小説で大切なのは、書き出しだという。ミステリーなら「冒頭数ページ以内に人を殺せ」と言われるし、ボーイ・ミーツ・ガールなら「最初のページからヒロインを登場させろ」なんて言われている。まあ、ワナビならみんな知っているよな。
で、魅力的な導入シーンにはいくつか法則がある。
「続きが気になるシーン」=「舞台の設定」+「異質なモノ」
この公式は、そういった法則の一つだ。
この公式は、書き出しだけでなく作中のシーンすべてに応用できる。「読者にとって、ストーリーよりもドラマやキャラクターが大事だ」という仮説とも一致する。インパクトのあるシーンを作り上げることこそ、作品を面白くする近道だろう。
本日のメニューはこちら。
1.宮部みゆき『スナーク狩り』の書き出し
2.東野圭吾『天空の蜂』の書き出し
3.伊坂幸太郎『グラスホッパー』の書き出し
4.小学校のレクリエーション・ゲーム
作品のチョイスが微妙に古いのは気にしない方向で。
1.宮部みゆき『スナーク狩り』の書き出し
このお話は「結婚式場に、若いお姉さんがショットガンを持って乗り込む」というシーンから始まる。ものすごく続きが気になる書き出しだ。
- 作者: 宮部みゆき
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 1997/06
- メディア: 文庫
- 購入: 6人 クリック: 108回
- この商品を含むブログ (76件) を見る
たとえば『レベル7』の書き出しは「若い男女がマンションの一室で(同じベッドで)目を覚ますが、二人とも記憶喪失だった」というシーンだ。(プロローグがあるので、厳密には書き出しとはいえないのだけど)
- 作者: 宮部みゆき
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1993/09/29
- メディア: 文庫
- 購入: 15人 クリック: 664回
- この商品を含むブログ (197件) を見る
2.東野圭吾『天空の蜂』の書き出し
著者の最高傑作だと思うけれど、なぜか映像化されない作品。原発問題を取り扱ったからスポンサーがつかないのだろうな、たぶん。
- 作者: 東野圭吾
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1998/11/13
- メディア: 文庫
- 購入: 10人 クリック: 181回
- この商品を含むブログ (143件) を見る
「試作機の軍事用大型ヘリが、遠隔操作によって勝手に飛び立ってしまう。ヘリの中には子供が一人乗っていた」
たとえば福井晴敏なら、「試作機の大型ヘリが、遠隔操作によって勝手に飛び立つ」というシーンだけで書き始めてしまうと思う。(で、しっかり面白く仕上げると思う)子供が勝手に格納庫へ入れるわけないじゃん! というリアリズムに従えばそうなる。
・場所:試験飛行場
・できごと:大型ヘリが飛び立つ
これだけなら、何の不思議もない。単なる舞台設定だ。だがそこに「遠隔操作で勝手に」という一文が加わると、お話が動き始める。その舞台にあってはならない「異質なモノ」だからだ。つまり、
=「舞台設定:試験飛行場と大型ヘリ」+「異質なモノ:遠隔操作で勝手に」
という式が成り立つ。
東野圭吾はさらに「異質なモノ2:子供」を付け加える。そして数ページ先で、ヘリコプターは原子力発電所のうえでホバリングを始める。マスコミ各社にはテロリストからの脅迫状が届く、「あのヘリにはダイナマイトを積んであり、要求を聞かなければ、原発へと墜落させるぞ」と。
最初の舞台設定に「異質なモノ」をどんどん付け加えることで、のっぴきならない状況を作り出している。これが「続きが気になるシーン」の基本法則だ。先ほどの宮部の例に戻れば、「結婚式場と若いお姉さん」だけなら何の不思議もない。そこに「ショットガン」という異質なモノを投げ込むことで、お話をスタートさせている。
つまり「異質なモノ」について、2つの事が分かる。一つは「いくつか重ねると謎が大きくなる」ということ。もう一つは「異質さが“際立つ”ほど良い」ということ。
たとえば結婚式場に持ち込むのがナイフなら、異質さという点でショットガンよりも弱い。ナイフは誰でも手に入れられる。ああ、余興でナイフ投げのジャグリングでもすんのかな。あるいは思い入れのある特別なナイフだから、ケーキ入刀に使うとか……。だがショットガンでは、そういう生ぬるい展開は予想できない。「間違いなくヤバいことが起こる」と想像させる。「軍事用大型ヘリ+子供」の組み合わせも同じだろう。ただの「一般人」ではなく「子供」であることに注目すべきだ。できるだけその場にふさわしくないモノを持ちこむのが、「異質なモノ」を際立たせるアプローチの一つだ。
なお異質なモノを際立たせるアプローチには、もう一つの方向がある。それは「舞台設定」を固めることだ。試験飛行場のセキュリティがいかに強固なものかを書いておけば、「遠隔操作で勝手に飛んだ」というだけで充分な訴求力を持ちうる。
- 作者: 伊坂幸太郎
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2007/06/23
- メディア: 文庫
- 購入: 13人 クリック: 172回
- この商品を含むブログ (525件) を見る
「続きが気になるシーン」=「舞台の設定」+「異質なモノ」
この公式は、書き出し以外にも適用できる。書き出しのシーンと作中シーンとの違いは「舞台設定」にある。書き出しでは「読者の常識」に基づいて舞台が設定され、作中では「作品のルール」に基づく。
作品を読み始めるとき、読者はその物語の世界観を知らない。読者が持っている常識に基づいて、シーンを想像していく。たとえば「結婚式場に危険物はふさわしくない」という常識がある。「同じベッドで目覚めた男女は、お互いをよく知っている」という常識。「軍事用ヘリに子供は乗らない」という常識――。
ところがお話が展開するに従って、作中のルールが次なる舞台を作り始める。「要求を飲まなければヘリを原発に墜落させるぞ」というルールに基づいて、その先のシーンが設定されていく。舞台設定ではなく「状況設定」と言ったほうが適切かもしれない。そのシーンにたどり着くまでのストーリーによって、状況がデザインされていく。
伊坂幸太郎『グラスホッパー』は、最初のワンシーンでこれをやっている。「舞台設定+異質なモノ」を組み合わせながら、読者の常識を覆すような「作中のルール」を提示していく。だからこそ「仇が死んだ→目標達成」とはならず、そこから物語をスタートさせられるのだ。
4.小学校のレクリエーション・ゲーム
小学生の遊ぶレクリエーション・ゲームに、「いつ・どこで・だれが・どうしたゲーム」というものがある。別名5W1Hゲーム。
いつ・どこで・だれが・どうしたゲーム
http://www004.upp.so-net.ne.jp/chiharu/doushita-game.html
ルールは簡単。子供たちにメモ用紙なりカードなりを4枚配る。それぞれのカードに「いつ」「どこで」「だれが」「どうした」を書かせ、文を作らせる。たとえば「放課後に」「教室で」「鈴木君が」「着替えた」という具合だ。
書き終わったらカードを回収して、ランダムに組み合わせる。くじ引きをするみたいにカードを引くのだ。すると、「早朝に」「女子トイレで」「校長先生が」「着替えた」みたいな意味不明な文ができあがり、子供たちは爆笑する。実は小学六年生のころ、私は「レクリエーション係」なる役職についていた。遠足のバスのなかで遊ぶゲームを決める係りだ。テレビからこのゲームの存在を知った私は、さっそくクラスメイトに紹介した。このゲームは大流行し、その後、事あるごとに催された。
なぜこのゲームは面白いのだろう。
言うまでもなく、組み合わせの「意外性」が笑えるからだ。これは、「小説の魅力的なシーンには異質なモノが登場する」ことによく似ている。きっとヒトの脳みそは「意外性」を楽しむようにできているのだろう。
「意外性を出しなさい」「オリジナリティを出しなさい」という言葉は、もう耳にタコができるほど聞いているはずだ。いまさら繰り返すまでもない。ではなぜこんなエントリーを上げたかと言えば、自戒のためだ。ストーリーの作り方に注目するあまり、魅力的なシーンを描くという一番大切なことを忘れていた。
まずは「カッコいいシーン」をいくつか考えてみる。で、それを論理的に接続するためにストーリーを作る。こういう順番でプロットを立てた作品のほうが、自分で読んでも面白いと感じられる。小説の書き方は人それぞれだろうが、私にはこの方が向いているのかも。また「カッコいいシーン」をデザインするためには、バックグラウンドとして「登場人物の設定」が必要だ。以前『とある科学の超電磁砲』の二次創作をした時には、「こんなシーンを書きたい!」というアイディアが次々に湧いてきた。初春と美琴がケンカするシーン。美琴と佐天さんの立場が逆転するシーン。そういうシーンを楽々と思い浮べることができたのは、アニメとマンガで各キャラクターの設定をインプットできていたからに他ならない。
話は戻るが、意外性のある組み合わせを作るために、カードがよく使われる(らしい)。「小説の書き方」みたいな本には必ず載っているアイディアジェネレーターだ。これをストーリーだけじゃなくて、シーンをデザインするのにも使えるのではないか、というのがこのエントリーでの主張。
紙のカードを使わなくても、わりと簡単に作れそうだ。「ストーリージェネレーター」とか「シーンジェネレーター」みたいなツール。5W1Hゲームを自分一人で遊ぶというかなり暗〜いソフトになるけれど。
※で、作ってみた。
http://u10.getuploader.com/hatena/download/23/Lonely_5W1H_game.zip
F9キーを押すたびに文が変わります。
デフォルトでは例文を記入してある。けれど実際にオリジナル作品の創作に用いる場合は、作中の地名や、時間帯、登場人物なんかをリスト状に記入して使えばいいんじゃないかな。
<参考>
物書きが悪魔と契約する前に試すべき7つの魔道具
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-148.html
※モチーフの「組み合わせ」を生みだす古典的な道具が紹介されている。
ストーリージェネレーター@wiki
http://www6.atwiki.jp/plotmaker/pages/1.html
※この方はお話の全体像をツールで作ろうというアプローチをしているみたいだ。散発的に「意外な組み合わせ」を作りたいだけの私とは、ちょっと方向性が違うかも。