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男がペニスの大きさを気にする理由を進化論で考える

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 なぜ男はペニスは大きさを気にするのだろう?

 一見するとバカバカしい疑問だが、じつはかなり奥が深い。ヒトは霊長類のなかで、もっとも巨大なペニスを持つ動物なのだ[1]

 勃起したペニスはゴリラでは3cm強、オランウータンでは4cm弱。ヒトに最も近いチンパンジーでもゴリラの倍程度だ[1][2]。一方、ヒトの男性は平均的に12cm以上のペニスを持つ。アジア人は比較的ペニスが小さいと言われるが、それでも日本人の平均サイズは13~14cm程度だ[3][4]。オスのチンパンジーが立ち上がった際の身長は1.5〜1.7mで、ヒトと大差ない[5]。ヒトのペニスが大きいのは、ヒトがチンパンジーよりも大きな体を持つからではない。ヒトのペニスは明らかに進化の過程で巨大化するような選択を受けている。

 雑誌やネットの広告では、しばしば、ペニスの肥大化をうたったサプリや整形手術が紹介される。16世紀のヨーロッパでは、コッドピースという股間部を強調する装飾品が流行ったそうだ[6]。太く、長く、たくましいペニスは、どうやら男性の自尊心にとって重要らしい。なぜ、私たち人類はこのように進化したのだろう?

 


■性選択のふしぎ

 進化には、しばしば「性選択」が働く。異性に対する「好み」が、生物の姿かたちを変えてしまうのだ。

 性選択の実例としては、クジャクなどの鳥類を使った実験が有名だ。スウェーデンの動物行動学者マルテ・アンデルソンは、コクホウジャクのオスの尾羽を「切った貼った」する実験を行った[7]。哀れにも尾羽を短く切られたオスは、そうでないオスよりも交尾の機会が減った。一方、尾羽をつなげて長くされたオスは、そうでないオスよりも交尾の機会に恵まれた。つまり、より長くて派手な尾羽を持つオスのほうが、メスからモテるのだ。

 

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※コクホウジャクのオス。飛ぶときに邪魔になりそうな長い尾羽を持つ。

 

 メスにそのような「好み」がある以上、より長い尾羽を作る遺伝子を持つオスだけが子孫を残せることになる。それが何千世代も繰り返された結果、コクホウジャクのオスの尾羽はこれほど長く進化した。インドクジャクがあれほど派手になった理由も同じだ。

 ヒトの場合、女性の乳房が同じような性選択を受けた可能性がある。他の類人猿に比べて、ヒトは巨大な乳房を発達させる。まるで授乳中で乳腺が張ったかのような状態を、胸部に脂肪を蓄えることで偽装するのだ。一方、通常の男性は乳房を持たない。女性だけが乳房を発達させるのは、ヒトのオスが「より大きなおっぱいを持つメスを好む」という性選択の結果かもしれない。

(※なお、この仮説には異論もある。女の乳房がなぜ大きいのか、また男がなぜおっぱいを好きなのかは、別の機会に考察する)

 少なくとも現代先進国において、女性の乳房はセックス・アピールとして機能する。インターネットを眺めていれば「彼氏が不機嫌なときはおっぱいを揉ませればいい」という冗談が飛び交う[8][9]Yahoo!知恵袋には「夫がおっぱい好きすぎて困る」という深刻な相談が見つかる[10]Twitterの女性ユーザーが胸の谷間の画像をアップロードすると、男性フォロワーが増えるという[11]。ことほどさように、ヒトのオスはおっぱいに執着する。異性へのセックス・アピールになるのなら、クジャクの羽根と同様、ヒトのおっぱいは性選択によって進化した可能性が高い。

 では、ペニスはどうだろう?

 不思議なのは、巨大なペニスはセックス・アピールにならないということだ。

 想像してほしい。もしも彼女が不機嫌なときに「おち●ちん握る?」などと訊こうものなら、機嫌が直るどころか破局の危機に陥るだろう。妻や彼女がペニスに異常なほど執着するという話は(成人向けマンガなら珍しくないかもしれないが、現実では)ほとんど耳にしない。Twitterのアイコンを股間もっこり画像にしたら、間違いなくフォロワーは減るはずだ。

 たしかに、なかには大きなペニスに魅力を覚える女性もいるだろう。しかし、おっぱいに対する男性の反応ほど一般的なものではない。明らかに、男性のペニスは(女性のおっぱいやクジャクの尾羽ほどには)異性へのセックス・アピールとして機能していないのだ。

 異性へのセックス・アピールでないのなら、なぜペニスは大きくなったのだろう?

 ゴリラやオランウータンのペニスは、わずか4cmほどで充分に機能を果たす。余計なエネルギーを消費してまで、ペニスを巨大化させる必要はまったくない。つまりヒトのペニスはたまたま大きくなったのではなく、進化上、何らかの理由があったからこそ巨大化したのだと考えられる。

 

 ところで、ヒトのペニスは他の動物よりも目立つ位置に生えている。ヒトは直立二足歩行をするため、ペニスの形状を正面から観察できる。ペニスが巨大化した背景には、二足歩行へと進化したことが関係しているかもしれない。

 では、ヒトが二足歩行を始めたころに時計の針を戻してみよう。

 

 

■エデンの西

  人類はチンパンジーやゴリラから進化したと思っている人がいるらしい。が、それは誤りだ。実際には、共通の祖先から枝分かれした「きょうだい」に近い関係だ。チンパンジーをどんなに品種改良しても、ヒトは作れない。下記の図は、このことを模式的に表したものだ。

 

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 私たちが共通祖先から分かれた時期については、未だに結論が出ていない。少なくともゴリラの仲間は、ヒトとチンパンジーが分岐するよりも前に独自の道を歩み始めたらしい。また、チンパンジーとヒトが分岐した時期は、遺伝学的な研究ではおよそ500万年前だと言われている。が、正確な年代は今でも議論が続いている[12][13]

 現時点で最古とされている人類の化石は、アフリカのチャドで発見されたサヘラントロプス・チャデンシスのもので、少なくとも600万年前、ことによると720万年前のものだという[14]。この他にも、ケニアでは「ミレニアム・マン」というニックネームで呼ばれる化石が出土しており、610万〜572万年前のものだ[15]。また、エチオピアでは「カダバ」の名で呼ばれる化石が出土した。こちらは577万〜554万年前のものだそうだ[16]。いずれも直立二足歩行していた可能性が示唆されている。

 興味深いのは、これら初期人類の化石が、私たちとチンパンジーとが分岐した約500万年前よりも古いということだ。遺伝学的な研究と化石の年代のどちらも正しいとしたら、サヘラントロプスたちは私たちの直系の祖先ではないことになる。もしかしたら直立二足歩行は、私たちが考えているほど特別なものではなく、霊長類の歴史のなかで繰り返し発明されていたのかもしれない。私たちの祖先だけが二足歩行をしていたのではなく、たくさん存在した「二足歩行するサル」のなかで、たまたま私たちだけが生き残ったのかもしれない。

 直立二足歩行が発達する前の段階として、私たちを含む大型霊長類の共通祖先は「膝を伸ばして木の枝の上で立つ」という行動ができたと考えられている[17]。そうすることで、より遠くの枝にある果実に手が届くようになり、枝と枝とを効率よく飛び移れる。この「膝を伸ばせる」という身体的特徴は、現在でもオランウータンに保存されている。約1400万年前の温暖な地球では、ユーラシア大陸からアフリカにかけて森林地帯が広がっていた[18]。巨大な森のなかで「膝を伸ばす」という形質が進化した。

 ところが、およそ1000万年前から地球は少しずつ寒冷化し始め、森林が失われていった。代わりにサバンナや疎開林帯が広がった。大型類人猿のなかでも生存競争で優位に立てる「強い者」たちは、森の奥のなわばりを独占して、今まで通りの暮らしを続けられただろう。しかし、そういう好条件のなわばりを持てない「弱い者」たちは、森の外縁部、草原と林が入り混じるような環境で暮らさざるをえなくなった。

 私たちの祖先は、そういう「弱い者」だったようだ。森の外縁部や疎開林では木々がまばらになるため、枝から枝へと飛び移ることができない。木から降りて、地上を歩行する必要に迫られる。ここで「膝を伸ばして立ち上がる」という身体的特徴が役に立った。膝を伸ばして、歩けるようになったのだ。

 チンパンジーやゴリラの場合、地上では「ナックルウォーク」で移動する。手のひらをグーにして、四つ足で歩く。ところが、この歩き方はエネルギー効率が悪いらしい。チンパンジーに酸素マスクをつけてルームランナーを歩かせたところ、人間が同じ距離を歩いた場合の4倍ものエネルギーを消費したという[19]。ナックルウォークでは全身の筋肉を使って前へ進むからだ。一方、二足歩行では体が前に倒れるときの重力のエネルギーを、前方方向への移動エネルギーへと変換できる。手足を「振り子」として使うことで、エネルギーを節約できるのだ。したがって、木々がまばらで長距離移動が必要な場所では、二足歩行が有利になった。

 そもそもチンパンジーは、1日に2~3km程度しか移動しない[20]。食糧の豊富な森の中を生活の場所に選んだので、移動する必要がなかったからだ。だからエネルギー効率の悪いナックルウォークでも問題なかったし、二足歩行を進化させる代わりに、樹上をすばやく飛び回れる強靭な肉体を発達させた。

 一方、森の外縁部では口にできる果物や小動物を見つけにくくなるため、餌を探すには歩き回らなければならない。多少動きが遅くても、エネルギー効率の良い二足歩行のほうが適していた。ほんのわずかでも遠くまで歩ける者は、それだけ多くの食べ物を得たり、適齢期の異性と巡り合う可能性が高くなる。そのぶん繁殖に成功しやすくなる。生まれてくる子供は、より遠くまで歩けるようになっただろう。これが何千世代も繰り返された結果、ついに私たちの祖先は直立二足歩行をするようになったのだ。

 

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 オランウータンが二足歩行するところを見ると、ヒトと同様、膝を伸ばして歩いていることが分かる。大型霊長類の共通祖先が持っていた「膝を伸ばせる」という特徴を今でも残しているからだ。サヘラントロプスのような初期人類が、現在の私たちのように巧みに歩けたとは考えにくい。どちらかと言えば、このオランウータンのようなぎこちない歩き方をしていたのではないだろうか。

 

 

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 チンパンジーが二足歩行するところを見ると、膝が伸び切らず、前傾姿勢のまま移動している。彼らは森の奥を生活の場に選んだ結果、膝を伸ばさなくても生きていけるようになった。二足歩行をしないように進化したのだ。テレビのバラエティー番組では、しばしばチンパンジーの赤ん坊に二足歩行をさせているが、あれは動物虐待と言っていいだろう。本来は適していない歩き方を訓練によって強要していることになるからだ。あなたが四つ足歩行を強制されるところを想像してほしい。

 

 

 現代の私たちは、類人猿としては例外的に長距離移動をする動物だ。アスリートとして特別なトレーニングを受けていなくても、1日10kmを毎日歩き続けることができる。東海道を徒歩で旅した場合、東京−京都間はわずか2週間だ[21]。英国人冒険家ジョージ・ミーガンは、南米の南端からアラスカの北端まで3万kmを徒歩で踏破した[22]。要した期間はたった7年。チンパンジーやゴリラとは比べものにならない移動能力だ。

 たとえばクジラは、ウシやカバとの共通祖先から進化した動物だ。彼らは地上を捨てた代わりに、水中という新しい環境に適応した「泳げるウシ」である。私たち人類も同じだ。もともとの生存環境である樹上を捨てて、平地に適応した「歩けるサル」なのだ。

 

 

■サルも歩けばなんとやら

 今までの話は、およそ500万年前のチンパンジーとヒトが分岐したころの物語だった。時計の針を少し進めよう。約400万年前くらいまで時間を進めると、直立二足歩行で成功を収めた霊長類が現れる。アウストラロピテクスの仲間たちだ。先述の初期人類たちは、直立二足歩行をしていた可能性があるだけで、確実なことはまだ分かっていない。しかし、アウストラロピテクスは違う。現代人のように高速で走ることはできなかったが、ほぼ完璧な直立二足歩行を実現していた。

 

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 直立二足歩行の証拠は3つある。

 まず1つ目は、骨盤の形状だ。アウストラロピテクスの骨盤は横に張り出した盥(たらい)のような形状をしており、直立した際に内臓を受け止められるようになっていた。横向きの骨盤があれば、片足だけが地面についている状態でも、体側の筋肉を使って上体を安定させられる。つまり、二足歩行をする際に上半身がふらふらと左右に揺れなくなる[23]

 続いて2つ目は、背骨の長さ。とくに腰椎の長さである。類人猿の多くの種では腰椎が3~4つであるのに対して、ヒトは5つの腰椎を持つ[24]。これによって背骨がS字型になり、体重を腰の上に載せて、重心を安定させられる。このような長く湾曲した腰椎が、アウストラロピテクス・アフリカヌスやアウストラロピテクス・セディバなどの種では間違いなく存在していた[25]

 

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 さらに3つ目、極めつけの証拠がタンザニアのラエトリ遺跡にある。360万年前の足跡が、化石として残っていたのだ[26]。見つかったのは、大きな足跡と小さな足跡が一列ずつ。ただし、大きな足跡は二人分が重なっていた。つまり、親子三人の足跡だと考えられる。この足跡を付けたのは、アウストラロピテクス・アファレンシスだと見なされている。手を地面につけた形跡はなく、彼らが完璧な直立二足歩行を実現していたことが分かる。

 

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 ここでは彼らの身体的特徴から、その生活を想像してみよう。

 まずアウストラロピテクスの頭蓋骨を見ると、横に広がった頬骨が目を引く。さらに下顎もぶ厚く、頑丈そうだ。脳の容積は現代人に比べて少なく、チンパンジーと同じくらいしかない。しかしチンパンジーとは歯の形状が違う。アウストラロピテクスは、食物をすり潰すのに適した巨大な臼歯を持っていた[27]

 ここから分かるのは、アウストラロピテクスがかなり固いものを食べていたということだ。チンパンジーのように果実食が中心なら、それほど頑丈な歯やあごは必要ない。しかし、すじの多い草木の根や葉、茎を食べていたのなら話は別だ。

 類人猿は(たとえば牛のように)植物を効率よく消化できる胃腸を持っていない。ひたすら噛んですり潰さなければ、固い繊維を消化できない。横に張り出した頬骨は、咀嚼運動のための筋肉が発達していたことを示唆している。巨大な臼歯は、植物性の食べ物をすり潰すのにぴったりだ。

 さらに犬歯を見てみよう。チンパンジーは雑食性で、しばしば狩りをする。オスの犬歯はそのときに獲物をかみ殺すのに適した形状をしている。一方、私たちの犬歯は薄い三角形で、いわば彫刻刀のような形状だ。これはハサミのように細い繊維を切断するのに適している。アウストラロピテクスたちも、すでにそういう犬歯を持っていた。どうやら私たちの「糸切り歯」は、360万年前からほぼ同じ用途――植物性の繊維を切る――に使われていたようだ。

 続いて四肢のバランスを見ると、現代人に比べて腕が長く、足が短い。どちらかと言えばチンパンジーに近い手足のバランスだ[28]。いかり肩で、腕や手の力は強かったと推測される。上半身だけを見れば、現代人よりもはるかに木登りに適した体つきといえるだろう。

 しかし下半身に目を向ければ、直立二足歩行のための適応が見られる。腰椎と骨盤についてはすでに書いたとおりだ。その他にも、足の裏には小さな土踏まずがあり、歩行時の衝撃を受け止めるためにかかとの骨が発達していた。さらに足の親指は太く、短く、他の指と平行に生えていた。この足では、もはや(他の類人猿のように)木の枝を掴むことはできない。

 また、雌雄の体格差が大きかったことにも注目したい。アウストラロピテクスの平均的なメスの身長は110cm、オスは140cmだ。平均的なメスの体重は28~35kg、オスは40~50kgだったと推測されている。つまりアウストラロピテクスのオスは、メスよりも50%ほど体が大きかった[29]。このようにオスの体格が大きくなるのは、少数のオスが多数のメスを独占する――ハーレムを作る動物の特徴だ。メスを巡ってオスたちが争うので、体格のいいオスでなければ子孫を残せないからだ。たとえば類人猿ではゴリラがハーレム制を取り、オスの体重はメスの2倍に達する。

 現代のホモ・サピエンスは、かなり厳格な一夫一妻制をとる動物だ。――おっと、反論の声が聞こえてきそうだ。「男女ともに浮気をするのだから乱婚制の動物だ」「一部のモテる男がたくさんの女とセックスするハーレム制だ」etc、etc……。そう言いたくなる気持ちは分かる。だが、ホモ・サピエンスは、身体的な特徴から見ても、文化的な習慣から見ても、間違いなく一夫一妻制の動物なのだ。このテーマだけでブログ記事を1本書けるほど奥深い論点なので、ここでは1点だけ。他の動物に比べて、ヒトの浮気率が極めて低いことを指摘するにとどめたい。ヒトの父親が(配偶者に騙されて)他人の子供を育ててしまう確率は、他の動物とは比較にならないほど低い[30]

 話を戻そう。アウストラロピテクスのオスは、メスに比べてかなり体が大きかった。メスをめぐってオス同士が争いあい、勝ち残った者だけが子孫を残す――。そういう動物だったことが推測できる。一方、現代人は一夫一妻制の動物だ。にもかかわらず、男性の体は女性の1.2倍ほど大きい。これは、アウストラロピテクスの時代の形質が今なおわずかに受け継がれているのかもしれない。

 

 以上の身体的特徴からアウストラロピテクスの生態を推測すると、まず彼らはかなりのベジタリアンだった。おそらく1日中もぐもぐと食べ物を噛みながら過ごしていた。しかし、ウマやヒツジのように目につく植物を片っ端から食べていたわけではない。チンパンジーと同程度には賢かった彼らは、地上の草葉から地下の芋や球根の位置を推測して、それを掘り出すといった行動もできたはずだ。アウストラロピテクスが石器を使っていた形跡はない。もしも道具を使ったとしても、野生のチンパンジーと同じようなごく簡素なものだっただろう。固いものを食べるには、彼らは歯と顎に頼るしかなかった。

 また、チンパンジーと祖先を同じくしているのだから、動物性のタンパク質も好む雑食性だったはずだ。いくら彼らがベジタリアンだと言っても、完全な草食だったとは考えにくい。とはいえ、アウストラロピテクスの動きはどん臭かった。現代人のように走れるわけではなく、かと言ってチンパンジーのように木々を飛び回ることもできなかった。大型哺乳類を狩ることはできず、昆虫やカエルなどの小動物、そして屍肉を食べていただろう[31]

 彼らが木登りに適した前肢を失わなかったのは、その動きのどん臭さゆえだろう。ライオンのような肉食獣から見れば、アウストラロピテクスは簡単に狩れるごちそうだったに違いない。敵の少ない木の上という環境を、アウストラロピテクスは手放せなかった。休息時や、敵の姿を見つけた時は、木に登って身を隠したはずだ。

 肉食獣の多くは夜行性だ。熱中症の危険がある炎天下では動きが鈍くなる。一方、直立二足歩行をするアウストラロピテクスは、太陽に照らされる体表の面積が狭く、日光による体温上昇を最小限に抑えられる。気温の高い昼間こそが、彼らのゴールデンタイムだった。暑さでへばっているネコ科の肉食獣をしり目に、てくてくと歩き回って食べ物を探すアウストラロピテクス。その姿を思い浮かべると、なんだか微笑ましさを感じてしまう。雌雄の体格差を考えると、2~3頭のオスが4~6頭のメスを従えるハーレム制の群れで行動していたかもしれない。

 アウストラロピテクスの仲間は、見つかっているだけで10種類ほどの化石が発掘されている[32]。これらのうちどれか1つが私たちの祖先だったのかもしれないし、まだ見つかっていない別種から私たちは進化したのかもしれない。ただ一つ言えることは、アウストラロピテクスは比較的成功した動物だったということだ。生息範囲を広げて、それぞれの地域で種分化するほどに個体数を増やすことができた。その成功をもたらしたのは、エサや繁殖のチャンスを探すために広範囲を移動できたこと、すなわち直立二足歩行ができたことだった。

 

 

■走れ!走れ!

 森の外縁部や疎開林で暮らさざるをえなくなった霊長類から、直立二足歩行が進化して、アウストラロピテクスが生まれた。しかし、その間にも地球の寒冷化は容赦なく進んでいった。地表の水分は北極や南極に氷として蓄えられ、大陸の中心部には乾いたサバンナや砂漠が広がった。森はますます縮小し、疎開林も減っていった。

 アウストラロピテクスのなかでも「勝ち組」の者たちは、残された疎開林を独占できた。暮らしを変えずに生きていけた。しかし、なわばり争いに敗れた「負け組」たちは、疎開林よりもさらに過酷な環境で生きていかざるをえなくなった。木がほとんど生えていないような草原の真ん中での生活を余儀なくされたのだ。

 そんな「負け組」の中から、新たな環境に適応した者が現れた。

 時計の針をさらに進めよう。

 約190万年前、ホモ・エレクトスの登場である。

 

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ホモ・エレクトスの復元模型。脳は小さいが、首から下は現代人とほとんど同じだ。

 

 ところで生物の進化では、まったく違う種類の動物が、よく似た生活を始めることがある。先述のとおりクジラやイルカは「泳げるウシ」であり、魚のような生活を選んだ哺乳類だ。食肉目(ネコ目)の動物は大抵は肉食性だが、なかにはパンダのように草食動物になってしまった変わり者もいる。蹄(ひづめ)のある動物は草食性のものがほとんどだが、過去にはメソニクスという肉食性のものがいた。

 ホモ・エレクトスも、そういう「他の動物のような生活」をするようになった霊長類だ。

 ここで言う「他の動物」とは、リカオンである。

 

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 リカオンはアフリカに生息するイヌ科の動物で、大きな耳が特徴だ。昼行性で、血縁関係による群れを作って生活する。特筆すべきは、彼らの持久力だ。時速60kmで30分以上も獲物を追いかけることができるという。社会性が高く、群れの仲間で協力しあって獲物を追い詰めていく[33]

 ホモ・エレクトスも、リカオンと同様、持久力を生かした狩猟を行っていたと考えられている。

 そもそもヒトは、哺乳類のなかで飛び抜けて持久走が得意な動物だ。アマチュアでもフルマラソンを走れるランナーは珍しくない。四足動物なら襲歩(ギャロップ)になるぐらいのスピードで長距離を走れるし、汗をかいて体温を下げることもできる。ヒトは、アテネ五輪のような炎天下で2時間以上走り続けられる唯一の哺乳類だ[34]。ヒトには鋭い牙も鉤爪もない。獲物を仕留めるための武器は、この持久力だった。

 四足動物は浅い呼吸を繰り返すことで体温を下げるが、ギャロップで走っている間はそれができない[35]。シマウマやヌーは短距離ならヒトよりもずっと速く走れる。が、猛暑のなかを長時間走り続けられないのだ。ヒトのハンターに目をつけられた動物は、炎天下をひたすら追い立てられて、ついには熱中症で倒れる。そこを仕留めればいい。このような狩りを「持久狩猟」と呼び、アフリカのサン族や、南北アメリカネイティブアメリカン、オーストラリアのアボリジニなどは近年までこの狩猟方法を使っていたという。

 

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 上記の動画は、サン族の持久狩猟の様子だ。

 この動画に登場する男性は(当然ながら)私たちと同じホモ・サピエンスだ。ホモ・エレクトスの脳は現生人類よりもずっと小さく、私たちほど賢くも器用でもなかった。この動画の男性のように金属製の槍を持っていなかったし、ポリ容器の水筒も、ランニングシューズも持っていなかった。しかし体温上昇で身動きが取れなくなった獲物なら、手ごろな棍棒や石で比較的簡単に撲殺できたはずだ。槍や弓矢のような洗練された武器がなくても、持久力があれば大型哺乳類を仕留められる。

 ヒトの身体は長距離走に適した進化を遂げている。その最たるものが、脚のバネだ。たとえば足裏の土踏まずは、歩くだけならあまり重要ではない(偏平足の友人に聞いてみてほしい)。ところが、土踏まずがバネとして働けば、走行時のコストを17%も下げられる[36]。足跡と足の化石から、ホモ・エレクトスにも現代人とほぼ同じような土踏まずがあったと推測されている[37]

 さらに、アキレス腱も重要だ。チンパンジーやゴリラのアキレス腱はごく小さく、長さ1cmにも満たない。アウストラロピテクスのアキレス腱もチンパンジーたちと大差なかったと推測されている。一方、ヒトは通常、長さ10cm以上の太いアキレス腱を持ち、走行時に体が生み出す力学的エネルギーの35%を蓄積したり放出したりできる[38]

 この優れた脚のバネのおかげで、走行時の消費エネルギーを最小限に抑えられる。持久走程度の速さなら、歩行時の1.3~1.5倍程度の負担にしかならない。さらに、走る距離が同じなら、持久走の消費カロリーはスピードに左右されない[39]。速度を上げれば、そのぶん短時間で走破できるからだ。高性能な脚のバネを進化させたおかげで、加速のために余分なエネルギーを消費せずに済むのだ。

 さらに、走行時の転倒を防止する仕組みも発達している。たとえば大殿筋(おしりの筋肉)だ。これは歩くときにはそれほど使われていないが、走行時には一歩ごとに固く収縮して、体が前のめりに倒れるのを防いでいる。骨盤の化石から推測すると、アウストラロピテクスの大殿筋はそれほど大きくなかった。この筋肉が大きく発達したのはホモ・エレクトス以降だ[40]

 頭蓋骨の内側を調べると、ホモ・エレクトスは大きな三半規管を持っていたことが分かる。三半規管はジャイロセンサーであり、頭部がどれほど揺れているかを感知する。たとえばポニーテールのランナーが走っているところを思い浮かべてほしい。頭そのものはあまり揺れていないのに、髪の毛は激しく揺れているはずだ。走行中のヒトの頭部には、本来、ポニーテールと同じ強さの前後左右の「揺れ」が加わっている。その揺れを打ち消すように首や目の筋肉が働くので、走っているときにも安定した視界を維持できるのだ。大きな三半規管は、走るための適応である[41]

 極めつけは、薄い体毛と汗腺だ。他の霊長類にくらべてヒトは汗腺が発達しており、たくさん汗をかくことができる。ヒトの体毛密度は、じつはチンパンジーとそれほど変わらない。が、毛の一本一本が細く柔らかいため、皮膚が露出している。この発達した汗腺と薄い体毛によって、持久走の際に効率よく体温を下げられる[42]リカオンが体温を逃がすために大きな耳を発達させたように、ヒトは皮膚を変化させたのだ。残念ながら皮膚は化石に残らないが、おそらくホモ・エレクトスも私たちと同様、薄い体毛と発達した汗腺を持っていただろう。

 

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 私たちの武器は、持久走だけではない。上記の動画はゴリラが糞を投げつける映像だ。チンパンジーを始め、類人猿はある程度の狙いをつけて物を投げることができる。が、ヒトのように正確かつ高速の投擲はできない。ヒト以外の霊長類は、肘をまっすぐに伸ばしたまま、上体だけを使ってものを投げる。私たちのように肩を回して物を投げることができないのだ。

 

 

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 こちらの動画は、グラビアアイドルの稲村亜美による始球式の様子だ。過去にトレーニングを受けた経験があるとはいえ、プロではない女性が、かなり精密な投擲を行っていることに驚かされる。彼女の投球は時速90kmを超えるという[43]

 ヒトの肉体は、物をうまく投げられるように進化した。たとえば大きくひねることができる腰、幅の広いなで肩、横向きの肩関節、伸縮性に富んだ手首――。これらは正確で高速な投擲を行うために必要なものだ。ホモ・エレクトスの時代には、これらの形質がすべて出揃っていた[44]。もしも野球のボールではなく、石や先をとがらせた棒を投げつければ、それは立派な凶器になる。牙や鉤爪の代わりに、獲物に致命傷を負わせることができる。

 

 ここまでの話をまとめよう。ホモ・エレクトスは、リカオンのような生態を持つようになったサルだった。おそらく血縁関係による群れを作り、持久力を活かした能動的な狩りを行っていた。彼らは石器を作ることができたので、鋭い牙がなくても、獲物にとどめを刺したり、肉を小さく刻むことができた。

 とはいえ、ベジタリアンアウストラロピテクスから進化したのだから、リカオンに比べれば肉食への依存度は低かったはずだ。現代の狩猟採集民族と同様、大半のカロリーは植物性の食物から摂取し、肉はときどき口にできる「ごちそう」だったのではないだろうか[45]

 木がほとんどない過酷な環境は、私たちの祖先に木登りを必要としない生き方を選ばせ、ホモ・エレクトスを優れたハンターに進化させた。この変化は突然起きたものではなく、少しずつ段階的に進んでいっただろう。アウストラロピテクスが登場したのは約400万年前、ホモ・エレクトスの登場は約190万年前だ。この期間に、のっそりとした二足歩行から、少しずつ持久走ができるようになっていった。

 おそらく最初は、屍肉漁りから始まったのではないだろうか。遠くの空にコンドルが飛んでいれば、その下に動物の死体があると分かる。ハイエナよりも先に死体に駆け寄って、肉を抱えてねぐらへと走り去る――。そういう生活を続けるなかで、より長距離を走れる者が有利になった[46]。そして、ホモ・エレクトスが現れるころには、立派なハンターへと進化していた。

 

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 なお、ホモ・エレクトスの石器は時代とともに進歩した形跡がある[47]。が、進歩のペースは極めて遅かった。以前よりわずかに鋭い刃先を作るだけで、10万年単位で時間がかかっている。彼らが(現代の私たちのように)創意工夫によって石器を作っていたとは考えにくい。どちらかと言えば、ビーバーがダムを作るのと同じような、本能的な行動だったのではないだろうか。

 ヒトの仲間が明らかに創造性を発揮するようになるのは、ホモ・サピエンスになってからだ。それも、20万年以上あるホモ・サピエンスの歴史のうち、最近数万年のことだ[48]ホモ・エレクトスが登場したのが190万年前だったことを考えれば、つい昨日のできごとである。

 

 私たちはサルのくせして木登りが下手だ。木に登る能力を代償に、私たちは哺乳類で最高クラスの持久力と、石ころを凶器に変える投擲力、そして道具を作る器用な指先を手に入れた。これらは、イヌの鼻やウサギの耳、コウモリの翼と同じく、進化の過程で獲得した特殊能力だ。

 ヒトは他の動物に比べて身体能力が低く、自然界では弱い存在だと考えられがちだ。その考え方は、半分間違っており、半分正しい。持久狩猟を見れば分かるとおり、ヒトにも他の動物に負けない突出した身体能力がある。しかし、そういった身体能力が進化したのは、暮らしやすい生息環境から追い出されるほど(同種の中で)弱い存在だったからこそだ。私たちは「負け組」の生き残りである。

 

 

■なぜペニスは巨大化したのか?

 現代的な直立二足歩行が進化する過程を、3つの時代に分けて見てきた。まず、チンパンジーとの共通祖先から枝分かれしたサヘラントロプスの時代。続いて、直立二足歩行が完成したアウストラロピテクスの時代。最後に、ハンターとして生活するようになったホモ・エレクトスの時代だ。

 

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 ヒトは直立二足歩行をするため、ペニスが他の動物よりも目立つ場所にぶら下がっている。もしも、このことがペニスを巨大化させた背景にあるのなら、ペニスは3つの時代のどこかで大きくなったはずだ。

 ヒトのペニスには骨がなく、その大きさは化石に残らない。ペニスが巨大化した過程は、状況証拠から推測するしかない。ヒトのペニスが巨大化したのは一体いつだろう? そして、なぜだろう? 私は科学者でもジャーナリストでもない、ただのブロガーだ。だからこそ、バカバカしいくらい突飛な仮説を書き殴れる。

 

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 ところで、イッカクという動物をご存じだろうか。北極圏に棲息するクジラやイルカの仲間で、オスの頭には1本の角のようなものが生えている。この角は、じつは牙が変形したものだ。イッカクは2本しか歯が生えていないが、オスでは左側の歯が肥大化して、皮膚を突き破って伸びていく[49][50]

 かつて科学者たちは、オスはこの角でお互いをつつきあって戦うと考えていた。ところが実際には、この角は武器ではなかった。オスたちは海面から顔を上げて、角をどれだけ高く上げられるかを競うのだ。より長い角を持つオスが、群れの中で高い順位につき、メスと交尾する機会を得る。角の長いオスほど繁殖で有利になるので、彼らの角はあれほど長く進化した。

 見るからに攻撃力が高そうな角を持ちながら、イッカクはお互いを傷つけるような戦いをしない。もしもイッカクがポケモンなら、一撃必殺の「つのドリル」を覚えるに違いない。しかし、彼らの角はあくまでも見せつける(ディスプレイする)ためのもので、鹿の角のような実効的な武器ではない。

 動物行動学者コンラート・ローレンツ(1903-1989)によれば、動物が同種間の争いで相手を殺すことは珍しいという。牙や鉤爪のような武器を持つ動物ほど、お互いを怪我させる前に勝敗を決する。毛を逆立てたり、歯をむき出しにしたり、そういうディスプレイだけで争いが終わる場合が多い。「相手は自分よりも強そうだぞ」と判断したら、怪我をする前に負けを認めてしまうのだ[51]

 たとえば足をねんざしたチーターや、爪が割れて木に登れなくなったヒョウを想像してほしい。エサが獲れず、餓死を待つしかない。人間にとっては大したことのない怪我でも、野生動物にとっては命取りだ。

 相手を殺そうとすれば、自分もそれなりの怪我を負うだろう。したがって、平和的に勝敗を決めようとする個体ほど怪我のリスクが減って、生存の面で有利になる。だから野生動物は、本能的に殺し合いを避けるように進化したのだ。ところがヒトには牙や鉤爪がなく、道具を使って戦う。銃のひきがねを引くときに、本能のブレーキは働かない。だからこそ人間は殺し合いをやめられないのだと、ローレンツは指摘した[52]。二度の世界大戦を経験した科学者ならではの慧眼だ。

 群れの順位を争う際、野生動物は平和裏に勝敗を決める傾向がある。本能的に殺し合いを避けて、怪我のリスクを最小化しようとする。イッカクの「角比べ」は、その典型だ。かつては、力尽くでメスを奪おうとするオスもいたかもしれない。が、そういうオスは自身が怪我を負うリスクを避けられず、淘汰された。肉弾戦を避けて、角の長さを比べるオスだけが生き残った。

 イッカクの角は、クジャクの尾羽と同じく性選択の結果だ。ところが、クジャクの尾羽とは決定的に違う点が1つある。それは、メスの好みとは関係なく進化しうるという点だ。イッカクのメスが、オスの長い角にセクシーさを感じるかどうかは分からない。イッカクの角は、オス同士の順位争いによって進化した。メスの好みが介在しなくても、オスたちだけで身体的特徴が進化しうるのだ。これを雄間競争による進化という。

 ヒトのペニスも、同じではないだろうか?

 たとえば、お互いの勃起したペニスを見せつけ合って、より巨大な陰茎を持つ者が勝利する。群れのなかで高い順位につき、メスとの交尾の機会を得る――。そういう時代があったのではないか? イッカクの角と同じように、ヒトのペニスはオス同士の順位決めによって巨大化したのではないだろうか?

 意外なことに、ヒトの勃起は副交感神経によってコントロールされている[53]。副交感神経は心身のリラックスに関わっており、交感神経と相補的な働きをしている。たとえば狩りをするときや、敵から逃走するとき等、心身の緊張が高まる際には交感神経が活性化する。一方、休息時には副交感神経が活性化する。男性が勃起するのは興奮したときだと考えられがちだが、実際には逆だ。充分にリラックスしていないと、男性はうまく勃起できない。ストレスの多い環境では、勃起不全に陥る場合もある[55]

 つまり、闘争相手に勃起したペニスを見せつけるのは、「俺は恐怖を感じていないぞ」「お前なんか怖くないし、俺の敵ではないぞ」という強烈なメッセージになる。野生動物は、本能的に殺し合いを避ける。かつてのヒトはそれほど賢くなかったし(おそらくは石器作りさえも)本能に支配されていた。怪我のリスクを最小限にするために、「ペニス比べ」をしていた可能性は否定できない。巨大なペニスを見せつけられた短小なオスは、本能的に怖じ気づいただろう。「僕はこんなに怖いのに、相手は余裕で勃起している」「相手はきっと僕より強い」「ダメだ、僕には勝てっこない」……そして、彼は逃走する。

 もしも私たちの祖先が「ペニス比べ」をしていたとしたら、より大きなペニスを持つオスが有利になる。イッカクの角と同様、ペニスはどこまでも大きく進化するはずだ。現在のヒトのペニスは、おそらくメスの膣が制限要因になっている。これ以上ペニスが大きくなったら、メスの膣に納まらず、繁殖の面で不利になる。ヒトのペニスは、メスの肉体の限界ぎりぎりまで巨大化しているのだ[56]

 男性のペニスが「ペニス比べ」によって巨大化したのなら、その時期もおおよそ推測できる。アウストラロピテクスのオスが、メスよりも体格が大きかったことを思い出してほしい。これはハーレム制の動物によく見られる特徴だ。「ペニス比べ」でペニスが巨大化するためには「ごく一部の大きなペニスを持つオスだけが繁殖できる」という状況が必要だ。アウストラロピテクスがハーレム制に近い生態だったとすれば、まさにこの状況に当てはまる。

 

 ヒトは大型霊長類のなかで、例外的に巨大なペニスを持っている。およそ400万~200万年前、アウストラロピテクスの時代に「ペニス比べ」をしていたことで、ヒトの陰茎は大きく進化したのだろう。

 この仮説にもとづけば、ペニスが巨大化したことのみならず、それがメスに対するセックスアピールとして弱いことや、男たちがペニスのサイズを気にする理由まで、うまく説明できる。アウストラロピテクスのころの本能がわずかに残っているからこそ、男たちは自分よりも大きな陰茎の持ち主を見たときに畏敬と屈辱の感情を覚えるのだし、サプリや整形手術、コッドピースによって自分の陰茎を大きく見せようとするのだ。大きすぎるペニスは女性から倦厭される場合があるにも関わらず、である。

 


■最後には「負け組」が生き残る

 今回の記事では、私たちがチンパンジーとの共通祖先と分岐してから、ホモ・エレクトスが登場するまでの過程を書いた。二足歩行を始めて、木登りが下手になり、長い手足で駆け回るようになるまでの物語だ。ホモ・エレクトスから現生人類に進化する過程にも、同じかそれ以上にドラマチックな物語がある。が、それについては、また別の機会に書きたい。

 二足歩行が進化した理由には、今回取り上げた仮説の他にも「メスが発情期を隠すようになったこと」や「水中生活」を原因とする説がある。しかし、これらの説は現在ではあまり有力視されていないようだ。

 たとえばメスが陰部を隠して、発情期をオスに知らせないために二足歩行が進化したという仮説がある。そうすることで、繁殖期が終わってもオスから食糧などの供給を受けられるようになり、有利だったからだという。

 ところが、メスが発情期を隠す霊長類は、ヒトの他にも存在する。しかし、それらは二足歩行をしていない[57]。直立二足歩行という骨格を組み替えるような進化をするよりも、尻が赤くなるのを抑えたり、匂いを少なくするほうが簡単だからだ。加えて、初期人類において、オスによる食糧供給が重要だったとは考えにくい。現代の狩猟採集民族においても、カロリーベースでは女性の集める食糧のほうが重要だ[58]。そもそも農耕が始まって以降も、女性は農作業に担ぎ出され、生産活動に参加していた。「男性が外で働いて一家を養う」という生活習慣は産業革命以降に広まったものであり、せいぜい200年程度の歴史しかない。

 また、水中生活によってヒトは二足歩行を手に入れたという仮説がある。たしかにテングザルは、川を渡る際に「水底を2本足で歩く」という行動を取るらしい。さらに、カバやクジラのように、水中生活をする動物は体毛が薄くなる傾向がある。だから、ヒトの祖先は河川で進化したというのだ。

 しかし、アフリカの河川に棲むワニから、ヒトの祖先が泳いで逃げ切れたとは考えにくい。アウストラロピテクスが、木登りが得意な前腕を残していたこととも矛盾する。ヒトが水泳を得意になったのは、二足歩行よりももっと後の時代――分厚い皮下脂肪を発達させて、水に浮かびやすくなった時代ではないだろうか。

 

 人類の進化史から得られる教訓は、最後には「負け組」が勝利するということだ。居心地のいい生息環境を手に入れた「勝ち組」たちは、革新的な進化を遂げなかった。革新の必要がなかったからだ。一方、過酷な環境で暮らさざるをえなかった「負け組」たちは、適応のために姿を大きく変えた。最終的には運命を変えるほどの、革新的な進化だ。

 およそ500万年前、ヒトとチンパンジーに区別はなかった。私たちの共通祖先のうち、「勝ち組」たちは森の奥を生活の場とした。1日に数kmも移動しなくても食糧が手に入る豊かな環境で、ぬくぬくと暮らしていくことを選んだ。一方、そういう場所から追い出された「負け組」たちは、森の外縁部に追いやられた。食糧を求めて徘徊せざるをえなくなった。

 そして500万年の時間が過ぎた。かつての「勝ち組」は森の縮小とともに住処を奪われ、今では絶滅の危機に瀕している。動物園で保護されて、テレビ番組では見世物にされている。反面、かつての「負け組」は森を抜け出し、サバンナでハンターになり、農耕を始めて、産業革命を起こし、月面に到達して、インターネットを発明した。人類とチンパンジーは正反対の運命を辿った。そのすべては500万年前に始まった。チンパンジーが劣っていると言いたいのではない。彼らも500万年分の淘汰を受けて、生息環境に適応してきた。ただ、居場所を間違えただけだ。

 生物の進化史において、イノベーションはつねに「負け組」によってもたらされる。ヒトの進化だけではない。暮らしやすい環境を手に入れた「勝ち組」は、それ以上、自分自身を変化させる必要もない。暮らしにくい場所に追いやられた「負け組」が、適応のために目を見張るような形質を進化させる。海から追い出された者たちは、淡水に適応した。水から追い出された者たちは、肺呼吸を発達させた。私たちは「負け組」の生き残りであり、苦境を要領よく切り抜けた者たちの子孫なのだ。

 生存環境が変わらない限り、勝ち組は勝ち組のままでいられる。寒冷化や森林の縮小のような環境の変化がなければ、勝ち組は繁栄を享受できる。

 しかし、世界が不変ではない以上、勝ち組であることに安住する者に未来はない。

 最後に生き残るのは、いつだって負け組だった。

 

 

 

 

 

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失敗すれば即終了! 日本の若者がとるべき生存戦略

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※参考文献等

セックスはなぜ楽しいか (サイエンス・マスターズ)

セックスはなぜ楽しいか (サイエンス・マスターズ)

 
人体600万年史(上):科学が明かす進化・健康・疾病
 
そして最後にヒトが残った―ネアンデルタール人と私たちの50万年史

そして最後にヒトが残った―ネアンデルタール人と私たちの50万年史

 

 

[1]Sue Taylor Parker; Karin Enstam Jaffe.『Darwin's Legacy: Scenarios in Human Evolution』(2008) p121
[2]ジャレド・ダイアモンド『セックスはなぜ楽しいか』草思社(1999) p229
[3]日本人の平均ペニスサイズが明らかに! | TENGA FITTING(テンガフィッティング)
[4]ペニスサイズデータ
[5]動物図鑑/チンパンジー
[6]What is a Codpiece? | The Art of Manliness
[7]リチャード・ドーキンス『盲目の時計職人』早川書房(2004) p342-344
[8]女性必見!?彼氏と喧嘩した時の仲直りの仕方:クラム本 - ブロマガ
[9]https://twitter.com/yto3o/status/636563157717090304
[10]私の旦那について真剣に悩んでいます。私は29歳、旦那は38歳結婚して2年... - Yahoo!知恵袋
[11]ちゃっかり美人マガジン!チャカビ!|【捏造】地味な女性は「キラキラ女子」になれるのか!? 試してみた 【実験】
[12]https://www.nig.ac.jp/museum/evolution/02_c2.html
[13]クライブ・フィンレイソン『そして最後にヒトが残った』白揚社(2013) p42
[14]ダニエル・E・リーバーマン『人体 600万年史』早川書房(2015) 上巻p56
[15]フィンレイソン(2013) p45
[16]フィンレイソン(2013) p46
[17]フィンレイソン(2013) p55-56
[18]フィンレイソン(2013) p23
[19]Chimpanzee locomotor energetics and the origin of human bipedalism
[20]Ontogeny of Ranging in Wild Chimpanzees
[21]日本橋から京まで、何日くらいかかっていたのですか?
[22]ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』中央公論社(1990)
[23]リーバーマン(2015) 上巻p104
[24]リーバーマン(2015) 上巻p63
[25]Lumbar lordosis of extinct hominins. - PubMed - NCBI
[26]リーバーマン(2015) 上巻p87
[27]リーバーマン(2015) 上巻p94
[28]リーバーマン(2015) 上巻p86
[29]同上
[30]ダイアモンド(1999) p127
[31]リーバーマン(2015) 上巻p92
[32]リーバーマン(2015) 上巻p83
[33]リカオン|ドキドキどうぶつ探検隊|NHK 自然 Nature
[34]リーバーマン(2015) 上巻p135
[35]リーバーマン(2015) 上巻p134
[36]The spring in the arch of the human foot. - PubMed - NCBI
[37]リーバーマン(2015) 上巻p137
[38]同上
[39]リーバーマン(2015) 上巻p136
[40]リーバーマン(2015) 上巻p138
[41]リーバーマン(2015) 上巻p139
[42]リーバーマン(2015) 上巻p135-136
[43]「神スイング」の稲村亜美 投球は球速90km超でスライダーも│NEWSポストセブン
[44]リーバーマン(2015) 上巻p143
[45]ダイアモンド(1999) p155-156
[46]リーバーマン(2015) 上巻p132-133
[47]http://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/22_letter/data/news_2013_vol1/p13.pdf
[48]フィンレイソン(2013) p286
[49]255回「頭にツノ!?北極に幻のクジラを追え!」│ダーウィンが来た!生きもの新伝説
[50]イッカク|ドキドキどうぶつ探検隊|NHK 自然 Nature
[51]コンラート・ローレンツ『ソロモンの指輪』ハヤカワノンフィクション文庫(1998) p264
[52]ローレンツ(1998) p278-279
[53]興奮するから、「勃起」するのではありません | 妊活ノート

[54]EDの仕組みについて – 勃起障害(ED)を真剣に考える
[55]Everything you've ever Dreamed
[56]ダイアモンド (1999) p231
[57]ダイアモンド (1999) p129
[58]ダイアモンド (1999) p155-156

 

■画像引用元
・コクホウクジャク
Long-tailed widowbird - Wikipedia, the free encyclopedia

アウストラロピテクスの復元図
ブログの(小)休止の休止と特別展「グレートジャーニー 人類の旅」|フィックル・ワンダラー

・ラエトリ遺跡の足跡
Laetoli Footprints – Social Studies

チンパンジーの頭骨
チンパンジー頭蓋骨模型(オス) BCBC003|動物骨格模型

アウストラロピテクスの頭骨
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ホモ・エレクトスの復元図
Fonds d'écran Homo Erectus : tous les wallpapers Homo Erectus

ホモ・エレクトスの石器
http://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/22_letter/data/news_2013_vol1/p13.pdf