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デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

デキる人はみんな使ってる思考の枠組み/ティンバーゲンの4つの「なぜ?」

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 議論をしていて、「あれ?」と感じることはないだろうか。

 たとえば「A説があるから、B説は間違いだ」と主張する人がいる。ところが、A説のどのような点がB説よりも優れているのか説明しようとしないし、そもそもA説とB説が同時に成立する可能性も検証しない。B説の存在だけで、A説を否定できると思い込んでいる。1つの問題には1つの解答しかありえないと信じている人がいるのだ。

 当然ながら、問題と解答がいつでも1:1で対応するとは限らない。しかし、私たちの脳には「唯一の答え」を追求しようとする傾向があるらしい。

 これは日常的な議論に限らない。飛び抜けて頭がいいはずの科学者たちも、しばしば同じような論理学上の間違いを犯す。たとえば「ある生物がその特徴を持つのはなぜか?」という疑問を考えてみよう。なぜ鳥は飛ぶのか。なぜ哺乳類は子供に母乳を与えるのか。これらの疑問に「唯一の答え」はない。動物学者ニコラス・ティンバーゲンは、これらの疑問には少なくとも4つの側面から答えることができ、そのすべてに解答しなければ、その生物について理解したことにはならないと看破した。

 彼の提案した思考の枠組みは、ティンバーゲンの4つの「なぜ?」という呼び名で知られている。そして、この思考の枠組みが非常に強力なのだ。生物の研究はもちろん、私たちが日常で目にする様々な問題に応用できる。

 今回の記事では、まずティンバーゲンの4つの「なぜ?」について簡単に解説する。そして応用例として、「なぜパズドラは売れたのか?」という疑問に、この思考の枠組みを当てはめて答えてみたい。

 

 

 

 1つの問題には、少なくとも4つの側面から答えることができる。これがティンバーゲンの発想だ。これら「4つの側面」の呼び名は、翻訳者や後続の研究者によってまちまちだ。この記事では、以下の名前で呼びたい。

(1)適応

(2)系統発生

(3)メカニズム

(4)成長

 順番に説明していこう。

 

 

(1)適応

 これは最終的な目的や、周囲の環境との相互作用に注目した論点だ。

 たとえば「なぜ鳥は飛ぶのか?」という疑問には、「敵から素早く逃げるため」「高所から獲物を探すため」のような、生態学的に有利な点から答えることができる。また、「なぜ哺乳類は子供に母乳を与えるのか?」という疑問には、「子供の生存率を高めるため」と答えることができる。これらの解答は、「適応」の側面から導き出されたものだ。

 

(2)系統発生

 どのような進化の過程を経てその機能を持つに至ったのかに注目した論点だ。

 たとえば「なぜ鳥は飛ぶのか?」という疑問には、祖先の恐竜がすでに羽毛を持っていたことを指摘できる。おそらく鳥の祖先は、木の枝から枝へと跳び移るという生態を持っていた小型の恐竜だ。より長くて機能的な羽根と、より軽くて丈夫な骨を持つ個体のほうが、より離れた場所の枝に跳び移ることができ、生存のうえで有利だっただろう。世代を重ねるごとに羽根はますます機能的に、骨はますます軽く丈夫になり、やがて現在のような風切り羽根と、中空の骨格を持つに至った。

「なぜ哺乳類は子供に母乳を与えるのか?」という疑問にも、似たような説明ができる。たとえばカモノハシの仲間は単孔類と呼ばれ、非常に原始的な哺乳類の特徴を残している。彼らは膣を持たず、肛門や尿道と一体化した「総排泄孔」から卵を産んで繁殖する。母乳の与え方も独特だ。彼らには、私たちのような乳首がない。母親の腹の乳腺から、まるで汗のように母乳が分泌されて、赤ん坊はそれを舐めとって育つ。おそらく私たちの祖先も、同じような方法で母乳を与えていたのだろう。私たちの祖先のなかで、栄養価の高い分泌液を子供に与える者が現れた。それが母乳の始まりだ。やがて乳腺が特定の箇所に集まるようになり、乳首が生まれた。そして現在の私たちのように授乳と育児をするように進化していったのだろう。

 生物がある特徴を持った理由を「進化の過程」から説明するのは、系統発生の側面から導かれた解答だ。

 

(3)メカニズム

 これは直接的・至近的な仕組みに注目した論点だ。

 たとえば「なぜ鳥は飛ぶのか?」という疑問には、「揚力を発生させる翼を持つから」と答えることができる。また、「飛行という激しい運動でも酸欠にならない優れた心肺系を持つから」と答えることもできる。ここでは、ある機能の背後にあるカラクリに注目し、そのカラクリがうまく機能する仕組みに注目しているのだ。

「なぜ哺乳類は子供に母乳を与えるのか?」という疑問なら、メスのホルモンバランスから答えることができる。妊娠・出産を通じて、メスの体内には特定のホルモンが分泌される。それが乳腺を刺激し、母乳の生産を開始させる。母乳の消費が激しいほど(より多く吸引されるほど)、乳腺はより大量の母乳を生産するようになる。

 このように直接の原因とからくりに注目した解答は、メカニズムの側面から導かれた答えだといえる。

 

(4)成長

 これは、ある生物が生まれてからその機能を獲得するまでの段階に注目した論点だ。

 たとえば「なぜ鳥は飛ぶのか」という疑問には、孵化した時点では産毛だったものが、やがて丈夫な風切り羽根に生え変わることを指摘できる。成長とともに心肺機能が発達し、さらに飛行に必要な神経系も育っていく。そして巣立ちを迎えるころには、航空力学の知識など一切なくても空を飛べるようになる。(※これは人間の子供が文法事典の知識がなくても言語を習得できることに似ている)

 同様に「なぜ哺乳類は子供に母乳を与えるのか?」という疑問にも、個体の発育過程から答えることができる。どんな哺乳類でも、生まれた直後は性的に未発達だ。肉体の成長とともに、性的にも成熟していく。ヒトの場合なら、二次性徴を経て生殖可能になる。乳腺が発達するのもこの時期だ。

 生物がある特徴を持つ理由を、その生物の成長過程から説明することもできる。これは成長の側面から導かれた解答だ。

 

 

 以上4つの視点は、いずれも相互排他的ではない。4つの視点それぞれに「正しい答え」が存在し、それらは併存できる。4つの視点のなかでどれか1つだけが重要だとは言えないし、どれかを軽んじていいわけでもない。むしろ、4つすべてに答えられなければ、その疑問について充分に理解できたとは言えない。

 これら4つの視点のうち(1)適応と(2)系統発生は、1個体の生涯をはるかに超えた長期的な視野を持つ。即物的な解答ではなく、究極的な答えを探そうとする視点だといえる。

 一方、(3)メカニズムと(4)成長は、徹底的に「1個体」にこだわった視点だといえる。1つの個体のなかでどのようなメカニズムが働いているのか。1つの個体の生涯のなかで、いつその機能を獲得するのか。至近的な視野から答えを探そうとする。

 また、「仕組み」と「プロセス」の違いも重要だ。

(1)適応と(3)メカニズムは、どちらも「仕組み」に注目している。前者は周囲の環境との相互作用から進化的な「仕組み」を見つけ出そうとする。後者は、主に個体の体内でどのような「仕組み」が働いているのかを分析する。

 一方、(2)系統発生と(4)成長は、どちらも「プロセス」に注目している。前者は進化という長大な歴史のなかで、どのようにその機能が発達してきたのかという歴史的経緯を分析する。後者は、1個体の生涯のなかで、どのような過程を経てその機能が発達するのかを調べる。

 

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 ここまでの話を1枚の表にまとめた。

 ティンバーゲンの4つの「なぜ?」について、ざっと説明してきた。ある生物が現在の姿である理由を、「究極/至近」「仕組み/プロセス」の2つの軸から4つの側面に分けて回答を試みる。それが、ティンバーゲンの発想だといえる。(※少なくとも私はそう解釈している)

「究極/至近」「仕組み/プロセス」の2つの軸から4つの側面に分ける──。

 この方法は、何も生物を分析するときだけに当てはまるものではない。応用範囲は広く、社会問題や経済、政治、マーケティングにまで使える思考の枠組みだろう。

 たとえば「なぜ理系・文系があるのか?」という疑問。

 当然ながら、これは生物学ではなく社会学の問題だ。

 理系と文系を分けることで世の中にどんな利点があるかを調べれば、「適応」の側面から答えを出すことができる。制度の歴史を調べて、文系・理系を分けるようになった経緯を分析すれば、「系統発生」の側面に答えを出せる。

「メカニズム」の側面には、現在の文系・理系というシステムが学校のなかでどのように運用されており、それを支える受験産業はどのように存在するのか、それを使って大学はどのように募集をかけているのか、といった部分を調べればいい。

 そして、個々人が何歳くらいのときに、どのように理系・文系を選んでいるのか。どのような手続きと受験勉強を経験するのかを調べれば、それは「成長」の側面から問題に切り込むことになる。

 

 今回は応用範囲の広さを示すため、生物学とはまったく関係ない疑問に、この思考の枠組みを当てはめて答えてみたい。

「なぜパズドラは売れたのか?」という疑問を、4つの側面から解答してみよう。

 

 

(1)パズドラの「適応」

 適応は、周囲の環境との相互作用に注目する視点だ。主に、生態系のなかでどのような有利な点があるのかを分析する。パズドラのようなスマホゲームも、同じ視点から分析できる。

 まず第一に認識すべきなのは、パズドラが圧倒的な人気を博したのは日本だけということだ。北米やヨーロッパ圏の売上ランキングを見ると、パズドラは日本ほど上位には食い込んでいない。世界規模では『Clash of Clans』や『Game of War』、『Candy Crush』のようなゲームが人気を集めている。

 したがって日本市場の特殊性を調べれば、パズドラが売れた理由を解き明かせるかもしれない。

 たとえば1回のゲームプレイに要する時間を考えてみよう。アプリを起動してから終了するまでの時間は、『Clash of Clans』ではかなり短い。敵マップへの襲撃は数分で終わる場合がほとんどだ。比べて、パズドラの1回のクエストに要する時間は長めだ。プレイヤーの腕にもよるが、ダンジョン1つを攻略するのに10分程度かかることもしばしばである。

 このようなプレイ時間の違いは、生活スタイルの違いから説明できそうだ。

 通勤・通学に、たとえばアメリカでは自動車を利用する人が多いのに対して、日本では大半の人が電車を利用している。また、日本人は勤務時間が長いことで知られるが、1人あたりGDPはそれほど高くない。つまり、生産性の低い働き方をしている──職場でサボってゲームをしている人が相当数いる──と考えていいだろう。おそらく1回10分程度のパズドラのプレイ時間は、電車に乗ってから目的の駅で降りるまでの時間にほぼ一致する。また、仕事をサボって時間を潰すなら、プレイ時間は長めであったほうがいい。

 さらに、課金の方法もパズドラは特徴的だ。

 基本プレイ無料のゲームは、どんなタイトルであれ「時間とお金のトレードオフ」が成立する。時間をかけてキャラクターを育てるか、強く育ったキャラをお金で買うか、という交換が成り立つ。『Clash of Clans』の場合、徹底的に「時間短縮のための課金」をさせるような作りになっている。

 一方、パズドラの課金方式はやや特殊だ。

 そう、「ガチャ」の存在である。

 時間をかければモンスターを強く育てることができるし、石を集めて強いモンスターを入手することもできる。しかし、ガチャを有料で回せば、それらの時間を一気に短縮できる。

 洋の東西を問わず、人間はくじ引きが好きだ。たとえば18世紀のヨーロッパでは財政危機を「富くじ」の販売によって立て直そうとする場合が少なくなかった。日本にも古くから「無尽講」という民間の富くじが普及していた。

 日本の場合、現代になってもギャンブルへの規制がそれほど厳しくならず、市街地のいたるところに合法カジノ「パチンコ屋」が林立する状況となった。駄菓子屋のアイスキャンディーからパチンコに至るまで、「くじ引き」や「ギャンブル性」は日本文化に深く根を下ろしている。このような文化的背景から、「ガチャ」という課金方式がすんなりと受け入れられたのだと考えられる。中国や韓国とは対照的だ。これらの国々ではギャンブルへの締め付けが強いようで、ゲーム内の「ガチャ」は法律で規制されている。

 通勤通学に電車を使うことが多く、生産性の低い働き方をしているという日本人の生活スタイル。そして、パチンコが広く受け入れられ、くじ引きが深く根付いている文化的背景。さらに、日本では20代~30代男性の未婚率が上がっていることを加えてもいいかもしれない(※この層の男性は自動車の購入や海外旅行をするほど豊かではないが、ゲームに注ぎ込める程度の「自由に使えるカネ」を持っている)。また、パズドラが先行者利益を得られた点も注目したい。この作品がリリースされた2012年当時、多くのスマホアプリはモバゲーやGREEの「ポチポチゲー」の域を脱しておらず、パズルゲームとして完成度の高い本作にはライバルがいなかった。

 このような日本経済の状況や社会的文脈、市場におけるライバルの有無から、「パズドラが売れた理由」を分析することができる。これは「適応」の側面から問題に切り込んでいく姿勢だ。企業内でいえば、マーケティング部門はこの側面から問題を解決しようとする場合が多い。

 

 

(2)パズドラの「系統発生」

 パズドラが売れたのは、過去の傑作の「いいとこ取り」だからだ──。そう考えることもできる。これは「系統発生」の側面から問題に答える姿勢だ。

 日本初のソーシャルゲームは、2007年にGREE上でサービスが開始された『釣り★スタ』だ。当時はまだガチャの概念はなく、サービスの範囲もGREE上に限られていたため、「ソーシャルゲーム市場」という形では認識されていなかった。データに過ぎない釣り竿が何千円という値段で売れることに、私たちはただ驚かされていた。

『探検ドリランド(2008年)』や『怪盗ロワイヤル(2009年)』など、ソーシャルゲームの発展とともにゲームの仕組みも洗練されていった。たとえば怪盗ロワイヤルの「手下」システムは、現在のパズドラにおける「スタミナ」の原型だ。何か行動を起こすたびに、プレイヤーは「手下」を消費する。手下は一定時間で回復するので、プレイヤーは完全回復を待ってからゲームを再開する。つまり、手下やスタミナの存在によって、プレイヤーのゲームを起動する頻度をコントロールできるようになる。

 一方、「ガチャ」の概念はパソコン向けのゲームで生まれたものだ。日本版『メイプルストーリー』が2004年に実装した「ガシャポンシステム」が、現在まで続くガチャの元祖だという。

 ソーシャルゲームの歴史を語るうえで、2010年9月にリリースされた『ドラゴンコレクション』を外すことはできないだろう。ハッキリ言って、このゲームには(パズル以外の)すべてが揃っていた。カードを収集・強化するという仕組み、スタミナやコストの概念、そして、何よりも「ガチャ」の存在──。パズドラを始め、現在の日本で主流の「ガチャで入手したキャラでクエストを突破する」というゲームのすべての祖先が、この『ドラゴンコレクション』だ。

 

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ドラゴンコレクション』について、もう少し掘り下げると、その原点には「ハック&スラッシュ」と呼ばれるジャンルのゲームがある。ひたすらダンジョンをクリアして、アイテムや素材を集めて、ひたすらキャラクターを強くしていく──。コンピューターゲームの黎明期からあるジャンルで、『風来のシレン』や『チョコボの不思議なダンジョン』等の「ローグライクゲーム」も広義にはこれに含まれるらしい。(※「らしい」というのは、私はゲームジャンルの定義論にそれほど詳しくないからだ。この記事では、ハクスラローグライクという緩い定義で話を進めていく)

 ダンジョンに潜る等の【行動】をすると、経験値やカネ、アイテム等の【報酬】を獲得できる。報酬によってキャラが強くなるので、新しいダンジョンに挑戦する等、行動の幅が【拡張】される。このように【行動】→【報酬】→【拡張】を繰り返すのが、ハック&スラッシュの基本的なゲームサイクルだった。

 

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ドラゴンコレクション』はハック&スラッシュのゲームサイクルに、ガチャとスタミナという概念を組み込んだ。スタミナ回復に時間がかかるという【制約】を、アイテムの【課金】で解決できる。また、敵がだんだん強くなって倒せなくなるという【制約】を、ガチャの【課金】で解決できる。

 さらにドラコレ型ソシャゲの優れた点は【ガチャ】→【デッキコスト】→【ユーザーランク】というサブサイクルを持っていたことだ。ガチャで強いキャラを引いても、コストが高すぎるとデッキに入れられない。コスト制限を拡張するにはユーザーランクを上げる必要があり、そのためにはクエストを繰り返しクリアする必要がある。「ガチャを引く」という行為が、ただ「解決策をカネで買う」だけでなく、もう一つのサイクルを形成している。メインサイクルとサブサイクルが綺麗に連結されているので、遊べば遊ぶほどさらに遊びたくなるのだ。

 

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 また、パズドラの祖先には「マッチ3ゲーム」というジャンルがある。2001年にリリースされた『Bejeweled』というパズルゲームがこのジャンルの元祖とされており、同じ種類の宝石を3つ以上揃えると消えるという落ちもの系パズルだった。さらに、「パズルとハック&スラッシュを組み合わせる」というアイディアは、『Dungeon Raid』に触発されたものだという。加えて、「最初に3種類のモンスターから好きなものを選ぶ」「モンスターを育てて戦わせる」という設定には、『ポケットモンスター』や『デジタルモンスター』からの影響があると言っていいだろう。

 これらの話をまとめると、上記のような「系統樹」を描くことができる。生物の系統樹が祖先から枝分かれしていくのとは対照的に、ゲームの系統樹は様々な場所で生まれたアイディアが1つに収斂していく形状になる。

 パズドラが売れたのは、過去の傑作の「いいとこ取り」だったからだ。それも、ただアイディアを寄せ集めただけでなく、1本のゲームとして素晴らしいバランスで組み立てられていた。「なぜパズドラは売れたのか?」という疑問に「系統発生」の側面から答えると、以上のような解答が導かれる。

 このような歴史の記述は、どちらかといえばゲームを作る側よりも遊ぶ側が好む分析手法だ。遊ぶ側の"プロ"であるゲームライターたちは、膨大な歴史的知識を生かして「ゲームがヒットした理由」を分析していく。

 

 

(3)パズドラの「メカニズム」

 そもそもパズドラのユーザーは、なぜお金を払うのだろう?

 画面のなかのデータでしかないモノに何万円もつぎ込むのはどうしてだろう?

 この疑問に端的に答えるなら、「ゲーム内経済のデザインがよく、ストレスを感じる点と、そのストレスを課金で解決する手段、ストレスが解決された際のカタルシスのバランスがいいから」となる。これだけでは何のこっちゃ分からないので、順を追って説明していこう。

 私たちが娯楽にお金を使うのは、ひとことで言えば「ストレスを解消するため」だ。人間にとって最大のストレスは退屈である。退屈はすべてを奪うとスタンダールも言っている。スマホもインターネットも無かった時代、私たちはこの最低最悪のストレスを解消するためにお金を支払っていた。映画やマンガ、ゲームを購入していた。

 ところが基本プレイ無料のゲームの場合、「退屈しのぎ」の部分は無料で提供してしまう。したがって、ユーザーにお金を支払ってもらうには、退屈しのぎとは別の部分にストレス源を作らなければならない。たとえば先述の「ドラコレ型ソシャゲのゲームサイクル」を見てほしい。スタミナ回復に時間がかかる、敵が少しずつ強くなって倒せなくなる──。これらはすべて、ユーザーにとってはストレスだ。これらのストレスを課金で解消できるようになっており、なおかつ、ストレスが解消されたときにはカタルシスを感じられる。だからこそユーザーは基本プレイ無料のゲームにお金を払う。

『Clash of Clans』の場合、「待ち時間」が最大のストレス源だ。敵のマップを襲撃するたびにユニットを消費するが、ユニットの生産には時間がかかる。強いユニットほど、待ち時間は長くなる。強力なユニットを揃えている上級者ほど、長い待ち時間に耐えなければならない。たとえば「ドラゴン」の場合、1体生産するのに30分かかる。ハッキリ言って耐え難いほど長い待機時間だ。まんじりともせず時間が過ぎるのを待っていると、課金が魅力的な選択肢に見えてくる。

 すでに書いたとおり、基本プレイ無料のゲームでは「時間とお金のトレード・オフ」が成り立つ。なぜなら、これらのゲームのすべてが、多かれ少なかれ「時間」をストレス源として利用しているからだ。たとえばコツコツとクエストをクリアしていけば、1カ月くらいで10連ガチャ1回分の「石」が貯まるかもしれない。けれど、1カ月も地道な努力を続けるのは並大抵のことではない。スマホゲームのプレイヤーたちの間では、しばしば「3,000円払えば無料で10連ガチャを回せる」というセリフが飛び交って、課金しない人々を唖然とさせる。しかし、このセリフの背後には「1カ月の苦労をお金で解決できるなら、それが魅力的に見える」という心理がある。

 プレイヤーはストレス軽減のために課金する──。これが、パズドラが売れるメカニズムを理解するうえで重要な第一の視点だ。

 

 

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 パズドラが売れるメカニズムを理解するうえで重要な第二の視点は、ゲーム内には経済があるということだ。ゲーム内では、様々な資源が循環している。ダンジョンをクリアすれば、魔法石や友情ポイント等の資源が手に入る。それらを消費すれば、モンスターや強化素材といった別の資源を入手できる。さらにそれらを消費すれば、パーティを育成・強化でき、より難しいダンジョンに挑戦できるようになる。モンスターやアイテム、ゲーム内通貨など、様々な資源がユーザーとゲームシステムとの間で循環しており、それらは一種の「経済」と見なすことができる。

 資源の循環があるということは、資源の不足や枯渇がありうるということだ。資源が足りなくなると、ユーザーはそこでストレスを感じ、そこに「需要」が生じる。その需要を満たすようなアイテムを「供給」してやれば、当然、そのアイテムは売れる。現実世界の経済と同じ原則が、ゲーム内の経済にも当てはまる。

 たとえば、ゲーム内のデータを分析したところ、あるモンスターを強化するための素材が不足していると判明したとしよう。その強化素材をガチャのおまけにつければ、ガチャがよく回るようになる。もう少し段階を踏むやり方もあるだろう。強化素材をイベントの報酬に置き、イベントを有利に進められるモンスターをガチャのラインナップに加える、という方法も考えられる。

 基本プレイ無料のゲームを運用している人々は、つねにゲーム内経済の状況を監視しているはずだ。資源の過不足があれば、そこに商売のチャンスがあるからだ。

 

 上記の「パズドラ型スマホゲームのゲームサイクル」の図をよく見てほしい。

 この図を見て、何か気づかないだろうか?

 プレイヤーがこのサイクルを1周するたびに、パーティーは強くなり、ダンジョンの敵も強くなる。すると、このサイクルを何周も繰り返した末に、パーティーが強すぎてやることが無くなる、もしくは敵が強すぎて進めないという状況になる。いわばデッドロックに陥ってしまうのだ。

 前者の場合、ユーザーはゲームに飽きてしまう。パーティーが強すぎればストレスを感じることもなく、課金動機も消える。また、後者の場合、有料ガチャのカードを所持していなければクリアできないほど高難易度になってしまう。基本無料を謳っていたにもかかわらず、だ。ダンジョンをクリアできないので、時間をかけて魔法石を集めることもできない。石が無ければ有料ガチャは回せず、パーティーを強化できず、まったく進行できなくなる。「お金と時間を交換する」という原則が崩壊してしまう。こうしてゲーム内経済は死を迎える。

 このデッドロックは、ドラコレ型ゲームの構造的宿命だ。どんなにゲームバランスを調整しても、いつか必ずデッドロックに陥る瞬間がくる。それが早いか遅いかだ。その瞬間、プレイヤーは課金しなくなり、ゲームから離脱する。こうして基本プレイ無料のゲームは突然死する。元祖『ドラコレ』のように長期運用に成功するのは一部の例外であり、ガラケー全盛期から今に至るまで、短命なソシャゲが量産されてきた。

 パズドラの優れている点は、パズルの導入によってこのデッドロックを遠ざけたことだ。それ以前のソシャゲでは、ゲームを進めるには時間とお金の2つのうちどちらかを使う必要があった。パズドラは、ここに「ユーザースキル」という第三の選択肢を加えた。時間とお金のどちらも足りない場合でも、パズルさえ上手ければ状況を打開できるかもしれない。そういう可能性を加えることで、デッドロックを遠ざけ、ゲーム内経済の死を遠ざけることに成功したのだ。

 パズドラが売れる理由は、まずゲーム内経済が健全だからだ。資源の供給量と消費量とのバランスがよく、つねに課金需要が途切れないようになっている。さらに、ストレスを感じる箇所と、ストレスを解消する手段、解消したときのカタルシスのバランスもいい。加えて、ユーザースキルという第三の軸が加わったことで、ゲーム内経済が突然死する可能性を遠ざけている──。

「メカニズム」の側面からパズドラが売れた理由を考えると、以上のような解答が導かれる。

 メカニズムに注目するのは、どちらかといえばゲームを作る側の人々だろう。基本プレイ無料のゲームの企画書には、おそらく、ゲーム内経済をどのようにデザインするのかが書かれているはずだ。ユーザーに「課金したい!」と思わせる仕組みが、詳細に書かれているに違いない。私たちのようなゲームを遊ぶ側としては、あまり目にしたくない情報だ。

 

 

 

(4)パズドラの「成長」

 この記事を書いている時点で、パズドラの運用期間は4年4カ月を超えた。しかし現在でも売上ランキングの上位常連だし、1位を取ることも珍しくない。なぜパズドラは、これほど長期間にわたり売れ続けているのだろう。

 当然、先行者利益は無視できない。2012年のリリース当時、パズドラにライバルはいなかった。ユーザースキルを要するパズル部分とカード収集とガチャとを、これほどバランスよく組み合わせたゲームは他になかった。だからこそ膨大なユーザーを集めることができ、その人たちが今でも残っている──。そう考えることはできる。

 しかし、先行者利益だけでは説明できないのも事実だ。

 たとえば2012年~2013年ごろにランキングの上位常連だった『不良道~ギャングロード~』というゲームがある。パズドラとは対照的に、現在では売上ランキングの下のほうに沈んでしまった。また、『ラブライブ! スクールアイドルフェスティバル(2013年)』は、ユーザースキルを要するリズムゲーム部分とカード収集、ガチャをバランスよく組み合わせたという点で、パズドラの正統な後続作だとみなせる作品だった。2013年8月30日には売上ランキング2位を達成し、その後も長らく上位の常連だった。『スクフェス』は今でも50位以内に食い込むヒット作品だ。が、最近ではベスト10にはあまり顔を見せなくなってしまった。

 もしもパズドラが売れた理由を「先行者利益」だけで説明できるなら──「売れたゲームはその後も売れ続ける」という原則が万能の魔法の答えなら──これらパズドラ以外のヒット作も、順位を落とさずに売れ続けていなければおかしい。しかし、現実にはそうなっていない。つまり先行者利益だけでは、パズドラが売れ続けている理由は説明できないのだ。

 パズドラが長期間に売れているのは、ひとことで言えば「運用がうまいから」ということになる。リリースから現在にいたるまで、どのような施策を行って売上を維持してきたのか。これは「成長」の側面から疑問に切り込む視点だといえる。

 

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 パズドラの運用について考える前に、基本プレイ無料のゲームの売上構成について確認しておきたい。

 アメリカのカジノ業界には「クジラ」という言葉があるらしい。大金を賭ける上客のことだ。クジラたちが湯水のようにお金を使うことで(そして豪快に負けることで)、少額しか賭けない客たちのぶんのサービスが賄われていると考えていい。

 同じことが基本プレイ無料のゲームにもいえる。これはアメリカのデータだが、スマホゲームに何らかの課金をしているのは、全プレイヤーのうちわずか3%だという。さらに月額50ドル(※約6,000円)を使う「クジラ」は、そのなかの上位10%だ。基本プレイ無料のゲームにお金をつぎ込むクジラはごくわずかで、無課金者まで含めたすべてのユーザーのうち上位0.3%だけなのだ。

 しかし売上金額を見ると、光景はがらりと変わる。噂で耳に挟んだ限りでは、課金額上位10%のユーザーが、売上の80~90%を生み出すことも多いという。さらに、課金額がとくに高い1%のユーザー(ここでは仮に「白鯨」と呼ぼう)が、売上の6割ほどを叩き出す場合も珍しくないらしい。ユーザーの人口比率と、売上構成比とは、完全に逆転しているのだ。

 したがって、運用方針は明快だ。「白鯨」が喜んでお金を使うような施策をひたすら打ち続ければいい──。

 ところが、事態はそう簡単ではない。なぜなら、人間は必ず飽きるからだ。たくさんお金を使うユーザーほどゲームの進行速度も速く、デッドロックに至りやすい。「もうお金を使う場所がない」という状況になってしまいがちだ。課金することに疲れて無課金者に戻ってしまうこともあるし、最悪の場合はゲームをやめてしまう。

 

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 だからこそ「クジラを育てる」という視点が重要になる。基本プレイ無料のゲームでは、つねにユーザーは新陳代謝をしている。どんなにお金持ちなプレイヤーでも、ゲームを始めた直後は無課金者だ。課金率をUPさせる施策を打って、そういうプレイヤーの課金転換を促さなければならない。さらに、課金金額が増えるような施策によって、微課金者を中課金者へ、そしてクジラ、白鯨へと育てていかなければならない。万が一、課金疲労に陥った場合でも、楽しいイベントを継続的に行うことで、離脱だけは防がなければならない。

「クジラ」の数を一定以上に保ち、長期間における売上の最大化を目指すこと。これがゲーム運用のキモと言っても過言ではないだろう。短期間でユーザーからお金を搾り取るような施策を打つこともできるかもしれない。しかし、それがゲームの寿命を縮めるのなら、売上の最大化につながるとは限らない。

 パズドラの過去のアップデートやお知らせを読み返せば、どのようにしてこの新陳代謝を維持してきたのかが分かるだろう。

 

 外部から見ている限りでは、この新陳代謝がいちばん危機的状況に陥ったのは2015年2月末の「曲芸師」実装だったのではないかという印象を受ける。強力すぎるモンスターを追加したことで炎上し、引退宣言をするユーザーまで現れる事態となった。

 ところが売上ランキングの推移をみると、この炎上事件と前後して順位が落ちたりはしていない。おそらく炎上に参加していたのは微課金~無課金層のユーザー、あるいはパズドラでまったく遊んでいないただの「炎上好き」の人々だったのかもしれない。少なくとも、「クジラ」や「白鯨」のユーザーたちは、炎上事件の影響をほとんど受けなかったことがうかがえる。

 また、興味をそそられるのは、2015年7月16日のアップデートで追加された「モンスター購入」だ。所持しているモンスターを売却することで、「モンスターポイント」を入手できる。そしてモンスターポイントを消費することで、「モンスター購入」に並んでいるラインナップから好きなモンスターを入手できる。つまり、不要なモンスター数体を、欲しいモンスターと交換できる仕組みだ。

 運用開始から時間の経ったゲームでは、上位ユーザーはカードを死蔵させがちになる。新しいカードが追加されるたびに、カードの強さは少しずつインフレしていく。そのため、古いカードは使い道がなくなっていく。かといって、課金して入手したカードを簡単には捨てられない。カードの所持数には上限があり、滞留資産が積み上がると「新しいカードを入手しよう」という意欲が失われるのだ。こうして、かつての白鯨ユーザーは無課金者に戻ってしまう。

「モンスター購入」のような資産の流動性を高める施策を打つと、売上が伸びるらしい。滞留資産の消化が進み、新しいカードを入手しようという意欲が復活するからだ。『スクフェス』のシールSHOPや『パワプロ』のミキサーガチャなど、似たような仕組みが他のゲームにも実装されている。

 

 以上のように、ゲーム運用の履歴からパズドラが売れた理由を探っていくこともできる。これは「成長」の側面に注目した分析方法だといえる。どちらかといえば、これもゲームを作る側の視点だろう。とくに日々の運用施策に頭をひねっている現場のプランナーやディレクターは、まず間違いなくこの視点を持っているはずだ。なぜなら、彼らの仕事は担当しているゲームを「成長」させることに他ならないからだ。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 今回の記事では、ティンバーゲンの4つの「なぜ?」という思考の枠組みを紹介した。「究極/至近」「仕組み/プロセス」の2つの軸から4つの側面に分けて回答を試みる──。それがニコラス・ティンバーゲンの発想だ。

 この考え方の応用範囲の広さを示すために、この記事では「なぜパズドラは売れたのか?」という疑問を4つの側面から考察した。簡単にまとめれば、次の通りだ。

(1)適応(=究極の仕組み)

 パズドラは日本の市場環境に適したゲームアプリだった。

(2)系統発生究極のプロセス)

 パズドラは過去の傑作の「いいとこ取り」だった。

(3)メカニズム至近的な仕組み)

 パズドラは優れたゲーム内経済と課金の仕組みを持っていた。

(4)成長至近的なプロセス)

  パズドラはゲームの運用が巧みで、失敗していない。

  この4つの枠組みは、ゲーム以外の業界でも通用するだろう。

 たとえば食品メーカーの商品開発なら、日本市場に需要があるかどうかを探るマーケティングは「適応」の視点だといえるし、過去の類似商品の分析は「系統発生」の視点だといえる。スーパーマーケットの店頭でその商品が売れる時間帯や、一緒に購入されている商品を分析すれば、直接的な購入のきっかけが──つまりはメカニズムが──見えてくるかもしれない。商品のシリーズ展開や過去のプロモーション施策を洗い出すのは「成長」の視点だ。

 ここまで読んだ方ならお分かりの通り、ティンバーゲンの4つの「なぜ?」は、決して目新しい考え方ではない。むしろ、仕事がデキる人なら誰もがごく自然に身に着けている思考の枠組みだ。

 意識的にせよ、無意識的にせよ、1つの問題をいくつかの側面から考察したほうがいいことを、デキる人たちは気付いている。たしかに「適応」と「系統発生」はお互いに影響を与えあっているが、それでも、仕組みとプロセスは分けて考えたほうがいい。パズドラが傑作の「いいとこ取り」なのは間違いない。しかし、それが日本市場でウケた理由には、また別の側面からの説明が必要なのだ。

 仕事がデキない人々──議論をまぜっかえして無駄に会議を長引かせることが「仕事」だと思い込んでいる連中──には、この思考の枠組みは受け入れがたいかもしれない。残念ながら、決して少なくない人たちが、1つの問題には1つの解答しかありえないと信じ込んでいる。

 しかし実際には、1つの問題は複数の側面から答えることができる。

 それどころか、少なくとも4つの側面から解答できなければ、その問題についてきちんと答えたことにはならない。数学のテスト問題ならさておき、複雑な現実世界では、1つの問題に1つの解答などありえないのだ。

 

 

 

 

 

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◆参考文献等◆

ソシャゲにガチャがある理由/売れるゲームの条件 - デマこい!

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