ある社会でもっとも背の高い建物を見れば、その社会がなにに支配されているのか分かる――。これは神話学者ジョゼフ・キャンベルの言葉だ。中世ヨーロッパの街なら教会の尖塔、現代の都市なら商業施設、ニューヨークなら金融業者のテナントしたビルだ。科学的根拠はないけれど、なかなか示唆的でおもしろい話だと思う。
たとえば奈良時代の日本ならば、東大寺の大仏殿が思い当たる。当時の施政者は宗教の力で国を支配しようとした。
また、かつて江戸城には勇壮な天守閣があった。しかし明暦の大火(振り袖火事)で焼失し、以降、再建されなかった。冲方丁の小説『天地明察』では「天守閣のない江戸の空」が、新しい時代の象徴として描かれている。言うまでもなく天守閣は軍事施設だ。戦の時代の象徴だ。開府から54年、天守閣が消えたことは、天下泰平の世が揺るぎないものになった証拠だった。そして江戸の町は火の見やぐらの時代へと突入していく。
背の高い建物は、宗教施設から軍事施設、そして公共施設へと変遷をたどった。
これは施政者の「支配の方法」の変遷でもある。
現在、世界でいちばん高い建物は、ドバイの超高層ビル「ブルジュ・ハリーファ」だ。90年代後半から石油の価格は上がり続け、中東に莫大な富をもたらした。あふれんばかりのオイル・マネーはドバイに集まり、金融と商業の一大拠点として成長させた。キャンベル博士の視点にならえば、現在の世界が石油に支配されている証拠、かもしれない。
京都でいちばん高い建物は京都タワーで、これは建設当初から観光振興という目的を持っていた。京都の町が観光客に支配されている証拠だ。この理屈でいけば、東京の多摩地区を支配しているのは立川でも八王子でもなく田無だ。吉祥寺などお呼びでない。そして池袋を支配しているのはゴミ処理場だ(※1)。
なにより現在、日本でいちばん高い建造物は東京スカイツリー。テレビの電波塔だ。なかなか示唆的ではないか。
そう遠くない――けれど私が生きてこの目で見るには充分に遠い――未来の世界では、軌道エレベーターがもっとも背の高い建造物になるだろう。静止軌道上から地表ぎりぎりまで吊り下げられたエレベーターシャフトは、宇宙を私たちの身近なものにするだろう。私たちの経済が「宇宙開発なしではやっていけない」ほどになった頃、東太平洋の赤道直下に目もくらむような塔が現れる。
その壁面には「Google」というロゴが刻まれているのだろうか。
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※1.本当はゴミ処理場の煙突よりもサンシャイン60のほうが高い。