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デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

うそをうそと見抜けないと今を生きるのは難しい/データよりも常識にもとづいてモノを言う人たち





新入社員に「社会人なら日経新聞を読め」と説教するおっさんは多い。が、これは「紙面の主張をコピペできるようになれ」という意味ではない。新聞は資格試験の教科書ではないし、丸暗記なんて無意味だ。私たちは観測と検証にもとづいて思考するべきで、誰かの主張を鵜呑みにしてはいけない。
「日本は輸出の国」
「円高は悪、円安が日本を救う」
……などの「世間の常識」にも、いちどは疑いの目を向けてみたい。





      ◆





日経新聞が吠えている。



11年度、3年ぶり貿易赤字 過去最大の4.4兆円に
http://s.nikkei.com/JcEv8w



「赤字」という言葉を聞くとドキリとするけれど、貿易赤字とは「輸入品のほうが輸出品よりも多かったですよ」という意味でしかない。円高により日本人の購買力が上昇しているのだから、輸入の割合が増えるのは当然だ。燃料や素材を円高のうちに買い貯めておこうとする企業も多いはずだ。貿易収支は、家計や企業経営のように「赤字=ヤバい」というわけではない。
ところが日経新聞には「日本は輸出立国」という教条がある。
日本経済は輸出によって成長してきた。円高になれば輸出が伸び悩むので、景気が悪くなる。だから政府は為替介入して円安誘導すべきだ――。日経新聞は「円高悪玉説」を一貫して主張している。
しかし円高で困るのは、日本人ではない。輸出依存型の一部の企業だけが困るのだ。
とくに海外に子会社や支店を持つ大企業にとって、円高は悩みの種だ。どんなに海外で営業努力をしていようと、円高になれば為替差損により財務諸表が痛む。業績が悪くなったかのように見えてしまう。財務諸表の見栄えをよくするため、そういう大企業は円安誘導にもろ手を挙げて賛成する。日経新聞が「誰のための新聞か」がよく分かる。



     ◆



そもそも日本は、ほんとうに輸出立国なのだろうか。
「貿易依存度」という指標がある。
輸出・輸入の総額をそれぞれGDPで割った数値だ。この数字が高ければ高いほど、経済に占める「貿易」の重要度が高いといえる。逆に低ければ低いほど、カネの流れを国内だけで作ることができている――つまり経済の「自給自足」が出来ているといえる。そして日本の貿易依存度は、決して高くない。






少し古いが、総務省統計局のHPに貿易依存度の各国比較データがあった。国の経済規模が大きくなるほど、貿易依存度は低くなる傾向がある。経済規模が大きいとは、つまり国内で回っているカネの総量が多いということだ。したがって国外とのカネのやりとりが――貿易の重要度が低くなる。



総務省統計局・統計データ・世界の統計・第9章 貿易
http://www.stat.go.jp/data/sekai/09.htm




※2011年度のGDP上位20カ国を抜き出した。「日本よりも貿易依存度の高い国」を意図的に集めたわけではない。



(参考)
世界の名目GDP(USドル)ランキング
http://ecodb.net/ranking/imf_ngdpd.html



ついでに2009年から過去3年間さかのぼって、グラフを作ってみた。








これらのグラフから分かるように「2009年だけが特別に貿易依存度が低かった」わけではない。
以上のことから、「日本は貿易依存度が低い国」だと言えそうだ。
輸出立国? うそーん……



     ◆



しかし「日本は外需の国」という妄想は、いまだに強い力を持っている。
たぶんこの妄想が、日本人の自尊心をくすぐるからだ。「ものづくりの時代」に青春を過ごした人々にとって、「輸出で栄える日本」のイメージは抗いがたいほど甘美なのだろう。世界中の街角でソニー製品が音楽をかき鳴らし、アメリカ人たちがこぞってトヨタに乗る――日本が輸出で躍進する姿に、当時の人々は勇気づけられたはずだ。ウォークマンがすごいのは黒木靖夫さんがすごいのであって、自分がすごいわけじゃないのにね。
そして今でも「外需の国」という妄想にもとづいて、「円安誘導」を訴える人がいる。



個人資産を巻き込めば円安にできる フジマキ・ジャパン社長 藤巻健史
http://www.nikkei.com/money/column/moneyblog.aspx?g=DGXNMSFK1700N_17042012000000

円高で外国人労賃が値下げ、すなわち日本人が相対的に労賃を値上げしたことになる

私の弟は商売をしている。景気が悪くなったらどうするだろう。常識は「値下げ」である。

景気が悪化しているのにどんどん単価を上げてきた(=円高)のだから、誰も日本製のモノもサービスも労働力も買わなくなってしまった。

あたしシロウトだけど国家と商店は違うと思います。
たしかに商店なら、とにかく「外」にモノを売らないと話にならない。けれど、国家は「内」だけでカネを回すことができる。そして日本は「内」で回っているカネの割合がすこぶる高い。先ほどのグラフを見れば分かるとおり、世界一の経済大国・アメリカは日本以上に内需型だ。「貿易」の過多は、景気の良し悪しには直結しない。
また人件費の差により産業の空洞化が進むのは、円高の問題ではなく、グローバル化の問題だ。
そもそも日本人の人件費が高いのは経済発展のおかげであって、円高のせいではない。たとえ円の価値が半分になっても、人々の“実質的”な賃金は下がらない。名目上の手取り金額が倍になるだけだ。第一次世界大戦後のドイツではマルクが大暴落した。が、マルクの価値が下がっても人々の“実質的”な賃金は簡単には下がらなかった。当時のドイツ人は鞄いっぱいの札束で給料を受け取っていた。
WWI後のドイツマルクの対US$為替レートはこちら。
http://miraikoro.3.pro.tok2.com/study/quiz/s10-2.htm



グローバル化は為替操作でコントロールできるようなものではない。
日本だけではどうしようもない「所与の条件」として受け止めるべきだ。
一日24時間が短すぎるからといって、地球の自転を止めようとする人はいない。いかにして24時間を有効利用するか、私たちは創意工夫を重ねている。24時間という時間制限が「所与の条件」だからだ。
グローバル化も同じだ。航空と情報の技術発展、そして政情の安定が進めば、世界はごく自然に一つになる。
逆に、個人資産の国外流出が進めばなにが起こるか:日本国内で回るカネの量が減る。それこそ「円安」になるほど大規模な個人資産の流出が起きれば、この国はマジで滅ぶよ?
経済専門紙に寄稿するほどの人物が、こんな初歩的なことをご存じないとは思えない。私には想像もつかない「超・経済理論」を持っていらっしゃるのか、それとも解っていながらあえて……なんて、まさかね!



     ◆



日本の長期的な景気低迷は、人口動態のせいだと私は考えている。
少子高齢化は、キャッシュフローの面では「盛んに消費をする人」の減少を意味している。また、人的資本の面では「挑戦的で創造的な人」の減少を意味している。カネを使わない人が増え、保守的な人が増えれば、世の中から活力が失われるのは当たり前ではないか。
これは以前にも書いたとおりだ。



若者にハングリー精神を求めるなんて愚の骨頂
http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20120307/1331128776



不本意なのは、この記事が典型的な「老害論」として読まれてしまったことだ。
何度も繰り返すが、私は「年寄りは氏ね」などと思っていない。世代の差もまた、尊重すべき多様性のひとつだ。各世代がそれぞれの強みを活かせる社会こそが望ましい。
少子高齢化は、私たち日本人にとって「所与の条件」だ。
私たちが問うべきなのは、この「所与の条件」を受け止めたうえで、いかにして「若々しい世の中」を作っていくかだ。その方法は「挑戦的で創造的な中高年を育てる仕組み」かもしれないし、「若い世代が活躍できる仕組み」かもしれない。人が歳をとるのは、その人の責任ではない。社会の閉塞感が高齢化のせいであったとしても、それを「責める」のは、一日が24時間であることを嘆くようなものだ。私たちは「責める」のではなく、乗り越えていくべきなのだ。



新聞に限らず、私たちが目にする「意見」には多かれ少なかれ「妄想」が含まれている。しかし現代では、その「妄想」を即座に検証できる。私たちは観測された事実にもとづいて思考すべきだし、それをメディアリテラシーと呼ぶのだろう。※なので「爆発的に成長している企業」と「斜陽企業」の平均年齢を、ぜひ検証してください。



なにかを盲信する人は、他人の言葉に縛られて一生を過ごす。
自由への第一歩は、疑いを抱くことだ。






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http://jyoshige.livedoor.biz/archives/5274853.html


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http://tomowatanabe.hatenablog.com/entry/2012/03/10/203743



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※いや、まあ「輸出立国」が嘘とも言い切れないのは分かってるんです。ただ、別の見方もありゃしませんか、と。


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