんな裏ワザでしあわせを掴むか?という方向に早い段階で思考を切り替えたほうがいい。
「下」の人間が「上」の生き様を見つめるのは、悪いことではない。
格差に気づくのは良いことだ。個人にとっても、社会にとっても。




むしろ必要なのは「上」の人たちが「下」の生き様をきちんと見つめることだ。きちんと共感することだ。
自分は「上」だと信じ込んで、薄氷の下の深淵に気付かず慢心していたら、ふと気づけば自分が「下」になっていた──。バブル崩壊後の日本の中間層を襲った不幸は、結局のところ「下」を意識していなかったツケを払っているだけだと思う。半分ぐらいは身から出た錆だ。残りの4分の1は経済政策のせい、最後の4分の1は「上」という幻想を与え続けたマスメディアのせい。
だから「上」にいるという自覚のある人ほど、真剣に「下」について考えておくべきだ。「下」に共感し、思いやるべきだ。それは可哀想だからとか優しさが大事だからとかではなく、自分自身のために。




モバイルPCのパワーが上がり続けたら、企業の「管理部門」は無くなるだろう。BtoB版のAmazonみたいなサービスが普及したら、世の中から「営業職」という仕事は無くなるだろう。
いつか必ず、「頭がいい」だけじゃ生きていけない時代がくる。
問題は頭の使い方だ。
いい大学を出て、いい会社に入った人ほど、あぐらをかいてはいけないよ。
モノやカネを右から左に流すだけの「無生産者」になってはいけないよ。











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