デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

経済発展と環境保護は両立できるのか?/葛西臨海水族園の感想

このエントリーをはてなブックマークに追加
Share on Tumblr


私たちが歴史から学ぶべき教訓は、「ヒトはがまんができない」ということだ。
一度おいしいものを食べてしまったら、もう不味いものは食べられない。暖かなベッドを覚えたら、もう洞窟では眠れない。私たちは欲求に忠実で、生活水準を下げられない生き物だ。

しばしば「経済発展か、それとも環境保護か」という議論を目にする。
自然環境を守るために豊かな生活をがまんしましょう……という主張だ。ここには高度成長期の環境破壊や公害に対する、深い反省がある。しかし前述のとおりヒトは我慢ができない。必要なのは環境保全へと利益誘導することだ。
私たちは地球生命であり、地球の物質循環のなかで生きている。地球環境が徹底的に破壊されれば、もはや生きていくことはできない。長期的な視点に立てば、環境破壊ほど非経済的な行為はない。私たちが経済的な合理性を追求すればするほど、環境保全をしようというインセンティブが生まれるはずだ。
とくに日本は水産業が盛んで、私たちは先進国でも類を見ないほど大量の野生生物を捕食している。うなぎを守るには、うなぎだけを守ればいいわけではない。河川や池沼、そして海――。うなぎを育むすべての生態系を守る必要がある。しばしば日本は、西欧諸国から「海洋生物を食べすぎだ」と批判される。が、魚を食う私たちだからこそ、環境保全に対しても強いインセンティブがあるはずなのだ。



この「はず」という期待を現実へと変えるには、私たち一人ひとりが自然環境に対して理解を深めなければいけない。都市生活では見えてこない自然環境に目を向けなければ、継続的な経済発展など不可能だ。
そして葛西臨海水族園は「自然環境に対する理解」を深めるにはぴったりの施設だ。



葛西臨海水族園
http://www.tokyo-zoo.net/zoo/kasai/



最近では脱走ペンギンで話題をさらった。ちなみに保護されたフンボルトペンギン337号は、「さざなみ」という愛称で大切に育てられている。
が、ペンギンだけを目当てに行くなんてもったいない。
巨大なドーナツ型水槽ではマグロが群泳する様子を観察できる。普段はスーパーの切り身でしか知らない魚たちが、目の前で生きて泳いでいる。まるで太平洋の真ん中に放り出されたかのような迫力だ。
また「世界の海」のコーナーがすばらしい。太平洋沿岸、インド洋、大西洋、北極海南極海、熱帯のサンゴ礁など、海の中の世界一周を楽しめる。珍しい魚を見せて「面白いでしょう」では終わらせず、それぞれの海域でどのような生態系を作っているのか、視覚的に理解できる。深海生物の水槽ではみんなのアイドル・ダイオウグソクムシに会えるゾ!




ダイオウグソクムシダンゴムシの遠い親戚で、全長40cmくらい。



ただし、経済と環境との関係については、あと一歩という印象を受けた。
自然環境の再現には並々ならぬ情熱を感じるし、この地球がどういう星なのかを理解するには最適だ。が、それら自然環境と私たち人類がどのように関わってきたのか。そして、これからどのような関係を築いていけばいいのか。そういった視点からの展示に乏しい。
私たちが吸う空気も、水も、食べ物も、みんな海を経由している。ヒトの経済は、大局的な視点からいえば海を基盤にしているのだ。経済と自然との関係性まで踏み込まなければ、来場者は「海はきれいだね」という感想で終わってしまう。

なお「東京の海」というコーナーでは、小笠原諸島伊豆七島、そして東京湾の自然環境を、うまく切り取りながら紹介していた。かつて東京湾には豊かな干潟が広がり、アマモが生い茂っていた。それらが戦後の経済成長の裏側で破壊されていった様子を、水槽を介して理解できる。経済と自然との関係性について、まったく触れていないわけではない。
しかし葛西臨海水族園は、世界で初めて水槽でのクロマグロの飼育・産卵に成功した水族館だ。水族館のガイドスタッフも、そのことを誇らしげに語っていた。が、その意味について解説はなかった。
マグロはまだ水槽での養殖ができないこと。つい最近になって、いけすでの完全養殖にようやく成功したこと。ところが商業化の見通しは明るいとは言えず、一方、太平洋のマグロは急激に数を減らしていること……。世界的な日本食ブームとSushi人気の高まりで、人類は海洋生物をかつてない勢いで消費している。そうしたことを伝えなければ、自然環境について伝えたことにはならない。私たちの日常生活との関わりが理解できなければ、海についての“うんちく”で終わってしまい、生きた知識にはならない。



うなぎを守るには、うなぎだけを守ればいいのではない。マグロを守るには、マグロだけを守ればいいのではない。微生物から大型哺乳類にいたるまで、すべての生物は物質循環の絶妙なバランスのなかで生きている。そして、ヒトも例外ではない。私たちが豊かな都市生活を楽しめるのは、豊かな自然環境があるからだ。気候変動まで視野に入れなければ、もはや「経済」を語ることはできなくなった。
私たち人類は、地球の生態系に組み込まれている。
そういう認識を、忘れないようにしたい。





THE AQUARIUM 巨大水槽のある水族館 [DVD]

THE AQUARIUM 巨大水槽のある水族館 [DVD]



※参考
9年ぶり、水槽で産卵 光と水温で苦心
http://www.47news.jp/feature/47school/ikimono/post_38.html


クロマグロ完全養殖成功から1年。
http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/000200/ren/web/ren7/maguro.html


完全養殖クロマグロ、世界へ 近畿大豊田通商が商業化
http://www.asahi.com/business/topics/economy/TKY201201300116.html


乱獲で太平洋クロマグロが危機 大型魚減少、保護策必要に
http://katukawa.com/?p=3591


乱獲で大西洋のクロマグロに資源枯渇の危機
http://www.worldwatch-japan.org/NEWS/worldwatchreport0703.htm