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新著『会計が動かす世界の歴史』2月1日発売!

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会計が動かす世界の歴史 なぜ「文字」より先に「簿記」が生まれたのか

会計が動かす世界の歴史 なぜ「文字」より先に「簿記」が生まれたのか

 

 
 新著『会計が動かす世界の歴史 ~なぜ「文字」より先に「簿記」が生まれたのか~』が2月1日に発売されました!

 本書のコンセプトは「高校生でも楽しく読めるお金の歴史」「大人も驚くお金の真実」です。もともとMoneyPlusというWEBサイトで連載していた記事を、大幅に加筆修正した上で1冊にまとめました。

 何卒よろしくお願いします。

 

 さて、さっそく読者の方から「本書の記述に間違いがあるのではないか?」というご意見を頂戴しましたので、回答したいと思います。

 問題の箇所は以下の通り。p288の本文と注釈です。

 

たとえば戦時中には年間5000万トンに達した石炭生産(※8)は、強制労働させられていた朝鮮人や中国人が帰国した後に急激に落ち込み、鉄道用の燃料にも困るようになりました [11]。1943年には年間770万トンだった鉄鋼生産は、1945年には50万トンまで縮小しました。

 

※8 日本はエネルギー資源がない国だと考えられがちだが、じつは石炭は採れる。日本の炭鉱業が衰退したのは、中東から格安の石油が流れ込むようになったためである。

 

 

昭和史 (上)

昭和史 (上)

 


 まず本文の内容ですが、この部分の記述は中村隆英『昭和史』(東洋経済2012年)下巻p548~549の表現にもとづいています。

 戦時中に日本で働いていた外国人が強制労働だったのかどうかについて、議論があることは認識しています。しかし、本書ではその議論を端折ってしまいました。

 理由は2つあります。

 第一の理由は、この本の扱っている時代・地域が広く、歴史認識の様々な問題を網羅することはできなかったこと。本書では会計・経済の歴史を、約500万年前の人類誕生からさかのぼって書いています。また、あくまでも「世界の歴史」であり、ヨーロッパ史にページを割いています。日本の歴史については(心苦しいのですが)各章末のおまけコラムでしか扱えませんでした。

 第二の理由は、本書を高校生でも理解できる難易度にしたかったこと。不真面目な生徒だった高校時代の自分をふり返って、複雑な議論を紹介したらそこで読むのをやめてしまうだろうと考えました。そのため、議論のある部分でもあえて1つのストーリーしか紹介していません。『昭和史』そのものは広く読まれている本ですので、読者の方々にはまずそこに書かれているストーリーを知っていただいて、それに対する異論・反論についてはご自身で学んでもらいたい……という判断が働きました。

 じつを言えば、議論を端折っているのはこの部分だけではありません。

 簿記の歴史のなかでは核心部分である『スムマ』についても、重要な議論を省略しています。

バランスシートで読みとく世界経済史

バランスシートで読みとく世界経済史

 
帳簿の世界史 (文春文庫 S 22-1)

帳簿の世界史 (文春文庫 S 22-1)

 

 『スムマ』は、1494年にヴェネチアで出版された世界で最初の複式簿記の教科書です。ジェーン・グリーソン・ホワイト『バランスシートで読み解く世界経済史』やジェイコブ・ソール『帳簿の世界史』で詳しく紹介されています。拙著もこの2冊をタネ本として大いに参考にしました。

 ところがこの2冊で、『スムマ』に関する記述が矛盾しているのです。

『バランスシート~』では、『スムマ』は出版後1世紀に渡り、イタリアでもっとも読まれる数学書になったと書いています[1]。一方、『帳簿の世界史』では、当時のイタリアは戦乱と騎士道の時代になってしまったため、『スムマ』は出版後長らくほとんど無視されたと書いています[2]。

 どういうことでしょうか?

 これは私の解釈ですが――ホワイトが書いている通り、たしかに数学書としては『スムマ』はよく読まれたのでしょう。しかし、人々の関心が商業から軍事へと移った結果、数学そのものがあまり重視されなくなってしまったのではないでしょうか。そのため、ソールの書いている通り、『スムマ』は政治の世界に影響を与えることはできなかったのだと思います。

 歴史について調べていると、しばしばこのような矛盾する記述にぶつかります。このような議論をすべて取り上げていたら、約500万年の歴史を1冊にまとめることは到底できません。ですので、今回は(うしろめたい気持ちを抱きつつも)省略せざるをえませんでした。

 


 続いて、注釈部分について。

 これは完全に私の書き方が悪いです。

 まず、現在の日本のエネルギー自給率は極めて低く、2016年時点で8.3%しかないという事実があります[3][4]。そのような状況にもかかわらず日本の経済が成り立っているのは、(100年規模の長い目で見れば)石炭中心の経済から石油や天然ガス、電気などの他のエネルギーが中心の経済へと変化があったからです。そして、そのような変化が可能だったのは、海外から比較的安価な燃料を輸入できたからにほかなりません。

 この注釈は以上のような内容を要約したつもりで書いたのですが――。では、これを理由に「日本の石炭産業が衰退した」と書いていいものかというと、私自身、疑問を感じます。正しいとは言いがたい記述になっています。明らかにこの部分は「書きすぎ」で、要約が下手くそだと言わざるをえないでしょう。

 この部分の注釈は「日本では石炭が採れる」という事実の紹介のみに留めるべきでした。筆力の不足を恥じるばかりです。

 

 言い訳めいたことを書いたついでに言い訳を重ねれば、物語作家にすぎない私が歴史の本を書いていいものなのだろうかという躊躇(ちゅうちょ)はありました。戦々恐々としながら拙著を出版したというのが、正直なところです。 ただ、編集者からは「退屈な歴史の話を誰にでも分かりやすく噛み砕いて紹介できるのがRootportの特長だ」と励まされました。その言葉を信じて、本書を送り出したという背景があります。

 白状すると、知人のスペイン史の専門家からは「ツッコミどころはたくさんある」と言われてしまいました。たとえば本書のp120では「アラゴン王国国王フェルナンドとカスティーリャ王国女王イザベラ」の結婚によりスペインが生まれたと書いています。

 が、そもそも2人の人名が英語読みとスペイン語読みで統一されていません。現在の歴史の教科書では読みを統一して、「フェルナンドとイサベル」のように書くケースのほうが一般的です。また、この二人の結婚をスペインの誕生とするのも「書きすぎ」で、たとえば当時の法律や社会制度は地域ごとにバラバラのままでした。

 私はもともと、はてなブログで記事を書いてきた人間です。多少の間違いがあっても、読者の方からのご指摘に応じて修正すればいいという考えで、飛ばし気味に書くクセがついてしまっています。しかし、紙の本ではブログのように手軽に修正するわけにはいきません。より慎重に、できるだけ正確な記述を心がけるべきだと反省しました。気付きと成長の機会を与えてくれる、大変ためになるご指摘を頂戴したことを感謝しています。

 

  ◆ ◆ ◆


 ところで、ご指摘を受けた箇所は本書全体の0.1%にも満たない部分です。

 もちろん、その0.1%が極めて重大なのだという読者の方もいるでしょう。

 ただ、著者として本書のセールスポイントにしたい部分は他にあります。本書全体としては、人類史・経済史・ヨーロッパ史の「入門」として読みやすい1冊にしたいという狙いがありました。物語作家としての技術を使って、楽しく読めるように心がけたつもりです。

 とくに読んでいただきたいのは、以下の3点です。

・第3章で紹介しているバブルの歴史。

・第4章で紹介している「なぜ産業革命はイギリスで始まったのか」

・生物学の知識をバックグラウンドに持つ著者が、歴史をどう見るか。

 この他、第2章で紹介した複式簿記の成立史も非常に重要なのですが、先行している類書と内容的には重なる部分が多いと思います。

 

 第3章で紹介しているバブルの歴史は、単純に物語として面白いと私が感じたものを記事にまとめました。17世紀オランダのチューリップ・バブル。18世紀イギリスの南海泡沫事件やフランスのミシシッピ会社事件。そして19世紀、明治日本のウサギ・バブル。歴史上の有名なバブルを紹介しています。

 たとえばマンガ『ナニワ金融道』や『闇金ウシジマくん』の面白さは、人間の欲深さ、憎めない愚かさが描かれていることだと思います。それらマンガ作品と同じような面白さを、バブルの歴史からは感じることができます。

 

世界史のなかの産業革命―資源・人的資本・グローバル経済―

世界史のなかの産業革命―資源・人的資本・グローバル経済―

 

  第4章では「なぜ産業革命は18世紀のイギリスで始まったのか」を中心に書いています。ここでは、とくに経済史家ロバート・C・アレンの理論を背景知識として使いました。アレンの理論を、誰にでも分かりやすく噛み砕いて書いたものとしては、それなりにいい仕事ができたのではないかと自負しています。

 

進化の存在証明

進化の存在証明

 

  そして最後に、私の学生時代の専攻は生物学でした。私にとって人類の歴史は、40億年超の地球の歴史・生命の進化史の延長線上にあります。そういう視点から書かれた経済史の本というのは、なかなか珍しいのではないでしょうか。この分野にすでにお詳しい読者の方にも、この点では面白がって読んでいただけるのではないかと思います。

 ご興味を持っていただければ幸いです。

 

 

 

■参考文献■

[1]ジェーン・グリーソン・ホワイト『バランスシートで読みとく世界経済史』日経BP社(2014年)p80

[2]ジェイコブ・ソール『帳簿の世界史』文芸春秋(2015年)p95-96

[3]日本のエネルギー事情|エネルギーの現状?|エネルギー|エネルギー・安定供給|関西電力

[4]2018―日本が抱えているエネルギー問題|スペシャルコンテンツ|資源エネルギー庁