つい先日、バーチャルYouTuberキズナアイの登録者数が100万人を超えた。
彼女は『ときめきメモリアル』の藤崎詩織や、初音ミク、あるいはちゆ12歳の系譜に連なるバーチャルアイドルの1人だ。特筆すべきは、海外での人気が先行したことだろう。動画のコメント欄を読むと、外国人ファンの有志が字幕を付けていることが分かる。あるいは、Tumblrで「Kizuna Ai」と検索すると外国人のファンアートが多数見つかる。
バーチャルYouTuberは、彼女だけではない。
贅沢なモデリングと丁寧な動画編集が特徴の「ミライアカリ」、知名度ではもう一歩だが〝踊ってみた〟が魅力的な「電脳少女シロ」、さらには〝感動ポルノ〟の異名を持つ「バーチャルのじゃロリ狐娘YouTuberおじさん」等々、枚挙にいとまがない。
彼女たちの動画は、なんというかニコニコ的な面白さを持っていると思う。あくまでも私の主観的評価に過ぎないが、私の嗅覚が「これはニコニコのにおいがする」と言っているのだ。
そもそもニコ動は、初音ミクの人気を爆発させたプラットフォームだ。そして、どんなにグダグダなゲーム実況でも、視聴者のコメントによるツッコミで見ていられる――。そういう「バーチャルなものへの寛容さ」や「グダグダへの受容度」が、彼女たち仮想現実のYouTuberにも共通していると感じるのだ。
「なんでこんなにニコニコ的な動画がニコニコに来てくれなかったんだ」
と、ニコ厨の1人としては悲しい気持ちになった。
こう感じたのは私だけではないらしい。
バーチャルYoutuberが衝撃的なのはニコニコを経由せずYoutubeとtwitterだけで本来のニコニコ的な楽しみ方が完結してしまったこと
— 連句多 (@henktrenkt) 2017年12月15日
そして当のニコニコは野獣先輩の読み間違いとかキズナアイが最も恐れたYoutuberとかしょうもない乗っかり方しかできなかったことですね
連句多さんは10万再生超えの動画を連発している人気投稿者の1人だ。彼はYouTubeとTwitterだけでニコニコ的な楽しみ方ができるという。客観的には、この分析は正しいのだろう。しかし私の主観は、そうは言っていない。バーチャルYouTuberの動画を見ていると、どうしようもない物足りなさを覚える。
なぜコメントが流れないのだ、と。
本当は動画のツッコミどころに! コメントで! みんなでツッコミを入れたいんだよ! どんなにハイクオリティな動画でも! コメントが流れなければ死んだも同然なんだよッ!!!
だからこそ悲しいのだ。
バーチャルYouTuberたちがニコニコを選んでくれなかったことが。
とはいえ、だ。
正直なところ、最近のニコ動はあまり面白くない。
ランキングの上位は定番ゲームと定番アニメと淫夢ネタの動画に占領され、それらに興味のない人が入りづらくなっている。なんというか、「楽屋で盛り上がっている感じ」なのだ。創意工夫に満ちた面白い動画がアップロードされにくい、もしくはアップロードされても発見されづらい状況になっている。
この状況は今に始まったことではないし、かなり昔から慢性的なものになっていた。
ランキングの上位がマイクラ実況だらけになったのが2011~2012年ごろのこと。淫夢ネタが感染症のごとく広まったのもそのころだ。ランキングを開いても、昨日と同じようなコンテンツがずぅーっと並んでいる。そんな状況で飽きるなというほうが無理だ。
古参ユーザーで、あの頃にニコ動を離れた人は多いと思う。リアルでのイベントとか生放送なんかに興味はない、大好きだった本家ニコニコ動画を面白くしてくれよと思いながら去った人は少なくないだろう。
そして、そういう状況をニコ動の運営は放置してきた。
絶望的なことに、川上量生さんは、この状況を問題だと思っていなかったようなのだ。コラムサイトのCakesには『いま、好きなアニメを作れるのはジブリぐらい』というインタビュー記事が掲載されている。
—— ニコニコ動画のように、ユーザーがいつでも作品を発表できる場ができて、より世界はクリエイティブになっていくんじゃないかという説もありますが……。
川上量生(以下、川上) まあ、ウソですよね。
——(笑)
川上 完全にウソですね。クリエイティブの楽園なんかにはなりません。オープンなマーケットで、みんながコンテンツをつくれるようになるほど、コンテンツの実質的な多様性は減るっていうのが僕の持論です。
川上 (小説家になろうに)投稿されている小説の中には本来多様性があるはずなんだけど、ランキング上位に来るものは全部似たようなものになる。ニコ動だって、いろいろな作品が投稿されていますが、何かが流行るとそれ一色になりがちです。参加数が多いってことは、逆に実質的な多様性を減らす効果があるんです。
—— じゃあ、みんながクリエイターになるってことは……。
川上 逆にクリエイティブの自由度が減るってことです。いや、個人が何をつくるのも勝手なんですけど、人気になったり売れたりするものの自由度は減っていきます。
ランキングの上位が似たようなコンテンツで占領されるのはごく自然なことで、避けがたいと考えていたことがうかがえる。トップがそういう認識であれば、「より新奇で面白いコンテンツがアップロードされる環境を作ろう」という気概が生まれるはずがない。
どんな投稿者だって、「人とは違う何かを表現したい」という欲求を持っている。誰も見たことのない動画で、再生数をかっさらいたいと思っているものだ。その欲求を刺激しなければ、新しい〝面白さ〟は生まれない。人気や流行を追いかけるだけで、誰かの顔色をうかがってばかりの投稿者しか報われない。
ニコニコ動画は、新しいことをする投稿者に報いる仕組みを作るべきだった。ランキングを攪乱するような才能の持ち主たちが、自分から集まってくるような環境を整えるべきだった。もちろん運営のなかにも、危機感を持って何とかしようとした人はいるはずだ。しかし、創造的なプロセスに報酬を与える構図は、充分に整備されてこなかった。
※ここでいう報酬は金銭的なものに限らない。精神的なもの、すなわち承認欲求を満たすことでも、創作者にとっては強烈な報酬になりうる。
YouTubeが「好きなことで生きていく」というCMをガンガン打ち始めたのは2014年ごろだった、と思う。
私の肌感覚では、「動画を作りたい欲求」のある人たちが、ここで一気にYouTubeに流れた印象だ。ニコニコ動画のクリエイター奨励制度なんてタカが知れている、YouTubeが青天井で稼げるなら、そっちで挑戦してみたい――。そう考えるのは当然だろう。
キズナアイもミライアカリも、凄まじくカネがかかった企画だ。
初期費用だけでざっくり数百万円かかっているだろう。アマチュアの作る動画に比べたら、破格の予算である。それでもYouTubeならリクープできる可能性がある。べらぼうに儲かる可能性だってある。経済的なインセンティブから言えば、ニコ動よりもYouTubeに高品質な動画が集まるのは当然なのだ。
CGMの命綱は、ユーザーに「コンテンツを作りたい!」と思わせる仕掛けであるはずだ。
はてななら、もっとスターやブクマが欲しいからユーザーはコンテンツを作る。TwitterならRTや♡が欲しいから、Facebookなら「イイネ!」が欲しいから、ユーザーたちは必死で何かを投稿する。ごく当たり前の話だ。なぜ「ニコる」が廃止されたのか、いまでも理解できずにいる。「もっと面白いモノをアップロードしてやる」「もっと面白いコメントを書き込んでやる」と思わせなければ、そのサービスが衰退するのは必然ではないか。
YouTubeの運営は、このことをよく理解していた。面白い動画がなければ再生数は伸びず、広告で稼ぐこともできないからだろう。莫大な金銭報酬をちらつかせることで、動画投稿者の〝青田刈り〟を行った。
反面、ニコニコ動画はプレミアム会員からの収入で潤っていたからだろうか。 この点では鈍感だった。2ch的な「嫌儲」の文化を背負っていたこともマイナスだったかもしれない。
私はβ時代からほぼ毎日アクセスしてきた、筋がね入りのニコ厨だ。
人生の1/3近くを――どんな恋人よりも長い時間を――ニコニコ動画と過ごしてきた。にもかかわらず、私はプレミアム会員になったことがない。「応援するつもりなら課金しろ!」というお叱りの言葉は、甘んじて受けよう。至極まっとうなご意見だ。
だからこそ、どうか私に課金させてみせてほしい。
固い財布の口を開かせるような施策を実現してほしい。
たとえばスマホアプリのゲームなら、無課金でも〝普通の待遇〟を受けられる。課金すると優遇してもらえる。これが基本だ。ところが今のニコニコ動画では、無課金を冷遇するだけで、課金してようやく〝普通の動画サイト並みの待遇〟になる。少なくとも私はそれで課金したいとは思わないし、多少の冷遇はガマンして無課金のままでいようと判断する。
ところで、ゲーム業界では無課金ユーザーを金の鉱脈だと考えるらしい。たとえ現在は無課金でも、熱烈にそのゲームを愛しているプレイヤーは、正しい施策を打てば必ず課金してくれる。重要な課金者になってくれる。そういう考え方があるようだ。たとえば元スクエニの安藤武博さんは、DAUが2万あれば億単位の月商が狙えると豪語していた。
私は無課金だが、ニコニコ動画を愛している。
いつでも課金者へと転換する準備ができているし、「どうかお金を使わせ欲しい」とさえ思っている。うっかりお金を払ってしまうような機能が追加されることを、今でも待ち続けているのだ。
いずれにせよ、ニコニコはすでに私の人生の一部になってしまった。
「その昔、ニコ動というサービスがあってね」と語る日が来て欲しくない。
【2017/12/21 22:51追記】
この記事の投稿とほぼ同時期にTwitterでは「輝夜月」の人気が急上昇した。
「ストロングゼロの擬人化」「見るマリファナ」等、 ひどい個性的な二つ名で呼ばれている。