デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

禁煙が日本をダメにした(?)

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※この記事はJTの提供で書かれていません

 

 

 新宿西口の個室居酒屋。時刻は22時。酒が回っていた。

「日本企業では、良いアイディアは喫煙所で生まれたんだと思うよ」

 マルボロメンソールライトをくわえながらA氏は言った。大学のOBOGで集まっていた。A氏は某大手ゲームメーカーのプロデューサーである。つい先日も、億円単位の開発予算を獲得したばかりだという。

 企画を通す秘訣は、喫煙所で取締役に直談判することだそうだ。

「考えてもみてよ。社長とか、取締役とか、そういう人と普通に5分間ミーティングするのがどれほど大変か」

 世の中の〝えらい人〟は大抵すこぶる多忙だ。みっちりと詰まったスケジュールの隙間を狙って、針に糸を通すような気遣いが必要になる。

「だけど喫煙所なら、そういう人と簡単に会える」

 社風にもよるだろう。

 けれどA氏の指摘には一理ある。男なんて何歳になっても子供で、校舎裏にたむろする不良と変わらない。タバコの煙が「ちょっとワルいことをしている」という連帯感をもたらし、すぐに仲良くなるのだ。上下関係に厳しい日本社会において、これは得がたい機会だ。

 日本のイノベーションは喫煙所が生んだ、とA氏は言った。スーパーカブウォークマントヨタ生産方式も、その誕生過程には喫煙所があったはずだ、紫煙を楽しむおっさんたちがいたはずだ、と。

 無理筋な指摘ではないと思う。

 個人的な経験から言っても、良いアイディアはリラックスしたときに湧いてくる。シャワーを浴びているときとか、トイレに座っているときとか、ソファに横になったときとか……。デスクに齧りついていたって、ひらめきは降りてこない。喫煙所で肩の力を抜いたときに、ふと、難問の解決策が思い浮かぶ――。いかにもありそうな話だ。

 だとすれば、昨今の禁煙ブームは問題だ、ということになってしまう。

 老後の健康と引き換えに、現在の繁栄を手放していることになるからだ。喫煙者が減ったことで、喫煙所でのディスカッションが減り、良いアイディアが生まれる機会が減った。〝えらい人〟に話を通すことも難しくなった。要するにイノベーションが生まれにくくなったのだ。たぶん。

 

 

■タバコのリスク

 とはいえ、今さら「もっとタバコを吸うべきだ」と言えるような時代ではない。

 そもそも日本人はいつからタバコを吸うようになったのだろう?

 極めて雑な要約をすれば、タバコは戦争によって広まる。兵士たちは紙巻きタバコを支給されて、戦後、喫煙習慣とともに祖国に持ち帰るからだ。元を辿れば、私たち旧世界の人間がタバコを知ったのはコロンブスが新大陸に到達して以後であり、コンキスタドールによる侵略は広い意味で戦争だった。ヨーロッパではクリミア戦争後に喫煙率が高まったことが知られている。

 極めつけは第二次世界大戦だ。男たちはヨーロッパで、あるいは北アフリカの砂漠で、凍てつく極東や南洋の小島でタバコをふかしまくり、戦争が終わっても禁煙しなかった。こうして日本を含む先進国では戦後、喫煙率が急上昇した。

 アメリカの成人男性の喫煙率がピークに達したのは1956年で45%だったという。一方、日本では10年遅れの1966年がピークで、驚くべきことに83.7%だった[1]。日本人の同調圧力がなせるワザだろう、当時の日本男児は誰もがタバコを吸っていたのだ。

 

 

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※画像出典:アンガス・ディートン『大脱出 健康、お金、格差の起源』みすず書房(2014年)p148

 

 高い喫煙率は、マクロな死亡率にてきめんに影響を及ぼした。

 上記のグラフは先進諸国における肺がんによる死者の割合を示している。喫煙の開始から肺がんの罹患まで20~30年のタイムラグがあるため、喫煙率のピークと死者のピークにはズレがある。また、興味深いのは女性の肺がん死者だ。戦後のウーマンリブ運動と女性の社会進出にともない、女性の喫煙者も増えた。そのため肺がんによる女性の死者数が増加し始めたのは、男性よりも約20年遅い1960年代末からだった。

 さらに、このグラフで不思議なのは日本のデータだ。先述の通り、日本の喫煙率はピーク時にはアメリカよりもずっと高かった。にもかかわらず、肺がんによる死者の割合はダントツで低い。これはなぜだろう?



 

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※画像出典:社会実情データ図録「図録▽死因別死亡率の長期推移(1899年~)」

 

 こちらのグラフを見ると[2]、同時期の日本では脳血管疾患による死者が多かったようだ。もしもこれがタバコによるものだとしたら、日本人は肺がんになるよりも先に脳の障害で死んでいたと言えそうだ。また、肺がんに比べて喫煙から死亡までのタイムラグも短いということになる。これが日本人の体質によるものなのか、生活習慣(※塩分過多な和食を食べる等)によるものなのかは分からない。

 ここまでの話で、単純な人は「ほら! やっぱりタバコは危険なんだ!」と思うだろう。しかし、ここは天下のはてなブログインターネットの魔境だ。賢明なる読者諸氏なら、当然、疑いが浮かぶだろう。「このデータじゃタバコのリスクなんて分かんないじゃん」と。

 繰り返しになるが、昭和の日本では猫も杓子もタバコを吸っていた。これほど喫煙者が多いと、死亡リスクに与えるタバコの影響を、他の要因と統計的に区別できなくなる。「パンは危険です、なぜなら犯罪者の99%はパンを食べているからです」というジョークと、よく似た状況になってしまうのだ。

 実際、タバコのリスクを証明しようとする医者たちにとっても、これは頭の痛い問題だった。オックスフォード大学の疫学者リチャード・ピートーによれば、「1940年代初めには、タバコとがんとの関係を尋ねるのは、椅子に座るという行為とがんとの関係を尋ねるのと大差なくなっていた」という。

 これがマウスやウサギなら話は簡単だ。ケージにタバコの煙を送り込んで〝喫煙〟させたグループと、普通の空気を送り込んで〝禁煙〟させたグループを飼育して、がんによる死亡率を比較すればいい。「タバコを吸うと肺がんで死ぬ確率が○○倍になりますよ」というデータが、わりと簡単に手に入るだろう。しかし、相手は人間。そんな実験をできるわけがない。

 解決策は、意外なところにあった。

 1950年代には、イギリスでは医療の国営化にともない国内の医師全員が行政機関に登録されていた。その数、6万人以上。登録された医師が死ぬと、死因に関する詳細なレポートが提出されていた。生物統計学者オースティン・B・ヒルと医学研究者リチャード・ドールは、この医者たちを調査対象として利用することにしたのだ。

 1951年10月末、ドールとヒルは喫煙習慣に関する簡単なアンケートを医師たちに送った。5万9600通のアンケートに対して、回答は4万1024通。あとは医師たちが死ぬたびに、死因をプロットしていくだけでよかった。1951年11月~1954年3月の29カ月間に789人が死亡し、そのうち肺がんによる死者は36人。全員が喫煙者だった。複雑な統計処理をするまでもなく、喫煙が肺がんのリスクになることは明白だった。

 このような「特定の習慣を持つ人たちを追跡調査する」ことを、コホート研究という。コホートとは、同じ属性や同じ条件・特徴を持つ集団のことだ。(たとえばタバコのような)ある食品や生活習慣が健康に与える害を証明できるかどうかは、良質なコホートを得られるかどうかにかかっている。

 いずれにせよ、現在ではタバコの健康リスクは充分に証明されている。目の敵にされて、規制や重税を課されるのもむべなるかなと言ったところだろう。分煙が徹底されたのはもちろんのこと、最近では喫煙所そのものが減った。健康という旗印のもとに日本人はイノベーションから遠ざかっている、のかもしれない。

 

 


JT電子タバコPloom TECH

 

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※画像出典:JT ‐プルーム・テックに関する情報提供(pdf)

 

 ところで先日、大学時代の同級生B氏から誕生日プレゼントとして電子タバコをもらった。JTPloom TECHだ。たしかに私は学生時代、1日5本くらい吸う喫煙者だった。しかし卒業と同時に禁煙した。B氏はそのことを知らなかったようだ。

 Ploom TECHは上記の図の通り、カートリッジに含まれた水分を加熱してエアロゾルにし、タバコの葉っぱを通して香りを付けるという仕組みだ。いわば「蒸しタバコ」である。葉っぱを燃焼させないので、紙巻きタバコのような有害物質がほとんど発生しないらしい。

 

f:id:Rootport:20171026140003j:plain※画像出典:JT ‐プルーム・テックに関する情報提供(pdf)

 

 一応、JT自身がPloom TECHから発生する有害物質の調査を行っている[3]。とはいえ、このグラフの縦軸は紙巻きタバコを100にするのではなく、健康への害が認められない〝基準値〟みたいなものを100にしないとダメじゃないの? とか、ツッコミどころが無いわけではない。それでも、普通のタバコに比べれば有害物質がかなり少ないというのは確かなようだ。

 カートリッジに含まれているプロピレングリコールグリセリン、トリアセチンは食品の保湿剤としてよく使われる添加物だ。素人の考えだが、CとかHばかりの有機物なので極端に毒性の強い物質は生まれなさそうだと思った。(ヤバいのはSとかNとか混ざっているやつだという発想)

 ちなみに煙に含まれるニコチンも極めて微量だ。(いいのか、それ……?)

f:id:Rootport:20171026140152j:plain※画像出典:JT ‐プルーム・テックに関する情報提供(pdf)

 

 で、肝心の味である。

 プレゼントされたのは3銘柄。いちばんタバコっぽい「レギュラー」、メンソールの「クーラー・グリーン」、スミレ系の香りの「クーラー・パープル」だ。

 さすがにレギュラーでは、紙巻きタバコにの味に今一つ届かないと感じた(※ちなみに私が学生時代に吸っていたのはCABINとアメリカン・スピリットだ)。タバコの葉よりも人工香料の匂いが強く感じられた。一方、グリーンとパープルは思った以上に「それっぽい味」で驚いた。滑らかな冷涼感を味わえる。人によっては、紙巻きタバコよりもPloom TECHのほうが美味しいと感じるかもしれない。

 何より、タバコのような副流煙ニオイがほぼ無い

 これならカフェやレストランで吸っても、臨席はもちろんのこと同席者もニオイを感じないだろう。部屋で吸っても、壁紙や天井を汚さずに済む。A氏のようにイノベーションと喫煙が結びついている人にとっては、新しい選択肢として「あり」だと思う。

 


■Rootportの立ち位置

 図らずもPloom TECHのレビュー記事みたいな内容になってしまった。

 喫煙とイノベーションの話だったはずだ。

 私の立ち位置はといえば、副流煙に有害物質が含まれている以上、分煙は徹底するべきだ、しかし行き過ぎた喫煙規制は権利の侵害だ、という立場だ。個人の自由は他者の権利を侵害しない限り最大限尊重されるべき――。ジョン・スチュアート・ミル以来の自由主義の考え方である。

 ここでいう「個人の自由」には、飲酒や喫煙のような愚行権も含まれている。というか、ある選択が〝愚か〟かどうかを決めるのはその選択をした本人であって、医者にも政府にも世間様にもそれを決めることはできない。お節介な温情主義などクソ食らえだ。

 念のため繰り返すが、私は大学卒業時に禁煙しており、今では常習的な喫煙はしていない。この記事の前半で書いたとおり、タバコの健康リスクも理解している。それでもなお、「喫煙する権利」は失われるべきではないと述べているのだ。

 よくある反論は、「喫煙者は病気になって医療費を圧迫する、結果として他者の権利を侵害しているので喫煙を認めるわけにはいかない」というものだ。なるほど、このロジックを持ち出す人は、よほど健康的な生活をしていて、自分が医療費を圧迫する可能性がゼロだという自信があるのだろう。

 重要なポイントは二つだ。第一に、タバコはあくまでもリスクの一つにすぎないこと。タバコを吸っているからと言って、一部の疾病の確率が上がるだけであり、必ずしも病気になるとは限らない。第二に、疾病リスクを高めるものはたくさんあるのにタバコだけを規制するのはアンフェアであり正当性がないことだ。

 タバコの毒性が証明されたのは、良質なコホートが得られたからだ(※これ自体は素晴らしい医学の進歩だ)。一方で、本当は高い毒性があるにも関わらず、コホートが得られないためにそれを証明できない、そういう物質もたくさんあるだろう。もちろん、機知の毒物にも私たちは日常的に大量にさらされている。喫煙率が充分に下がれば、タバコによる健康リスクは他のリスクに埋もれていく

 たとえば女性の喫煙率は調査開始以来、微増~横這いだった。一方で、日本人女性の平均寿命は一貫して伸びている[4]。寿命に対するタバコの影響は、他のリスクに埋没しているのだ。この現状でタバコの規制を強めたとして、果たして日本人はより長生きになるだろうか? タバコを取り締まるのと同じ労力を、もっと直接的に健康を増進する啓蒙活動に注いだほうがいいのではないか?

 これは断言してもいいが、タバコの全廃を求める人は、もしもそれに成功しても満足しないだろう。次の「健康リスク」に狙いを定めて、それを禁止しようとするはずだ。

 タバコの次は、ジャンクフードだろうか? それとも虫歯や肥満の原因になる砂糖だろうか? あるいはアルコール? よもやアメリカの禁酒法が「天下の悪法」と呼ばれたことを知らないわけではあるまい。運動不足解消のため、国民にスポーツ活動を強制しようなんて言い出すかもしれない。まるで『すばらしい新世界』や『1984年』のようなディストピアだ。

 このように、温情主義は行き過ぎると全体主義になる。

(たとえばシートベルト着用のような)適度なパターナリズムなら問題にならないが、どこかで歯止めが必要なのだ。その「歯止め」のレベルが、喫煙なら「分煙の徹底」だろうと私は思う。少なくとも、行政が私生活における喫煙にまで口を挟むのは、自由の侵害でしかない。最近ではマンションのベランダでタバコを吸う「ホタル族」への規制が話題になった。が、マンションの前を走る自動車の排気ガス副流煙のどちらが有害かという議論は耳にしなかった。

 タバコは健康との因果関係があまりにも綺麗に証明されたために、「悪役として叩きやすい」という事情がある。この点は、かつてのこんにゃくゼリー問題にも似ているだろう。

 分かりやすい悪役であるがゆえに、増税についてもあまり問題視されない。

 典型的な〝Sin tax〟であり、喫煙者に対する当然の罰金だと見なされがちだからだ。しかし、喫煙率は低所得層ほど高く、高所得者ほど低くなる[5]。つまりタバコ税の増税は、そのまま低所得層への増税なのだ。

 これが中世なら、弱い者が強い者にカネを払うのは当然という発想になるだろう。しかし、今は21世紀。江戸開幕から約400年、明治維新からおよそ150年も経っているのだ。もしもあなたが良識的な現代人で、富の再分配は税の役割の一つだという常識を身に着けているのなら、当然、低所得者を狙い撃ちにした増税には疑問を抱かなければならない。

 

 またしても話が取っ散らかってしまった。

 久しぶりにブログを書くと、これだ。

 

 話をまとめよう。

 日本企業では厳格な勤務態度を求められるため、ざっくばらんなディスカッションの機会をなかなか得られない。いわゆる〝えらい人〟と親交を深める機会も稀だ。したがって喫煙所が日本企業のアイディアの源泉となり、イノベーションを生んできた可能性は充分にある。

 一方で、タバコの健康に対するリスクは充分に証明されている。誰にでも喫煙を楽しむ自由はあると私は考えているが、それでもリスクについては真剣に考慮しておくべきだろう。

 Ploom TECHは紙巻きタバコに代わる選択肢として「あり」だと感じた。肺に入れるときには、意外にも本物のタバコと似たような感触がある。個人的にはタバコだけじゃなくて、カモミールとかアップルミントのような普通のハーブのカプセルがあってもいいのではないかと思う。

 いずれにせよ、いいアイディアはリラックスしたときに生まれる。このことを私は疑っていない。インターネッツで遊んでいると、しばしば「喫煙者はタバコ休憩をしてズルい」なんてコメントを見かける。

 しかし、求めるべきはタバコの禁止ではなく、おやつ休憩ではないのか。

 一杯のコーヒーが素敵なひらめきをもたらすことを願ってやまない。

 

 

※余談だが、プレゼントされたPloom TECHはこの記事の執筆中にトイレに落としてしまった。件の友人には大変申し訳ない気持ちになると同時に、もしも本文がとげとげしい文章になっていたら、それは私が凹んでいたからである。

 

 

■主要参考文献■

アンガス・ディートン『大脱出 健康、お金、格差の起源』みすず書房(2014年)

シッダールタ・ムカジー『がん 4000年の歴史』ハヤカワノンフィクション文庫(2016年)
[1]最新たばこ情報|統計情報|成人喫煙率(JT全国喫煙者率調査)

[2]図録▽死因別死亡率の長期推移(1899年〜)

[3]JT ‐プルーム・テックに関する情報提供(pdf)

[4]日本の平均寿命の推移をグラフ化してみる(最新) - ガベージニュース

[5]厚生労働省 ‐平成26年 国民健康・栄養調査結果の概要

大脱出――健康、お金、格差の起原

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がん‐4000年の歴史‐ 上 (ハヤカワ文庫NF)

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がん‐4000年の歴史‐ 下 (ハヤカワ文庫NF)

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