「正しい面接」というと就活生とか受験生とか、面接を受ける側の話になりがちだ。入社試験のような「振り落す」ための面接ならば、面接官は偉そうにふんぞり返っているだけでいい(優秀な学生は内定辞退するだろうが)。しかし学校の三者面談や職場の定期面談――世の中の「面接」のほとんどは「相手を理解する」ために行われる。したがって「運営側」つまり面接をする側のほうが、「正しい面接」の方法を熟知していなければならない。
では、面接官が理解しておくべき「正しい面接のやり方」とはなんだろう。
行きつけのスタバのマネージャーが凄まじかったので、書き残しておく。
私がスタバを利用する最大の理由は「電源が使い放題だから」だ。が、スタッフの教育が行き届いているのには驚かされる。差別化の難しいコーヒー飲料という商材で、しかも価格は高め。ひねくれた人からは「MacBook Airを見せびらかしたいやつらが行く場所だろ?」なんて言われてしまう。そんな逆境のなか緑茶の国で成功するため、スタッフ教育に力は抜けないのだろう。※ちなみに私はLenovoだ。
どのスタッフも謙虚かつ自信に満ちた接客で、ディズニーランドのキャストのように笑顔がステキ。将来に接客業を考えている人は、一度スタバでバイトしてみるといんじゃないかな。私が高校生のころはマクドナルドが接客の勉強に一番だと言われていたけれど、今ならそこにスタバを加えたい。スタッフ教育にはどんな秘密があるのだろう、と以前から不思議だった。
昨夜のことである。
私はいつも通りノートパソコンで作業をしていた。片手にはトール・ノンシロップ・エクストラホット・フルリーフ・チャイラテ。この呪文のように長い注文をすることにも恥ずかしさを感じなくなった。(でもケーキ類はエクセとか上島珈琲のほうが美味しいよなぁ)と思いながら、ゴリゴリと文章を書いていた。
と、後ろの席で「面接」が始まった。
エプロンを外したバイトの子(たぶん女子大生)と、アラサーぐらいの女性マネージャーが面談を始めたのだ。
「今日は寒いねえ」という何気ない会話でまずは場を和ませる。どうやらバイトの子に「自己採点シート」のようなものを書かせて、それにもとづいて話を訊くつもりらしい。その子はバイトを初めてちょうど一週間、仕事の習熟度をチェックするようだ。明確な目的を共有したうえで面接がスタートした。
で、すごいのはここからだ。
この女性マネージャー、とにかくバイトの子に喋らせる。自分はあいづち+質問に徹して、バイトの子の言葉を拾い上げることに全力を注いでいた。これだけでも普通の管理職にはできないことだ。組織の目的だとか自分の目標だとか、上の意見を下に押し付けることを「面接」だと思っている中間管理職は珍しくない。部下の――しかもバイトの意見をまるで神託のように真剣に聞くだなんて、このマネージャーただ者じゃないぞ。二人の会話を盗み聞きしながら(本当にごめんなさい!)、私はそう直観した。
質問の投げ方もすばらしい。
必ず「5W1H」の問いかけをしており、YES/NOで答えられる質問は絶対にしない。単純な回答の応酬では会話が途切れてしまうからだ。「バイトの子が自分の言葉で語る」のを重視しているようだった。
そして質問する内容は:具体的・客観的な内容よりも、抽象的で主観的なことを語らせようとしていた。あくまでも「語らせる」であって「聞き出す」ではないのがポイントだ。たとえば職務上のミスについて、ミスを犯した原因を分析したり、具体的な対処策を考えたり――そんなことは後回しにしていた(それらは上司であるマネージャーが考えることであって、バイトが考えることではない)。ミスをしたときにどんな気持ちになったか、ミスをしたとき周りのスタッフはどんな気持ちになったと思うか……。そういう「感情」の話を、バイトの子に語らせたのだ。
人は誰しも、心に防備を固めている。
社会性を身につけるには、感情に振り回されないことが重要だ。だから外界の刺激と感情との間に「理性」というクッションを置いて、私たちは心の動きをコントロールしている。どんな人でも思春期を過ぎる頃には、この「心の防備」がほぼ完成している。しかし「感情について語る」と、この防備が少しずつ外されてしまう。
最終的に、バイトの子は泣いた。
仕事のミスをした瞬間の焦りや恐怖、あるいは翌日の不安――。そういうものを思い出して、こらえきれなくなったのだろう。声を震わせて、時々すすり上げて。顔を見なくても泣いているのは明らかだった。
「うん、うん。大丈夫だよ」と女性マネージャーはあいづちを打つ。「だから頑張ろう。一緒にがんばっていこう」
「はい……えっく……ありがとうございます……ぐすん」
陥落だ。
すげーな、って思った。
ひょっとして、これって「コールド・リーディング」ってやつじゃないか?
相手の外見や口調から内面を予想して、それを抽象的な言葉で質問する。と、質問された側は自分の内面を言い当てられたかのような気持ちになってしまう。そしてごく自然に内面について回答してしまう。そうやって得た情報をヒントに、質問者はさらに内面に踏み込んだことを訊いていく――。これを繰り返すうちに、質問を受ける側は「この人は私のことを理解してくれる!」と全幅の信頼をよせるようになる。そして「このお店のためにがんばろう」という言葉を、すなおに自分の意識へと組み込んでしまうのだ。
一般的なコールド・リーディングの手順は以下の通りだ。(via Wikipedia)
1. 対象者の協力を引き出す(目的を共有して面接を開始!)
2. 対象者に質問する(抽象的・主観的なことを訊いて……)
3. 対象者の反応をさぐる(……バイトの子に自分の言葉で語らせる)
4. さらに情報を引き出す(それを繰り返し、内面をさらけ出させる)
5. 次のステップに移行する
ここでいう次のステップとは、質問者の意図に沿った行動を対象者にとらせることを意味している。スタバの場合なら、「一緒にがんばろう!」という一言。「このお店のために尽くそう」という意識を内面化させるのが「次のステップ」になる。
この女性マネージャーのやり方は教科書的なコールド・リーディングの手法ではなく、おそらく我流だった。彼女は「コールド・リーディング」という言葉すら知らないかもしれない。後輩のバイトを育成しながら、自力で見つけた面接技術かもしれない。
しかし、だ。
「相手に自分語りをさせる」という方針を貫くだけで、相手のことを理解し、信頼を勝ち得ることに成功している。彼女は「面接」の達人だ。
◆
面接の極意は「相手を理解すること」にある。
その方針を貫くことができれば、上層部の目的だとか上司の意識だとか、そんなものをいちいち説明する必要はなくなる。しかし日本の中間管理職は誰かから意見を求められる機会に乏しいため、面接のときに得意になって演説してしまいがち。そんな押し付けがましい面接では、部下のやる気を引き出すどころか「この人なんにも解ってねーよ」と落胆されるのがオチである。ダイヤモンド・オンラインあたりでは「部下が何を考えているのか理解できない」という記事が毎日のようにアップされている。が、そんな管理職のみなさんにうかがいたい。理解する努力をしていますか?
「あいづち+抽象的な質問」を心がけるだけで、「面接」の質は飛躍的に上がる。世の中には「すごいチーム」がたくさんあるけれど、優秀な人材をかき集めるだけではそういうチームは作れない。メンバーのことを深く理解し、その能力を引き出せるマネージャーが必要不可欠だ。
◆
ふり返ると、バイトの女子大生はマフラーを巻いていた。
暖房の効いた室内であるにもかかわらず、だ。そのマフラーから彼女が「寒がり」だと予測して、あの女性マネージャーは「今日は寒いねえ」と言ったのだろうか。もし、そうだとしたら――。外見から内面を推測するのはコールド・リーディングの基本だ。なんてことない日常会話の時点で、もう面接は始まっていたのだ。
スタバってマジすげー。
※あと実際にスタバでバイトしているよ(いたよ)という方がいましたら、実情やご感想をお聞かせいただければ幸いです。あの素晴らしい接客にはどんな秘密があるのでしょうか。ご教授ください。
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